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作品名:本屋 作者:涸井一京

最終回   1
 その空き店舗を見ていると、大勢の人の幻が見える。何も無い空間に本棚とそこにぎっしり並べられた本が見える。
 本屋というのは特別な華のある場所である。名も知らない他人同士の社交場。手にした本の表紙で、お互いの趣味や好みが分かる。カメラを趣味に定めた定年退職一年生がオドオドと入門書を手にする。醜男がファッション誌をむさぼり読む。雑誌の表紙の美女は、手に取らせようと俺に微笑みかける。指を舐めてページをめくる老人は、それが自分の物でなく、売り物であると分かっていない。立ち読みは権利だと考えている。それぞれの人間性が見え、興味の対象が背表紙から分かる。別に優越感というのではない。他人が特別じゃない事に何か安心する。提供される楽しみを楽しんでるに過ぎない。車であれ単車であれ音楽であれ映画であれ。日常生活の買い物ほどの手軽さで、そこそこの娯楽。そう高い物でもない。買うか買わないかは問題じゃない。買える、これが大事だ。仕事帰りや休日の少し余った時間に利用できる。身近さがありながら、 魅力を持った場所。暇人で他に行くとこの無い人間の溜まり場。あらゆる娯楽の情報がありながら、本来知的空間であるため、僻む必要も無い。
 大型店でない個人経営のその店。立ち読みが多いのは、住宅街にあり、客にとって身近だからだ。店主がハタキで嫌がらせをするオバさんでなく、寡黙なオヤジだからだ。 気が強そうかつ短そうだが、なぜか諦めたように、黙って仕事をする。誰が本物の客か見分けがつかないからかもしれない。立ち読みの多さと、売れ行きが比例すると考えてるのかもしれない。必死で働いていた。息をするのも忘れて動き回っていた。次から次に売れ、荷を解き、並べ、補充し続けた。立ち読みは仕事の邪魔である。が、何かを考える余裕も無い中、息子を仕込んでいた。息子は応えていた。
 個人商店が消えつつある時代ながら、盛況で仕事がいくらでもあった。
 自分は無意識に世間の波に乗り、足が遠のいた。

 しばらくぶりに行く。懐かしいというのではない。たまたま近くを通った。あそこはどうなっているんだろうと気になった。
 主人はいなかった。息子はいた。母親とおぼしき女と言い争っていた。息子は働いていない感じだった。怠け者とは思わない。主人が亡くなり、商売は傾き、息子が継ぐ家業ではなくなった。ただの時代の流れだ。
 気になり、用も無いのに何度か行った。奥さんが継いでいた。息子の姿は無かった。
 売れ筋が変わったのだ。仕入れ業者が助言した。成人向けばかりとなった。歩いて行ける場所は男達が重宝した。
 いよいよ個人商店の無くなる時代となり、今は空き店舗のままだ。時代は回る。とある町の本屋の最盛期から終焉までの時間。その同じ長さを、俺は生きた。
 自分の父親も不在となった、この世。順番が回ってきた。次は自分の番だ。今は、あの日には想像もしないはるか未来。一生懸命働いてもなんともならない未来。俺は未来にいる。もう老人なのだ。


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