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作品名:妖怪封じの刹那 作者:おはぎ

第1回   0/プロローグ
 0/エピローグ

『ねえ刹那?』
 懐かしい声で尋ねられた。
『あなたは幽霊を信じる?』
 優しい微笑みに頷いた。
『……ならきっとあなたにも視えるわね』
 まどろみに包まれながら首を傾げた。

       *

 ----車が高速道路を降り、一時間ほど走ってきた。のどかに流れる田園風景。刹那達今日から住む町、閻魔市である。旧地名を閻魔町。二年前周辺の町村と合併し市となった。

 中学校の卒業式を終え、友人と別れの挨拶をかわしたのはもう二週間ちかく前のこと。
 明日行われる高校の入学式にあわせ、今朝早くにむこうを出発したというのにもかかわらず、閻魔市に入ったときにはもうすでに夕日が見えていた。
「この町にくるのは久しぶりだな」
 車の助手席に座った少年は、窓越しに景色を眺めながらつぶやく。
 流れ行く風が彼の銀色の髪の毛を靡かせる。
 七梨刹那、それが彼の名だ。生まれつきの銀髪で、セミロングのストレートヘアー。身長は百七十pぐらい、痩せ型である上。凛々しさが感じられ程度に釣りあがった目、昔の友人曰くわりと美形、らしい。
 後部座席に座っていた女の子が運転手と助手席のシートの隙間から身を出した。
「ねえねえ、お父さん。まだつかないの?」
 彼女は七梨麻友、刹那の実妹。栗色のくせのあるセミロングヘアーにおっとりした目、小柄な体に成長の兆しが少し見え始めた胸の膨らみ。今年中学生になる。父親に似て、いつも笑顔を絶やさないのが特徴だ。
「もうすぐですよ。麻友さん、体調の方はどうですか?」
 心配そうに見つめる父親に対し彼女はVサインで答えた。
「全然大丈夫ですよ。あ、でも、ずっと車の中だったからなんか疲れちゃったかも」

 七梨麻友は生まれた時から肺が悪く、空気が汚れた都会ではときどき体調を崩し学校などを休まざるを得なかった。進路等の都合もあり、落ち着ける環境が必要だと判断した彼女の父親は、子供がそれぞれ高校、中学へ進学する際には実家のある田舎に戻ることを決めていた。

「親父こそ自分の心配はいいのか? 今度は今までと全く違う部署なんだろ?」
 運転席に座った男は苦笑いを浮かべながら答える。
「大丈夫ですよ、刹那君。役所勤めの公務員の仕事はあまりかわりませんから」
「それいいな……俺も公務員になろうかな」
「まぁ僕の場合、仕事上同じ地域から離れることはあまりないので、今回みたいな転勤はもうないでしょうね」
 男の名は七梨雅則、刹那達の実父。麻友と同じ栗色の髪を短めに切りそろえている。いつも笑顔を絶やさず、家族思いでやさしい人。同世代の人に比べて体格はあまりよくないが、その分見た目が若い。彼らの自慢の父親だ。
「せっかく戻ってきたんだし、落ち着いたら母さんの墓参りもしないと、な」
「そうですね……。いままではなかなかここまでこられませんでしたし」
 刹那は首から提げていた黒真珠のついたペンダントを握る。
 そして、窓から見える夕焼け空を見上げた。

 彼らの母親は麻友が生まれたときに死んだ。不運な子宮外妊娠。処置の遅れも伴い、刹那と雅則が病院についた時には母子ともに危険な状態であったそうだ。そのころまだ刹那は三歳。記憶に残っているのは母親の苦しむ姿と、手術室に入っていくたくさんの医者や看護師……そして、突然室内に呼び込まれ後にみた母親の笑顔だけ。
 そのとき雅則は決断を迫られていた。
 母体を優先するか子供を優先するか、という究極の二択を……。
 けれども、彼は迷わなかった。
『新しい命を守って、私はこの子と、そしてあなたと刹那の心の中で生き続けるから』
 その言葉を彼女に貰っていたからだ。
 その後、彼女は手術室に運ばれていく。
 刹那は手術室の前まで彼女のそばについていった。そしてもらったのだ、記憶に焼きついて離れない微笑と黒真珠のペンダントを。
 結果、子供は無事に生まれたが母親はそのまま息を引き取った。子供は予定日よりはやく生まれたために呼吸器にわずかな障害が出たが、それ以外は元気な子だった----。

「もうそろそろですよ。二人とも」
 雅則の声で刹那は我にかえる。
「----------------」
 突然、視界に大きな木造建造物が入ってきた。かなり老朽化が進み、今にも潰れそうな建物。
「なぁ、親父。この木でできた建物何かわかる?」
「ん? ああ、あれは高校の校舎ですよ」
「え!? マジで!?」
 刹那はこの世の終わりのような表情で驚く。
 ----俺=高校生=明日からここに通う、正直、嫌すぎる……これから始まる俺の高校ライフはこんな木造校舎だと……。
 雅則は予想通りだといわんばかりに薄笑いを浮かべていた。
「ふふ、ご安心を。あそこは旧校舎。今は隣にできた新校舎をつかっていますよ」
 木造校舎の隣には白いコンクリート製の建物があった。
「真剣にびっくりしたわ。あんなボロだったらさすがにきついって……」
「そんなこといわないでくださいよ。僕もお母さんもあそこで勉強していたのですから」
「そういえば高校で出会ったんだよね? いいなぁ俺にも出会いがあるかなぁ」
そんな俺の呟きを聞いた親父が笑って言う。
「きっともうすぐありますよ……」
 その何気ない一言がどういうことなのかそのときの刹那には予想もできなかった。

       *

 彼らを乗せた車は古びた屋敷の前で止まる。
 総面積百八十坪近くある土地に、まさに旧家というイメージがぴったりな二階建ての母屋がある。
 まわりを木製の塀で囲まれた玄関口で車から降りると、大きな松が二本、トンネルをつくって彼を出迎えていた。松のトンネルを抜け、引き戸の古びた玄関につく。
「荷物は全部明日届くはずですし、掃除業者も手配しましたから、今日だけ我慢してくださいね」
 雅則は表札ついた汚れを払っている。
 刹那は玄関から左手に回った先にある、おそらく百坪はあるだろう芝生を見た。
「なつかしいな。昔ここでよく遊んだんだっけ」
 刹那と麻友は、刹那が小学校に入る直前までこの町で生活していた。この町を離れたのには理由ある。当時単身赴任で都会に出ていた父の代わりに面倒をみてくれていた祖母が病気で死んでしまったからだ。近くの親戚に頼ることもできたのだが、父と生活することになりこの町をあとにした。
「どっこらしょ」
 刹那がガラガラと音をたて引き戸を開け、家の中に入る。
 雅則と一緒に先に入っていた麻友が走りよってきた。
「兄さん〜。お父さんが部屋割り決めなさい、だって」
 そう言って屋敷の見取り図を広げる。
「ん〜そうだなぁ」
 結局、刹那は昔使っていたのと同じ部屋を選んだ。二階にあった二部屋のうち階段側を麻友が奥側を俺が使う形になった。
 刹那は自分の部屋に手荷物を置きに行き、その後階段の吹き抜けから叫ぶ。
「親父〜何か手伝うことある?」
 居間にいた雅則が応える。
「今ライフラインの確認している最中ですが一人で大丈夫ですよ〜」
「じゃあ、すこし散歩してきていい?」
「いいですよ〜。ついでに近くのスーパーで即席の夕飯買ってきてくれませんか?」
「了解!」
 刹那は階段をおり夕飯代を受け取ると、上着の胸ポケットに携帯電話があることを確認し、玄関を出た。

 外はすっかり暗くなっている。
 家の前には細い道一本が走っており道なりに行くと交差点に出る。
 刹那は明日の入学式の下見もかねて高校に行ってみることにした。休日の夜ということもあり道中で人に会うことはなかなかない。今まで都会暮らしだった彼にとって、こんな些細なことも新鮮に感じられてしまう。都会なら近くのコンビニに行くだけでさえ必ず誰かに会った。

 彼が通う予定の閻魔高校は山の上にある。この山はこの町の貯水池になっていることから水道山と呼ばれていた。
 刹那は山のふもとにある校門のところまで来た。街灯が少ないためか薄暗く感じる。時計はすでに午後八時を回っていた。
「ふむ、さっきは気づかなかったけど校門から校舎まで結構あるんだな……」
 閻魔高校の校門から校舎までは急な坂道になっていた。その中腹に交差路があり、左手に大規模なグラウンドが右手には体育館があり、頂上には鉄筋コンクリートの新校舎がある。
「新校舎もいいけど、あの旧校舎、なんか気になるんだよな」
 刹那は先ほど目撃した木造の旧校舎を思い出す。校門が閉まっていたため敷地に沿って一周することにした。ちょうど半周ぐらいしたところに一本の山道を見つけた。
 なぜだかは理解できなかったが、彼はそれに惹かれた。無意識だったのか、彼は好奇心だけでその山道を登っていく……。
 しばらくいくと石段が見えてきた。
「気味が悪いなここは……。ん? あれは、神社かなんかかな?」
 おそるおそる石段をあがっていく。
 登りきるとそこには古びた神社があった。
 風にさらされ薄気味悪く変色した朱色の鳥居が俺を見下ろしている。
 賽銭箱はどこかに消え、柱は腐り、あちらこちらがさび付いた平屋。
 その神社の脇に櫓が聳え立っていた。上のほうに鐘がついている。
「火の見櫓か……なんか不気味だな」
 辺りを見渡す。何か悪い予感がした。
 そして、その予感は見事に的中する。
 ----カーンカーン
「なに!?」
 突然火の見櫓の鐘が鳴ったのだ。
 不気味な音が辺りに響いている……
 櫓を見上げるが人の気配は感じられない。
 何かおかしい、何がおこっているんだ……
 自分が置かれている状況を確認しようとすればするほど焦ってしまう。
「っ--------------------」
 ふと、両目を激しい痛みが襲った。
 両手で目を押さえ、その場に崩れ落ちる。
 
 ----どれぐらい時間がたったのだろう。
 ほんの数秒なのだろうが、今の刹那には何十分、何時間にも感じられた。
 どこかで突然鳥が飛ぶような音がした。
「うっ……」
 その音で我に返り恐る恐る目を開ける。
 先ほどまでの目の激痛はおさまったようだが、いまだにそこは熱を帯びていた。
 まるで夢の中にいるよう……いや、夢であってほしいと思いたくなる状況だ。
 目前に広がるのは不気味な世界、耳に聞こえる凶器を帯びた風の音、肌に感じる生暖かい空気、すべてが恐怖を煽る。
「に、逃げないと……」
 刹那はふら付きながらもなんとか立ち上がり石段に向かって走り出そうとした……その瞬間----
 ----キーンコーンカーンコーン
 彼の真後ろで音がした、学校のチャイムの音が。
「え? なんでこんな時間に?」
 刹那は振り向き……
「----------------」
 絶句した。
 今まで神社に気をとられ気づかなかったのだろうか、神社の裏からさらに石段があり、その先にはあの旧校舎が不気味な姿を覗かせていた。
 そして、そこから今は鳴るはずがないチャイムがなっている。
 ……まるで彼を歓迎しているかのように
「じょ、冗談じゃね〜よ。なんなんだよ? いったい……」
 刹那は一目散に逃げ出した。
 逃げるしかない、そう思ったから。

       *

 無我夢中で走った。
 走って、走って、走って----。
 気がついたときにはさっきの交差点まで来ていた。
「はあ、はあ……」
 息も切れ切れ、足も攣りかけていた。
 ゆっくりと呼吸を落ち着かせる。
 目にかかっている前髪を両手でかき上げ空を見上げる。
「今のは、幻覚? 疲れているのかな……やることやって家にもどって休もう」
 刹那は困惑しながらも、交差点の右隅にあるスーパーに向かった。

       *

「ハッピーえんま、ここに来るのも久しぶりだな」
 ハッピーえんまとはこの町に昔からある小さな問屋スーパーだ。刹那は、かつて麻友と二人でよくお使いにきていたことを今でも覚えている。
 昔と売り場の配置も全く違っていたため、とりあえず一回りすることにする。
 ちょうど半周位したところで香ばしい香りが鼻についた。ソースが焼けるいい匂いだ。
「お! あそこのお好み焼き屋まだつぶれてなかったのか」
 そのお好み焼き屋でモダン焼きを3人分注文した。ちなみにこのモダン焼きは子供のころの刹那の大好物である。
 焼き上がりを待つ間にもう少しスーパーを回ってみることにした。
「だいぶ変わっちまったんだな、ここも。まあ俺自身もちっちゃかったころに比べて変わっているし、お相子か……」

 しばらく歩くと飲料コーナーを見つけた。
「後は飲み物を買えば任務完了だな……。お茶系がいいかなぁ、ウーロンか午後ティーどっちがいいだろう……ん?」
 不意にペットボトルへと伸ばした手が誰かの手とぶつかった。
「わりっ!」
「あっごめんなさい!」
 同時に手を引っ込め視線を上げる。
 目が合った----。
 そこには一人の女の子がいた。
 腰ぐらいまであろう赤いロングの髪をポニーテールに結んでおり、思わず触れてみたくなるような白い肌に、美麗な容姿にあう青い大きな目をしている。
 そしてなによりもグラビアアイドル顔負けの大きな胸。
 ----正直、すげぇ。
「……………………」
「……………………」
 お互いに沈黙したまま見つめあう。
 ----刹那は目の前にいる少女を知っている、ような気がした。
 記憶をたどりながらヒントをさがす。
「……もしかして、せっちゃん?」
 その声を聞いて一人の少女が頭に浮かんだ。
「……ひめ? 牧原姫夢?」
「あ〜その声、やっぱりせっちゃんだ!」
 彼女の名前は牧原姫夢。昔、俺の家の隣に住んでいた女の子だ。お互いの部屋がちょうどベランダをはさんで向かい合う形になっていたため、ベランダの間にはしごをかけ、いつも行き来して一緒に遊んでいた。ちなみに『姫夢』と書いて『ひめ』と読む、かわった名前である。
「ひさしぶりじゃん! ってかマジで姫夢だよね? うほっ、なんか感動! 髪型で完全に思い出したよ! 昔からポニーテールだもんな」
 彼女は笑って答える。
「ホントに久しぶりだね。10年ぶりくらいじゃない?」
「俺が引っ越して以来だから、そんなもんか……」
「しっかし……」
 じろじろとまるで値打ちを見定めるように刹那を見る姫夢。
「老けたねえ〜」
 手を口に当てて笑い始めた。
 少し悔しくなった刹那は少しからかってみることにした。
「俺と違って、おまえは女らしくなったな」
 にやにやとした視線を彼女に送る。
 昔の彼女なら、こうやってほめると照れるはず、そう予想していた。
 ……ところがどっこいぎっちょんちょん!
 姫夢はさすがだといわんばかりに、胸を突き出しセクシィなポーズをした。
「ふふん、すごいでしょ?」
 ----むむ。そうきたか、ならば……。
「うんうん! 今度ぜひもませてくれよ!」
 冗談でいったつもりだった。だが彼女は……。
「今、触ってみる?」
 予想外の返事がまるで誘惑しているような視線とともに返ってきた。
「ほ、ほぇ?」
 耳まで真っ赤なのが自分自身でもわかるくらい刹那は赤面していた。俗に言う瞬間沸騰というやつだ。
 それを見ながら姫夢は腹を抱かえて笑っている。
「っはは。冗談よ、冗談!」
「おいおい……」
 刹那は手を上げ降参のポーズをしながら肩をすかめるしかなかった。

 その後、二人はお互いにほしい飲み物を選びレジに並んだ。
「ところで、せっちゃんはいつまでこっちにいるの?」
「ああ。俺、別に遊びに来たわけじゃなくて明日からこっちの学校に通うことになったんだ」
「え……?」
 姫夢はきょとん、とした顔をしていた。

       *

 会計を済ませお好み焼きを受け取り、姫夢と一緒に家路につく。道中で刹那が戻ってきたことを説明しながら、家の前まで来た。
 姫夢はずっと隣で刹那の顔を覗き込むように話しかけてくる。
 ----正直、ちょっとかわいい。
 刹那は携帯電話を取り出し、時間を確認する。
「あっ携帯だ、いいなあ」
 姫夢は珍しそうに携帯電話を眺める。
「うちの父さんが持っているやつよりも、薄いね」
「姫夢は持ってないの?」
 姫夢が苦笑いを浮かべながら答える。
「ここは田舎だからね。特になくてもこまらないのよ。子供のうちから持つ子なんてほとんどいないいんだ」
 ちなみに私は絶賛交渉中、と彼女は続けた。
「はやく買ってもらえるといいな」
「いつになることやら……あ、そだ。せっちゃんって理系? 文型?」
「ん? まあ一応理系だよ」
「ふ〜ん。じゃあ明日から私たちクラスメートだね?」
「へ? なんでクラスとかわかるの?」
「さっきも言ったけど、この町は田舎だからね。みんな都会の私立高校とか受験していなくなっちゃって、地元の高校に通う生徒は二クラス分しかいないんだ」
「でも同じクラスとは限らなくない?」
「うちの学校二クラスしかないのに理系と文系分かれちゃうからクラス替えとかないんだ」
「なら、姫夢も理系なの?」
 彼女は笑顔でうなずいた。

 その後家族を待たせていた俺は、姫夢と後ほど窓越しに会話する約束をし、いったん家にもどった。
 ----これから楽しくなりそうだぞ!
 そんな新しく始まる生活への期待の裏に、刹那は先ほど学校で起きたことをすっかり隠れてしまっていた。

       *

 ----同刻 閻魔高校 旧校舎屋上
 雲の隙間から降り注ぐ月光が影を生み出している。誰かの人影を。
「ふふふ、ずっとまっていたよ……七梨、刹那くん。オカエリナサイだね」
 やがて、雲が月を隠していく。そして、闇夜の静寂の中、その影は闇へと消えていった。

       *

 夕食を済まし、部屋に戻るころには午後十時を過ぎていた。
 ベランダにはまだ姫夢がいる様子はない。
 刹那はとなりにある麻友の部屋に行くことにした。

 ----コンコン
 麻友の部屋の前までいきドアをノックする
「麻友〜いるか?」
 部屋の中から間延びした声が返ってきた。
「ん〜? なんか用?」
 ガチャっという音をたてドアが開く。
 中から埃まみれの麻友が現れた。
「ど、どうしたんだよ?」
 刹那は慌てて手で麻友の埃をはたく。
「掃除してたら汚れちゃった。てへっ!」
「てへっ……じゃねぇよ! そんなことして埃吸ったらどうするんだよ?」
「ごめんなさい〜。これからは気をつけますよ」
「まったく……」
 呆れて肩をすくめた刹那にむかって麻友は小さな木の箱を差し出した。
「なにこれ?」
「掃除したら出てきたんだ〜」
 箱を受けとり開いてみると中には古びた手帳となぜか経文が入っていた。
「般若心経の経文? うちって神道だよな」
 麻友が選んだ部屋はかつて母さんが使っていた部屋だ。ということはこの手帳と経文は母のだと考えるのが妥当だろう。
「みたいだね。裏に『蕪崎月』って書いてあるし」
 ----『蕪崎』は母の旧姓、『月』は「ゆえ」と読む。変わった名前だが本人は気に入っていたらしい。
 刹那はそっと手帳を開こうとした……が
「あ! だめだよ、兄さん。乙女の手帳はプライベートがいっぱいなんだから!」
 彼が開けるよりも先に麻友が手帳を取り上げてしまう。
「別に母さんの何だからいいだろ?」
 麻友はぷいっとそっぽを向いた。
「もう、本当にデリカシーがないんだから……」
 ----まあ確かに俺も手帳とかあったら人には見せたくないよな。でも……麻友にここまで言われてただで引き下がるのも癪だし、ここはひとつからかうか。
 刹那はにやりと笑みを浮かべた。
「ってことは……麻友は手帳に見られたくないこと書いてるんだ〜? いや、ひょっとしたらもっとはずかしいポエムだったり……愛しい兄への詩とか?」
「なっ----」
 麻友の顔がみるみる赤くなっていく。
「べ、別に兄さんのこととか書いているわけじゃ----」
 麻友が言い終わるよりも先に刹那の追撃が入る。
「そうか〜愛してくれてないのか〜。お兄ちゃん悲しいなあ」
「えっ、だってその……ほら兄弟だし……あ、でも、なんていうか……嫌いじゃないし……むしろ……で、でも----」
 ついにパニックに陥る麻友。
「そ、そこまで動揺しますか」
 さすがの刹那もここまでなるとは思っていなかった。
「も、もう! 兄さんの馬鹿! 痴漢! 変態! 性病!」
 ----バタン。
 麻友はそのまま強引に木箱を奪い取ると、そのまま部屋に戻ってしまった。
「……おやすみ、兄さん」
 ドア越しに小さい声が聞こえてきた。
「ごめんな。おやすみ、麻友」
 そういい残し刹那も自室へ戻った。

 彼が部屋に入ったとほぼ同時に窓をノックする音がした。
「お! グッドタイミング」
 急ぎ足でベランダに出る。ベランダ同士の間、わずか五,六〇pほどをはさんだ向かいの家のベランダに姫夢がいた。
 
 刹那の家はちょうど土地を二つに分けた右側に母屋があり左側は芝生の庭になっている。彼の部屋は塀にそった家の一番端にあるために、隣の家とは近いところにあるのだ。

「もう、せっちゃん、遅い!」
 ベランダの手すりにもてれかかるようにして姫夢が身を乗り出している。
「わりわり。ちょっと妹と話してて。っていうかせっちゃんはやめてくれ。はずかしい……」
 姫夢はにやりと笑う。
「いいの、私の中では未来永劫せっちゃんだから! シスコンのせっちゃん〜」
 刹那はその発言に驚きベランダと部屋の結露につまずき盛大にずっこけ……。
 ----ガン!
 そのままベランダの手すりに頭をぶつけた。
「っはは! あんたなにやってるのさ〜」
 頭を抱えながらゆっくりと起き上がった。
「まったく、くだらないこというんじゃねーよ」
 それを皮切りに二人の雑談は始まった。
 勉強や友人等学生らしい話から、この町の変化、時々はお互いのプライベートのようなところまで……話題は尽きなかった。
 ----要約すると、どうやら姫夢には彼氏はいないみたいだな……無論、俺にもいないが。

 ふと気がつくと午前三時を回っていた。
 東の空が幽かに明るく見えた。
「ん〜かなり話したね〜、せっちゃん!」
「ああ……どれだけ話しても『せっちゃん』は止めてくれなかったな……」
「あ、そうだ! 明日一緒に登校しない?」
 ----この人は突っ込みなしですか!
 という文句は彼の心の中で留められる。
「ん? いいよ」
 刹那が頷くと同時に姫夢がVサインをしながら笑った。
「そんじゃ明日八時にせっちゃんの家の前ね〜。おやすみ!」
 彼女の笑顔に刹那はほんの少しときめいた。
 ----ほんの少しだけどな!
「おやすみ、姫夢」
 彼も笑って返した。そしてそのままお互いに部屋に戻っていった。

 刹那は板の間に横になっている。古い家といっても一度リフォームをしており畳の部屋はあまり多くはない。ベッドは明日まで届かないので今日は床で寝ることになっている。
「牧原姫夢か……」
 そう呟いたのと同時に、疲れがどっとおしよせ、そのまま深い眠りについていった。

       *

 ----懐かしい夢を見たような気がする。
 芝生の庭で小さな男の子が女の子と追いかけっこをしているのが見える。
 ちょろちょろ動き回る銀色を必死になって追いかける赤色。銀色は逃げる、逃げる。小刻みに動き、近くの松やベンチを器用に盾にする。それを赤色が追う。どんなに距離を離されようとも必死に追う。
 やがて、二人の距離は縮み----
 赤色が銀色に飛びついた!
 銀と赤は一緒になって芝生に寝転んだ。
「ねえねえ、おばあちゃん」
 隣から声が聞こえる。
 正面を見つめていた視線が隣に座っていた女の子に移った。
 ベンチの上にちょこんと座った……いや置かれたといったほうが適切だろう、小さな体がこっちを見上げている。
 ----なんだい? 麻友。
「お兄ちゃんもお姉ちゃんも走り回れていいなあ」
 短めの栗色の髪を指でくるくると巻きながらしょんぼりとする女の子。
 ----大丈夫、麻友もすぐに走れるようになるわよ。
 やさしい声とともに、女の子の胸部をそっと撫でる。
 ----麻友は強い子だから、ね?
「……うん!」
 女の子の満面の笑みが映った。
「おばさん〜」
「おばあちゃん!」
 銀髪の男の子と、赤い髪の女の子も駆け寄ってくる。
「いまから姫夢ちゃんの部屋でトランプやることになったんだ」
 銀色の男の子が栗色の女の子の手を引いて立たせる。
「これなら麻友ちゃんも一緒に遊べるもんね〜」
 赤色の女の子は前かがみになって男の子たちを見ていた。
 ----あらあら、よかったわねー麻友。
 
       *
 
 ----チュンチュン
 どこからともなく鳥の囀りが聞こえる。
 刹那は窓からはいってくる朝日のまぶしさで目を見開いた。
 そこに広がっていたのは懐かしい天井。
「……まさか戻ってきていきなり昔の夢を見るとわな。おばあちゃんの視点ってところが不思議だが。……よいっしょっ!」
 起き上がったとたん、視界が歪む。
「これはやべえなぁ、完全に寝不足だ……」
 刹那は洗面所で顔を洗うと、昨日運んできた荷物から制服を取り出し着替える。鏡を見ながら身だしなみを整え、黒真珠のネックレスをつけると、急いで階段をおりた。
 閻魔高校の男子の制服は黒色の学ラン。刹那は中に赤いシャツを来てその上に学ランを羽織った。カッターシャツを着るのが正装だが堅苦しいのが嫌いな彼はいつもこのスタイルだ。
 居間に入ると父が朝食の準備をしていた。
「刹那君、昨日はよく眠れましたか?」
 彼は眠い目をこすりながら答える。
「いや〜ぜんぜん寝てないからやべぇよ」
 まだテーブルも届いていないためビニールシートを敷き食卓にしていた。
「お話もいいですけど、ちゃんと寝てくださいよ?」
 いつもの笑顔で彼を見る父。
「え? ……ああ、ばればれ、か」
 朝食のシリアルを腹に流し込みながら時計を見る。
 時計の針は午前八時を表していた。
「……げ!」
 姫夢と待ち合わせした時間である。
 刹那は急いでスクールバックをとり玄関に向かった。

 居間から玄関までの間に二階への階段があり、セーラー服姿の麻友が降りてきて、ちょうど俺と出くわした。
「おはよ。兄さん」
 刹那は早足で駆け抜けながら彼女に手を振る。
「おはよ! 悪いけどいそぐからごめん」
「いってらっしゃいー」
 お気に入りのコ○バースのカジュアルシューズをはき、家を飛び出す。
 松のトンネルの向こうに姫夢がまっていた。
 閻魔高校の女子制服はセーラー服だ。白をベースに水色の襟とスカート、胸元には黄色いリボン、胸ポケットには校章が入っている。
「ひ、姫夢、おはよ」
「おはよ〜。そんなにあせらなくてもいいのに」
 刹那は呼吸を落ち着かせると歩き出した。
 姫夢もそれにあわせて隣にくる。
「いよいよ入学式だね〜」
「姫夢は中学の友達とかいるのか?」
「ん〜私の友達はほとんど都会行っちゃったけど、たぶん閻高に通う生徒のほとんどが同じ中学校のはずだよ」
「エンコウ? 援助交際?」
「馬鹿!」
 ----スパン!
 ぼけると同時に軽い平手打ちをもらった。
「閻高! 閻魔高校の略にきまっているでしょ?」
 刹那は叩かれた場所をなでる。
「冗談だよ、冗談」
 そんな会話をしているとハッピーえんまの交差点まできた。信号待ちのため立ち止まる。
「あ! 姫夢ぇ、おはよ!」
 後ろから元気な声がした。
 振り向くと女の子が一人。黒いショートヘアーはすこし癖毛で、女の子には珍しくワックスで髪の毛を立てている。すこし小柄な体系ながらもしっかりとした肉つきだった。
「あ、おはよ〜、由美」
 由美と呼ばれた少女は刹那をチラッと見ると姫夢のとなりに行き耳打ちをした。
「ねね、姫夢ぇ。アレってもしかして……彼氏?」
「アレって……俺は物じゃないぞ?」
 刹那は二人の間に割ってはいる。
「ああ。コレは七梨刹那っていってあたしの幼馴染だよ。ちなみに、あだ名はせっちゃん。昔近所に住んでいて昨日からこっちに戻ってきたんだって〜」
「人をアレだのコレだの……ってかせっちゃんいうな!」
「ふ〜ん。あ、ウチは松村由美。姫夢とは小学校からの友達だよ!」
「七梨刹那だ。よろしく、な」
 由美にむかって手をさしのべる。
「こちらこそよろしくね、せっちゃん君!」
 由美も握手に応じる。
「せっちゃんいうな……」
 由美も姫夢もニヤニヤしている。
 ----まったく、少しは威厳をみせるか。
「……もしかして松村さんってテニスやってる?」
「由美でいいよ。っていうかなんでわかったの?」
 由美は姫夢をジト目でみる。
「いやいや、私は教えてないよ〜?」
「由美の掌に肉刺があってね、位置的にグリップを握るスポーツみたいだからさ。鉄棒や棒高跳びの棒だともっと硬い肉刺になるし、閻校はソフトボール部はないからテニスかな、と思ったんだ」
 二人はかなり驚いていた。
「せっちゃん……すごいね〜」
「ほんと、びっくりしたよ」
 ----まあこれくらい誰でもわかるんだがな。
 そんなこんな、しているうちに信号が変わった。
「さて、いきますか? お二人さん」
 刹那が進むと二人は俺の右側について歩き出した。

 校門につくと、たくさんの生徒が坂を登っていた。見るのは二回目だが、相変わらずすごい傾斜だ。
「ウチらって何組だっけ?」
「理系はB組だね〜」
「B組ってどこだ?」
 などと話しながら坂を上り校舎まで来る。
 ----この高校の新校舎は、三階建ての建物が二棟、向かい合う形で並んでいる。南側を教室棟、北側を特別教室と部室があり、渡り廊下でつながっている。二棟の間には中庭があり、花壇、瓢箪型の池等が見られた。

 ----キーンコーンカーンコーン
 教室棟の三階で教室を見つけたのとほぼ同時に予鈴がなった。
 教室に入ると黒板に書いてあった座席表に従い自分の席に着く。地元の中学から来た生徒がほとんどだったのか、各々友達と話している。
 ----さて、俺はどうするかな。
 無論、話す相手などはいない。
 姫夢たちは同じ中学出身の男子と話している。
「ふう、暇だなあ。……よし! 寝るか!」
 刹那はスクールバックから携帯用小型枕を取り出し机に置くとそこに頭を寝かせた。
 そのときだった。後頭部に衝撃が走った。「いったぁ〜。なにするんだよ?」
 刹那が頭を上げると姫夢が笑っていた。
 彼は姫夢に平手打ちを食らっていたのだ。「なに高校生活が始まっていきなり寝てんのよ〜」
 となりで由美が笑っている。クラスの生徒もこっちを注目していた。
 姫夢の後ろから二人の少年が来た。
「なぁ? 牧原。こいつ知り合いなの?」
 少年の片方が刹那の顔を覗き込んだ。
 もう一人も刹那を見た。
「こんなやつ中学にいたっけ?」
 姫夢が刹那の横にくる。
「この人は私の幼馴染の七梨刹那。昔近所に住んでたんだけど、一回引っ越してまた戻ってきたのよ」
 少年たちは納得したそぶりをした。
「へぇ〜。あ、俺は上条正輝。牧原と同じ中学から来たんだ」
 正樹は身長が一七五pぐらいで茶髪をワックスでツンツンに立てていた。学ランの着方が若干俺に似ている。現代子って言葉がぴったりなチャラチャラしたかんじである。
「俺は平山俊哉。よろしくな」
 俊哉のほうは正輝とはかわり黒髪に少し伸びたスポーツ刈り、体格もよく体育系の感じの少年だった。
 無論服装もしっかりしている。
 刹那は俊哉に話しかけた。
「平山って運動部か?」
 俊哉は腕を組む。
「俊哉って呼んでくれていいぞ。一応小中とバスケをやっていた」
「お!奇遇だな。俺も中学校二年までバスケやってたんだぜ」
「ほ〜三年はやらなかったのか?」
 刹那はズボンの裾をめくり膝を見せていった。
「中二のとき靭帯を切っちまってな。ま、もうどうってことないんだけどな」
「なるほど」
 正輝が刹那と俊哉の間に割って入る。
「ってかさぁ、刹那ってもしかして姫夢と付き合ってるの?」
 ----いきなり名前で呼ぶのかよ。なれなれしいやつだなぁ。
 刹那はニヤリと笑って答える。
「何だよ?気になるのかぁ?」
「ば、ばかいってんじゃね〜よ。そういう意味じゃねえ!」
 その様子を見て刹那たちは笑っていた。
 そのとき先生らしき女性が教室に入ってくる。
 黄色のロングヘアーを項あたりで束ねてリボンで止めてある。背も高く胸も大きい。すこしツリ目だが、なかなか美麗な顔立ちをしている女性だった。
 それと同時に始業のチャイムがなった。「みんなおはよーさん。ウチが担任の黒田なつみや。一年間よろしゅうたのむわ〜」
 なつみは教壇に立つといきなり関西弁で話し始めた。
「ほんなら入学式が始まるで、並びはじめてな」
 なつみの合図で刹那達は席を立つ。
「ほなら、出席番号順にならんでついてきてな」
 
 体育館への移動途中で刹那は前にいた少年に話かけられた。
「七梨君だっけ? ちょっといいかな?」
 黒い横に細めの眼鏡をかけた少年だった。新調は刹那と同じくらい。髪の毛は黒い短めの髪の毛。ワックスは使わず降ろしていた。服装もきちんと整えてあり、優等生オーラをだしている。
「ん?なんか用?」
 刹那はとりあえずそっけなく答えてみた。
「僕は佐藤悠真。よろしくね」
「ああ、俺は七梨刹那だ。よろしく」
 悠真は眼鏡を人差し指で上げながら言う。
「ひとつアドバイスだけど、あの上条ってやつは中学時代かなりのヤンキーだったからあんまり仲良くしないほうがいいよ」
 刹那は適当に相槌をうつ。
「俺も昔はけっこう突っ張ってたからあんまり人のこといえないけどな」
 悠真はムッとして前を向き、体育館にいくまで一言も話さなかった。

 入学式はかったるいハゲ校長の話と校歌、国家斉唱であっけなく終わった。
 式が終わると一年生は一列になり退場する。
 その間に二、三年の有志の人と生徒会執行部の役員が花を渡してくれた。刹那はその中でも特に美人な先輩を見つけ見事その人から花をもらった。
 教室に戻ると再び生徒たちは雑談を始めた。
 刹那も自分の机を囲み、正輝、俊哉、姫夢、由美と一緒に話している。
「なぁ刹那、おまえさっき委員長と話してなかった?」
 正輝は刹那の机に寄りかかって話している。「委員長?」
「佐藤のことだよ。中学のころ学級委員長やっていたから」
 よくあるパターンのあだ名である。
「話したけど、それがどうかしたの?」
「あいつ俺のことなんか言ってただろ?」
 今一話の筋が読めない刹那だがとりあえず付き合うことにする。
「まぁ、話はしたな。正輝が昔、突っ張っていたって聞いたぞ」
「はぁ〜。やっぱりあいつ、いまでも怒ってるのかなぁ……」
 刹那は疑問に思い聞いてみることにした。
「なんかあったのか?」
 由美が割って入り、正輝を指差す。
「コイツが中学生のころ委員長をいじめてたんだよ」
「なんでまた?」
 正輝は答えようとしない。それをみた俊哉がささやく。
「ほら、こいつは不良で向こうは優等生じゃん? 一回委員長がこいつの悪行にキレちまってさ……」
 言いかけたところを正輝が割り込む。
「ちょっと注意されたからって、俺が腹立てていじめを始めちまったんだよ」
 姫夢が呆れながら言う。
「ようは上条が馬鹿だってことよ」
「まぁ俺もそういう時期が合ったし、やっちまったもんはしょうがねぇよなぁ」
 そんなことを言いながらも刹那は自分の席に一人寂しく座っていた悠真を見る。
 ----もしや本当に友達いないのか? 
 しばらくしてなつみが教室に入ってきた。
「みんな入学式はおつかれさん。ほなホームルームはじめるで〜」
 そういってホームルームのプリントを配る。
 プリントには学校生活における諸注意や時間割やらが記載されていた。
「ほな軽く全員自己紹介してもらおか。名前と出身中学、それから部活動はいる予定があるならそれもたのむわ」
 自己紹介は出席番号順に前に出て行われることになった。
「まずはウチやな。さっきもゆうたけどウチは黒田なつみや。歳はまあおいといて、担当教科は数学や。よろしゅう頼むな」
 年齢はあかされなかったが、比較的若い先生だ。
「ほな次は、え〜と綾上やな」
 なつみが指名すると一番前の席の女の子が立ち上がり前にでた。
「私は綾上音無です。出身中学は閻魔東中。いまのところ部活は考えていません」
 小柄な子だった。紺色の癖毛をしている。
 基本的にはショートヘアーであり、後ろは首元まで、横は伸びれば伸びるほど顔の内側に曲がっている。
 その後、正輝の番となり、そのまま悠真の番が回ってきた。
 悠真は立ち上がり前に出る。
「佐藤悠真です。出身は閻魔西中。部活は自分の兄が所属している心霊研究同好会に入ろうと思っています」
 その部活名を聞いてクラスがざわつく。
 心霊研究同好会はあまり好印象をもたれてないようだ。
 悠真は自己紹介を終え席に戻ってきた。
 刹那は思わず彼に話しかける。
「なぁ? 心霊研究同好会ってなんだ?」
 しかし悠真は無視をする。
 刹那がムッとしていると、なつみが彼を呼んだ。
「七梨? はようでてきて自己紹介しや?」
「あ、すいません!」
 刹那は慌てて前に出る。
「七梨刹那です。私立詠礼学園中等共学部から来ました」
 刹那が自己紹介をすると、クラス中で驚きの声が上がった。
「詠礼って、あの有名な詠礼学園? むっちゃ都会じゃん?」
「都会からなんでこんな田舎に来たの?」
 刹那は咳払いをする。
「コホン、俺は幼稚園までこの町に住んでいましたが、家庭の事情により都会に行くことになり、今回また家庭の事情でこっちへ戻ってきました」
 それもでクラスが静まらないので、なつみが割ってはいる。
「人が話しとるときは静かにせなあかんで?」
 しぶしぶといった感じでクラスは落ち着いていった。なつみは振り返り問いかけてくる。「ほいで、七梨。部活は何はいるんや?」
 刹那はチラっと悠真のほうを見た。
「最初は帰宅部のつもりでしたが、気が変わりました。心霊研究同会に入ります」
 クラスがまたざわついた。中でも目を開いて驚いていたのは悠真だった。悠真は立ち上る。「ふ、ふざけるな!何いきなりわけわからないこといっているんだ?」
 刹那は胸を張って答える。
「俺がどこにはいろうと俺の自由だろ? それともなにか、俺が入るとまずいのか?」
 悠真は歯を食いしばりながら着席した。
 刹那も席に戻った。
「こらまた、えらい問題児を抱えて待ったな……ほな、次!」
 なつみもさすがに対処に困ったか、スルーし次の生徒を指名した。
 次の生徒が『これの後でやるって……』とぼやいているのが聞こえたが、刹那は気づかないふりをした。
 やがて俊哉の番になる。
「平山俊哉。西中から着ました。バスケ部に入部する予定です」
 あっけなく終わった。
 その後、2人挟んで姫夢の番。
「私は牧原姫夢。西中出身。部活は考えてなかったけど、ちょっとノリで心霊研究同好会に入ってみようかと思います!」
 それを聞き再び悠真は眉をピクッと動かした。刹那は姫夢にむかってウインクした。
 姫夢もウインクで返してくる。
 その後に由美の自己紹介である。
「私は松村由美。閻魔西中出身です。部活は中学校からやっているテニス部に入ろうと思います」
 そうこうしているうちにで自己紹介が終わった。再びなつみが教壇に上がる。
「ほなら今日はここまでや。各自帰りのしたくしぃや」
 入学式ということもあり今日は午前中に帰れる。終礼をすませ刹那は教室を出た。
 その直後、悠真に呼び止められる。
「七梨!」
 刹那は振り返る。
「なんだ?」
「何のつもりか知らないが、本当に入部する気があるのか? あるなら、これから部室に行くからついて来い」
 ----ふむ、まあどうせ暇だしいってみるか。
 刹那達が歩き出すと後ろから姫夢と正輝がやって来た。
「せっちゃん。一緒に帰ろうよ」
「せっちゃん、いうなし! わりぃ、これから委員長と心霊研究同好会の部室いくんだ。ってかおまえもいかないのか?」
 姫夢は刹那に言われ自分で入部進言したことを思い出したらしい。
「あ、そういえば私もはいるんだったね。そんじゃついてくよ〜」
 後ろから正輝がひょいっと顔を出した。
「俺も行っていいか?」
 悠真は正輝をにらみつける。
「おい。今度は何のおふざけだよ?」
 急に正輝がまじめな顔になった。
「別に俺は特に入りたい部活がないから、説明聞きに行くだけだよ」
 悠真と正輝、二人の間に沈黙が流れる。
「はぁ〜」
 刹那はため息をついて二人の間に入った。
 そして二人の肩を叩く。
「な、なにするんだい?」
「おいおい、ゲイかよ」
「まぁ昔のことはあんま気にすんなよ。高校で新しいスタート切ったわけだしさ?」
 悠真は刹那の手をどけ、鼻で笑い歩いていってしまった。刹那と姫夢は顔を合わせて笑い、正輝をひっぱり三人で悠真についていった。

 1へ続く


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