あの悪夢のような事件が終わって一週間が経った。僕は未だにあの事件のことを思い出す日々が続いていた。 行方不明だった足立さんは、警察の搜索によって無事に発見された。しかし、心身ともに衰弱しきっており、とても日常生活を送れるような状態ではなかったらしい。 鈴木さんは、彼らが強引に女性に迫ることに、よく苦言を呈していたそうだ。鈴木さんが部屋に入ってきたときに、彼らが猥談を止めたのもそのためだったのだろう。 そして裕香さんは一体どんな気持ちで、彼らに笑顔を見せていたのだろう。どんな気持ちで彼らに抱かれていたのだろう。女性という生き物は、皆あんなことができてしまうのだろうか。僕は先生のように、女性恐怖症になってしまいそうな心持ちだった。 「先生、女って怖いですね」 突然の僕の突拍子もない発言に、奥の椅子に座ってミックスジュースを飲んでいた先生は、それを喉に詰まらせ、むせ返りながら僕を見つめた。 「なんだい、いきなり」 先生は面食らったような表情をしていた。もう一週間前のあの凄惨な事件のことを忘れてしまったのだろうか。 「裕香さんのことですよ。あんなに優しそうな女の人に、あんなことができてしまうなんて……。僕も先生みたいに女性恐怖症になりそうですよ」 僕はてっきり、先生も僕の意見に賛同してくれるものだと思っていた。しかし、そうではなかった。 「君ねえ、私は別に女性恐怖症なんかじゃあないんだよ。一緒にしないでくれたまえ」 せっかく僕がへりくだって先生と同じ立場に立とうとしたというのに。そっちがそういう生意気な態度をとるなら、僕にも考えがある。 「じゃあ今夜、一緒にキャバクラ行きましょうよ。お金は僕が払いますから」 僕は先生を黙らせる伝家の宝刀を抜いた。すると先生は、狼狽の色を押し殺し、こう切り返してくる。 「私はそういうところには興味ないんだよ」 「ああ、やっぱり怖いんだ」 「馬鹿なことを言うんじゃあないよ! 今夜はちょっと……その、用事があるんだよ」 ここまでの一連のやりとりは、もはや恒例と言えるものだった。しかしそのあとの用事とやらが毎回違うので、僕はいつも密かに楽しみにしているのだ。もちろんそんな用事など、鼻からないことは分かっている。 「どんな用事ですか?」 「だから……おばあちゃんの法事があるんだよ」 今回の言い訳は、かなりひどい部類に入るものだった。しかしこれ以上突っ込むと、先生が本気で怒り出すことを僕は知っているので、毎回それを信じた振りをするのだ。勿論、それを信じていない雰囲気を醸しつつ。 「へえ、法事じゃ仕様がないですね」 僕はニヤニヤしながら先生を眺めた。すると先生は、ばつが悪そうにミックスジュースを一気に飲み干して言った。 「森村君、ちょっとミックスジュース買ってきなさい」 「でも冷蔵庫にはまだ買い置きが……」 「言い訳するんじゃあないよ! 君は私の言うことに素直に従っていればいいんだよ!」 僕は笑いながら軽い返事を返すと、腹を立てている先生の顔を窺いながら事務所を後にしたのだった。
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