俺は無敵で、太陽は俺を中心に回っている。幸福とはこの事だ。何をやっても楽しい。結果も上々。優越感しかない。今が華。否、これは今だけではない。俺の人生は永久に輝き続ける。
子分を引き連れ、街を歩く。それだけで万能感を覚える。子分も俺と一緒にいられるだけで鼻が高い。俺の庇護というより、俺の近くにいられない連中が、羨ましく感じるからだ。 縁日の夜、集合をかけた。拒む人間などいるわけもない。声をかけていない者は、「俺も行きたい。行っても良いか」と聞いて来る。何人かは受け入れ、何人かは断る。俺の側にいられる価値を高めるためだ。 鳥居をくぐらず、ふざけて横から入る。信仰心など無い。 「まずは本殿行って、稼いでから遊ぶか」 「夜は人が少ないから無理やな」「正月はいいよな」 「あちこち落ちてる」 「そんなの素人だな。頭の上を飛び交う金を、手ではたき落とす」 「硬貨を紙幣でくるんでいるのが、一番、効率が良い」 「おお、あれいいね」 下っ端が自分を大きく見せようと悪ぶり、儲け話を自慢気に語る。別のが、負けじとかぶせて、話は膨らむ。 他人の賽銭で、心から楽しめる。本当に悪者になったのか。親からの小遣いでは楽しめないだけか。自分で稼いだという事か。 この仲間が集まると、全く違う価値観が生まれる。集団心理で気が大きくなるなど、世間から馬鹿にされるだけ。分かっていても、俺はこの集団で一番の男。 意気揚々と歩く自分の視界に不快物が入る。別に逆らうというのでもない。勉強は埒外なのだし。それでも目障りな存在だ。万能感を遮る。隙を見つけ潰す必要がある。 あれは母親の所有物。自分の意志が無い。馬鹿にしつつ、納得していた。混ぜっ返される。また逆撫でされる。 まさかいるとは思わない。優等生が所在なげに楼門の石段に座り込んでいる。「勉強、あまりしてない」そう言っていた。見え透いた嘘と思っていたが、実際していない。今が昼間なら、あいつでも遊びたい。そう思える。 「何してる」 いつもの勢いが無い。状況を理解出来ないせいだ。ふと、これは、あいつの弱みかもしれない。そう思うと、気を取り直せた。 が、相手を観察しても、見られてまずいという風でもない。 「やあ」 挨拶されてしまった。そして質問の答えとして、指差した。その方向に客のほとんどいないパチンコ台が並ぶ。賭場から払い下げられた、模擬的に遊ぶもの。子供ができる、子供用でない、型落ちではあるが本物。その一台の前に、夜にいてはいけない小学生低学年が一人。子供の遊びの時間は終わっている。 子供は、やおら立ち上がり、ゆっくりとこちらに向かった。 「もう終わりか」 「うん。入らなかった」 小学生低学年が答えた。 「もう一回やるか」 「いい」 「弟なんだ」 俺の方を見て、言った。 「親が忙しくてね」 弟はゴネたはずた。親は連れて行く約束をしたが、守られなかった。見かねた兄が、連れて来た。簡単に想像出来た。 「他に何かやるか」 「いい」 「じゃ、帰るか」 「うん」 一呼吸、置く。兄への遠慮かもしれない。弟の本音がどこにあるか、見極めようとしている。 ゴネて得れられたものは、楽しくなかった。意地を通した。納得出来ただけ。 「じゃあ、行くわ」 「ああ」 優等生は、小走りの弟の後をゆっくり歩く。視線は弟を外さない。 何か白けてしまった。 「よし、行くぞ」 子分に気取られぬよう、大きな声を出した。
雨音が大きい。教師の声が無意識に大きくなる。薄暗い教室の中。電気の灯りを、いつもより明るく感じる。俺はぼんやり窓の外を眺める。無人の運動場に水が溜まる。 「昼休み、玉遊びできないな」小さな声だ。 俺に言ったのか、他の誰かになのか、それとも独り言か。 どうでもいい。返事しないのが、自分の価値を高める立場だ。 放課後、雨が上がる。分厚い雨雲は居座ったまま去らない。太陽は姿を見せず、雨は降りたい様子だか、降れない。消化不良の空はどす黒い。 カラスが鳴いた。 「カラスよ、お前に青空は似合わない」 ふいに口から出た。心が軽くなった。しかし涙が滲んだ。 薄暗い校庭に響くカラスの声は、生物の声というより、無機質な校舎が発した無機質な音に聞こえた。
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