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作品名:儂の話 作者:涸井一京

最終回   1

儂の話


夏の午後七時、窓を開けているので、外の音が聞こえる。
聞こえると言っても、静かな住宅街なので、幽かな平和な音に過ぎない。たまに通る住人の足音、少し離れた、大通りを走る車のタイヤの音。
その平和な住宅街に、女の金切り声が響く。
助けなければと咄嗟に思うが、その必要は無いと、すぐに気付く。そして、それに興味を持つのは下品であると理解する。聞く気が無くとも、聞こえてしまう。それをいい事に聞いてしまう。一般庶民の健全娯楽だ。自分は安全なのが、何より良い事だ。
「明日は払ってもらえるんですかぁぁ」
簡単に言うと借金の取り立てだ。とても色気のある話ではない。女は初老であった。気が異常にきつい。相手をたたきのめす事が生き甲斐なので、趣味と仕事が一致している。まあ結構な事だ。クレジットカード会社から請け負ったのだと理解した。

 重力に全く逆らえない、たるみきった脂肪の塊を地面に投げ出している男がいる。
 辺りを眺める視線は虚ろだ。
 奴の前を通らないと、家に帰れない。奴のために時間を潰す気は無い。昨夜の結末を知りたいという気持ちがあったのがいけなかった。憑りつかれてしまった。
「兄ちゃんとこ、立派なアンテナ立てたな」
仲間とみられた午後一時。無職同士と思ったろう。
これは、困った。自尊心の問題ではない。実害がある。隣家の老人は、彼に二万円を貸した。老人は、返済される事は無いと考えていたが、その通りになった。それは寄付だ。世の中には、迷惑な隣人が数多く存在する。その中では、ましな方だと考えた。納得させた。二万ですむならと。
しかし、男は調子に乗った。
「クレジットカードを貸してくれへんやろか」
 老人は、ぎょっとした。
「止められてしもたんや」
「どのような理由があろうともダメです」
「絶対迷惑かけへんから」
それ自体が迷惑だし、迷惑をかけない人間は、クレジットカードを止められたりはしない。その事に気付く事はない。
無論、それで買い物をする。その払いの当てがある訳はない。奴は、食べ物の広告写真を見れば、それを食べずにはいられない。金があろうが、無かろうが。強い食欲の前に目も眩み、それを手に入れる事以外のすべての思考は停止する。
がんばった後に、褒美という快楽がある。がんばらないが褒美が欲しい人間がいる。それも後ろめたさを感じる事が無い。がんばらない人間の快楽の代償として、家族が迷惑を被る。この男の迷惑は、妹が受けている。妹の受けた迷惑の代償として、再びクレジットカードを手に入れた。
そして、また払えなくなった。ゆえに昨夜の出来事となる。
「あそこに、高いマンション建てよったやろ。うちのテレビ、映り、悪なりよってな。せやから、うちのアンテナ、良いのに替えさせたったんや。よう映るようになったで。まあ、『けがの功名』言うやつやな」
この家以外、映りが悪くなった家は無い。
話が長くなりそうだ。本人に自覚は無いが、とにかく奴は暇人である。切り上げたいが、逆恨みされるのも困る。ふと、いい案が浮かんだ。精一杯不気味な笑いを浮かべた。
簡単に成功した。
暇人は妄想が多いはずだ。私の笑いの真意を測りかねるはずだ。そして混乱する。その隙に家に逃げ込んだ。

残された男は、一瞬だけ寂しかった。それでもすぐに不運に酔い痴れる。快感に浸る。
「相手が悪かったな。儂の高尚な話についていけへんのや。それなりに頭、良さそうに見えたけどな。まあ、儂の頭が良すぎる言うこっちゃ」
「それにしても、あのアンテナはうまい事行った。不正を正して、褒美をもろた。まあ、当然言うたら、当然やけど、中々、実際、褒美までは出んわな。金一封に、羊羹が二竿か。まあ、一晩で食ってしもたけどな」
 男は遠い目でマンションを見つめた。成果をしみじみと振り返る。その目は、しかし少し淋しそうだ。重要な成果は、これしか無いせいだ。自慢のアンテナも、もうすぐ無用の長物となる。また無心しようと思うが、新しいマンションは建ちそうにない。親族も当てにならない。金は無論無い。
「儂は、世の中の不正を正し続けてきたな。正義感の強いのは、お母ちゃん譲りやな」
 母親は、商店街で、薬局を営んでいた。
「隣の八百屋が荷下ろしのために、少しでも路上駐車しようものなら、即、電信柱に張り紙をしたもんや。『ここは公共の道路であり、私用するべき場所ではありません』。それでもあいつは、直らんかったな。『そうしな商売にならん』とかぬかしやがった。で、お母ちゃんは実際、警察に連絡したもんや。
儂は、死んでから評価されるんやろうな」
 ふう、と一息吐いた。視線は宙を舞う。
「近所で犬が吠えたら、即、保健所に連絡したもんや。真昼やけど、儂は、夜は寝られへんからな。仕事とはちゃうけど、テレビを見ながら、菓子を食うのは、止められへん。だから言うて、遠慮したらあかんな。権利はちゃんと主張しな。それに吠える犬は、処分せないかんのや。人間社会のためや。
近所の人間が、引っ越しをする時、業者のトラックが停めてあったら、即、飛んでいったもんや。『少しの時間だけです』なんて言いよったけど、時間の問題ちゃう。通行の邪魔なんや。例えこの道を通る車がほとんど無くても、そんな事は、問題ちゃう。悪い事は悪いんや」
警察にも保険所にも名を知られている。警察や保険所が、訴えられた「加害者」に何とかしてくださいと泣きつく始末だ。
男は、少年の様に、他人の一の不正を正すために、自分の十の不正義は許される。と、言うか意識できない。
「こういう普通の事を、地道にしてきた人間が評価されるべきなんや」
 家は、中流の上だった。不動産収入があった。商売は、必死にやる必要はなかった。男は、何度か転職を繰り返した。家を継ぐ事は無かった。最後の退職は三十八歳だった。食うのが好きだった。財産は文字通り食い潰した。完全に食い尽くした。それでも足りなく、借金をしてまで食べた。無職になっても、通信販売で目についた物は、一切の我慢ができない。店だと、その場で現金が無いと買えないが、通信販売は違う。現金が無くとも、物は届く。当然払えないが、妹が尻拭いをした。
「お母ちゃんは愛情の深い人やった。好きなだけ食わしてくれた。欲しいおもちゃは何でも買ってくれた。そのおもちゃで遊びたい同級生の人気者やった。
それでも儂は不幸や、太る体質なんや。
それに、そもそも太っているのは、悪い事ちゃうかった。儂が子供の頃は、豊かさの象徴やった。お母ちゃんも太った儂が自慢やった。痩せた子供の親は、笑われたもんや。『食べさせてもらってへんのんか』とからかわれたもんや。時代が変わったんや。やっぱし不幸や。
三度の食事なんか、他人の半分しか食っとらん。少なめや。それでも太る。この体質は問題や。まあ、菓子はよう食うっとったけどな。大体一日中食っとったな。でも量は大した事はない。ペットボトルのジュースなんて、一日、二本しか飲んでない。たったの三リットルやないけ。せやのに太る。大体普通、菓子や飲みもんなんかでは太らんやろ。
それでも実際太って行った。
儂は膝を悪うして、歩かれへんようになってしもた。障害者に認定されてしもた。でもおかげで国から金が出るようになった。儂は常に何かに守られてるな。危機が起きても必ず誰かの助けが入りよる。でも少ないから、儂の腹を、満たす事はできひん。借金は必要悪やな。
でも儂は、純粋な心を持っとるな。不幸でもくさらへん。あいつとは違うな。
そう言えば、あいつ今どうしてるやろ。
・・・
何で、あんな奴の顔が浮かんだんやろ。
あの会社はほんの数ヶ月いただけやった。短い付き合いやったけど、あいつはむかついたな。嫌な奴で、みんなから嫌われとった。誰かが、『あいつは知恵遅れや』と言ったのを聞いて、合点がいったが、言われるまで気付かへんかった。ただのあほやと思っとった。
だから、障害者学級では抜群に頭良かったんやろな。ずるく、怠け者で、嘘つきやった。『僕は忙しい』が口癖やった。嫌な仕事はそうして逃げた。自信過剰やった。なぜあほが自信を持って生きられるのか不思議やったけど、すぐ合点がいった。根拠が無いんや。根拠の無い自信と言うのは、根拠が無い分、自由に無限大に広がり、ゆるぎない強固な自信となるんやな。それはただの思い込みで、自信の裏付けとなる実力は伴わへんのやけど、実力が無い事がかえって自信につながるんや。なまじ経験して、その大変さを知っているより、未経験の方が、己の力を知らん分、勝手なことが言える訳やな。社会主義者と一緒やな。労働した事無いのに、労働の喜びを語るようなもんや。自分は一切の間違いを犯さないという思い込みも一緒やな。その確信の強さは、太陽が東から上るごとき、疑いようの無い事みたいやったな。何不自由なく育った人間は、不幸になる自分を想像できひんのと一緒やな。
あいつは、自分が何もできないと知らんばかりか、自分のおかげで会社が回っている気でいよった。大黒柱のつもりやった。学校では、嫌な事はみんな、誰かにやらしとったんやろ。何か失敗があったら、全部他人のせいにして。子供の頃から、そうやって成長したんやろ。それが外の世界でも通用すると思いよったんや。
 障害者は、純粋で馬鹿みたいに真面目やと思い込んどった。悪知恵の働く知恵遅れ。衝撃の存在やった」
男はふうっと息を吐いた。虚しさと言うか、さみしさがこみ上げてきた。大きな欠落感を覚えた。
「子供の頃、欲しいおもちゃで手に入らなかった物は無かったな。
貧しい子供時代を送って、その後、成功した大人は、その恨みを晴らそうとするもんや。ムキになって、子供の頃に手に入らなかったおもちゃを買い集めたりしよる。行きたかった遊園地に行ったりしよる。それを張り合いに苦しい人生を乗り切る。しかし、虚しさが募るんや。満足感が得られないんや。子供の頃に、その一万分の一でも得られた方が満足できたはずやとしみじみ思うんや。子供時代の欠落感は埋められれへん。子供の時間は帰らへんのんや。
そういう意味では、儂は幸せ者や。
でも、 女にもてへんかったな。でもそれは女の方が悪いんや。朝の似合う美人と夜の似合うブス。儂にはさわやかな朝の似合う美女がふさわしいんや。妥協しいひんかった、ちゅうこっちゃ。女には分からんのや。儂の高尚な趣味にについてこれへんかったんや。儂は、高級なステレオに、高級なギターを、お母ちゃんに買うてもろとった。ベットのあるしゃれた部屋。人より一段高い車も買うてもろとった。でも、もてへんかった。女は頭が悪い。五十過ぎて、『家事手伝い』やのぬかしやがる。現実には存在しいひん、妄想の中にしかいいひん、理想の男を求める女なんかどうしようもない。生涯婚活女なんかと結婚したって、しゃあない。不幸になるよりは、独身の方がマシやったんやろな。
でも、やはりお母ちゃんの言う通り、儂は不幸やったんやろな。お母ちゃんは理解者やったなあ。『あの子は本当に不憫るな子なんです』と、よう近所の人に言うて、回っとった。儂が、『そんな風には思わんで』と言うと、『健気な子や』とよう言うとった。
農家の田舎の青年団って、変な団体やと思っとった。妙な言い草や。四十歳で何が青年やね。四十言うたら、正真正銘の、ド中年や。青年って言うたら二十九歳までのことや。
・・・。まあせやけど今考えると、四十歳は若いな。人にもよるけどな。儂なんかは六十になるけど、まだ青年いう感じやな。真ん中で分けた少し長い目の髪。横を流している、この感じは高校生の頃と変わらんな。
いや、まだこれから若い女の子と結婚できるかもしれへんな。大器晩成いうやつや」
男は、座ったまま、目の前に杖をつき、脂肪を波打たせながら、重たい身体を重力に逆らわせた。障害者のはずだが、自分の意志の通りに身体を起こす。

夜、再び庶民の催事があった。静かな住宅街に、少女の金切り声が響いた。
言葉にならない奇声の後に、
「この前、次は、私が見たいの見たらいい、言うたやんかー」
「そんなん言うてませ〜ん」
 男は、少年の心を持ったまま大人になった。
 幼い姪と同じ精神年齢でチャンネル争いができる。そして馬鹿笑いしながら、楽しむ事ができる。
 男の妹は、せっせと仕事を進める。掃除とゴミ出しだ。結果的には、そして世間的には兄の面倒を見ている。目的は不動産の価値を落とさない事ではあるが。
「おかあーさーん」
 娘は不正を正して欲しい。しかし母は、娘にも我慢を強いる。そして、「いずれは、あなたの物になる」と家を見回しながら、小声でつぶやく。娘には、今日のテレビより大事な物は無い。正義が通らない事に、我慢ならない不快を覚える。
 妹の用が済み、娘と一緒に帰る。
 残された男は、話し相手もいないが、寂しくはない。
「イヒヒヒヒッ。
あの顔ったら、なかったな。思い出しても吹き出しそうになる。好きなテレビを見られへん悲壮な顔。それを尻目にテレビを見るのは楽しいな。いんようになっても、まだ普段より、テレビが楽しいで。
しかし、うちの妹はなっとらんな、全く。娘の躾がなってへん。
 儂の家に来たら、儂の見たいテレビ見るんは当然のこっちゃ。それを教えとかなあかん。
 それに、儂の事を穀潰しとか言いよる。まあ最近は言いよらんけどな。働いてへん、言いいよるけど、定収入はあるし、第一、時々ドカンと儲けるがな。
 儂の買うた株があほみたいに上がりよったんや。見る見る間に二倍、三倍や。当然ぼろうけや。せやのにあほの妹はヒガミにもほどがあるで、全く。『いくらで買うた』そればっかりぬかしやがる。『買うた時よりとより下がった株が、上がっても、買値に戻してやっと損しないだけや』とか理屈ばっかりぬかしやがる。あげく、『算数ができひん』などと関係ないことぬかしやがる。そんな些末な事はどうでもいいんや。いくらで買おうが、上ってる株を売ったら、儲かるんや。単純な話や。
 そう言えば、あの時も文句ばっかり言うとったな。タローを飼うとった時の事や。白い大きな犬やった。餌をやるのは儂の仕事やった。タローはよう懐きよったな。餌をくれる人間をよう分かっとった。感謝されたもんや。散歩は妹の仕事や。当然ふんの始末もする。それについてようお母ちゃんに不満を漏らしとった。文句ばっかりや。
 おっ、なんや面白うなってきたやんけ。
イヒヒヒヒ、はっはっはっ、傑作や、こいつら。
あほやなこいつら。
お笑い番組はええな。あほばっかりや。自分より下がいる。自分はマシやと安心できるし、優越感を覚える。気分ええわ。なんと言っても自信がつくわ。快感でもあるな。生きる活力や。お笑い芸人が人気の職業らしいけど、気がしれんわ。他人に優越感を与えるだけの仕事や」
 今日も満腹でいつの間にか、眠ってしまっていた。
 目が覚めた時、空はうっすら燈色だった。これから、どんどん明るくなって行く訳ではなく、暗くなって行く。しかし、目が覚めて、空が燈色だと健康的な気分になる。
「昨日は中々充実してたな。テレビは笑えたし、おやつはおいしかった。たっぷり寝て、寝過ぎて少し疲れたくらいや。しかし健康のためには、寝過ぎくらいが、いいんちゃうかな。
 寝て、起きたら、また腹が減ったな。でも、もう食いもんは、無いなあ。
ちょっと買いに行くか」
 男は、外に一歩を踏み出し、へたり込んでしまった。
「そう言や、金無いやんけ・・・」
 男は遠くを見つめる。
「家で、食っちゃ寝の生活は楽しかった。儂は勝ち組や。食べたいだけ、食べてきた。寝たいだけ寝てきた。みんな楽したくて、いい会社に入ろうする。そのためにいい学校に行こうとする。そのため受験勉強する。儂は受験勉強はせえへんかったけど、そういう生活を得た。大体、日本人は働き過ぎや。儂が普通やで。見てみい、儂は食えて行けてるやんけ。
でもやっぱり無駄な時間やったとも思う。何か足らんのや。
せや、役が無かったことや。
人生は、出番待ちをする役者と同じや。みんな社会での役割を欲しているんや。地味な役周りでも、いんと芝居は成立しいひん。そういう意味では重要でない役は無いなあ。
あれは預金や、利子つけてあの時間を返して欲しいな。
儂は、死後に、市井の偉人として本とか映画になるんやろなあ。ずっと世の中の不正を正してきた。小さな事ではあるけどな。でも、こうした身近な英雄こそ、もっと評価されるべきなんやけどなあ。敬意を払われるべきやるべきなんや。それがなんや。儂は金に困っとる。
とにかく儂の話を聞け。儂のやってきた事を、成果を聞け。ためになるんや。いや、お前等の事なんかどうでもええんや。とにかく儂を尊敬しろ。そして儂にもっと金が回るようにしろ。儂にもっと旨い物、食わせ。もっとぎょうさん食わせろ。
何で、思うようにならんのやろ。
儂は、特別な人間やから、死なへんのちゃうやろか。そんな気がしてきたわ。と言うか、死ぬという事が実感できひんな。
これから、良い事あるんやろか?今、全然、金、無いけど・・・。
 結論は出えへんな」
 太陽が更に傾き、色を変化させて、光が一番鮮やかになった頃、気持ちが良くなり、まどろみ始めた。それが夢なのか自分の自覚的な想像なのか分からなくなった。
「あっ、お母ちゃんや。えらい若いな。いや、それよりお母ちゃんは、もう死んでるやんけ。いや違う。そらそうや。儂はまだ十歳やんけ。『うちの子は不憫で・・・。水を飲んでも太る体質なんです』いつものやつを、近所のおばはんに、言うて回っとるな。やっぱり儂は不幸やったんやろか。そうやとしたら、健気やな儂は。中には、おやつの食い過ぎで障害者になったと陰口たたくやつもおったけどな。
 新聞の勧誘が来よった時、『お母ちゃんに聞いとく』言うたら、『五十にもなって・・・、自分で決めろ』と笑うやつがおったな。そんなん、聞くのが当たり前の事やんけ。不当な陰口にも、勝ってきたんや」
幽かに吹く夕風が心地よい。
「あれ、儂、迷子になってしもた。梅田の地下街は恐ろしく広いな。ここがどこや分からへん。全く、お母ちゃんは、すぐ儂から目を離す。ちょっと店頭のつくりもんの食べ物に見とれてたら、これや。しかし、つくりもんやのにうまそうやな。実物より色がきれいや。
 あれっ、これ八歳の時の事やぞ。これから、儂は事の重大さに気付いて、悲しなって、わんわん泣き出したんや。その泣き声を聞きつけるように、お母ちゃんが駆けつけてきたんや。
 あっ、やってきたわ。
小学校の入学式が始まった。ケッタイなネクタイしとるな。これから、学校生活の始まりや。でもなぜだかこれから起こること全部知っとる。
夕焼けが瞼を通しても、眩しかった。
あっ、これから夕飯や。おかずは、何かな、・・・。その後は楽しいテレビ番組があるはずや。楽しみの前という時間ほど、心地の良い幸せな時間帯は無いなあ・・・」
男は、眠るように死んだ。万人、憧れの安楽死だ。


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