彼は一緒にバックヤードの中を歩いて周り、カップ麺やらパスタの乾麺やらを適当に手に取った。少年が荷物を持ちきれなくなると私は持っていたボストンバックを差し出した。もはや言い訳することもないので、空のバックをなにに使うつもりだったのか聞かれたら答えるつもりだったけど、彼はなにも聞かなかった。 彼は右手にボストンバック、左手に懐中電灯と車のバッテリーを持て、バックヤードの奥にあるドアに向かった。両手がふさがっている彼に代わり私がドアを開くと階段があり、それを上るとアパートのものによく似たタイプのドアがあった。彼に促されドアノブをひねると鍵は掛かっておらず素直に開いた。 中は一般的なアパートのようではなく、むしろ一戸建ての家に近い間取りになっていた。玄関がドアに対して不自然に大きかった。 「さあ上がって、上がって」 どうやら、店の二階部分が彼ら家族の居住スペースになっていたようだ。 広い玄関にはタイプの違う靴がいくつも並んでいた。ブーツに革靴、小さめのスニーカーとパンプス。けど、それはどれも隅によっていて真ん中の使いやすいスペースだけがすっぽりと空いていた。彼はそのスペースに靴を脱いだ。 私も彼の靴の隣に自分の靴を脱ぎ置き、彼の家に上がった。 廊下からリビングと台所が繋がった広い部屋に入った。彼はそこで荷物を無造作に置きパスタの乾麺を持って台所へと入っていった。 「そっちで座ってて」 私も手伝うべきなのか迷ったが、勝手のわからない場所でうろちょろしては邪魔になるかと思い言われたとおりにソファに座った。 革張りのソファは見た目以上にやわらかくゆったりしていた。きっと値段もそれなりにするものに違いない。私はソファに深く座り、ゆっくり息を吐いた。疲れと緊張がほぐれていくようだった。 部屋の中を見回してみた。ソファの前には木製の机があり、その反対側には液晶テレビが木製の台座に置かれていた。YAMAHAと書かれたオーディオセットがテレビの周りに配置されていた。私から見て右側の壁には本棚とラックがあり、やっぱりどちらも木でできていた。この部屋の家具はどれも木製でできているようだった。 さらに天井や床を見ればそこも明るい色の木でできていた。壁だけは模様ひとつない白い壁紙が貼られていたが、それすらも部屋全体の調和を保つためにわざとそうしているように見えた。 「いい部屋だね」 私は台所の彼に向かって言った。 「僕も気に入っている。この部屋は台所も含めて母さんが全部考えたんだ」 「へぇ。お母さんはセンスがあるんだね」 「どうだろう。わからないけど、この部屋を造るときは相当気合入れてたみたい。もともと店の上に家を造ろうって言い出したのは父だったんだけど、母さんは仕事場の上に家だなんて味気ないって反対したんだ。それならお前が味のある家にすればいいじゃないかって父に言われて、母さんはムキになったんだ。」 「お母さんはデザイナーかなにか?」 「そんなんじゃないよ。ただの専業主婦」 「じゃあ本当にセンスと才能だけで作ったんだ」 「インテリア雑誌を真似たんだよ。まあ、やりこむのが好きな人だから本気になれば大抵のものはよくやれたけど」 台所から彼が戻ってきた。 「今、お湯を沸かしているところ。なにかお菓子でも食べてる?」 「いや、いいよ。待ってる」 先ほどのクッキーと缶詰でとりあえず空腹はごまかせていた。それにすこしゆっくりする時間がほしかった。さっきの出来事から私の心はまだ完全に回復しきれていなかった。 「ねえ、聞いてもいい?」 少年が私の右側にある一人がけのソファに座りながら言った。 「どうぞ。なんなりと」 私は背もたれにゆったりと体を預けながら少し投げやりに言った。彼には何でも聞く権利があったし、私にはそれに答える義務があると思った。 「どうしてそんなにお腹空かせてたの?」 彼の質問は核心を突くものだった。 世界がこんなふうになってしまってから、つまり影が魍魎跋扈するようになってからというもの人々は無用な外出は控えるようになった。いつどこで彼らに襲われるかもしれないという恐怖感が人々を部屋の中につなぎとめた。特に夜の闇が支配している間は人間に生存権というものは存在していなかった。 とはいえ、奴等が昼の間に姿を現すことはなかった。少なくても私が知っている範囲では昼間、日のあたる中で彼らに出会ったという話は聞いたことがなかった。だから、昼間のうちに食料をすれば飢えることにはならないのである。私以外の人々はそうやって昼間のうちに食料を確保しているらしかった。 この近辺では、いまだに営業を続けている店は皆無といってよかったが、私がさっきしようとしたように無断で入り込み食料を盗ることはいくらでも可能だった。この町には主を失った店はいくらでも在るし、またそこに残された食料を奪い合うライバルもいなかった。 永遠に食べていくことはできなかったが、一ヶ月や二ヶ月で食べ物に困るということはなかった。 実はこの店で彼に見つかったのは不運なことと言えたし、助けてもらえたのはとんでもない幸運だったのだ。 核心を突く彼の質問に私の心はまたちょっとだけ打撃を喰らった。彼の質問に正確に答えようとするならば、私が家の中に引きこもったことから説明しなければいけなかった。 私は、迷いはしたが、結局彼に話してみることにした。彼に誠意を見せたいという思いが少しと彼となんでもいいから話してみたいという強い思いの結果だった。 彼は机の上にコップを二つ並べ、その中にミネラルウォーターを注ぎ、片方のコップを私に差し出した。彼は自分のコップの水をすぐに飲み干して、新たな水を注いだ。私も彼にお礼を言ってから少しだけ口に付けた。 唇が湿り、口の動きが滑らかになると私は私のことを話し始めた。
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