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作品名:妖怪封じの刹那 作者:おはぎ

第2回   2
 1/"妖怪殺し"の朝

 二階に降り、渡り廊下を通って部室棟へ、そこから階段をおり地下フロアにまで来た。
 こちらの校舎には地下があり茶室や卓球場など普段は使われない部屋がある。その一番端に心霊研究同好会の部室があった。
 ----コンコン
 悠真はノックをし、部室に入る。刹那達もそれに続いた。
「失礼します」
 中には二人の男女がいた。
「来たか、悠真」
 男の方は、おかしな紫色のローブとフードをはおっている。そこからかなり度の強そうな眼鏡がみえた。髪形や顔立ちは悠真にそっくりだ。
「どうも」
 刹那がすっと前に出る。
 男がこっちを向いた。
「ん? その後ろにいるのはもしかして新入部員かい?」
 姫夢も一歩前に出てきた。
「そうです! お話聞きにきました」
 すると男は手招きし彼らを中にいれた。
 室内へ入ってやっとこの部屋の全貌が見えた。
 中央には長机が4つ。長方形を作るようにならべられており、その周りに資料やら雑誌やらが詰まった棚がある。一番奥に教職員用の大きめの机がありその上にはノートパソコンがおいてあった。
 刹那達は長机に備えてあった椅子に座らされた。

 女の人がお茶をいれ、刹那達の前に差し出した。
「まずは自己紹介かな。僕は悠真の兄、佐藤魁真。三年生で心霊研究同好会の部長をやらせてもらっている」
 魁真の脇にいた女の人も口を開く。
「わたくしは、西園寺絵里と申します。三年生ですわ」
「あ! あなたはさっき花をくれた美人な先輩!」
 刹那が思わず反応する。彼は先ほどの入学式の後で彼女から花を手渡されたのだ。
 絵里はにこりと笑って返した。
彼女は綺麗な黒のロングヘアーをしていた。着物の似合いそうな純和風なイメージのお姉さんだ。
「本当はもう一人いるのだけど、今日は休んでいてね。とりあえず僕らの活動について説明しようか」
 ----なんか堅苦しい口調の人だな。
 刹那は息を飲んで聞く。
「ここ閻魔高校周辺は昔から霊的磁場が強いといわれていてね。いままで何件もの心霊現象の報告がされているのだよ」
「あ……俺も昨日旧校舎近くの神社で心霊現象っぽいのにあいました」
 刹那の呟きに魁真は無言でうなずく。
「そう。特にあの旧校舎周辺は報告が多く、一時期はテレビの取材まで入るほどだったのですよ。いまは関係者立ち入り禁止になって、学校の倉庫としてしか、使われてないのですがね。旧校舎につづく正門も封鎖されていますし」
「ってことは、完全に封鎖されてるのか」
 魁真はニヤリと笑いながら自慢げ返す。
「実はですね、新校舎の職員室近くの道と、水道山の裏にある神社から一本だけ入る道があるのですよ」
「地元民なのに、知らなかった……」
 姫夢は口を両手で覆って驚いている。
「そんなことが子供たちに知られたら、いろいろとまずいって大人たちが判断して、必死に隠したみたいですけどね」
「だいたい話がつかめたぞ。ようはこの部活はこの地に心霊スポットが多いことを生かして心霊現象の研究をするわけだな」
「そういうことです」
 刹那は好奇心にかられていた。
「おもしれえ。決めた! 俺は心霊研究同好会に入らせてもらう」
 姫夢達二人も刹那に続いた。
「私も入ろうかな。せっちゃんだけじゃあぶなっかしいもんね」
「俺も、だ。なんかおもしろそうだしな」
 それを見ていた悠真は軽くため息をついた。
「はぁ〜。せいぜい僕の足を引っ張らないように頼むよ」
 何はともあれ刹那は心霊研究同好会へ身をおくこととなった。これが彼の人生を大きく変えるきっかけになることも知らずに……。
「では早速、新入部員に調査を依頼しようかな」
「え!?」
 思わず驚く刹那達。
「この部活の新入部員が代々こなしている行事、『肝試し』さ」
「肝試し?」
 魁真は学校の敷地案内図を見せた。
「任務は簡単。夜の旧校舎に侵入し調査をするだけだよ。四時間見て何もなければ帰ってくれていいからね」
 刹那は戸惑っていた。咲ほどまでは好奇心で考えていたが、旧校舎という言葉によって、昨日の恐怖と目を襲った激痛を思い出してしまった。彼は自分の手が震えていることに気づく。
「……………………」
 それを見た姫夢が刹那の手を握る。
「大丈夫だよ! みんないるんだし」
 それを見ていた部長が資料の棚に行き一冊の古びたアルバムを取り出した。そして、それを刹那に差し出した。
「これは昔、この学校があの旧校舎だったころの先輩たちの卒業アルバムです」
 魁真は当時の部活写真のページを開ける。
「この部活ってそんなに前からあるんですか?」
 女の子なだけあってか、姫夢がアルバムに食いついた。
「戦前の創立時からある部活ですよ」
 刹那もアルバムを覗き込んだ。
「え……」
 驚いたことにそこには彼がよく知る顔があった。
「え……母さん?」
 刹那はさらにアルバムのページをクラス写真へと変える。そこにあった二人の名前と写真を見て確信した。
「七梨雅則、蕪崎月……親父と母さんだ」
「ほう……」
 魁真がまたニヤリと笑った。
「あなたは蕪崎に縁の方でしたか。蕪崎家は代々、例の旧校舎裏の神社を拠点として、この町の霊的磁場の乱れを調整していた一族だといわれています。しかし段々とその力は失われ、蕪崎月さんを残して滅んだという話です」
「せっちゃん?」
 姫夢が心配そうな眼差しで刹那を見つめる。
 刹那はつながれた彼女の手を握り返した。
「ずっと、知らなかった。親父に聞いても母さんの家のことは教えてくれなかったし、母さんにだって何も聞いてない」
 絵里が横からそっと割り込み、アルバムを閉じた。
「これにのっている卒業生がいた年の心霊研は特に活発だったようですわ。心霊現象を多数おきていたみたいですし、なにより蕪崎月さんはとても強い霊能力者でしたとか」
 そのままアルバムを棚に戻してしまう。
「……なるほど、『肝試し』か」
 刹那の口元が少しだけ緩む。
「代々恒例ってことは、母さんもきっとそれをしたんだろうな。なんとなくだが、俺もそこに行かないと行けない気がしてきた」
 胸元に隠した黒真珠のペンダントを握る。
「なんかわかんねえが、俺はもう心霊現象に巻き込まれてるしな。やって、みるかな」
 刹那が立ち上がると、横にいた二人も続いた。
「なら、私も行かないとね。言ったでしょ、せっちゃんだけじゃ心配だって」
 にひひ、と笑う姫夢。
「まあ乗りかかった船だし、俺もついてくぜ」
 肩に手を回してくる正輝。
「まったく、僕の邪魔はしないでほしいね」
 悠真も立ち上がり、刹那を見る。
「ついでに、俊哉たちも呼ぼうぜ? 大勢の方が楽だろ?」
「なら、、由美には私から連絡するね」
「僕も準備があるし、夜八時集合に高校の校門集合だね」
 刹那が意見を出すまもなく計画が決まっていく。
 ----まあいっか。
 そんな光景をみながら刹那は思わず笑ってしまった。

       *

 今晩の予定を話し合ったあと新入生たちは帰っていった。絵里は見送りで出て現在部室には魁真が一人いるだけである。
「これで、よかったのかい?」
 魁真の後ろ、コンクリート壁の向こうからすっと老人が現れた。
「わしの言った通りの子だろ?」
 スーツに身を包んだ老人は、被っていたシャッポ帽を外して机に置く。
「たしかに、芯の強い子ですね。悠真をうまく利用すれば釣れると思いましたけど、まさにその通りでした」
「あいつが動き出した以上、こちらも動かないわけにはいかないからな」
 魁真は手元にあった万年筆を手に取るとくるくると回し始めた。
「所詮、うちは第七席の西園寺家分家ですからね。僕に至っては大した霊能力もありませんし。これぐらいしかできませんが」
「いやいや、十分だよ。こちらが頼んでいるのだしね」
 ふと、部屋の向こうに人の気配がした。
「失礼」
 老人が帽子を被ると同時に
 ----ガチャン
 と、扉が開いた。
「おかえり、絵里さん」
 魁真は入ってきた女性に笑顔を向ける。
「皆さんお帰りになられましたわ。ところで部長、今誰かとお話していませんでした?」
「ちょっと、幽霊とね……」
「そうですか……」
 絵里も笑顔を返した。
 
       *

 帰り道、いつもの交差点までくるころには刹那と姫夢の二人だけになっていた。
「とりあえず、せっちゃんのお母さんだってあの学校の生徒だったわけだし、そんなおかしいことじゃないよね?」
 刹那はうなずいた。
 母さんのこともたしかに気になってはいたが、それ以上に彼を悩ませていたことは本当にそういう心霊現象やらお化けやら妖怪は存在するかもしれないということだった。
 今まで信じてなかったことがいきなり起こるかもしれない、それはつまり今まで自分がいた世界が変わるということなのだ。
 やがて、刹那の家の前についた。
 刹那は姫夢とあとで一緒に学校に行く約束をし、家に入った。
「ただいま〜」
 刹那は家に帰るとそのまま自分の部屋に上がる。今日届いた荷物はすでにほとんど整理されてありベッドや机も運ばれていた。
 彼の部屋の間取りは入り口を入って右側に椅子と机。机の上にはノートパソコンが一台とDVDプレイヤー内蔵の液晶テレビ(パナ○ニック製)がある。奥にはベランダに抜ける窓があり、その脇に本棚がある。無論、漫画しかおいてない。
 そして入り口の左側に置いてあるベッドに倒れこみ、刹那はそのまま軽い眠りについた。
 雅則に食事のために起こされたときにはすでに時計は午後七時を回っていた。

 居間に下りると今日届いたばかりのテーブルに夕食の炒飯とスープが置かれおり、それを囲むように麻友と雅則が待っていた。
 雅則の料理の腕は、結婚する前から非常に高く、レパートリーも非常に豊富である。
 七梨家は炊事を父親が、掃除洗濯などを子供たちが、と分担している。
「ごめん、ごめん、うっかり寝ちまった」
 刹那もテーブルに着く。
「全員揃いましたね。では、いただきます」
 雅則が、手を合わし号令をする。
「いただきます」
「いただきま〜す」
 刹那たちもそれに続いた。
「お二人とも、学校はどうでしたか?」
 雅則が興味深そうに二人に問いかける。
「私は、特に何もなかったよ。とりあえず、友達たくさんできそう」
 にこにこしながら返す麻友。
 それとは対照的に、刹那はすこしうつ向きながら答えた。
「そのことなんだけど、俺、心霊研究同好会ってとこに入部したんだ」
 心霊研究同好会、その単語を耳にした雅則の顔が一瞬曇った。しかし、すぐにいつもの笑顔に戻る。
「部活動ですか、前のバスケ部以来ですね」
 その対応を見た刹那はいろいろと疑問を覚えたが、それを飲み込み、笑顔を返す。
「そうなるね。そうそう、それで今夜いきなりだけど、友達連れて夜の学校探検をすることになったんだよ」
 彼はあえて旧校舎という単語を伏せる。
「そうですか……気をつけていってきてくださいね。くれぐれも無理をしないでください」
 ----無理ってところが強調されていいた気がするな。
 などと考えながら刹那は首を縦に振る。
 ふと、隣で目をキラキラと輝かせている麻友に気付いた。
「ねえねえ、兄さん、私もいっていい?」
 妙に甘えた声でささやく麻友。
「そうくるとおもったよ!」
 刹那は呆れながら突っ込みをいれる。
 ----麻友のやつ、昔から面白そうなとこに遊びに行くとついてきたがるんだよな。
「こらこら麻友さん。無理をいっちゃいけませんよ」
 雅則が麻友をなだめようとするが、彼女は続ける。
「だって、都会にいたころは体が弱いってだけで私だけ遊びにいけなかったんですよ? せっかくこっちに着て体調もいいんだから、私も連れてってください」
 刹那は雅則の顔をうかがう。
「しょうがないですね……。麻友さん、他の人に迷惑かけないように気をつけるのですよ」
「やっぱりそうなるんですね……」
 雅則の麻友に対する甘さを知っている刹那は額を抑えながらつぶやいた。
「大丈夫ですよ、兄さん。私がついていますから!」
 トントンと自分の胸を叩きながらご満悦な麻友。
「あんまり叩くと、唯でさえちっちゃい胸がなくなるぞ」 
 次に麻友が叩いたのは刹那の顔面だった……しかも全力で。
 
       *
 
 食事を終えた刹那は携帯電話で時間を確認すると麻友を連れて玄関を出る。
 そこには白い長そでのワンピースにカーディガンを羽織った姫夢の姿があった。
「もう、遅いぞ、せっちゃん」
「うっす。せっちゃんいうなし……」
 何度目かの取りをしながら姫夢に手を振る。
 刹那の後ろからひょこっと麻友が顔を出した。
「お久しぶりです、姫夢さん」
 麻友の姿を見た姫夢の表情が一瞬で明るくなった。
「おお! 麻友ちゃんだ。久ぶり〜。うわあ、すっごい美人になったね」
 思わず麻友に歩み寄り抱きしめる姫夢。
「ちょっ、苦しいです姫夢さん! 姫夢さんこそ、すごい美人ですよ。なんだか大人の女ってかんじがします」
 麻友はなんとか姫夢を引き離した。
「ほんと久しぶりだね。今日は見送り?」
「あ、私も付いていくことにしたんですけど、まずかったですかね?」
「私はいいよ〜。むしろ大人数の方が楽しいしね」
「姫さんならそういってくれるって思ってました」
 等といいながら麻友はペロっと舌を出した。
 刹那は苦笑いをしながらそれを眺めていた。

 とりあえず刹那たちは集合場所である校門へ向かうことにした。
 静まり返った夜の道。雑談をしながら歩く女性陣二名の後ろに続いて歩く刹那。
 ----女子ってほんとよく話すよな。俺だったらそんなに話題見つけれなさそうだ。
 そうこうしているうちに校門に到着した。
 先についていた悠真が刹那たちを見つけると手を振った。
 彼はどこかの宗教団体の制服を連想させるような、黒いトッパーコートを着ていた。袖や襟、裾などに黄色のラインが入っている。まるでキョンシーが着る服のようだ。
「ばんわ。委員長、すげえ格好だな」
 刹那は自分と悠真を見比べる。
 ----俺なんて制服できているのに、本格的だな。さすがは委員長ってとこか。
「こんばんは。あれ、その女の子は?」
 麻友を見ながら首をかしげる悠真。
「ああ、わるい。話をしたら妹が付いてきたいって言い出して……」
「おいおい、遠足じゃだいんだよ?」
 悠真は呆れた顔をし肩をすくめた。
 
 午後八時になると同時に、正輝、俊哉、由美の三人がやってきた。俊哉はジャージ、正輝は制服、由美はスカートに薄手の青いコートを着ていた。
 その後、麻友への自己紹介を済ませた一同は輪になり、悠真が用意した道具を配り始めた。
「とりあえず、懐中電灯は必需品ですね。今回はこっちで用意しましたが次回からは持参でお願いします」
「なんか本格的だね」
 由美が感心した顔でつぶやいた。
「あとは、防犯ベルです。もしも別れて何かをするときはツーマンセルで行動し、これを携帯してください。なにかあったらすぐに鳴らして皆に知らせてあげてください」
「やばい、なんか俺怖くなってきた」
「お前は不良のくせして案外びびりだよな」
 正輝と俊哉も意外と乗り気である。
「それはなに?」
 姫夢が悠真の手に持っていた方位磁針のようなものを指差した。
 悠真は自慢げにそれを見せびらかす。
「これは《霊場磁針》といって、霊的磁場を感知してその強さに応じて回転するんだ。より強い心霊現象ほど磁場が強力になって速く動くんだよ」
 ほう、と感心しながら《霊場磁針》を眺める一同。
「これで道具は配り終わりましたね。それじゃあ出発しましょうか」
「どうやって旧校舎までいくんだ?」
 悠真がにやりと笑った。
「こんな時間に校門は空いていませんよね。なら必然的に……」
「あそこしかないか……」
 刹那は昨夜の出来事を思い出しながらぼやいた。

       *

 旧校舎裏の神社へと続く山道、その入り口まで歩いてきた。
 先頭を歩いていた悠真がそこで立ち止まる。
「さてと、ここからは道が悪いので気を付けてくださいね」
「こんなとこがあったんだ。全く知らなかった」
 その由美の反応からもわかるように、あまり知られていない、もとい知らされていないその参道の入り口は、街灯一つなく闇の中へと薄気味悪い一本の道が伸びているだけだ。
「いい予感がかけらもしないのは私だけ?」
「いや、俺もだ」
「私も、ですね」
 その光景を見て、思わずつぶやいた姫夢に正輝と舞うが続いた。
 悠真が《霊場磁針》を眺める。まだ特に反応していないようだ。
「ではみなさん、付いてきてください」
 そう言いながら一歩踏み出す悠真。刹那たちもそれに続いた。

 山道を懐中電灯の明かりだけが照らしている。ときどく吹く風によって木々がざわめきそのたびに女性陣(と正輝)がびくりと反応する。
 しばらくすると石段が現れた。
「ここを登ると蕪崎家の神社ですね」
 悠真が懐中電灯で石段の先を照らす。
「母さん……」
 思わず母親の名前をつぶやく刹那。
「ん?」
 ふと、悠真が何かに気づき《霊場磁針》を確認する。
 それを見た一同は《霊場磁針》を覗き込んだ。
「まわっている……。すごいゆっくりだけど、確実に」
「やっぱり幽霊いるんですかね?」
 麻友が不安そうに悠真に問いかけた。
「まだわかりませんけどね」
 
 そのまま石段を登り切った一同は鳥居の下ですこし休憩をとることにする。
 正輝は鳥居にもたれかかり、それ以外は石段に腰を下ろした。
 刹那は先ほど部室で聞いたことが気になって仕方がなかった。
「なあ、俺ちょっとそこらへんを見てきていいか?」
 思わず、悠真に尋ねてしまった。
「この神社のことか? 中には特になにもないぞ?」
「だとしても、すこしでいいから見てみたいんだ。母さんの縁のところを、ね」
 じっと刹那の目を見る悠真。
「しょうがないな。なら僕がついてくよ。何かあった時とためにツーマンセルで行動ってね」
「その何かが起きないといいけどな」
 二人は立ちあがると神社の方を見る。
「いってらっしゃい、気をつけてね」
 姫夢に見送られながら奥へと向かう。
 神社といってもかなり小さいもので、本殿としての古びた木造の建物がひとつあるだけである。
 二人は本殿の周りを歩きながら、あたりを見渡す。
「すごいおんぼろだよな」
 刹那は時折建物に触り、朽ちかけた木の感触を味わう。
「もともと古い建物だったみたいだけど、蕪崎家がなくなってから誰も管理する人がいなくてね。どんどん老朽化していったらしいな」
 悠真はちらちらと《霊場磁針》を見ている。
 静寂の闇の中で照らされている本殿は無気味そのものである。
 事が起きたのは、二人がちょうど神社の裏側に来たその時だった。
 カーン、カーンと、突然火の見櫓の鐘が鳴り始めたのだ。
 周囲に響き渡る鐘の音。
 刹那たちは、おもわず立ち止まった。
「七梨! これをみろ!」
 刹那は突き出された《霊場磁針》を見て、絶句した。
「針が……針が凄い速度でまわってる……」
 悠真があわてて防犯ブザーを鳴らそうとした、が次の瞬間----
「え?」
 闇の中から突然太い腕が現れ、悠真を掴んだ。
「委員長!」
 悠真を掴んだそれは後ろ跳びで刹那から離れる。
「つう……」
 刹那は再び目に痛みを感じた。
 しかし、一瞬瞬きをするとすぐに痛みはひき、代わりに今までよりも視界がクリアになっていた。
 その眼で彼は見た。
 闇の中に浮かんだ大きな影を。
 全長二mを超えるその影には不気味な光を放つ二つの目があり、こちらを睨んでいる。
「あ……ああ……」
 恐る恐る刹那は懐中電灯をその影に向けた。
「……………………」
 その大きな影の頭には二本角があり、小柄な人間ならば鷲掴みにできそうな大きな腕、大木を思わせるようなずっしりとした足、そして口元からは鋭い牙がむき出しになっている。その姿はまるで、日本の古い文学書に出てくるような鬼のようだった。
 強烈な恐怖が刹那を襲う。言葉では表せない恐ろしさがそこにはあった。
 逃げようとするが、体が思うように動かない。
 その様子を見ていた鬼が、左手にいつのまにか気絶していた悠真を抱えたまま、ずんっと一気に距離を詰めてきた。そのまま右腕を刹那に向かって突き出す。
 その右腕が目の前まで近づいてくる。
 だが、このとき刹那は不思議な感覚を覚えていた。
 ----見える?
 鬼の動きは確かに俊敏であったか、刹那の眼にははっきりとそれが映っていた。
 見えている、ということを認識したとたん先ほどまで感じていた恐怖が少しだけ弱くなった。
「万事休す!」
 刹那は左に飛び右腕をかわすと、そのまま距離をあける。
「……なるほど」
 鬼が突然しゃべりだした。
「その眼、《霊瞳》……貴様は“妖怪封じ”、か」
「なんのことだ?」
 鬼は見た。紅に染まった瞳に浮かび上がった丸三つ扇のような紋を。
「カカカ、自分で分かっていないとは、な」
 鬼はにやりと笑うと、悠真を連れたまま大きく飛跳ね、神社のさらに奥、旧校舎の方へと去って行った。
「逃げた、のか?」
 刹那は悠真が掴まれた際に落ちた《霊場磁針》を拾いあげる。
「せっちゃん!」
 姫夢たちが近寄ってきた。
「今、櫓の鐘がカーン、カーンって鳴って……せっちゃん?」
 姫夢たちは刹那の顔を覗き込む。
 ただしくは、刹那の眼を……。
「兄さん、その眼……どうしたの?」
 刹那は首をかしげながら彼女たちを見渡した。
「何か変か?」
「おまえ、なんだそれ。眼が真っ赤になって変な紋章浮かんでて……」
「そうなのか?」
 と言いながら、刹那が瞬きをすると、その一瞬で彼の眼は元に戻ってしまった。
 周囲にいた人たちはわけがわからず戸惑っている。
「え? 刹那君、いまのなに? 私の見間違い?」
「いや、そんなことないよ、由美ちゃん、俺も見たから」
 由美と俊哉が不思議そうな顔で見ている。
「そうだ、そんなことより大変なんだ!」
 刹那はあわてて悠真の話をした。

「え? 化け物に委員長がさらわれた?」
 一同が驚きの声をあげる。
「おいおい……」
「マジかよ……」
「もう、もう帰ろうよ!こんな怖いとこにいたら、私たちまで危ないよ!」
 由美にいたってはもう泣き出しそうだった。正輝もその意見を肯定する。
「そ、そうだよ。今日はひとまず帰ろうぜ。そんで交番いって委員長を探してもらお?」
 刹那は考える。
 ----正直、俺だってこの場から逃げ出したい。でも、仲間が連れ去られた。しかも自分の目の前で。
 刹那の中で恐怖と悔しさが入り乱れる。
 すこし間を置き刹那は言った。
「……あの化け物を、鬼を追おう」
 その一言に他の全員が驚いた。
「おまえ正気かよ?」
 俊哉は鬼気迫る目で俺を見てくる。
「警察や大人がこんなこと信じるわけがないだろ。それに急がないと悠真が、取り返しのつかないことになっちまうかもしれないんだぞ」
 正輝が間に割って入る。
「落ち着けよ、おまえら。なぁ刹那、よく考えてみろ。その化け物は委員長一人を連れ去ったんだろ?」
「ああ」
「おそらくその気になれば、そいつは俺ら全員を連れ去ることもできたと思うんだ。それなのに、なんでそいつは委員長一人しか連れ去らなかったんだ? 俺はこう思うんだ。きっとそいつは委員長を囮にして俺らをおびき出すつもりなんだよ」
 ----たしかにその可能性もある、というかまちがいなくそうだろう。
 しかし刹那はここで引くわけにはいかなかった。
「でも、例え罠だとしても、俺は仲間を見捨てたりはできないよ。俺は、目の前で委員長がさらわれたのになにもできなかった。あいつさらわれるのをただ見ていただけだ」
 一息入れ、さらに刹那は続ける。
「それに、もしも母さんだったら……心霊研究同好会にいた母さんだったら、こういうとききっと逃げなかったと思う、そんな気がするから」
 そういって刹那は懐中電灯を片手に握り、正面にある旧校舎へと向かう石段へ向かって走り出した。
「ああもう! あの野郎、一人だけかっこつけやがって。……おい! 俊哉! 俺らも行くぞ!」
「お、おう!」
 男性陣も刹那について走り出す。
「あ、まってよ兄さん!」
 麻友も後に続いた。
「あ、麻友ちゃん!」
 姫夢は麻友を追いかけようとしが後ろから由美に掴まれた。
「ねぇ……ここは男子に任せて私たちは逃げましょう」
 姫夢はぶるぶると震えているその手をそっと握り締めた。
「姫夢?」
「ごめん、由美。私行くわ! このまま、みんなだけ危険な目にはあわせれないっしょ?」
「……もう、どうなっても知らないんだから!!」
 そんなことを言いながらもあとの二人も刹那を追いかけて走り出した。
 刹那は全速力で石段を駆け上がる。
「まってろよ、委員長」

       *

 石段を登りきると、そこには古い木造建築の校舎が不気味な姿を覗かせていた。
 正面に手前開きの扉があり、その少し上に止っている時計がある。中央部分のみ三階建てで、他は二階建てになっていた。中央の入り口を挟み左右の造りがシンメトリーとなっている。入り口の脇にはこれまた懐かしい二宮金次郎の像があった。 見た目は一見ひどく見えるが、窓ガラスなどは割られていない。近づく人もいないのだろう。
「これは、予想以上にすごいな……」
「ええ、まちがいなく出るわね」
 場所によっては遠くから見ることもできる校舎だが、近くで見るとその不気味さがはっきりとわかる。
 刹那達は入口へ向かってゆっくりと進む。
「鍵は開いてるのかな?」
 全員で寄り添ってあたりを見回す。
 そのときだった。
 ----キイィィィィィ
 錆びた金属がすれるように嫌な音がして、入り口の扉が開いた。まるで、彼らを誘っているかのように。
「兄さん。どうやら、私たち歓迎されているみたいですね」
「みたいだな……」
「行くの?」
 姫夢が刹那のほうを窺う。
 ----他に入り口はないのか? このまま突っ込んでいいのか?
 様々な考えが刹那の中に湧いては消えていく。
 そんなときだった。
 突然うしろでがたっという物音が聞こえた。
「!?」
 刹那達はとっさに振り向いた。
「……………………」
 そこには二宮金次郎の像がいた。
「なんだ、ただの像か。おどかすなよもう〜」
 正輝が服の袖で額に出た汗をぬぐう。
 その時、麻友があることに気付いた。
「あれ、でもこの像。たしかさっき入口の右側に、しかも校舎を背にしていませんでしたっけ?」
「あ……」
 再び二宮金次郎の像の方を向く。
 彼らは校舎に対して向かい合うように立っている。つまり、本来その像は自分たちの右側にないといけないわけで……
「……まじで?」
 誰かがそうつぶやいた瞬間、二宮金次郎さんの目が突然開いた。
「!?」
 そこにあったのは人間そっくりの眼球。
「い、いやああああああああああああああ」
 叫び声をあげながら由美が走り出す、それもよりにもよって旧校舎の中へと。
 刹那達も急いであとを追う。
「まってよ、由美ちゃん!」
 俊哉が由美を捕まえた時には全員が完全に旧校舎の中へ入ってしまっていた。
 それを確認したのか、旧校舎の入り口が完全に閉まる。どうやらもう開きそうにない。
 彼ら校舎にはいってすぐの下駄箱にいた。
 その先は廊下が右、左と二方向に分かれている。どうやらこの校舎は、内側の教室を囲むように廊下が作られており、廊下の両側に教室がある特殊な造りをしていた。右の廊下を進んでも途中で教室に入たり、階段を上がらなければ一周して左の廊下から戻ってこられるようだった。
 校舎内はひんやりとしていて、少し肌寒かった。そのせいか、思わず姫夢が震える。
「大丈夫か?」
 それを見た刹那は自分の学ランを脱ぐと姫夢の肩にかけた。
「え、あ……ありがとう」
 突然のことに驚きながらも姫夢はきゅっと学ランを握りしめた。
「じゃあ、麻友ちゃんには俺が……」
 それを真似したのか正輝も麻友の肩に自分の学ランをかけた。
「どうもありがとうございます……でも、どうせなら兄さんのが……」
 と言ったが、後半はよく聞き取れなった。
「あの、じゃあ由美ちゃんはこれ、どうぞ」
 俊哉もジャージの上を由美へ渡す。
「ありがとう、でもあなたたちもさむいでしょ? 大丈夫なの?」
 男三人は照れながら返す。
「冷房ガンガンの都会なめちゃいかんよ」
「俺暑がりだし〜」
「俺はほら筋肉あるから!」
 周囲の雰囲気をは裏腹に、暖かい空気が流れる。
 しかし、それは一瞬のことだった。
「カカカ……」
 どこからともなく不気味な笑い声が聞こえてきた。
「!? せっちゃん、うしろ!」
 姫夢がとっさに叫ぶ。
 刹那は振り向きざまに、無意識にあの魔眼、《霊瞳》を発動させた。
 彼の視界へ大きな鬼が飛び込んでくる。
「みんな伏せろ!」
 刹那の合図で全員が床に伏せるが、麻友だけが遅れてそのまま転んでしまった。
 鬼は彼らの頭上を抜け、反対側に着地し、彼らを睨みつけた。
「麻友!」
 あわてて麻友のそばによる刹那。
 ふと、何かが落ちているのに気づいた。
「これは、昨日の木箱にあった経文?」
 麻友のポケットには手帳のほうも入っているようだ。転んだ拍子に経文だけ落ちたのだろう。どうやら麻友はずっとこれをもっていたらしい。
「カカカ、ここは我の狩り場だ。たとえその眼をもってしても貴様程度の霊能力者じゃ我はどうにもできんぞ」
 刹那は麻友をかばうように鬼の前に立つ。
 ふと、ちかくの教室の内窓ガラスに映った自分を見た。そこにあったのは、紅の瞳に漆黒の丸三つ扇のような紋を宿した自分。
「なんでこんな風になってるかよくわかんねえけど、お前らはどうやらこの眼、《霊瞳》っていうのか? こいつがあんまり好きじゃないみたいだな」
 刹那はにやりと笑う。
 しかし内心は……
 ---やっべ、なんだよ、この眼。リアルにオカルトじゃないか。え? これ眼科いくべき? いや……でも……ええい、とりあえず、さっきこいつの言ってた単語並べてハッタリでもかますか!
「舐めてもらっちゃこまる! こう見えても俺は心霊研究のスペシャリストを母にもつ最強の霊能力者だ! この《霊瞳》があるかぎりお前には逃げ場はない」
 刹那が鬼の気を引いているうちに姫夢たちは起き上がりなんとか体制を立て直した。
「せっちゃん!」
「姫夢、こんなやつ俺に任せろ。おまえらは委員長を探して来い」
 姫夢には分かっていた。しばらくぶりにあったとはいえ幼馴染の刹那のことである。彼がハッタリで時間を稼ごうとしてくれていることが、分かってしまう。
「でも、せっちゃん!」
「いいからいけ! あと、せっちゃんはよせ……」
「ばかなこと言ってんじゃね!」
 正輝が刹那の肩を掴もうとしたが、彼はそれよりも早く正輝の行動を見切り逆に正輝の襟元を掴んでよせ、耳元でつぶやく。
「時間は稼ぐ、できるだけはやく委員長を見つけてくれ。委員長ならきっと何か対処法をしってるはずだ」
 そういうと、刹那は正輝を突き飛ばす。
 このとき刹那は正輝の手に《霊場磁針》を握らせた。
「刹那……」
 刹那はにやりと笑う。
「走れ!」
 刹那の叫び声を合図に、姫夢たちは別方向の廊下へ走り出した。
 それを確認すると彼は再び鬼の方へと向かい立つ。
「七梨刹那だ、おまえがいうとこの“妖怪封じ“ってやつか?」
 鬼は一歩前へ出るといつもの無気味笑いをした。
「カカカ、性がちがうようだが、その眼まちがいない。きさまらへの積年の恨み晴らさせてもらうぞ?」
 刹那の方へ再び接近してくる鬼。
「つかまるか!」
 刹那はそれを横に跳びかわす。
「カカッ、その程度で」
 鬼は左右の腕で交互に掴みかかる。
 刹那も左右に体を動かし回避していく。
 だが、校舎内の狭さゆえにだんだんと追い詰められていく刹那。ある時、廊下の壁に気付かず一瞬止まってしまった。
「やばい!」
 鬼はニヤリと笑うと勢いよく拳を振りおろした。
「うわああああああああああああ」
 刹那は咄嗟にずっと手に持っていた経文を前に出す。自分でも理解していなかったし、無我夢中で自分が何をしているかもほとんど分かっていなかった。でも、なぜかそうした。もしかすると、経文が彼にそうさせたのかもしれない。
 前に突き出された般若心経の経文に鬼の大きな腕が振れた。普通ならそのままあっさり破られてしまうだろう。だが、突如として光を放ち始めた経文は鬼の拳を完全に受け止めたのだ。
「ばかな、防御陣だと?」
 鬼の薄気味悪い笑いが止まり、表情が変わった。
「別にいままで神様とか仏様とか信じていたわけじゃねえけど、よ……。たしかにこいつはすごいじゃねえか!」
 今度は刹那が笑い始めた。
 鬼はすぐさま左手を突き出すが、刹那は左手に経文を持ち替え鬼の左腕をはじいた。
「うおおおおおおお」
 雄たけびをあげながら、右手で勢いよく鬼の体を殴りつけた。
「カッ……」
 鬼が一瞬ひるんだ。
「どうやら妖怪や化け物っていっても触れないわけじゃなさそうだな!」
 さらに刹那は鬼の後ろへ回り込むと、その尻に向かって蹴りをいれた。
「きさまああああ」
 その行動に怒り狂った鬼はさらに刹那に襲いかかった。
「やい、この糞鬼。俺を殺したかったら捕まえてみろ!」
 防御陣を生成した経文で鬼の突進を受け流すと、刹那はそのまま姫夢たちとは別方向へと逃げ出した。
「みんな、そっちは頼むぞ……」

       *

 一方そのころ正輝達はというと、旧校舎の二階にいた。旧校舎の二階も一階と造りはほとんど変わらず、配置教室のみが違っている。
 正輝達は自分たちが上がってきた階段を基点にして、廊下を一周することにした。
「お〜い、委員長〜。どこだ〜?」
 声が響かないように小声で呼んでみるが、返事はない。
「どうやらこの近くにはいないみたいね」
 《霊場磁針》の針はゆっくりと回っているだけだった。
 懐中電灯を使うとさっきの化け物に場所を教えてしまう可能性があるので使っていない。窓から入る月明かりだけがわずかに教室内を照らしているが、その明かりは廊下にはほとんど届かなかった。
「刹那君大丈夫かな……」
 由美が不安そうにつぶやいた。
「きっと大丈夫よ……あいつは昔からやるときはやるやつだし」
 姫夢落ち着いて、辺りを見渡している。
「よくわかってんな。さすがは幼なじみ」
 廊下の角までいき、左折する。
 左折してすぐのところにあるトイレがあった。
「ちょっと……ここ女子トイレじゃない?」「ちょっとまてよ、女子トイレっていったら……」
 麻友が手前から四番目の個室に行き、ドアをノックして言う。
「は〜なこさん〜。遊びましょう〜」
 思わず俊哉と正輝は突っ込みをいれた。
「って……呼んじゃったよ!」
「いや、なんかやらないといけない気がして……」
 テヘっと舌を出す麻友。
辺りが静かになる。
「……………………」
 少しの沈黙の後、どこからともなく女の子の声がした
「はぁ〜い」
 その声を聞きいた一同は驚き辺りを見回した。しかし、そこに自分達以外の姿はない。
「な、なにもないぞ!」
「でも、今声が……」
「と、とりあえず出ようぜ?」
 正輝はトイレから出ようと、出口に向う。
「ん?」
 ふいに、トイレの鏡を見た。そこには半透明の少女がこちらを見ていた。おかっぱに、緑色の目に真っ赤なワンピースをきている。
「もしかして……花子さん?」
「ねぇ……あそぼぅ?」
 花子さんは鏡からすーっと抜け出してきた。
「ひぃ!?」
 正輝が尻餅をついた。
「ふふふ……」
 彼女は不適に笑うと、そのままどこかへ消え去ってしまった。
「え……消えた?」
 一同は辺りを見渡す。
「どこにもいないですね」
「い、いったいなんなのよ〜」
 由美は涙目になっていた。

       *

 入り口から左側の廊下へ逃げた刹那は、近くの水飲み場に隠れていた。
 魔眼《霊瞳》は気づいたら閉じていた。
 ----いまいち発動の仕方が掴めないな。というかいまだに信じられないし、な。
 鬼が彼を探して近くをうろうろしている。
 ----いい感じに時間を稼げているな。
「ん?」
 どうやらそのままどこか別の方向へいってしまったらしい。
「げ、囮なのにこれはやばい!」
 慌てて水飲み場を出ようとすると、不意に足元に気配を感じた。
「なんかいるのか?」
 足元を見るとそこには……犬がいた。
「犬?」
 刹那は興味深そうに犬を見つめる。
 ふと、犬がこちらを向いた。
「ええ!?」
 そこにあったのは犬の顔ではなく、人間の(なぜか分からないがキム○ク似の)顔をした犬だった。
「じ、人面犬!!」
 刹那は思わず後退する。
 彼は急いでその場所から離れようとした。
「まてよ、“妖怪封じ”」
 人面犬に呼び止められた。
「な、なんでしょうか?」
 わけもわからず敬語になる刹那。
「なんでお前みたいなのがここにいるんだ?」
「仲間が鬼にさらわれた。それを追ってきたらこんなとこまで来ちまった、感じかな」
 刹那の答えを聞いたに人面犬は鼻で笑った。
「あぁ、あいつがさっきつれてきた人間か」「しってるのか?」
「そいつの場所まで連れて行ってやる。ただしそいつを助けたらすぐに立ち去れ」
そういうと、人面犬は廊下のほうへ歩いて行った。刹那もそれに続く。
「なぜ、俺にそれを教える?」
 刹那はつい人面犬に話しかけてしまった。
 人面犬は前を見たまま答える。
「取り返しのつかないことになると、僕らもいい気分じゃないんでね」
「取り返しのつかないこと?」
「君からは、彼女とおなじ匂いがする」
「え?」
 刹那は、人面犬の言っていることがまったく理解できなかった。
「かつて彼女は……ん?」
 人面犬は何かを言おうとしたようだったが、その途中で何かに気がついた。
「ついたぞ・・・・」
 そこは男子トイレだった。ちょうと先ほど姫夢たちが入ったところとは別方向である。入り口の洗面所のところに何かが倒れている。刹那は懐中電灯の電源を入れ、それを照らした。そこには悠真が倒れていた。
「委員長!!」
 刹那は急いで悠真のそばに駆け寄る。
「では、僕はこれで」
 人面犬は刹那に背を向けて歩き出す。
「まってくれ! さっき何を言おうとしたんです?」
 人面犬は背中越しに首だけこちらを向けた。
「言ったろ。そいつを助けたらすぐに立ち去れと」
「つぅ……」
「その答えはすぐにわかるだろ」
 そう言い残して、闇の中へ消えていった。
「う〜ん?」
 人面犬が消えるとほぼ同時に悠真が目を覚ました。
「大丈夫か、委員長?」
「七梨か……ここは?」
 ゆっくりと起き上がる悠真。
「旧校舎内だ」
「わざわざ助けに来たのか?」
「ああ、早くみんなと合流しよう」
「みんなもいるのか?」
 刹那は笑顔でうなずいた。
 
       *

 その頃、姫夢たちは一階で鬼と遭遇してしまっていた。
「いきなりピンチっすか」
 彼女たちは近くの教室の廊下側の窓の下に潜んでいた。ここならば廊下からは死角になっているので、隠れるにはもってこいの場所だ。
「まだ気づかれてないですよね?」
 隠れている窓のすぐ向こうを鬼が歩きながらときおり教室の中を見渡している。
「ちょ、あぶねぇ。もうすこしよってくれ」
 番隅にいた俊哉が、動こうとした。
「きゃっ」
 俊哉の手が由美に触れたらしい。
「ちょ、ちょっとどこ触ってるのよ! えっち!」
 なかなかの地雷ポジションを踏んだようだ。
「しょ、しょうがないだろ! 狭いんだから!」
「二人とも静かにしないと見つかっちゃうよ!」
「いや、どうやら手遅れみたいですね」
 麻友が冷や汗をかきながらいう。
「え?」
「みつけたぞ〜」
 鬼が窓ごしにこちらを覗き込んでいた。
「い、いゃぁぁぁ」
 由美の叫び声と同時に、ガシャーンと窓ガラスを突き破り、鬼が室中にはいってきた。
「くう……」
 正輝は立ち上がり、目の前にあった、机の椅子を鬼にむかって投げ付ける。それを払い除けたとき、鬼に一瞬、隙ができた。
「今だ! にげるぞ」
 そういって正輝は後ろのほうの扉にむかって走りだす。姫夢達もそれに続いた。
 廊下に出た一同は、先程花子さんに遭遇したトイレのほうへむかって逃げた。
「もういやぁ〜」
 由美が泣き叫びながら走る。トイレの前を通過し、階段へと向かう。先頭にいた正輝が階段を降りるために、廊下からを曲がろうとようとした、その時……。
 ----ピピピピピピーー
 遠くから防犯ブザーの音が聞こえた。
「この音は!」
 正輝は姫夢達全員に合図を出し、ブザー音の聞こえる方向へダッシュした。

       *

 その少し前、二階のある教室に刹那と悠真はいた。机、椅子などの備品は特に置いておらず、広いだけの空間だった。
 先ほど理科室によって持ってきたアルコールランプを四方へ設置し、教室の中心にたった悠真が持参した十字架を構える。
「これは西洋の退魔術の一種で、いわゆる悪魔払いの儀式なんだ」
 誇らしげに刹那を見る悠真。
「悪魔払いか……あいつに効くのか?」
 刹那は教室の入り口で防犯ブザーを鳴らし続けている。
「今できることがこれしかない以上、やるしかないだろう。ブザーの音を聞いて皆と鬼、どっちが先に来るかが……」
 問題だけど、と悠真が続けようとしたとき、遠くの方から複数の足音が聞こえてきた。
「足音? 複数ってことは姫夢達か!」
 刹那が教室の扉を開け廊下を覗く。
 そこには、全力疾走でこちらを目指す正輝達と、その後ろを追う鬼の姿があった。
「なあ……委員長」
 刹那は防犯ブザーの音を止め悠真の方を見る。
「どうした?」
 ----これは予想外だよな。
「……どっちも一緒に来たんだが、どうするべ?」
「は?」
 悠真が眉間にしわを寄せると同時に、正輝たちが教室の中へ雪崩れ込んでくる。
 全員が入ったのを確認した刹那は扉をすぐに閉め、鍵をかけた。
「よ、よう。大丈夫か?」
 息を切らしその場に座り込む正輝達。
「そっちこそ。一人で囮になったうえ委員長まで見つけるとか、おまえ活躍しすぎだぜ、刹那」
 麻友が刹那に近づいてきた。
「うう……怖かったです、兄さん」
 そのまま彼に抱きつく麻友。
「麻友も無事でよかった」
「……………………」
 しかし、麻友からの返事はない。
「あれ?」
 麻友は俺に抱きついたまま眠ってしまっいた。
「お兄さんに会えて安心しちゃったんだね」
 姫夢が刹那達に近づこうとする。
 そのとたん----
「カカカ!」 
 ガン! ガン!と、鬼が廊下側の窓ガラスをたたく音がした。
「まあそうなるわな!」
 刹那は、麻友を抱きかかえるとそのまま悠真の横まで運んだ。
「みんなのこっちへこい!」
 悠真の掛け声で全員が彼のいる教室の中心に集まる。
 それとほぼ同時に、ガラスが砕かれ鬼が侵入してきた。
「我から逃げ切れると思っているのか……ん?」
 こちらの様子に気づいた鬼の動きが止まる。
「何の真似だ? 人間ども」
 悠真が震えながら十字架を鬼の方へ掲げた。
「か、かかったな。これでもくらえ!」
 彼は目をつむると謎の呪文を唱え始めた。
「Scompaia con un demone che vive per un rancore、Scompaia con un demone che vive per un rancore」
 十字架が震え始める。
「おお! 委員長すげえ!」
 正輝が後ろで感動している。
「Scompaia con un demone che vive per un rancore!」
 震え続けていた十字架が、一瞬カメラのフラッシュのような光を放った。
 その光が、鬼を包み込む。
 しかし、その光を受けながらも鬼は微動だにしていなかった。
「そんな馬鹿な……」
 悠馬の表情が一気に暗くなる。
「カカカ、我はまだ不完全とはいえ東洋の鬼であるぞ。東洋最上位の妖怪を、西洋の、しかもそんな下級術式でどうにかしようなど、笑止!」
 鬼が左腕を伸ばし掴みかかる。
「ちっ……」
 刹那は舌打ちをすると、悠馬の前に出た。
 ポケットから経文を取り出し防御陣を張る。
 光を放った経文はまるでそこに壁を作るかのように鬼の拳を受け止める。
「どけよ、“妖怪封じ”。まずはお前の仲間から殺してやるからよ」
 鬼は、空いていた右腕の掌を返し、何かを掴むように指をすぼめる。
「大した霊能力もないからと、さっきは加減してやったが……次は本気で殺してやる」
 鬼の掌で真っ黒い球体ができあがっていく。
 禍々しい力を放つそれを刹那に向かって突き出す。
「めでたくゲームオーバーだ」
 刹那の目の前に現れたその球体が突然爆発し、衝撃波が刹那の方向へと拡散した。
「うぐっ!」
 その衝撃波はあっさりと経文の壁を弾き飛ばし、そのまま刹那達を弾き飛ばす。
 刹那は後ろにいた悠真達を巻き込み、背後の黒板に叩きつけられた。
「これは、やばいんじゃね?」
 正輝が腰を押さえながら起き上がる。
 俊哉や他のみんなもただ絶望して鬼の方をみている。
「カカカカカカカカカ」
 鬼が笑いながらもう一度黒い球体を作り出した。
「う……」
 刹那はなんとか立ち上がると再び経文を前に掲げる。
 しかし、刹那の前にもう一人立っていた。
「姫夢!?」
 それは、皆を庇うように両手を広げた姫夢だった。
「もうやめて!」
 姫夢は涙を流しながら鬼を見た。
「姫夢! あぶないよ!」
 由美の声が響いた。
「カカカ、そんなに死にたいか……、なら望み通り……」
 鬼が姫夢に向かって黒い球体を投げつけた。
「ひめえええええええええええええ」
 咄嗟に、球体に向かって右手にもった経文を叩きつけようとする刹那。
「だめだ、間に合わな----」
 い----、という前に右手に誰かの手が重なった。
 二つの手に握られた経文が球体とぶつかる。
パァン! という爆発音とともに球体が辺りに散らばり、教室中に傷をつけていく。
しかし、驚いたことに刹那達の方には一切の被害はなかった。
「なんだと?」
 鬼の動きが止まる。
「……麻友?」
 刹那の手に重ねられていた手は麻友のものだった。
『刹那……』
 麻友が刹那の方を向いた。
 それと同時に頭の中へ声が入ってくる。
「これは……麻友、おまえなのか?」
 しかし麻友は何も答えず、こちらを見ている。
 驚いたことに麻友はうっすら光をまとっており、その左目が刹那の魔眼《霊瞳》と同じようなものになっていた。
『今のあいつではさっきみたいな《妖力波》は何発も撃てないわ。だから、少しだけ時間を稼いで』
 また頭の中に声が送られてきた。
「え?」
 戸惑う刹那をよそに、姫夢達の方へ行ってしまう麻友。
『君、心霊現象について詳しいのだっけ?』
 悠真たちの頭の中にもその声は聞こえていた。その妙に落ち着きのある声で話しかけられたのは悠真のようだ。
「は、はい」
『安心して、あなたのやったことは別に間違いじゃないわ』
 そう言いながら麻友は床に落ちていた十字架を拾い上げた。
『ただ、少し弱かっただけ。あなた魔法陣はかける?』
「どの様式ですか?」
『そうね……さっきの呪文から察するに、イタリア式で』
 にこりとほほ笑む麻友。
『魔法陣で術式にブーストをかけ、霊眠させるわ』
 彼女は十字架を悠馬に差し出す。
「霊眠、ですか? 退魔のほうがいいんじゃないですか?」
 なにやら二人の間でしか通じないやり取りをしている。
 ちなみに、この時刹那は無我夢中で鬼と戦っているのだが、それは置いておこう。
「ちょっとまって、どういうこと? っていうかどうしたの麻友ちゃん?」
 正輝が会話に割り込んだ。
『幽霊、妖怪、悪魔、こういった類の対処法としてはいろいろあってね』
 頭に直接響く声を悠馬が補足していく。
「東洋では霊眠、ある特定の物や場所に対象を眠らせ時間をかけて成仏させるのが主だし、西洋では退魔、霊眠とは逆に強い力で一気に消しちゃうのが有名なんだ。特殊なのとしては、中国の封印もあるね」
 麻友と悠真を覗いた全員の頭の上に大きくクエッションマークが浮かぶ。
『霊眠は対処法としてそこまでの霊能力は必要ないのだけれど、その代わりその場で消すわけじゃないから、あの鬼みたいに不完全体で蘇ったりする場合があるの。退魔が強い霊能力が必要だけど、その場で対象を消してしまえる。封印は字のとおり完全に対象を封印してしまう、故に封じられたものは成仏することも中から封印を破ることもできないのよ』
 さらにクエッションマークが増える。
『とりあえず、君』
 麻友が悠真のほうを向き直す。
『魔法陣を書き終わったら、さっきと同じ呪文でいいわ。この十字架を媒体にして霊眠を開始して』
「わかりました!」
 悠馬は黒板にあったチョークをとると魔法陣を書き始めた。

 刹那は必死に鬼の攻撃を避けていた。
 麻友のいったとおり《妖力波》は全く使ってこない。
 ----さっきの麻友、いったい。
 等と余計なこと考えていると、すぐ目の前に鬼の腕があった。
「ずいぶんと余裕だな」
 鬼の腕が経文の防御壁越しに刹那の胸元を掴む。そして、勢いよく彼の体を投げつけた。
 その勢いでシャツの前側が裂け、そのまま廊下の方へと飛ばされていく。その拍子に経文が手の届かない場所に飛んで行ってしまった。
『刹那!』
 麻友が彼の方へ駆け寄ってきた。
『大丈夫?』
 刹那の手を引きながらやさしいまなざしで彼に向ける麻友。
 刹那はふと麻友のポケットが光を放っているのに気づいた。
 ----あそこには確か母さんの……
『来るわ!』
 刹那が気づくよりも早く麻友が動いた。
 刹那を突き飛ばし彼女も退く。
 二人の間に鬼の拳が振り下ろされた。
「カカカ……。この感じ、貴様か」
 鬼が麻友を見下ろす。
『さあ、なんのことかしら?』
「だが、その器では何もできないのだろ? ならばここで我に殺されるだけだ!」
 鬼が再び腕を振りかぶった。
「やめろ!」
 刹那がそこに割り込む。
「ちょうどいい、二人まとめてあの世へ送ってやる」
 ----あの経文も手元にない、もうだめか!
 あきらめかけた刹那の頭の中へ声が入ってきた。
『大丈夫ですよ、刹那。我が家のその眼《霊瞳》は見切りの力ですが、ただ状況を見切るだけではありません。あることに対して特に強いのです』
「あること?」
『この世界には何一つとして完璧なものはありません。必ず綻びは、弱点はあるのです。妖怪や霊、悪魔や術式など非現実なものほどそれははっきりとわかります。その眼はそれを見切ることができるのです』
 鬼が右腕をあげ《妖力波》を作り出す。
 刹那は、麻友に向かってほほ笑む。
「そうか……ありがとう、麻友」
 あえて「麻友」を強調する刹那。
 彼は目を閉じると深呼吸をする。
 そして《霊瞳》を開眼しようとした。
「え……」
 しかし、思うように力が発動しない。
『どうやら、まだ不安定なようね』
 そういうと麻友は自分の左目の《霊瞳》で刹那を見た。
 彼の目に一瞬の痛みが走り、視界が切り替わる。
「カカカ、これが我の最大の《妖力波》だ」
 刹那達に向かって、今までで最大の球体が放たれた。
 刹那はじーっとそれを見続けた。
 全ての集中力を眼に集める。
 彼の目前まで接近してくる球体。
 ----そこか!
 一瞬、刹那の眼に《妖力波》の中心が十字に光るのがうつった。
 彼は夢中で、素手でそこを殴りつけた。
 次の瞬間、パァン! と先ほどのように球体が爆発し辺りに飛び散る。
「なに……貴様、やはりその眼……殺さなければいけない。なあ」
 続けざまに、鬼の額も十字に光る。 
 ----そこがてめえの綻びか! 
 鬼が腕を振り上げた間に一気に懐に入った刹那は、鬼の膝を踏みつけ真上に飛んだ。
 相手の両肩を押さえ思いっきり額に頭突きをかます。
「ぐああああああ」
 鬼がひるんで動きが止まる。
 それと同時に教室内から声が聞こえた。
「準備できました!」
 悠真の元気な声だった。

 麻友を抱きかかえた刹那は教室へ飛び込むと急いで悠真たちのいる魔法陣のほうへ向かう。
 鬼は先ほどのダメージのせいかかなり動きが鈍い。
「おまたせしました!」
 刹那達が魔法陣の中に入ると悠真は十字架を掲げた。
 体制を立て直した鬼が向かってくる。
「Scompaia con un demone che vive per un rancore、Scompaia con un demone che vive per un rancore」
 再び悠真の呪文が唱えられた。
 同時に、魔法陣が光り始める。
「Scompaia con un demone che vive per un rancore、Scompaia con un demone che vive per un rancore」
 十字架が魔法陣の光を包み込み先ほどよりも強力な光を放った。
「く……カ、カカカカ……」
 鬼が胸を押さえながら苦しみ始める。
「Scompaia con un demone che vive per un rancore、Scompaia con un demone che vive per un rancore」
「いけえ委員長!」
「がんばれ委員長!」
 正輝達の応援の声を耳にした悠真はさらに力強く唱える。
「Scompaia con un demone che vive per un rancore!!」
 その瞬間、鬼の全身が光に包まれ十字架に吸い込まれていった。

 やがて、光がおさまりあたりが静かになった。
「終わったのか?」
 俊哉がきょろきょろとあたりを窺う。
「どうなの?」
 由美が不安そうに悠真を見た。
「たぶん、大丈夫かな?」
 悠真が十字架を見つめる。だが、次の瞬間……。
 ピシっと十字架にひびが入った。
『まずい!』
 麻友が悠真から十字架を奪い取ると教室の奥へと投げつけた。
 投げ捨てられた十字架は、空中で砕けその中から再び鬼が出てくる。
『しまった。あの十字架、予想以上に媒体としての力なあかったのね。私としたことが完全になまっているわね』
 再び表情が暗くなる一同。
「カカカ、どうやら頼みの綱の霊眠も失敗したようだな。カカッ、このまま一人ずつ嬲り殺してやる!」
「させるか!」
 刹那が拳を握りしめ、再び鬼へと立ち向かう。
「どうしよ、霊眠するにももう媒体がありませんよ!」
 慌てふためく悠真。それが他の人にも伝染しパニックになる。
 ふと、麻友の眼に刹那が胸に付けているペンダントが見えた。
 普段はシャツの下に隠してあるが、さきほどそれが破れたことによって見えるようになったようだ。
『刹那! ペンダントよ!』
 ----え?
 刹那は首からかかっているペンダントを見た。
『そのペンダントには黒真珠がついているわ』
 悠真もはっとした。
「そうか! 黒真珠だ」
「どういうこと?」
「黒真珠には昔から霊的な力があるといわれているんだ。その力は強力な部類で、おそらく鬼クラスの妖怪でも霊眠させるくらいなら……」
 刹那はそれを聞きながらペンダントを握りしめる。
 ----でも、これは母さんの……。
 一瞬の迷い、その隙に鬼が腕を振り上げた。
『刹那、大丈夫よ』
 またあの声が頭の中に響いた。
『あなたのお母さんは、いつもあなたたちを見守っているから、ね』
 やさしく語りかけてくるその声に、刹那は懐かしさを覚えた。
 刹那の眼に巨大な鬼の姿が映し出される。
 ----このままじゃ全員死んじまう。姫夢も麻友も正輝もみんな……。
「わかったよ。母さん……」
 ぼそりとつぶやくと、彼はペンダントを外した。
 ----俺は、こいつらを、仲間を守る!
 そのペンダントの黒真珠を右手で握りしめた。すると、先ほどの魔法陣が再び光だし、その光は細かい粒子となって黒真珠へ飲み込まれていく。
「おい、糞鬼……」
 彼は《霊瞳》で鬼をギロリと睨みつける。
「おまえのせいで、大事なペンダントをこんなことに使わないといけなくなっちまったじゃないか……」
「カカカ、だからどうした? おまえはここで死ぬんだ!」
 鬼の拳が高速で放たれる。
『刹那!』
 麻友が経文を拾い上げ刹那へと投げ渡した。
 彼はそれを左手で受け取ると、鬼に向かって走りました。
「このペンダントの借りは、でかいぞ!」
 刹那は鬼の拳を経文で受け流し、同時に跳びあがった。
 拳をはじいた力を乗せてさらに跳ね上がり、鬼の頭上をとった。
「てめえなんかに、俺の仲間を誰も殺させるかよおおお!」
 そのままの勢いを乗せた右ストレートを鬼の額、彼の眼に十字の光が見えるそこへぶち込んだ。そして、手を開き黒真珠のペンダントを押しつける。
「ぐああああああああああああああ」
「うおおおおおおおおおおおおおお」
 鬼と人間の叫び声がこだました。
 光の粒子が鬼を包み込み、その姿を粒子へと変えていく。そしてそれはそのまま黒真珠の中へ吸い込まれていった。
 

 鬼の体が完全無くなると同時に、支えを失った刹那の体が地面に落下する。
 ドスン! と刹那の体が床にたたきつけられた。
「いてて……」
 皆が刹那の周りに駆け寄ってくる。
「大丈夫か、刹那」
 正輝が刹那の手をひっぱり、肩を貸して立ち上がらせる。
「なんとか、な」
 刹那はこちらを見ている麻友に気付いた。
 麻友はにこりと笑うとそのままその場に崩れ落ちた。
「麻友ちゃん!」
 彼女を抱きかかえたのは姫夢だった。
「……ん? あれ、ここはどこですか?」
 おっとりとしながら麻友が目を覚ます。
 先ほどまでの異様な姿はそこにはなく、左目だけの《霊瞳》も消え去っていた。
 それを見て、刹那自身も自分の《霊瞳》が閉じていることに気がついた。
「ところで、さっきの声って麻友ちゃん?」
 由美が麻友に近寄り尋ねる。
「え? なんなのことですか? ああ! それよりもあの鬼は?」
 どうやら彼女は全く状況がつかめていないらしい。
「どういうこと?」
 全員色々と気になることがあったが、結局どうでもいいか、と思った。
 何よりも、安心感によって疲労を自覚し、それどころではなかったのだ。
「まあ、なんだ」
 俊哉がぽりぽりと頭をかきながらつぶやく。
「とりあえずまあ……帰る、か」
 正輝が続き、一同がうなずいた。
「あ、そうだ。委員長」
 正輝が悠真に近づき何かを差し出した。
「これは、《霊位磁針》?」
「借りたまんまだったからな」
 正輝へ照れくさそうにうつむく。
「その……なんだ、今まで悪かった。俺が大人気なかった」
 その様子を見ていた悠真が思わず吹き出す。
「ぷっ! なんだそのキャラ」
 釣られて刹那達も笑った。
「これでも気にはしてたんだよ」
「あはは、でも僕は許さないよ〜」
 悠真は手ひらひらさせながら続けた。
「これからも、この部活で一緒にあそんでくれなきゃ許さないから!」
 そう言って、教室から出て行った悠真の背中は少しうれしそうだった。

       *

 旧校舎を後にし、石段を下り神社まで来た。
 刹那が鳥居をくぐり抜けようとしたその時だった。
『カカカカカカ』
 どこからともなく霊の鬼の笑い声が聞こえた。悠真達はあわてて、きょろきょろとあたりを見渡す。
 しかし、どこにも鬼の姿はなかった。
「あの糞鬼、どこにいやがる?」
 刹那も再び《霊瞳》を開こうとするが、やはり思ったように発動しなかった。
『どうやら、霊眠に失敗したらしいな。カカカ、どいつから殺してやろうか』
 刹那はふと鬼を閉じ込めているはずの自分のペンダントを見た。捨てるわけにもいかず気味が悪いが、結局彼はそれを再び首にかけていた。
『カカ……ん?』 
 鬼の笑い声が止まる。
 刹那はまじまじとペンダントの黒真珠を覗きこむ。
 真っ黒な真珠の中で黒くよどんだ何かがうごめいている。
 ----おいおい、まじかよ。
 姫夢もペンダントを覗きこんだ。
『な、なんだよ。てめえら? 我は鬼だぞ?』
「……ペンダントがしゃべってる」
 姫夢が思わずつぶやくと、周りにいた全員がペンダントを覗きこんだ。
『あ? ……なんだと?』
 どうやら鬼も自分の状況が理解できてないらしい。
 麻友が面白そうに黒真珠を突っついた。
『こら、気安くさわるんじゃねえ! この眼狐。この右手でひねり潰してやる!』
 しかし、何も起きない。
 当然である、鬼は黒真珠の中に完全に閉じ込められ声だけしか出せないのだから。
『あれ、体動かねえぞ』
 にやにやと笑う正輝と俊哉。
「そりゃおまえ」
「無機物だからな」
『な、なんだと? っれほんとにペンダントじゃねえか!』
 そのやり取りに思わず全員が笑ってしまった。
『おい、ここから出しやがれ! 大妖怪の鬼をこんなところに閉じ込めて唯で済むと……』
 刹那が強くペンダントを握りしめた。
『むぎゅ……く、くるしい。やめろ、てめえこの“妖怪封じ”!』
「ペンダントに言われても何も怖くないね」
 姫夢もクスクスと笑っていた。
『ちくしょう! 覚えていろ!』
 そのまま、鬼は黙ってしまった。
「兄さん、そのペンダントどうするんですか?
 先ほどの笑いのおかげで麻友もすこし元気を取り戻したようで刹那は安心した。
「そうだな。いくらペンダントでもこいつは危ないやつだし、俺が今まで通りつけておくよ」
 そう言いながら、刹那はペンダントをきちんとつけ直す。
「兄さん……」
 麻友がジト目で刹那を見る。
「趣味悪いです……」
 再び全員の笑い声が辺りに響いたのだった。

       *

「とりあえず、今日はもう解散にしましょうか?」
「げえ……もう、午前二時じゃん」
「あ〜刹那君、携帯ってるんだ。いいなあ」
「まあありゃ時間なんてわすれるわな」
「ちがいない……」
「それでは、報告などは明日の部活の時にして解散しましょう」
「よし! 刹那、お前が締めろ!」
「え? 俺?」
「運動部みたいだな」
「……運動量的には変わらない気もしますが」
「しゃあないな……」
「よ! 総大将!」
「がんばれ、せっちゃん!」
「せっちゃんいうなし! え〜今日はいろいろあったけど、とりあえずみんな。おつかれした!」
「おつかれした!!」
 
 等と部活っぽいやり取りを済ませ、解散した刹那達は一人家の方向が違う悠真と別れ、その後はっぴーえんまのあるいつもの交差点まできた。
「俺、今日のこと絶対忘れねえ」
「忘れるわけもないけどね」
 正輝と俊哉が、ほんとに仲良さそうに話すのを刹那が眺めていた。
「刹那君も今日は俺疲れ様」
 由美が刹那の横に並び話しかけてくる。
 先ほどまでのおびえた様子はなく、刹那は少し安心した。
「由美も大変だったな」
 そうだねーと空を見上げる由美。
「うわあ、すごい星奇麗!」
 それを聞いて全員が空を見上げる。
「お〜すごいな」
「今年はいつにもましてきれいだよね」
 ----ああ、そうか。俺、もどってきたんだな。
 今までいた都会とは全く違う空を見つめて刹那はそんなことを思っていた。
 
「じゃあ俺達三人はこっちだから!」
 交差点の信号が変わるのを確認すると、正輝と俊哉と由美が渡って行った。
「みなさん、また遊んでくださいね!」
 麻友が三人に手を振る。
 正輝達の姿が見えなくなるのを確認し、刹那達も家へと向かった。
 家の前には雅則がいた。どうやら刹那達の帰りを心配して待っていたらしい。
 雅則を見つけた麻友は一目散に駆け出していく。
「お父さん。ただいま!」
 雅則に抱きつく麻友。
「三人ともおかえりなさい」
 姫夢もぺこりとおじぎをする。
「大丈夫でしたか?」
 雅則の大丈夫、が強調されていた。
「ああ、大丈夫だったよ」
 刹那も大丈夫、を強調した。
「そうですか。ああそうだ。刹那君。姫夢さんをちゃんと送ってあげてくださいね。短い距離ですが念のため、ね」
 そう言ってウィンクをすると、雅則はそのまま麻友を連れて家の中へ入っていった。
 
 先程まであれだけいた面子が、刹那と姫夢になった。
 二人はゆっくりと姫夢の家の方へと歩き出す。
「せっちゃん……」
「ん?」
 姫夢が立ち止まって刹那の方を見る。
「今日はすごかったね」
「ああ、やばかったな。あの鬼は」
「そっちじゃなくて……」
 姫夢は一呼吸置くと一歩刹那に近寄った。
「今日のせっちゃん……刹那が、かっこよかったってこと!」
 上体を倒して刹那を覗きこむ姫夢。
 刹那の目の前には姫夢の顔がある。
 強気な感じの瞳と、柔らかそうな唇が視界に入ってくる。
 さらに下に視線をやれば豊満な胸の谷間があった。
 二人の距離はかなり近い。
 ----姫夢……ほんとに美人になったな。
 その笑顔をみつめ、思わず頬を染める刹那。
 姫夢の瞳が艶めかしく揺れた。
 それに吸い寄せられように二人の顔が近づいていき----
『ざわ……ざわ……』
 突然、ペンダントの鬼がつぶやいた。
 刹那達はとっさに顔を離す。
「糞鬼、てめえ。びっくりするだろ!」
『カカカ、我の復讐はまだ終わらねえぜ』
 ----なんでこんなペンダントをもってきちまったんだろう……。
 刹那は少しだけ後悔した。
「あはは……困った鬼だね」
 姫夢が照れながらクスクスと笑っている。
「まったくだよ! はあ〜」
 刹那はため息をこぼすしかなかった。
「ありがと、刹那」
 そう言って、姫夢は羽織っていた刹那の学ランを返す。
「ああ……」
「じゃあ、また明日ね」
 そう言って家の門をくぐっていく姫夢。
「ああ、また明日」
 刹那が振り向こうとすると姫夢の足音が止まったのに気づいた。
 彼は再び姫夢の方を振り向く。
 彼女がこちらを見ていた。
「せっちゃん、おかえり!」
 いろいろな意味が含まれたおかえり、であった。刹那は照れながら返した。
「せっちゃん、いうなし!」

       *

 刹那は自分の部屋に戻ってきた。
 ペンダントを外し机の上に置くと、そのままベッドに横たわった。
 着たままの学ランからは自分のではない、女の子の香りが漂ってくる。
「そういえば、これ着て姫夢って走り回ったんだっけ……」
 思わず、学ランを手にとってそのにおいを----、 嗅ごうとしてやめた。
 高校一年生男子としては行くべきなのだろうが、なぜかそれをやってはいけない気がした。
 ----女の子の着た制服をくんかくんかする主人公はいねえよな。
 なんてことを考えてしまうのは、今日自分が経験したことがいまだに信じられないからだ。
 このまま寝てしまえば、実は夢でしたってオチかもしれない。まるで小説の中のような出来事だった。
 ----俺が主人公かどうかは分らないけどな。
 旧校舎のこと、麻友のこと、神社のこと、そして自分自身のこと。いろいろと気になることはあるが、とりあえず彼は寝ることにした。
「そういや、昨日も大して寝てなかったな……」
 等と言っているうちに、彼の意識を落ちて行った。

       *

 旧校舎の屋根の上に白いローブとフードをまとった人間が立っていた。
 それは真下にある神社を眺めつぶやく。
「さすがは刹那くんだね。それよりもまさか彼女が介入してくるとは。さてさて、次の準備を急がないと……」
 風に靡いたフードの隙間から一瞬それの顔が見える。そこにあったのは右目だけが紅にそまり《霊瞳》が開眼した少年の顔だった。

つづく


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