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作品名:希望 作者:涸井一京

最終回   1
 失業して、行く所が無くても、朝に起きる。新しい習慣とも言えるし、泥沼から這い出す大変さを知ったからとも言える。再び沼にはまりたくないという感情が早起きさせる。クビを切られたのが、少なからず引きこもりのせいだと感じた。それに対する意地というのが、一番大きいとも思う。
 連日、繁華街に出る。外出は元引きこもりの義務である。少しでも楽しそうな所へ。平日に行ける特権を利用するために。
 地下街の通路に並ぶ等間隔の柱。その柱の数だけ乞食が寝ている。皆、示し合わせた様に雑誌か新聞を持っている。以前より数は増えた。以前より不潔なりに清潔感がある。こざっぱりしている。なぜ柱の数だけ乞食が存在するのか不思議だ。それ以上いるが排除されて、他の場所に行くのか。人目につく場所にいるのは施しの可能性を求めてか。
 映画館の前で、看板を眺める。自分は入れない。縁の無い場所。
 と、金がある。入れるのだと気付く。習慣とは恐ろしい。半年前までの感覚でいた。でも入りたくない。入りたいのに入れないのが、自分らしく落ち着く。金が無くて入れないのと、あるが入らないのは違う。なぜか入らない事に対して、出来るのにしない事に対して、後ろめたさがある。
 本屋に入る。こちらの方が、安く長く楽しめる。 
 平日昼間ながら、そこそこ客がいる。元々白だと分かるが、現時点で薄茶色のスニーカーに年季の入ったショルダーバッグ。元々細かったであろう体躯は、自堕落が過ぎて小太り。仕事は何をしてるのだろう。想像がつかない。
 好きな作家の本がある事を確認して回る。どれを買うかはそれから決める。時間はあるが、金は最低限しか使う気は無い。いや、時間にしても、無限の自由時間と有限の自由時間の違いは感じる。それ故厳選する。買う予定が無くても、無いと気になる作品がある。揃っていてほしいのだ。買わなくとも棚に並んでいてほしい。ここは自分の本棚に準じる場所。今夜読む本を一冊手に取り、金を払い店を出た。 
 少し歩いて気づいた。奴は、自分と同じではないのか。ただの無職。他人が偉く見える悪い癖は抜けない。俺も無職と見抜かれる。更には、職歴と言えない職歴は無意味だ。
 百貨店に入る。子供の頃の記憶が蘇る。壁も階段も見慣れたものだが、ずいぶん煤けている。これだけ煤ける時間、俺は家にこもり続けた。この時間経過に気付かない程度頻繁に、ここに来るべきであった。屋上に行く。わずかに遊具の類は残っている。それが逆に郷愁を誘う。食堂でお子様ランチの食品サンプルを見る。見ないと収まりがつかない感じだ。
 いつものレンタルビデオ屋に行く。慣れた店に逃げ込む。アニメを借りる。長い、続きものだ。が、時間はある。今すべき事だと感じる。今しかできないと感じることは落ち着く。
 給料はまるまる小遣いとなっている。まだ使い切ってはいない。減りはするが、増える事はない。目に見えて減る事はない。無駄遣いはしない。これだけで贅沢と感じるというのもある。元々無収入の引きこもりだ。 
 酒とつまみも買って帰ろうと思った。安くて美味いやつを選ぶ。自分で稼いだ金で買うと、親からもらった小遣いで買うのとは違う、らしいが実感は無い。金の出所はなだらかに変化する。財布の中は混在している。支払いやそれを消費している時、金の出所、そんなことは意識しない。生活費を入れてない。いや、そもそも自分一人では生活できないことを実感している。食事や掃除、洗濯をやらなくても、会社に通うだけでクタクタだ。
 傍から見れば結構な生活だ。仕事をせずに、毎日酒を飲みながら、ビデオを見る。しかしこの自由の時間を楽しめない。ある程度働いて、集中して遊ぶ。それは理想のはずだ。俺の気が弱いせいか。想像力豊かで、先の破綻に気付くせいか。快楽の沼に溺れることができない。
 こんなんでも、少しは前進しているはずだ。途中、立ち止まっただけで。 しかし、皮肉にも働く前の方が落ち着いていたし、楽しめた。
 深夜にル・マン24時間レース、ウィンブルドンテニスを視聴する。好きなわけでもないのに見る。外国文化に触れる。優雅な気分。あるいは夜更かしできない有職者に対する優越感か。時間が無限にあると感じられた。退屈でも、いつまででも付き合っていられた。
 今はもう無理だ。急き立てられる。今ある不安は、漠然としたものではなく、具体的なものだ。何でも良い。有効そうな事しか出来ない。とりあえず寝る。それ以外何も無い自分。
 何か予感がしていた。そして予想通りだった。求人を見つけた。しかし、喉が痛いとか鼻水が出るとか頭も重い。腰も痛い。見送る。言い訳はたくさん出て来る。働く気が起こらない。とりあえずアニメを最終話まで見たい。 やり残したことがたくさんある。大掃除とか。言い訳は山のように出てくる。気を残さずだ。
 望み通りなのに、逃げたら逃げたで気分は悪い。新たな日常。昼間、絶望的な気分で本屋をうろつく。求人雑誌以外興味がない。まともな求人が無い事を確認して、言い訳とする。今更資格を勉強する気にならない。すでに金を稼ぐ年齢のせいだ。 
 自転車で南へ行く。この街を流れる大きな川の下流。街中のゴミが流れ着いたような廃棄物処理の町工場。ここからやり直すしかないのか。あの塀の向こう側へ行って。

 あの日から半年経った。この生活に飽きたというのではない。とにかくより一層楽しめなくなった。想像するに働いていたら楽しめるというのでもなさそうだ。しかし理屈ではない。言葉にならない衝動が湧く。本気でどこかに所属したいという気になった。世の中働いている状態がまともなのだ。自然治癒の如きものだ。
 正社員募集に応募した。面接の日時が決まっても嬉しくはない。
 当日、まともなのは挨拶まで。履歴書の束を見せて、「こんなに応募があった」と。更に無関係な話をし出す。愛想笑いはしない。暴れるべきなのだとは思う。気乗りしなかった。悪い予感が当たって良かったと思った。失望が無い。立場の弱い人間をいたぶるだけだ。考える頭が無いので、一番に来た奴を採用して、終わりなのだろう。こちらは社会見学をして終わりだ。
 怪しいと、話がうますぎると感じつつ、宝くじに当たる事もあるさと、次々応募する。面接が決まると、愚かにも宝くじが当たった気になる。 
 呼び鈴を鳴らす。重い扉を開け、年配の男が顔を出す。暗に来るなと言った。親切で。そのまま帰るわけにも行かない。面接が始まる。と、お前ではダメだと散々なじる。こっちのならと、別の求人を見せる。広告に載せると応募があるはずの無い条件。こっちが本命。広告に出ているのは餌。簡単に見通せる。来た後ではあるが。若い女が知らん顔で事務を続ける。時々面接官を、バカを見る目で見る。後日返事をすると言った日、電話一本かけてこない。
 派遣会社に応募する。派遣先の工場の門の前に男が立っている。同じ応募者であるのは明らかだ。安い服で分かる。友好的な雰囲気はない。同僚になる可能性は想像できていない。今はただ蹴落とす敵のようだ。複数採用されるので、こいつはただの阿呆である。
 高そうな服を着た男が近づく。身分の違いを分からせる服を着た男だ。それぞれの名前を確認した。派遣会社にとって、労働者はお客さんである。実に丁寧に対応する。そして駒でもある。後からも何人か来た。全員揃ったわけではないようだが、工場内に移動した。三人まとめて面接した。
 門の男と同じになった。大企業で十年間、派遣生活を送った。「班長さんがいて、その下で働くのですか」工場の仕事に詳しいのだと言いたいようだ。面接にも早く来て、やる気を訴えている。愛想笑いも忘れない。あいにく派遣会社は現場ではない。頭数を揃えることしか考えていない。十年やっても気づかないバカ。
 夜勤ができるかやたら聞いてきた。昼勤のみの募集もあるのだが。また詐欺か。
 肘をつき、頭をかきながら聞いている男。態度が悪い。見たまま仕事ができないのか。あるいは仕事は雑だが、早いので重宝される口か。
 帰りに再び見かけた。自転車で来ていた。信号待ちで、タバコに火をつけた。   
 俺はといえば、終わったら、変わらず繁華街に出る。漫画喫茶で続きを読む。予定がこなせて嬉しい。
 本屋に立ち寄る。有料、無料を問わず、求人雑誌の並ぶ棚の前には黒山の人だかり。ダメそうな人間が集まる。 無料の雑誌は、勝手に持って行っていいそうだが、まるで万引きだ。声をかけられるのも、迷惑そうだ。手に入れられず、無料なのに立ち読みする。隣の男は有料雑紙から、電話番号を書き写している。
 よく前を通るので知っていた。おしゃれ系豆腐屋が求人募集している。店員はおしゃれ女子。製造の求人もある。手当たり次第に応募しているので、少しの躊躇はあるが、電話をかける。年を告げると、「一応、会います」工場内にはおしゃれな若い男子がいるのか。おしゃれな店でお店屋さんごっこをしたい。無碍に断らないのは風評を気にしてのこと。既に馬脚を現してはいるが。雇う気の無い会社の面接を断る理由だと、応募者に迷惑な話だ。一応日時を決めた。行く気は無い。黙って面接に行かないのもいる。前日、同じ穴のムジナは嫌だと感じた。電話する。先ず雇う気はあるのか尋ねた。当然と言うが、断ってほしそう。「どうされます」からかう時間は無い。折れて断る。筋を通しても後味が悪い。
 コンビニエンスストアの前に求人募集の貼り紙がないとがっかりする。応募する気はないが、工場の競争率が上がりそうな気がする。無意識に工場以外に行ける所が無いと感じている。
 昔住んでいた借家の前に来た。何が目的か自分でも分からない。それはまるで幽霊屋敷。知らない家なら、近づかない。しばらく眺める。過去を思い出すが感傷的にはならない。建物も人と同じように朽ちてゆく。自分の鏡を見ているような気がした。
 夜、習慣でビールを飲もうと冷蔵庫から出した。そのまま仕舞った。
 折込広告を隅々まで確認する。低賃金の非正規を見つける。ここからやるのもいいのかもしれない。世の中には非正規という俺にはありがたいものが出現した。以前からあった。それは主に女性のものだった。男も入り込む。非正規ならば、敷居は低い。応募すれば概ね採用。毎日、行くところがあるだけで良い。やりがいは無い。少ないが、金は入る。生きがいは無い。

 自称元遊び人は、女にモテない顔。ただ働いていなかっただけ。小説家志望は、書く前の勉強の読書途中で挫折。漫画家志望に画家志望。何者かにならなければと追い立てられてる。正社員を追い抜くために。負けを認めないために。
 将来的に商売をしたい若者。飲食店経営に失敗して、ここに来た人間に相談する。自分が同じ道を歩むとは想像しない。失敗する自分は想像もしない。
 周りと比べると、俺よりダメ人間がたくさんいる。同じ毎日の繰り返しに耐えられない奴。俺は少しでも効率よくとか、考えてしまう。それは遊びをより楽しくするために改良を加えるが如く。「そろそろ一人でやらんといかんぞ」と言われている中年正社員。若い頃に言われる台詞だ。
 そしてまた時が来た。再び自由になる。予め分かっていた事だ。悲しくないし、嬉しくもない。しばらく自由に過ごす資金は入った。「もう少し景気が良ければ、正社員として、雇えるのだけど」 俺、結構優秀なのか。つまづかなければ、立派な人生を歩めたのかもしれない。しかし、さほど後悔は無い。正社員と言っても、所詮一昔前の底辺だ。全く羨ましくない。しょぼい家。頭の悪い子供。不細工な嫁。何より会社に縛られて自由に動くことができない。きっと奴らは、俺たちの自由さに憧れているはずだ。さらに言うと、万が一非正規の中から夢を叶える奴が出てくるかもしれない。それが自分でなくても、何か誇れる感じがする。
 一番欲しかったのは友人だ。それらしきものはできた。仲良く話せるし、帰りに一緒に食事に行ったり、休日に遊びに行ったりもする。
 未婚も増えた。目立たない。人生なんて、砂上の楼閣だ。再び、一番下っ端からやり直しとなる。これこそが人生だ。


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