第一章 私と困
1 いつものリビングにぽつんと私と父がいた。私はどうにも学校帰りのようだった。帰ってきた私は学校の鞄を下ろし、父に聞く。 「母さんは」 父は新聞を読みながら、まだだ今日は遅くなるらしいと言った。そう言うと何故か私は腹立たしい気分になり、少し興奮しているのを抑え平静を装いながら、じゃあ2階に上がるね。と震える声でドアを開けた。自分の部屋を開けると、そこにはいつもの自分の部屋が見えた。小学生の時に買ってもらった学習机、そして姉のお下がりのベッド。それ以外には学校の鞄や制服ぐらいしか目に当たるものは無く、閑散としていた。これがいつもの部屋であるのだが何故かしら平生よりも寂しそうに見えた。何となしにベッドに座る。横になる。ぼんやりとした気分で枕元に置いてある本などを読む気分にもなれず、寝返りのような事をしながら休んでいると、部屋の子機が音をたてた。 「食事だ。下に来い」 そう言うと父は電話をすぐに切った。一つの踊り場がある階段を降りドアを開けると、父が料理を皿に盛って準備をしていた。ここで初めて私は違和感に気付き始めた。まず元来父は家事をするような人ではないし、塾経営者のため帰ってくる時間もいつもは深夜のはずであった。自分が学校帰りであることから察するに、まだ日も暮れてはいないだろう。そしてもう一つの疑問は、母が出かけていることを自分が知らないことだ。母は専業主婦のような人で、何処かに行くならば自分にも必ず伝えるはずだろうと思った。もしかして急な用事でも起きたのかとも思ったが、答えに出口は無かった。この疑問を父にぶつけようかとも思ったが自分からは何だか言い出すのが難しかった。私は先に椅子に座り料理が来るのを待つ。テーブルの上には適当な野菜炒めのようなものが並んでいただろうが、よく覚えていない。そうして父が箸を持ってくると席へと座った。私と父の位置関係はちょうど対極していて、何だか距離を感じた。頂きますと言うと、頂けと言い、料理を食べ始めた。しかし私はさきほどの疑問や夢特有のだるさも相まってか食べる気が起きず、むしろまだ疑問の理由を探し求めて脳は旅をしていた。そうして幾分の時が過ぎたか分からない頃父が声を上げた。チャンスだと思った。 「食べないのか」 「はい、少しばかり体が気怠くって。あの、母さんはいつ頃帰ってくるんですか」 「詳しくは知らん。遅くなるとしか聞いてない。」 また訳の分からない怒りが生じた。これが父の返事の仕方によるものなのか、母の連絡を怠ったことによるものなのかは分からないがさっきよりも腹が立った。父の目を睨んだ。 「何か隠してはいませんか」 「隠してなどおらん。何を言っているんだ」 「母さんは何処ですか」 「さっきも言ったろう、知らん」 「母さんはいつ帰ってくるんですか」 「知らんといったら知らんのだ。いい加減にしろ」
料理をひっくり返す。父の顔は変わらない。対極に座って距離があったように感じていたテーブルは狭く感じている。ぎゅっと握った拳で父の顔を殴ろうとするとそこで目が覚めた。目の前には砕かれた白い壁と自分の拳。 「またやっちまった」 一人で懺悔し自分の行いの愚かさを呟いた。
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