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作品名:幸せの青い毒薬 作者:果村 由鈴

最終回   処方箋5 薬を飲む前に死んでしまっては意味がない
処方箋5  薬を飲む前に死んでしまっては意味がない

私は若杉神社の階段を駆け上っていた。
 赤松家は代々神主だった。この神社を管理していたのは、赤松家だ。だとしたら、五郎がシロを隠した場所は、ここに違いない。
 だが、境内は広かった。どこにあるのだろう。暗く湿った、ひんやりとした場所。誰の目にも触れないところ。
 「ねえ、」
 あいつが話しかけてきた。
 「あなた、何を探しているの。」
 「シロ。」
と、私は答えた。
 「どうして。毒薬のはずでしょう。」
 「そうでした。」
 私はきょとんとした。私、いったい、何をしているのだろう。それから私は青い薬を探し出した。木は森に隠せという。青いものは、青い場所に隠されているのではないだろうか。赤松にとって、神社が我が家同然の馴染み深いものであったのなら、亜奈にとっても同様の場所であったに違いない。
 青い場所。それはたくさんあった。私は動物の像が持っている、青い提灯の一つ一つを覗き込んだ。その他の青いものも調べた。神社の境内は青い小物だらけだった。
 私はへたり込んだ。
 「つ、疲れた。」
 焦燥感が強かった。だが、それだけではなかった。何かが私の耳元でささやき続けていた。
早く。
早く。
助けて。そこよ。
すぐそこにいるの。
「どこにいるの」
私は思わずつぶやいた。また、あいつが変な顔をした。
 ここよ。
 私は声のする方に向かって歩いた。それは社の近くだった。
 ここ。ここ。
 声はだんだん大きくなる。
 すぐそばに、賽銭箱があった。賽銭口には、青いビニールシートが被せてあった。
 「これだ。」
 私はビニールシートを取り除いた。
 賽銭箱の中は暗かった。私は柵の中を覗き込んだ。底の方に、大きな密封容器があった。
 「あれだわ。あれがシロの培養箱なんだわ。」
 私は賽銭箱の取り出し口を探した。社の側に、小さな取っ手がついていた。私はそれを引っ張った。だが、動かない。鍵がかかっていた。
 「ちくしょう。この鍵はどこにあるのよ。」
 私は悪態をついた。
 「鍵があるとしたら、赤松邸の中よね、きっと。」
 私はあいつに話しかけた。
「だから、それがおかしいのよ。」
  あいつが言った。
 「シロなんて、どうでもいのよ。あなたが探しているのは、青い毒薬であって、シロでは」
 あいつの声はもう聞こえなかった。私は、今度は赤松邸に向かって走り出していた。

 「亜奈さん。木下です。お願いがあります。」
 私は 赤松邸のドアを叩いて怒鳴った。だが、返事はなかった。亜奈も出てくる気配がなかった。私はドアノブに手をかけた。ドアは開いていた。
 「失礼します。」
 私は玄関で靴を脱ぐと、赤松邸に上がりこんだ。玄関の右横に、大きなボウウインドウのある部屋があった。夢に出てきた広間とそっくりだった。
テーブルの上の花瓶の周りには、粉々になった茶色いものが散らばっていた。おそらく、花の残骸なのだろう。テーブルの上にあるのはそれだけだった。
 私は広間の隣にある部屋に足を踏み入れた。そこは広いダイニングになっていた。食器棚にはコーヒーカップなど、さまざまな食器が並んでいた。引き出しもたくさんあった。私は鍵を探し回った。だが、見つからなかった。
 「いったい、どこにあるのかしら。」
私は玄関に戻ると、今度は左側の部屋に入った。そこは応接間になっていた。明治の富豪の応接間の雰囲気そのもので、絨毯は分厚かったし、天井からはシャンデリアが釣り下がっていた。私はでかい豪華な飾り棚の引き出しを探した。だが、鍵は見つからなかった。
 私は再び玄関に出た。玄関の正面には、大きな階段があった。
 「まるで、『風とともに去りぬ』に出てきた階段みたい。」
 そうつぶやきながら、私はその階段を上がった。
 そんな私の姿を、家の外で見ている人影があることに、私は気がつかなかった。
 2階には4つの寝室があった。そのうち2つは客用だった。一つは和室になっていて、老夫婦の部屋だったようだ。その隣には、五郎と亜奈の寝室があった。
 私は五郎と亜奈の寝室に入った。でかいダブルベッドと、ドレッサーがあった。その奥に、ドアがあった。私はそのドアを開けた。そこは五郎の研究室だった。 
 「うわあ、すごい。」
 私は驚いて大きな声を上げた。壁一面に青いキノコの写真が貼ってあった。あちこちに最新式と思われる精密機械が置いてあった。でかい机の上には、書類の山がいくつもできていた。
 「この部屋のどこかにあるはずだわ」
 私はまず、でかい机の引き出しから探し始めた。中はくちゃくちゃだった。
 「ああ、もう。ちゃんと整理整頓しない人だったのね。」
 気がつくと、もう、夕方になっていた。山間部の日暮れは早い。私は部屋の明かりをつけた。それからさらに注意して引き出しの中を探した。 
 1番目の引き出しの奥に、懐中電灯があった。スイッチを入れると明かりがついた。私はそれをポケットに入れた。
 「ちょっと、お借りします。若杉神社は暗いので」
 その時だった。階段を上がる足音が聞こえてきた。私は探す手を止めると、半開きになっているドアの影に隠れた。
 足跡は、こと、ことと近づいていた。そして、誰かが隣の寝室に入ってきた。
 それは亜奈だった。
 「ああ、疲れた」
 そう言うと彼女はゆっくりとベッドの中にもぐりこんだ。
 私は息を殺していた。今、彼女に見つかったらやばい。
 「もう、無理。私には見つけられない。」
 彼女は何度もそうつぶやいていた。寝返りを打つ、ベッドの軋む音が聞こえてきた。
 私の心臓はどきどきしていた。彼女に聞こえるんじゃないかと思うくらい、その音は大きかった。だが、亜奈に気づかれることはなかった。やがてベッドから、すやすやという寝息が聞こえてきた。
 私はドアをそっと閉めると、音を立てないで探し始めた。広い部屋のあちこちに机があり、引き出しがあった。それらを片っ端から探した。
 暗くなってきたので、部屋の電気をつけた。
 引き出しは全部捜した。それでも見つからなかった。
 「どこにあるんだろう。」
 ふと見ると、椅子にかかっている白衣のポケットが膨れていた。
 私は手を突っ込んだ。
 あった。
 古びた鍵がたくさんついている、キーホルダーがあった。
 「これだ。こんなところに、あった。」
 私は鍵を持ち、懐中電灯をつけると、赤松邸を飛び出した。

 もう日が暮れかかっていた。私は懐中電灯で道を照らして急いだ。その時、ふと、背後から足跡が聞こえたような気がした。誰かにつけられているのだろうか。そう思って振り返ったが、誰もいなかった。気のせいだったかな、と思って、先を急いだ。
 若杉神社の賽銭箱に辿りつくと、片っ端から鍵を鍵穴に差し込んだ。
 やがて一つの鍵があい、賽銭箱が開いた。
 暗く湿った賽銭箱の中に、大きな密封容器があった。そこには、仄かに青い
キノコがたくさん生えていた。
 「待っていて。すぐに、あの森に連れて行ってあげる。」 
 私はキノコに語りかけた。そして歩き出そうとした時だった。
 「そのシロをよこせ」
 男の声が境内に響いた。見ると、目の前に、当台出が立っていた。
 「出たな。諸悪の根源。やらずぶったくり。税金のブラックボックス。」
 「何だと」
 「官僚の仕事で豊かになるのは、あんたたちの懐だけよ。村も、森も、破壊して、杉花粉症を作り出したうえに、まだ再生機構なんちゃらに天下って金儲けをするつもりなの。その挙句、このシロで何を企んでいるの。」
 私は言った。
「そんなもの、存在してはならない。」   
 「何ですって。まさか、シロを殺すつもりなの。」
 腹の底から怒りがこみ上げてきた。
 「たかが毒キノコの苗床じゃないか。」
 「冗談じゃないわ。これは森を再生できるキノコよ。あの青い森を作ることのできる、あんたたちがめちゃくちゃにした森を再生できるキノコなのよ。」
 いつの間にか、私は叫んでいた。なぜだかわからないけれど、私は森を守ろうとしていた。
 「そうはさせない」
 当台出はすごい形相で私を睨みつけた。
 「それがあっては私が困る。」
 「なんで」
 それからはっと気がついた。
 「そうか。あんたの殺人の証拠になるのよね、これは。」
 私が言うと、当台出は真っ青になった。
「何を言う。私は殺人なんかしていない。」
 「でも、毒を混ぜたのは、あなたでしょう。」
 すると当台出はさらにすごい形相で私を睨んだ。その顔は、どうして知っている、と言っていた。
しまった。私はどうやら当台出の怒りに火をつけてしまったようだった。でも、もう、後には引けなかった。
「あの3人の死亡原因が、この毒キノコであることがわかれば、殺人事件として再捜査されることになる。あなたはそれを阻止するために、このキノコを抹殺するつもりなのね。」
 私が言うと、
 「そうだ。このシロさえなくなれば、あの3人を死亡させたものが何であるのか、立証することはできない。そのシロは、あってはならない。突然変異種は、伝説の中だけに存在していればいいんだ。」
 「そんなことのために、アオタケの突然変異種を絶滅させるつもりなの。自分の犯罪を隠蔽するために。」
 「俺には俺がすべてだ。」
 そう言うと、当台出はゆっくりとポケットからナイフを取り出した。
 「冗談でしょう。」
 そう言う私の声は震えていた。
 「冗談なものか。」
 「だって、官僚って、悪いことは全部秘書にやらせて、自分はしないものでしょう。」
 怖さと怒りが同時に湧き上がってきた。
 「それは政治家だ。お前は政治家と官僚の区別がつかんのか。」
 「悪かったわね、分別できなくて。」
 「やかましい。」
 当台出はじりじりと迫ってきた。
 「早く逃げて。」
 あいつが耳元で叫んだ。
 「そんなもの、さっさと渡して逃げるのよ」
 そうだよ。と、私は思った。そもそも、私、どうして、青い毒薬ではなく、こんなものを探していたのだろう。アオタケがどうなろうと、私には何の関係もないというのに。
そうよ、これを早く当台出に渡して、自分だけ助かろう。
 「はい、これ。」
 そう言うと、私は容器を彼に差し出した。
 当台出はきょとんとしていたが、手を差し出して受け取ろうとした。その時、
 ああ、だめだ、
 もう、だめだ、
やっぱり、満月の夜でないと、
しっかり操れない
ああ、もう、2度と、満月には会えない。
悲痛な叫び声が聞こえてきた。その声で、あの青い森の風景を思い出した。ホームページで初めて見た時の衝撃が、実際にあの森の中を歩いた時の感動が蘇った。
「やっぱり、守ってあげる。」
私はそう言うと、当台出の股間を思い切り蹴飛ばした。
「うぎゃああ。」
当台出は叫び声をあげると、ナイフも容器も放り出して苦しみ始めた。
私は容器を拾うと、あの青い森に向かって走った。

赤松邸に着いた頃には、日は完全に沈んでいた。辺りは真っ暗だった。
「もうすぐよ。」
 私は懐中電灯の明かりを頼りに、ボウウインドウの下を回って、裏庭に出た。走って、走って、走った。すると、当台出が 追いかけて来るのが見えた。彼の手にはナイフが光っていた。
 「うわっ、回復が早い。」
 私は焦った。これじゃあ、毒を飲む前に死にそうだわ。
 まだまだ死ねないと、心から思った。必死になって走った。もう、青い森は目の前だった。
 開けて。
 開けて。
また声が聞こえてきた。私は走りながら容器の蓋を開けようとした。だが、硬くて開かない。
 私は立ち止まった。容器を地面に置くと、力を入れて蓋を引っ張った。
当台出はすぐ後ろに迫っていた。
 「早く。早くしないと。」
 焦っていたら、急に空が明るくなった。木々の隙間から、月の光が差し込んできた。満月が東の空に昇っていた。そして、当台出は私の真後ろに迫っていた。彼はナイフを高く振りかざした。ナイフの刃先が、月の光に冴え渡った。
 その時、ようやく蓋が開いた。容器の中から、青い胞子が霧のように勢いよく立ち上った。それは高く舞い上がり、あたり一面に降り注いだ。大地に生えていた白い小さなキノコたちは、胞子を浴びて、青い光を放ち始めた。その森を満月が照らしていた。月の光を浴びて、胞子たちはきらきらと輝いた。そして森を染め、私と当台出にも降り注いだ。
やがて胞子の乱舞が終わると、森は以前よりも鎮まりかえった。あたりは静寂に包まれた。
 気がつくと、当台出は膝まずいて、容器にお辞儀をしていた。
 どうやらアオタケ様は、当台出の脳に寄生したらしかった。
私は不安になった。私の脳は大丈夫かしら。私が頭を手で押さえていたら、
ありがとう。
あげる。
こっち、こっち。
また、あの、不思議な声が聞こえてきた。何だろう、この声は。そう思いながら、声のする方に歩いていった。やがて私は狛犬の前で止まると、狛犬の青い目に手を伸ばした。
 丸いガラス球だと思っていたものは、青い薬瓶だった。中に液体が入っていた。
 「これだ。」
 薬瓶を握り締めた手が震えた。
「やった。とうとう、手に入れた。しかもただで。」
 私は飛び跳ね、万歳をした。何度も何度もした。それから、
 「ありがとう」
 と、声の主に言った。

 処方箋6 幸せになるために、服用すること

 あれから一月がたった。
私は来年、世界一周旅行に行くつもりだ。それを可能にしてくれたのが、私の食器棚においてある、青い薬瓶だ。私はそれを眺めて、毎日幸せな気分に浸っている。この薬を手に入れてから、私の生活は激変した。
私は半月前から、貧しい国の子供のための就学援助を始めた。砂漠の緑化に取り組んでいる団体の会員にもなった。あの、青い胞子の乱舞を見たときに、私は自分も何かを未来に残したいと思ったのだ。だから以前よりも貧乏になった。でも、後悔はしていない。未来に投資することは、贅沢なお金の使い方だという気がしている。
あいつは相変わらず私の隣にいて、私にあれこれ忠告してくる。老後の不安も、時には楽しい友達である。
私はあのキノコがすべての政治家と官僚の頭に寄生してくれることを願わずにはいられない。そうなれば、日本はきっとすばらしい国になるに違いないのだから。
さあて、今日も元気だ。飯がうまい。貧乏人に盆暮れ正月、日曜祝日はない。それでも、今度の日曜日には息子が食事をしにここに来てくれる。私は鼻歌を歌いながら、仕事に出かけるために、アパートの階段を駆け降りた。 

                                  完


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