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作品名:高架水槽 作者:涸井一京

最終回   1
夕日に照らされた高架水槽
見ると、幸せな気分になる
鉄で組まれた台の上に、天に捧げるように掲げられた球体
ひどく美しいと思う
実用の物で、美とは無縁のはずなのに
一年前なら、後、何回見られるのか考えた
今は、ただこの光景に出会えたことに感謝する

ザリガニ釣りの帰り道
兄とその友人の後を追い、自転車を走らせた
ただついていくだけで精一杯
自動車に気付かず、ひどく警報を鳴らされた
大人が怒声を浴びせた
それでも何も怖くなかった
その日が特別に幸せだったわけではない
平凡な一日の終わり
ふと目に入った
高い建物の屋上の
更に上にある球体
それが何だか見当もつかない
不思議な球体の正体を知らないが
知りたいとも思わなかった
好きも嫌いもなかった
なぜだか分からない
ただ記憶に残っている

ぼんやりと夕食のおかずが何か考えていた
兄の背中が無い事に気付いた
探すのだけれど、見つからない
泣き出しそうになる
叫び出しそうになる
家までの帰り道を知らない

「どうしようかな」
止めようと思っている口癖が出る

あんなに輝いていた駄菓子屋
毎日通っていた駄菓子屋
いつから行かなくなったのか記憶に無い
行かなくなった理由も記憶に無い
空地が出来た時
そこに何があったか、記憶をたどった
そして駄菓子屋に通っていない自分に気付いた
「あの日に戻してやろうか」
「どうしようかな」
止めようと思っている口癖が無意識に出る
人生をやり直したくはない
結果は変わらず、道は苦しい
難敵との勝負はさけ
勝てる相手としつこく勝負をし続ける
あるのは自己満足だけ

大きな球体がゴロリと転がる
地上に落下する
割れて、水が噴き出す

どぶ川に釣り糸を垂らす老人
浮きが流れる
竿を振る
針を上流に戻す
浮きが流れる
同じ動作を繰り返す
針にエサはついていない
ぼけてはいない
魚籠を持ってない

ぽんと注意を促す警報を鳴らされた
運転手は怒鳴りつけたりはしない
私の乗っている自転車が随分と大きい
辺りは薄暗い
連れて行ってくれたのは
高架水槽なのか
もう一度行きたいからと
明日も同じ時間に自転車を走らせたりはしない
今から
意識と無意識の境界を走るため
心が過去に遡上するように
闇雲に自転車を走らせよう
そのまま戻って来なくてもいい
古いというだけの理由で
甘くなった
記憶の世界だったとしても
会いたい人とは夢の中でしか会えない


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