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作品名:マスカレイド 作者:ちーきー

第3回   第一章 桐式紅葉 その二
◇Side 桐式紅葉

 魔法。それはファンタジー。
 魔法。それは憧れ。
 魔法。それは非現実。
 あたしこと桐式紅葉は今、なにやらどでかい屋敷の中に連れ込まれてしまった。ともすれば刺青ヤクザがわんさか沸いてきそうだけれど、現れたのは一人の同級生と、一人の人の良さそうなおばさんだった。と言うかその二人にここに連れ込まれた。
 変な男との死闘を繰り広げたあたしはその同級生、無口君に助けられたらしく、事情を説明してもらう為に無口君の家に行く事になった。助けられた恩もあるしあたしも事情を知りたいし、無口君も秋子さんと言うおばさんも人を騙すような感じには見えないから信じる事にしたのだ。
 石間公園から秋子さんの乗って来たワゴン車で約五分。荷台に乗せた無口君の自転車を下ろしながら家に入り、見た目通りな和風の家の和室の客間で美味しいお茶とドラ焼きを食べながら待つ。あたしの隣では姫が座布団にちょこんと座り、おいしそうにドラ焼きを食べていた。そしてその後ろ。青いショートヘアーに、赤いタンクトップ。それに迷彩柄のホットパンツ姿の奴が。どう見てもこの秋空で着るような服装ではない上に、タンクトップがきつそうに見えるほどの巨乳。今にも肩紐が取れてぽろんとおっぱいが剥き出しになりそうだった。
 そんな女がなにやらニコニコと笑いながらあたしと姫を交互に見比べている。……なんか、凄く不吉だ。貞操的な意味で。
「お待たせ」
 と、客間の襖を開けて無口君が中に入ってくる。手には自分達のだろう二人分のお茶が載った盆があった。
 一年、二年とずっと一緒のクラスメイト、無口七緒。相手の怒りを買うような行動はまったくしない。と言うよりは、他人に対してまるで干渉しないのが鼻に付くらしく、血気盛んな奴等に絡まれているところを良く見かける。その度にあたしが仲裁してるけれど本人はそのスタンスを変えるつもりはないようだ。担任から話し相手になってやってくれ、なんて頼まれたりするが、それ以前から話掛けているけれど本人がまったくその気になってくれなくて中々会話が続かない。が、一応こちらがきちんとした態度で話しかければきちんと答えてくれる奴でもあった。
 無口君の私服は初めて見たけれど白のワイシャツにジーパンと、至って普通。人の事は言えないけど髪はこんな田舎町であっても珍しい黒髪で妙に逆立てたりもしない耳が若干隠れる程度の短髪。背は女子の平均よりも若干高いあたしと同じかちょっと小さいくらい。男の平均から見れば小さめだろう。そんな、ともすれば小動物のような見た目の無口君は、釣り目がちな目で睨むように周囲を見るせいで近寄りがたい雰囲気を醸し出していた。
 学校ではいつも一人でつまらなそうにしているけれど、成績の方は優秀すぎるほど優秀で、一年の時から学年トップを譲った事がない程だ。そういう意味では同学年で無口君の名前を知らない奴はいないだろう。それだけの頭を持っているのだから周りに、特にあたしに勉強を教えて欲しいものだけど当然そんな提案は足蹴にされてしまう。
「そいつ、何か変な事しなかった?」
 自分の分とまだ来ていない秋子さんの分のお茶をテーブルに置きながら聞いてくる。言われて後ろの青い女を見ると、満面の笑みで小さく手を振ってきた。
「ここに来るまでにさんざ胸を揉まれたけど」
「それ以外で」
「特に。常ににやけてるって事くらいかな」
「なら良かった。いつも通りだ」
 これでいつも通りなのか、と思いながらもう一度振り返ると、また手を振ってきた。まあ悪い奴じゃなさそうだ。
「じゃあ説明を始めようか? それとも雑談でも?」
「いや、説明してくれ。何がなんだか」
「オーケイ。と言っても僕も――」
 無口君が言いかけると、襖を開けて今度は秋子さんが入ってくる。何処にでも居るようなおばさんで、後ろの青い女とは違って包み込んでくれるような優しい笑みを浮かべていた。
「僕もあまりよく分からないんだけどね。まあ一つだけ言っておく。この世には魔術と言う物が存在して、そこの女の子とか、そっちの青いのとかはその魔術で作られた存在だって事だけは疑わずに信じておいて」
 ――あまりにも横柄かつどうでも良さそうな説明の仕方に少しカチンときたけれど、ここで事を荒げても仕方がない。
 しかしまあ、何となくそんなんじゃないかなとは自分でも予想していた。そうじゃなきゃ小さな女の子が手袋に変身して、その手袋で水が操れるようになる訳がない。
「無口君も……と言うか、後ろの――えっと……」
「俺は一って言うんだ。コンゴトモヨロシク」
 外道か、邪鬼か。良くて鬼女。そんな感じの挨拶をしてくるイチと言う名の女。うーむ、服装もそうだけど口調も男っぽい奴だな。
「イチも姫と同じで――」
「そう。この仕組みを作った奴の話では”シャドウ”って言う名前の使い魔らしい。基本的に悪い奴じゃないんだけどさ」
 性格はアレだけど。と付け加えてイチを睨みつける無口君。それからイチは溜息を吐くと、霞のようにその体を消し、今度は無口君の背後にあぐらを掻いた状態で現れた。
「君もその子の使い方、分かってるんだろ?」
「使い方、って言い方が気に食わないけど、まあ分かってるよ」
 姫のあたしと同じ黒髪の頭をくしゃくしゃと撫でる。
「それとこの子の名前は姫だ。お姫様みたいで可愛いだろ?」
 ちなみに名付け親はあたしだ。そんな私の言葉に無口君は無表情に、秋子さんは笑顔のままで、イチは大げさに笑みを作りながら肯定した。
「で、何で姫は急にあたしの前に現れたんだ? 大体一ヶ月前くらいからなんだけど」
「……魔術の事は疑わないの?」
 あたしの言葉を遮るように秋子さんが聞いてくる。その問いにあたしは、
「疑ってたら話が進みませんよ」
 と、答えた。
「そうね、お利口さん」
 ともすれば馬鹿にされたような言い方ではあったけれど、秋子さんの溢れ出る母性と皺だらけの笑顔のせいでまったく嫌味に聞こえない。
「じゃああれか、あたしは魔法使いになったって訳か」
 そんな訳で聞いた話をあたしなりにまとめて言ってみると、無口君は何処か怪訝な表情で、そして機嫌悪そうに目を瞑った。
「正確に言うなら魔術師になった訳じゃなく、超能力者になったんだ」
「違うのか?」
「違う。いいか、魔術っていうのは科学だ。何時間も何日も何年も研究を積み重ねてやっと実用に足る術を作り出せるんだ。それをこんな、ぽっと出の特殊能力と一緒にしないでくれ」
 明らかに怒っている無口君。あたしが何か変な事を言ったのだろうか。まあ、この態度を見れば言ったんだろう。
 重い空気が圧し掛かる中、こほんと咳払いをして無口君が話を続けた。
「とにかく僕の知っている事だけを話すぞ。……あいつはこの町の地脈を使って結界を作った。その結界の力で桐式のような魔術の魔の字も知らない奴でも使い魔が作れるようになったんだ。いや、勝手に作らされたって感じか。そんな使い魔と主人が僕らを入れてこの町に全部で七人いるらしい。僕はそいつらを見つけ出すのと、その結界を作った張本人を探す為に毎日走り回っている。そんな中で今日は桐式の事を見つけたんだ」
「へえ、七人か。さっきの刀野郎もその一人か?」
「多分。直接会ってないから分からないけど、こんな町中で日本刀振り回してるなんて精神異常者かこいつ等みたいなシャドウのどちらかだろうね」
 またも無口君の口から意味不明の言葉が出てくる。魔法だけでも心がときめいて――もとい、頭が一杯なのにシャドウだと。これ以上あたしの心をワクワク ――もとい、あたしの頭に情報を流し込もうとしてくるのだろう。正直平静を保っているだけで一杯一杯だ。ちょっとでも気を緩めると頬が綻んでしまう。
「……なんかニヤニヤしてるけど大丈夫?」
「は? 何言ってんだ無口君。で、シャドウってなんだ? さっきもペルソナとか言ってたし。あれか、あのゲームみたいなもんか」
「僕は3と4しかやった事ないけどっと、話がずれた。……僕もこの結界を作った奴がべらべらと喋ってた事を聞いただけだから良く分からないけど、そいつが僕の事をペルソナ、この青いののことをシャドウって呼んだからそう呼んだだけだけ。意味はまったく分からないよ」
 ならスタンドでも良さそうな気がするけど、まあ自分の意思で姫が動く訳じゃないし、ペルソナとシャドウって事で良いか。
「そっか、そう言う事か。……なるほどなー」
「ん?」
「や、こっちの話。まあ、つまり無口君はその結界とやらを作った奴を探しつつ、あたしみたいなのも探してるって事なんだ?」
「そう。言った事をそのまま繰り返したような結論を言ってくれてありがとう」
 あたしなりに理解してる、って事を伝えたかったのだけど、それを知っているのかそれとも知った上でなのか、皮肉が返ってくる。
「どういたしまして。いつかぶっ飛ばすからな」
 そんな皮肉にストレートに返事をしてみると、無口君が少しだけ楽しそうに笑ったように見えた。ううむ、今までまともに話をした事が無かったけど、ひょっとしたら相当なひねくれ者なのかもしれない。これはいじりがいがありそうだ。
「さて、僕の方からは特に話す事もないけど、質問は?」
 と、無口君が学校の先生のように聞いてくる。どうにも偉そうなその態度はいつもムクチな無口君の印象とはかけ離れていて面白いようで腹が立つようで複雑だ。
 とは言えここは質問の場。分からない事を分からないままにしていると後で痛い目を見るのはどんなRPGでも同じだ。あたしは説明書はよく読んでからゲームをするタイプなのだ。
「その結界を作った奴の目的ってなんなんだ? まさか人にスタンドをくっつけて終わりって訳じゃないだろ?」
「スタンドじゃなくて……まあいいや。どうせあいつが勝手に決めただけだろうし。……あいつは色の付いた魔力を集めようとしてるみたいだ。それで何をしようとしてるのかは分からないけど」
「色の付いた魔力?」
 またしてもあたしの心をくすぐる魅惑のキーワードが出てきたじゃないか。
「そう。魔術師が魔術を使うには魔力が必要なんだ。それは漫画とかでも同じだね。その魔力なんだけど、普通は大気や大地から体の中に取り入れて自分の力にするんだ。でもそう言った自然界にある魔力って言うのは、基本的には着色されていない、透明な魔力なんだよ。言って見ればミネラルウォーター。美味しいっていえば美味しいけど、味が付いていないから物足りない。で、それを体の中に取り入れて初めてその魔術師特有の色が付けられるんだ。無着色の魔力と比べると色の付いた魔力って言うのは力の密度が濃くなるし、扱いやすくなる。つまり、あいつはこの土地の地脈に流れる無着色の魔力をペルソナ、つまり僕らの体を通してシャドウ、つまり姫ちゃんやこの青いのを作り出し、そのシャドウ同士が戦って飛び散る色の付いた魔力を一箇所に集める為のフィールド――結界を作り出したんだ。もちろん戦うだけじゃなくてシャドウを倒せばそれはそのまま高濃度の魔力になって集まるから――」
 無口君の長い演説。しかし夏場の校庭で行われる校長先生のありがた迷惑な話とは違って垂涎もの過ぎる。いや、垂涎もの過ぎて――
「なんでそんな嬉しそうな顔してるんだ?」
 完全に顔が綻んでしまっていたらしい。
「ははは、何を隠そうあたしはいつか剣と魔法の世界に行きたいと思ってたんだ」
「ああ……つまり今この状況が嬉しくてたまらないって事か」
 中々鋭い無口君は、しかし呆れたように肩を竦めた。なんだよ、ゲームが好きな女は駄目なのかよ。
「……他に質問は?」
「えっと、秋子さんはどういう人なのさ? 無口君のお母さん?」
 にしては息子と違って取っつきやすそうな雰囲気を纏っている秋子さん。顔も似てないし、どうにも親子と言う感じではなかった。その予想は正しかったらしく、
「この人はパレット――魔術師とか超能力者達を保護する組織なんだけど、そこから今回の騒動を監督する為に派遣された人だよ」
 ずず、と落ち着いた様子で自分のお茶を飲んでいる秋子さんは、静かに無口君の話を聞きながら頷いた。
「どうも初めまして。冬畑秋子です、よろしくね」
 改めて自己紹介をしてきた秋子さん。丁寧な物腰に思わずあたしも姿勢を正してどうも、と頭を下げた。
「今ななちゃんから説明された通り、私はこの騒動を監督する為に派遣されたの。もし町の住民が大勢巻き込まれるような事になれば、私の意思でパレットの実働部隊を派遣できるのだけれど、まだ被害は少ないし、パレットも静観する構えでいるから事の収拾は私達でするしかないのよ。だから紅葉ちゃんにもお手伝いを――」
「秋子さん」
 あたしに協力を仰ごうとした秋子さんの言葉を無口君はぴしゃりと止めた。応援が来ないのならあたしらのようなのでどうにかするしかないのだから、協力するのはやぶさかではないのだけれど。
「桐式は魔術師じゃないし、この件には巻き込まれただけです。だから協力なんてさせる訳にはいかないですよ」
「……それもそうねぇ」
 無口君に諭されて秋子さんがうーんと唸る。全部で七人いるスタンド――郷に入っては郷に従え、無口君の言う通りの呼称に改めよう――ペルソナとシャドウがどれだけの能力と、どんな悪事を働くかは分からない。なら、巻き込まれた身だとしても当事者であるあたしも――
「手伝うぜ? 楽しそうだしさ」
 ぱっと明るい笑顔になる秋子さん。しかし逆に無口君は表情を顰めるどころか、明らかに怒った表情を見せた。
「楽しそうってなんだよ。今日だけでももう人が一人――」
 叫び出しそうな勢いで言葉を吐き出す無口君。しかしその言葉を遮ったのは、客間の襖を開けて入ってきた人物の登場だった。
「おお、遅れてすまんな七緒。ジバゲが長引いてしまったわい」
 現れたのは六十を越えるかと言うおじいさんだった。しかし小柄ながらも精悍な体つきはトレーニングを積んでいる為にそこらの若者との力比べにも負けないし、双眸は長く生きてきた経験を物語るように鋭い。頭は真っ白だけれど薄いわけではなく、むしろフサフサだ。口の周りに生やした髭がチャームポイントらしく、毎日の手入れは欠かさないらしい。
 なんでそんな事を知っているかと言うと、
「ゲンさん! なんでここにいるんだよ?」
 知り合いだったからだった。そうか、今日はジバゲの集会だったか。ちなみにジバゲと言うのは、”ジジババがゲームをする会”の略であり、ゲンさんはそこの会長であり、あたしはそこのおじいさん、おばあさんにゲームを教えに行く講師だった。さらに言うとジバゲは単純に自分達が楽しむ為にゲームをするだけではなく、孫やひ孫が遊びに来た時に自分達がゲームの相手を出来るように練習する為の場でもある。うむむ、いつもゲンさんって呼んでたから忘れてたけど、そう言えば無口源太郎と言う名前だったか。となればゲンさんは無口君のお祖父さんにあたるのだろうか。
「おや、紅葉さんかい。……と言う事は」
「うん、そうだよ。それにしてもさ、人が一人死んでるんだからもっと早く来れるようにしてよ」
「ああ……確かにな。すまんかったのう」
 苦笑を浮かべながら気まずそうにするゲンさん。しかし――人が死んだ? それは、どういう――
「……桐式、お前があの刀野郎と戦う前に、そいつは一人切り殺してたんだよ。これが普通の通り魔なら警察沙汰になるだろうけど、魔術師関連になるとそうも行かない。言っとくけど、この騒動で桐式がペルソナかシャドウの誰かに殺される事になったら、死体は家に帰れずにパレットで処理されて世間的には行方不明って扱いにされるぜ? 二度と、世間に桐式紅葉と言う人間は帰って来れなくなるんだよ」
「なん……でだよ」
「魔術師の事が世間一般に知られないようにする為よ」
 あたしの問いの答えは無口君じゃなく、秋子さんが受け継いで返ってくる。
「流石に中世ヨーロッパのような魔女裁判は行われないだろうけれど、それでも魔術師の事が知られてしまうと面倒な事になるのは分かりきっているからね。それに魔術師自体が秘匿的な集団だから、自分から進んで自分達の存在を公表しようとは思わないのよ。だから、魔術関連の事件で起きた被害はパレットによって揉み消されて闇に葬られる。……ななちゃんが言った通りに、もし紅葉ちゃんが殺されてしまったらあたしはパレットの人間として、あなたの死体を処分しなければならなくなるの」
 秋子さんは先程まで見せていた優しい笑みを浮かべず、無表情に伝えてきた。今まで纏っていた雰囲気が優しげだっただけに、その真実しか言っていないような威圧感さえ放つ顔で告げる言葉は酷くあたしを不安定にさせる。しかし――
「無口君はそんな危ない事に首を突っ込んでるんだろ?」
 あたしと同じ歳で、あたし達のような一般人の知らない世界で、命の危機を知りながら一人で戦う。
「――そんな事を知ってあたしが放っておく訳ないじゃないか」
「……君は馬鹿なのか?」
 真っ直ぐに嫌味を言われた。しかし怯む訳が無い。
「そりゃ万年学年トップの成績優秀者から見れば馬鹿だろうけどさ。……でも困ってる奴を見放すような馬鹿じゃないとは思ってるよ」
 思い返せば無口君はいつも一人だ。一人がいけない訳じゃないけど、助けてくれる人がいるのなら助けを求めるのも悪い事じゃない。そして今がその時だ。
「言ってくれれば手伝いするぜ? こう見えても面倒見は良いんだ」
「いらないよ。……この話はこれで終わり。ご飯にしよう」
 話は終わり、と言うよりは話を続けたくないと言うような様子で無口君が立ち上がる。ゲンさんも秋子さんもやれやれといった顔で苦笑を浮かべ、
「紅葉さん、もう遅いし今日はうちで晩御飯でも食べていくかい? うなぎでも取ろう」
「うなぎ! 食べる食べる!」
 ゲンさんの提案を一も二もなく受け入れる。孫を可愛がるおじいさんに遠慮をすると逆に落ち込む事をジバゲの会で知っているから、遠慮なんてしないのだ。それにうなぎ好きだし。
「……図々しい奴」
 と言う無口君の言葉も聞こえてきたけど無視をしとこう。さてさて、家に連絡でも入れておくか。


「腹いっぱいだー」
 と、イチが喚く。ぼすんと無口君のベッドに座ると、そのまま背中から倒れた。
 ゲンさんの奢りでうなぎを食べ終えてみると時間は十時を過ぎていた。もう帰るか泊まっていくかを迫られる時間だろうけど、話の続きが終わっていない為に嫌がる無口君を無視してあたしは無口君の部屋へ押し入ってきたのだ。
「それにしても無口君、結構喋る奴だな」
「……あだ名通りにムクチって訳じゃないよ。学校じゃ喋る事がないから喋らないだけだ」
「つまんなくないか、それ」
「つまるつまらないは個人の自由だ。どうでも良いけど早く帰りなよ、送ってくから」
「ふうん」
 と唸ってから座布団を引っ張ってきてその上に座ろうと思ったけれど、座布団が一つしかないから姫に譲った。
「……一人死んだって、どう言う事だ?」
 制服の上着を脱いでブラウス姿になりながら畳の上にあぐらを掻いて座りながらさっき聞けなかった事を聞いてみる。
「言葉の通りだよ。君らが戦ってたところから少し離れた場所で男の人が切り殺されてた」
「つまり一般人に被害が出たって事だろ? それならパレットってとこから応援が来るんじゃないのか?」
「……来ないんだよ」
「来ない?」
「うん」
 言いながら無口君が大きなテレビの電源をリモコンで点けた。やっていたのはニュース番組。一ヶ月前に起きた自宅で刺し殺された男性の事件だった。どうにも刃物――それも長物を使った事件らしい。犠牲者の名前は北利道。聞いた事は無いけれどこの町で起きた事件だ。しかし改めて長物と聞くとさっきの刀野郎を思い出すけど――まさかな。
 そのニュースを見て無口君にも思うところがあったのか、じっと、注意深くそのニュースを見ていた。とは言えそれ以外で人が死んだ――刀で切られた、なんて言う報道はやっていない。そのニュースが終わると無口君はあたしに視線を向けた。
「パレットって言うのはパンドラの箱は開けない。箱の隅にあるほんの少しの希望の為に、多くの災いが出るような物を認めない。でもね、逆に言うと災いと希望の比率が逆になるんだったら彼らは喜んでその箱を開けるんだ。大きな収穫があるのなら、ほんの少しの犠牲は厭わないんだよ」
 淡々と言う無口君のその言葉は嘘を言っているような感じではなかった。それは、つまり――
「パレットって言うのはこの騒動で出来る結果に期待してる訳だ」
「そう言う事。秋子さんも教えてくれないけど、集まった魔力であいつが何をしようとしてるかは知ってると思うんだ。そしてそれの利便性が証明できれば、この騒動を起した事も不問にして利用しようとしてる。そういう組織なんだよ、パレットは」
「秋子さんもそのつもりなのか?」
「知らない。けど、秋子さんはあくまで監督官だから普通はパレットにも属していない僕に事件の調査は依頼しない。魔術すら知らない桐式になんか協力を頼もうともしないよ。だから――」
 秋子さんは信用して良いんじゃないか、と視線を泳がせながら呟いた。どうにも恥ずかしそうなその動作は、あまりこういう会話に慣れていないようにも見えた。
 しかしそれはそれで、やはり人手が足りないように思える。少なくとも人を平気で殺して、その上であたしまで殺そうとした相手を無口君一人でどうにかしようとするのは危険極まりないだろう。
「……桐式、お前は変な事しなくて良いからな」
「変な事って?」
「分かってるだろ。……いいか、さっきも言った通り僕はパレットにも入っていないような魔術師だ。正直言ってまともな魔術なんか使えないよ。桐式、ナイフを持ったチンピラに守られてお前は安心できるか?」
 自分の力量を包み隠さず、でも恥ずかしがる事無く伝えてくる。言いたい事は分かった。つまり、
「無口君はあたしの事を守ろうとしてる訳だ。でも守れないから、余計な事はするなと」
 そう言う事だろう。さっきも平然とあたしを家まで送ると言っていたし、割と自分が男である事を自覚して女であるあたしを守ろうとしているらしい。普段は物を言わないからどんな人物かは分からないけれど、無口君はきっと真面目で良い奴なんだろうなと思う。
「どうとでも言えよ。とにかく、余計な事はするなよ」
 無口君はそれだけ言うとぷいと顔を背けてテレビに体を向けた。それから改めて部屋の中を見渡してみると、プラモデルのようなものはないけれど漫画とかゲーム機なんかが色々と置いてある。さっきまで話していて思ったけれど、無口君は結構漫画とかが好きなのかも知れない。そんな中ゲームソフトが並ぶ棚に新作ソフトが並んでいるのに気付く。むむ、あれはバイト代が出たら買おうとしてる奴じゃないか。
「なあ無口君」
「なんだ?」
「お泊りオーケイ?」
「……客室を用意するよ」
「そこってゲーム出来る?」
「テレビはあるけど……?」
 あたしの言わんとする事に気付いたのか、首だけをあたしに向けて振り返る。
「なあなあななちゃん、そのゲームやらしてくれよ」
「は?」
「それそれ」
 と、さっき見たソフトを指差した。最大二人で出来るアクションゲームでつい一昨日発売されたばかりの新作だ。むう、と唸ってあたしが指差した先を見詰める無口君。
「泊まるって、もしかして徹夜でゲームでもする気か?」
「そだけど」
「……これからやろうと思ってたんだけど」
「じゃあ一緒にやろうぜ!」
 言ったのは、さっきまでベッドの上で寝転げていたイチだった。
「俺もやりたかったんだよ。でも七緒の奴が調査に行くからって言ってさ、やらせてくれなかったんだぜ!」
 青髪をぶんぶん揺らしながらベッドから飛び降りてあたしに詰め寄ってくるイチ。何かいやな予感がするんですが。
「初めての共同作業だっぜ!」
 ばっとあたしに向けて飛び込んでくるイチ。その勢いを止められなくて背中から倒れてしまった。
「や、やめろ!」
「いいじゃんいいじゃん!」
「何がいいんだよ! って言うかやんのはゲームだろ!」
 そう言うと、そうだったと言ってイチが離れていった。服を正しながら体を起すと姫が驚いたように目を丸くしながらあたし達を見ていた。
「はぁ……まあいいや、やらせてくれよ、ななちゃん」
「ななちゃん言うな。まあやらせるのは構わないけど、イチ、てめーはだめだ」
「なんでだよ!」
「昨日も僕が寝てる間ずっとやってたろ。勝手にセーブデータまで作って」
「あ、ばれてら」
 ぽりぽりと自分の青髪を掻き、ちぇ、と不満そうにするイチ。それを見てから無口君は手馴れた手付きでゲームの電源を入れた。
「……桐式っていつもこうやって誰かの家に泊まっていったりするのか?」
「まあなぁ。いつもは女友達のところだから、男の家は初めてだよ」
「ふうん。連絡は?」
「してある。男の家に泊まるぜ、ってメールしたら、明日はお赤飯だね、って帰ってきた」
「……誤解が生まれるから帰れよ」
「そこは今日は帰さないぜとでも言うのが男だろ」
「帰れよ」
「明日も帰らないぜ、ってメールしといた」
「帰れよ!」
 怒鳴る無口君。むはは、やっぱりこういう輩はからかうと楽しいぜ。そうこうしているとゲームが始まる。帰れと言っておいてちゃんとコントローラーを渡してくれるあたり無口君は本当に良い奴だな。ゲームが始まる前に説明書を読んで操作方法を確かめる。体験版をやったから大抵は分かるけど、やっぱり製品版では何かが追加されたりするするものだ。そんな事をしていると無口君は一人でゲームを始めてしまい、とりあえずざっと操作方法を憶えたところで協力プレイを始める事にした。よし、あたしはホンダムを使おう。
 無口君は……あたしが体験版でやったところまでしか進んでないあたりまだ始めたばかりなのだろうけど、あまり上手いとは言えなかった。ふむ、これは腕の見せ所だぬあー!
「い、イチ! なんであたしの乳を揉んでんだ!」
 あたしのブラウスのボタンまで外して中に手を滑り込ませてくるイチ。そのまま思うままに揉みしだかれる。ちくしょう、この家に来る前にも揉まれたけど、直接触るなんて反則だろ……!
「いや、手持ち豚さんだったんで」
「それをいうなら手持ち無沙汰……や、やめろ! そんなとこ摘まむな!」
 嫌らしい手付きについに観念し、ゲームを中断して手を払い除けた。
「いーじゃんかよー。暇なんだよー」
「だったら姫と遊んでろ!」
「ククク……いいのかよ……俺がやるとなったら……遊びじゃすまなくなる……!」
 そう言ってイチの視線は鋭く姫に向いた。ぞわっとするようなその視線は受けて姫は逃げるように文字通り姿を消す。
「あーあ、逃げちった。この責任は主人が取らないとさー!」
 言って伸ばしてきた手に合わせてクロスカウンター。イチの顔面にめり込んだ拳は見事なクリーンヒットと言わざるを得ない。
「……前が見えねぇ」
 そのまま寝てろ。
「……なんなんだこいつ」
「知らないよ」
「それにしても、何で姫……シャドウってのはこうやって姿を消せるんだ? そういう魔法を標準装備なのか?」
「ああ……シャドウは言ってみれば魔力の塊だから。魔力は元々目に見えないから、そうやって煙みたいになって僕達の周りで漂ってるらしい。で、必要な時は魔力で体を作って現れると」
「便利な体してんなー」
「これ自体嘘みたいな能力なんだけどね。それをシャドウ全員に使えるようにしてるんだから、あいつは魔術師としては一級なんだろうな。あと、魔法と魔術は違うからな」
「どう違うんだよ」
 言って、ブラウスのボタンを止めながら中断していたゲームを再開する。無口君がポーズで止めておいてくれたらしく、さっき止めたところから続けられた。
「魔術は魔を使う術。色んな道具とか儀式を使う物を言う。魔法はそれ自体が奇跡のようなものだから道具も儀式も必要ない。超能力者の使う能力は魔法だ。言ってみればシャドウは魔法使いでシャドウが使う力が魔法。シャドウを作り出したこの結界を作った奴は魔術師で、その結界は魔術だ」
 淡々と説明しつつ、ゲームをする無口君。あ、体力がピンチでやんの。
「うーむ、良くわかんないけど、まあその内覚える」
「覚えなくてもいいよ、桐式には関係ないんだから」
「なんでだよ。友達がやってる事くらい覚えたっていいだろ」
 瞬間、無口君の動きがぴたりと止まった。
「友……達?」
「そう。違うのか?」
「……さあ、どうなんだろうね」
 それきり口を開かず、ゲームに没頭する無口君。あたしもゲームを楽しむ事にして、今日はもう徹夜する勢いでやり続けた。しかしまあ、イチの奴は何度も何度もしつこくしつこくあたしの胸を揉みに来るもんだから、最後は首をきゅっと絞めてやったらそれで本当に大人しくなった。なるほど、こいつ等にもそういうのは効くのか。なるほどなるほど。


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