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作品名:カラス 作者:涸井一京

最終回   1
 俺は無敵で、太陽は俺を中心に回っている。幸福とはこの事だ。何をやっても楽しい。結果も上々。優越感しかない。今が華。否、これは今だけではない。俺の人生は永久に輝き続ける。

 子分を引き連れ、街を歩く。それだけで万能感を覚える。子分も俺と一緒にいられるだけで鼻が高い。俺の庇護というより、俺の近くにいられない連中が、羨ましく感じるからだ。
 縁日の夜、集合をかけた。拒む人間などいるわけもない。声をかけていない者は、「俺も行きたい。行っても良いか」と聞いて来る。何人かは受け入れ、何人かは断る。俺の側にいられる価値を高めるためだ。
 鳥居をくぐらず、ふざけて横から入る。信仰心など無い。
「まずは本殿行って、稼いでから遊ぶか」
「夜は人が少ないから無理やな」「正月はいいよな」
「あちこち落ちてる」
「そんなの素人だな。頭の上を飛び交う金を、手ではたき落とす」
「硬貨を紙幣でくるんでいるのが、一番、効率が良い」
「おお、あれいいね」
 下っ端が自分を大きく見せようと悪ぶり、儲け話を自慢気に語る。別のが、負けじとかぶせて、話は膨らむ。
 他人の賽銭で、心から楽しめる。本当に悪者になったのか。親からの小遣いでは楽しめないだけか。自分で稼いだという事か。
 この仲間が集まると、全く違う価値観が生まれる。集団心理で気が大きくなるなど、世間から馬鹿にされるだけ。分かっていても、俺はこの集団で一番の男。
 意気揚々と歩く自分の視界に不快物が入る。別に逆らうというのでもない。勉強は埒外なのだし。それでも目障りな存在だ。万能感を遮る。隙を見つけ潰す必要がある。
 あれは母親の所有物。自分の意志が無い。馬鹿にしつつ、納得していた。混ぜっ返される。また逆撫でされる。
 まさかいるとは思わない。優等生が所在なげに楼門の石段に座り込んでいる。「勉強、あまりしてない」そう言っていた。見え透いた嘘と思っていたが、実際していない。今が昼間なら、あいつでも遊びたい。そう思える。
「何してる」
 いつもの勢いが無い。状況を理解出来ないせいだ。ふと、これは、あいつの弱みかもしれない。そう思うと、気を取り直せた。
 が、相手を観察しても、見られてまずいという風でもない。
「やあ」
 挨拶されてしまった。そして質問の答えとして、指差した。その方向に客のほとんどいないパチンコ台が並ぶ。賭場から払い下げられた、模擬的に遊ぶもの。子供ができる、子供用でない、型落ちではあるが本物。その一台の前に、夜にいてはいけない小学生低学年が一人。子供の遊びの時間は終わっている。
 子供は、やおら立ち上がり、ゆっくりとこちらに向かった。
「もう終わりか」
「うん。入らなかった」
 小学生低学年が答えた。
「もう一回やるか」
「いい」
「弟なんだ」
 俺の方を見て、言った。
「親が忙しくてね」
 弟はゴネたはずた。親は連れて行く約束をしたが、守られなかった。見かねた兄が、連れて来た。簡単に想像出来た。
「他に何かやるか」
「いい」
「じゃ、帰るか」
「うん」 
 一呼吸、置く。兄への遠慮かもしれない。弟の本音がどこにあるか、見極めようとしている。
 ゴネて得れられたものは、楽しくなかった。意地を通した。納得出来ただけ。
「じゃあ、行くわ」
「ああ」
 優等生は、小走りの弟の後をゆっくり歩く。視線は弟を外さない。
 何か白けてしまった。
「よし、行くぞ」
 子分に気取られぬよう、大きな声を出した。

 雨音が大きい。教師の声が無意識に大きくなる。薄暗い教室の中。電気の灯りを、いつもより明るく感じる。俺はぼんやり窓の外を眺める。無人の運動場に水が溜まる。
「昼休み、玉遊びできないな」小さな声だ。
 俺に言ったのか、他の誰かになのか、それとも独り言か。
 どうでもいい。返事しないのが、自分の価値を高める立場だ。
 放課後、雨が上がる。分厚い雨雲は居座ったまま去らない。太陽は姿を見せず、雨は降りたい様子だか、降れない。消化不良の空はどす黒い。
 カラスが鳴いた。
「カラスよ、お前に青空は似合わない」 
 ふいに口から出た。心が軽くなった。しかし涙が滲んだ。
 薄暗い校庭に響くカラスの声は、生物の声というより、無機質な校舎が発した無機質な音に聞こえた。


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