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作品名:カローン・シリーズ 作者:芹沢 忍

第2回   緊急会議
 先日起きた事件の為に、急遽カローン開発スタッフの各班長に召集がかけられた。開発中のロボットに関係した自殺騒動だ。全く頭の痛い事件だった。
 統括している立場である、研究班長の柏木は渋い顔をしていた。
「彼女が何をしていたのか誰も気が付かなかったのか」
 緊急会議の席で両手を組み合わせたまま、柏木は椅子の背にもたれる。見回した部下はその発言に対し沈黙し、ほぼ全員が視線を柏木から逸らせていた。
 開発に携わるロボット工学のトップであった氷上が、こともあろうに開発中のロボットを濫用。そのあげくに自殺をした。しかも、そのロボットの目の前で失血死だ。おかげでマスコミには散々叩かれ、形が見え始めたプロジェクトさえ危うい。
 柏木から思わず溜め息が漏れる。それをどう取ったのか、若手出世頭である人工知能班の斑鳩から声が上がった。
「ご主人が亡くなったショックですよ。彼女が作ったのは嵯峨さんのカローンなんですから」
 半ば仕方が無いといった口調である。彼女は氷上の亡夫、嵯峨の部下であった。夫婦仲の良さを知っていただけにやり切れないのだろう。
「プロジェクトの行き先を示しての行為でしたから、一概に氷上を責めることは難しい」
 ロボット班の萩は氷上の同僚だ。眼鏡の奥の瞳が暗く沈んでいる。彼の元には件のロボットに対する記録がメールで届いていた。送り主は氷上本人であり、届いたのは事件が起きる直前だったらしい。彼は氷上の行動に気付けなかった自分を責めている。
「そんな事より今後の開発に関して前向きに検討した方が良いんじゃないですかね」
 システム調整班の新見には開発を進めたがっている様子が見える。スポンサー企業に取り入ったばかりであった彼は、威圧するかのように他の班長達を睨みながら見回した。
 開発の継続は研究班長の柏木を始め、ここにいる参加者全員の総意でもある。薄情にも聞こえる新見の言葉に反論が出ないのは、皆が同意見を持つからだった。
「ゆっくり準備をしようかと思っていたのだが――」
 柏木が口火を切り、班長の面々を見回した。
「国に認めさせて開発を進めたいと思う」
 視線が柏木に集まる。
「カローンの意義は皆承知しているな」
 問いかけに萩が応える。
「離別に対する精神的負担を和らげる為に、離別した人物の代替え物として活用するロボット。氷上のおかげで、まだ問題点が多いことが実証されています」
 最後の一言は苦々しげだった。
 氷上はロボットと本人《オリジナル》との間に生じる違和感に耐えられなかったのだろう。現段階ではそうなる事を重々解っていた筈なのに、氷上は嵯峨を失った事に耐えきれず、自宅で歪な模造品《コピー》を生み出したのだ。結果、彼女は、現代では多く見られる、後追い行動に走った。このままではカローンの開発目的は達成出来ない。
「氷上の事故は実験データの一部として活用する」
 柏木の言葉に斑鳩が眉を顰める。こういう部分はいかにも潔癖な女性らしい行為だ。柏木がなだめるように手を上げ斑鳩を諭す。
 その隙に萩が参加者にデータを転送して来た。緊急の召集だったのに、なかなか用意周到だ。
「氷上個人の手記がそのまま研究記録として提出可能です」
 一同はテーブルに埋め込まれたディスプレイに目を落とす。記録はかなりの分量に亘っていた。
「移植した人工海馬の蓄積データは最近のものだけですね」
 新見が指摘した。
「本格的に人工海馬の開発が決まってからですから、多くても二年無いくらいでしょうか。それも毎日データを記録している訳ではありません。嵯峨さんの蓄積データは亡くなるまでですから、更に少ない筈です」
 斑鳩が告げる。
「人工海馬の開発に携わるまでは、小脳など脳幹で司る機能を人工知能で自動処理出来るような研究をしてきましたから――」
 つまり記憶に関する部分以外の開発が主だったということだ。生理機能や運動機能を司り、生命活動などを維持する領域。この技術は脳欠損などで運動機能を欠いた患者に臨床が開始され、そこそこの成果も出始めている。
 人工海馬は次のステップで、多大な利用価値が予想されている分野だ。開発が進めばSF世界のように記憶の売買が行われるようになるかもしれない危険性もあるが、まだそこまでの技術には至っていない。
「実際に移植し活用出来るようにするには、まだ研究時間が必要です。バックアップの方法も検討していく必要があります」
 斑鳩は研究時間の不足を訴えた。新見が厳しい顔で斑鳩を見てから萩に視線を移し口を開いた。
「ロボットの外見はかなり本人に近いように見えますが、稼働状況はどうなんでしょうか。氷上さんの残した記録はどうなっていますか」
 移植した場合の状況を確認したいのだろう。自分の職務に忠実な男だ。萩がそんな新見を冷たく見返してから返答する。
「外見は問題ないでしょうね。しかし、記憶処理と稼働時に時差が出ます。反応が鈍いんです。他にも問題は多い。例えば、蓄積記憶の応用範囲が狭すぎ、フリーズが頻繁に発生しています」
 ディスプレイの文書にマーカーが引かれる。氷上が残した稼働時の報告の一部で、実際に行動を起こした状態と、その際の蓄積記憶はどれが該当していたかを記してあった。
「本人でしたら、もっと応用範囲は広い筈です」
 萩の言葉に斑鳩が頷き同意を示す。
「関連づけが出来ない部分も大きいでしょうね。実際の海馬は意味記憶やエピソード記憶を保持し、大脳部分にそれらを巧くフィードバックさせるものです。今は記憶の蓄積も少なく、ロボットの人工知能へのフィードバックもスムーズに行う事が出来ていません。稼働状況を本人に近づける為には、改良課題でも一番重点を置くべき部分だと考えられます」
「難題だな」
 斑鳩の説明に新見が腕を組む。そして暫し考えてから意見を出した。
「研究用に人《サンプル》数の蓄積量が増えれば、調整する際に色々な改良点が見えてくると思う」
 斑鳩が追加の意見を投げかけた。
「研究班全員に記憶のバックアップを義務付けましょう。出来れば家族全員に協力を仰ぐ。その見返りに特別手当を支給するというのはどうでしょうか」
 斑鳩の視線が柏木に注がれる。
「任意でいいかね」
 弱気な柏木に対し、新見が強気な発言をする。
「スタッフは強制でも良いのではありませんか。研究者ばかりですから反対意見は出ないと思います。家族は任意でなければ問題になりますが」
 柏木が参加者を見渡す。新見の意見に異論を唱える者はいなかった。
 提出されるサンプルが多ければ、それだけ試験数も増える。数が増え、データ数が増せば、より早く開発は進むものだ。研究者にとってはそれが何よりも嬉しい。
 プライベートが問題になる部分もあるが、彼らはそれよりも自分達の研究成果を欲しがるだろうことは、自分を省みても判ると柏木は納得した。
「解かった。私から通達する」
 柏木の言葉に斑鳩が満足げな笑みを浮かべた。
「亡くした者そのままであれば、亡くなった者の死を非現実だと認識しかねない――氷上が危惧していた事です。このまま開発を続ければ問題になる部分ですが、柏木さんはどう考えておられますか」
 確かに萩が提示する事は開発理念とは異なる結果を招いてしまう。しかし、柏木はその言葉に全く動じる様子を見せなかった。
「その点は後でも処理出来る事だ。似せることは難しいが、違いは簡単に出せる。人工海馬に自己破壊《アポトーシス》プログラムを組み込めばいい。頃合を計って作動させれば、ロボットは徐々に人らしさを失って、嫌でも人工物にしか見えなくなるだろう。ゆっくりと夢から覚めれば本人《オリジナル》の死を受け止められるようになる。そう考えるからこの開発をするのだろう?」
 コンピュータの自己破壊プログラムは既に開発されている。それを応用すれば簡単だと柏木は暗に仄めかしたのだ。
「人道的にも問題が出ると思うのですが、その対策はどうのようにするのでしょうか」
「まずは議員を交えた倫理委員会を設立してもらう。これは人工海馬とカローンの濫用を防ぐ為に必要になる。早いうちに設立し、開発意義を伝え、倫理規定を整理して行く」
 柏木の話しに萩が黙る。
「あくまでも医療目的としての開発だ。開発意義を強気で押せば、後追い自殺の増加に頭を抱えている国には話しを持って行きやすい。カローンの展開を視野に入れながら後追いに関する対策研究会でも発足すれば、国の公認を得たと考えてもいいと思う」
 新見が手元のディスプレイを操作しながら柏木の言葉に頷く。
「申請すれば開発助成金も取得出来そうですね」
 細かい条項が記された書面のフォーマットが全員に回された。参加者がそれに目を通し、各々が自分に関連した文面にチェックを入れていく。それが一通り終わると柏木が述べた。
「国には開発の意義と事故の報告、氷上の残した書類と問題点を上げる。その上で改良案と開発後のメリット、後々の状況予測を提出する。賛同する企業や医療関係者を集め、完成してからの応用案を出して貰おう。同時に助成金の申請用の資料も作る」
 一同が頷く。
「開発が進み、安価で人工海馬へのバックアップが出来るようになれば、他の治療にも大いに活用出来るようになる。認知症やアルツハイマー、記憶障害などの新治療としても認められるだろう。そうなってくれば、カローンのようなロボットはゆっくりと市場に受け入れられるようになるに違いない。クローンよりは倫理も煩くないだろうから手も出しやすい」
 視線が柏木に集まる。
「各班は書類を用意して貰いたい。新見君が集めて調整時に出るだろう問題点を書き出してくれ。その後に私が確認し、各班に追加書類をお願いする」
 新見が仕方が無いといった顔で柏木の指示を受け話しを引き継いだ。
「出来る限り早い方が良いと思います。この件は最優先で進めて頂きたい。国の行動は遅いですから、早いに越した事はありません。そうですね――三日後には書類を私のアドレスに回して下さい。私が目を通した段階で各班に伺いますが、その際は最優先に対応をお願いします」
「……横暴」
 斑鳩が呟く声に萩が静かに頷き柏木は苦笑した。
 新見は冷笑して斑鳩に言い放つ。
「嵯峨さんだったらそんな事は言いません。彼は優秀でしたからね。まぁ、斑鳩さんはまだお若いですし、期日を守る自信が無いんでしょうね」
 尊敬していた上司を手合いに出され、斑鳩は悔しさを呑んで口を噤むしかなかった。それを見て満足してから、新見は斑鳩に同意した萩を睨む。
「萩君は氷上さんの後を継いで日が浅い。しかし、一緒に研究を進めて来た、言わば氷上さんの右腕です。彼女を辱めるような半端な資料を提出しないで下さいね」
 萩の目が細まり、彼の周囲の空気が冷える。
「新見、子供みたいな真似をするな」
 新見の欠点を柏木が呆れながら窘めた。
「だが、確かに早いに越した事は無い。新見の言った通りに進めてくれないか」
「柏木さんが言うならそうします」
「柏木さんの指示には従います」
 斑鳩が不機嫌そうに、萩が冷ややかに了承した。二人の様子を新見が勝ち誇ったように眺める。
 会議室が重苦しい空気で満たされた。
 今の班長達を仕切るのは、これからも骨が折れるだろう。そう考えて柏木の胃は痛んだ。開発がどれくらい続くかはまだ判らないが、先が思いやられる。
 逝ってしまった前任者に恨みごとを言うくらいは許して貰おうと、柏木は空《くう》を仰いだ。
「時間を無駄にしたくはありません。この会議はこれで終了としてよろしいでしょうか」
 全く空気を読もうともせずに新見が言った。柏木は溜め息を吐きたいのを押さえながら新見に頷く。このまま続けるには雰囲気も悪過ぎる。引き時だった。柏木は会議の終了を宣言した。
「これで終了する。各自それぞれ進めてくれ」
 ガタガタと席を立ち、班長達は各々の仕事場へと戻る。柏木だけが席に座り、そんな彼らを眺めていた。
 開発が無事に続けられるか、まだはっきりとはしない。今まで掛かった時間や資金を考えれば、開発の中止は大きな損失になる。立場的に柏木は開発の継続を促す役目を担っているのだ。だが――
「――所詮、俺が続けたいだけだ」
 柏木は娘を想った。亡くした痛みに苦しんでいた、いや、今も苦しむ妻を想った。自分が乗り越えた痛みを未だ持つ妻に何かしてやりたい。
 柏木の開発動機は己のエゴだ。
 体裁を整え世間を納得させる。そんなものは実際には詭弁でしかない。それは何よりも柏木自身が良く解かっていた。実際には心の傷は治せないかもしれない。だが、試さないでいるより余程いい。
 氷上が嵯峨を喪った時、自分の妻と似た空気を感じた。存在の希薄さ。何かが欠けてしまったかのような遊離感。
 そう、あまりにも日常になってしまった為に、氷上の行動に思い至らなかった。あのような状態の者が欠けたものを埋めようとするのを、自分は嫌と言う程見て来たのに――
 自分が気付かなければいけなかったのだ。それなのに、部下に当たってしまった事を、柏木は大いに恥じた。
 萩から送られた氷上の記述を回想する。最後の方の文面だ。この部分は萩が彼女の残した日記からわざわざ起こしたものだった。

 ――少し望みをかけてみたい――

 絶望と希望。矛盾した想いが込められている一文。とても重い言葉だ。カローンが抱える矛盾でもある。
「難しいな」
 これから先、恐らくずっと、カローンが抱えて行くであろう矛盾。人は狭間で揺れ続け、その振り子を止める事は出来ないかもしれない。
 柏木は立ち上がった。ゆっくりと室内を横切りドアを開ける。それから室内灯を落とし立ち止まった。室内を見回し自分の言動を振り返る。
 自嘲気味に笑い、後ろ手でドアを閉めると、柏木は会議室を後にした。



≪おまけ≫
※シリアスな展開をそのまま味わいたい方にはお勧め出来ません!!※

 新見はどうやら機嫌が悪いようだ。PCの前でデータを確認しながら足を忙しなく上下させている。
「班長、機嫌悪いよね、絶対に」
「あの足癖は機嫌悪い時に出るもん。確実に悪いよ」
 部下の女性達が触らぬ神に祟りなしと言わんばかりにコソコソとしている。
「お茶入れたのに持ってくの嫌ぁー!!」
 一人が半泣きでトレイを持って立ち尽くしている。
「静かに置いてくればいいって」
「そうそう。ささっと机の端っこにね」
「薄情者ぉー」
 同僚二人に無情にも後押しされ、その女性は新見に近付いた。新見の不機嫌な声が徐々に耳に入ってくる。
「――の奴らは! 面倒な名前ばっかり揃いやがって。如月に至ってはデータが4つだぞ。K−1、K−2って、何の培養株だ! あ、それとも昔の格闘技かなんかかぁ?」

 一体何の話しでしょうか?

 あっけに取られて女性は聞き耳を立てる。
「班の名前も人工知能班なんてウザい。そうだ、いっその事ウザ名班とでも呼ぶか。その方が短いし判りやすい!!」
 女性は人工知能班の人員名簿を思い浮かべた。
 以前の班長は嵯峨さんで、今は斑鳩さん。ご夫婦で如月さんが所属していて、お子さん二人は人工海馬のデータに協力してたって聞いたわね。この前入った人は確か鹿黒《かぐろ》さんに、班目《まだらお》さん―― って、そりゃあ確かにウザいわ。
 新見のイライラの原因に笑いを堪えながら、女性は新見の机にコッソリとお茶を置いた。それに全く気付かずに、新見はひたすらボヤき続けていた。
 女性は同僚の元に戻ると事の次第を報告し、互いに小さく笑い合うと、内輪で命名された二つ名を使う決定がなされた。
 二つ名は瞬く間に知れ渡り、翌日から人工知能班はウザ名班と呼ばれるようになる。
 研究班長の柏木までもが面白がり、以後の人事で氏名までもを選考基準に取り入れるようになるのだったが、それはまだ先のこと。
 その後、新見が自分の不注意を反省したかと言うと、結論を言ってしまえば全く反対である。堂々と通り名として活用しだしたのだった。
 お陰で皆がその名を使う事が日常となり、斑鳩の新見に対する心象は地に落ちた。新見本人は全く気にしてはいないので、斑鳩一人がダメージを受けているといった状態である。
 斑鳩が新見をそれまで以上に敵視するようになった事は言うまでもないだろう。


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