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作品名:幸せの青い毒薬 作者:果村 由鈴

第4回   処方箋4 まずは薬を手に入れること
 処方箋4  まずは薬を手に入れること

 チェックインしたビジネスホテルは 狭いながらも快適だった。私は早速買ってきた飲み物を冷蔵庫にしまった。それから財布の中身を確認した。
「あの焼き芋は高かったわ。あの小ささで300円はないわ。あのおばあさん、きっと私のことを都会人だと思って、ふっかけたのね。」
 「誰が都会人ですって。」
 また、あいつが出てきた。
 「まあ、お久しぶり。」
 私が言うと、あいつは早速、冷蔵庫から缶ビールを取り出した。
 「うう。旅先のビールはうまい。」
 「私はおやきで夕ご飯。野沢菜と、野菜味噌と、かぼちゃ。」
 私は紙袋からまず野沢菜のおやきを取り出すと、かぶりついた。それから、
 「あの毒薬は本当に存在しているのよ。」
 と、言った。
 「そうでなければ、赤松一家の3人が、同じ日に老衰で死亡するはずがない。あの3人はきっとあの青い毒薬を飲んだのよ。」
 「そうね。そして婚約者だった亜奈さんが、毒薬を持っていてもおかしくはない。でも、亜奈さんは行方不明になっているんでしょう。」
 「そうなのよ。葬式を出してすぐに。いったい、彼女はどこに行ってしまったのかしら。」
 私はおやきを咥えたまま、ノートパソコンをネットにつないだ。
 「どうするの」
 「とりあえず、いろいろ調べてみる。」
 私はまず、赤松で検索した。すると、赤松1号、というのが引っかかった。
 
 赤松1号 日本の林業を再生するための成長促進薬、ついに完成

「何だろう、これ」
 クリックしてみると、それは論文だった。

 林業再生のために   研究者  赤松五郎
 
「これ、土饅頭にあった名前だわ」
 
研究論文か、厄介だな。そう思いながら、私は冒頭を読んだ。

 昨今、日本の林業は大きな危機に見舞われている。その原因のひとつに、木材の成長が遅いことがあげられる。1本の木が成長し、木材になるためには、最低30年、長くて100年を要する。そこで、私は自宅の研究室で改良に改良を重ねて、ついに、木材の成長を100倍促進させる薬を完成させた。この薬を使うと、植えた木が3ヶ月から1年で木材として活用できるようになる。私はこれを赤松1号と名づけた。
 
 そこで私は読むのをやめた。100倍の成長促進剤ですって。そんなものがあったら、誰も苦労しないわね。あのおばあさんの言っていたとおりだ。赤松三郎は変人だった。彼は今日見た、あの屋敷のどこかにある研究室で、何年も研究を続けていたのだろう。

 私は次に、ネットであの不気味なアオタケ様について調べてみようと思った。
すると、意外にもホームページが見つかった。
 
 青いキノコの神様の話   ――アオタケ様――

長野県赤りんご市から北、白鳳山の麓にある、若杉村の神社には、珍しいキノコの神様が祀られている。このキノコは古くから森の守り神として崇められてきた。
そのキノコは小さくて、白い、一見ごく普通のキノコなのだが、月の光に照らされると、青く輝くという。それが、アオタケ様の名前の由来になっていると言われている。
山火事が起きて、森が焼け野原になってしまうと、アオタケ様はいち早くキノコの胞子を飛ばす。その胞子が落ちたところに、やがて緑が燃え、木々が生い茂り、豊かな森が蘇るのだ。
本来、アオタケ様には毒はないが、稀に、突然変異を起こして猛毒を持つことがある。従って、村人たちがアオタケ様を食べることはない。
突然変異を起こしたアオタケ様は、森を守るために数百年に一度、動物の姿に変えて森を彷徨する。満月の夜、青い胞子を飛ばして、動物の脳に入り込むと言われている。動物の脳を完全に操れるのは、この突然変異種だけだと言われている。普通のアオタケには、幻覚作用はあっても、脳に寄生するほどの力はない。
昨今、若杉村では林業が立ち行かなくなり、森が荒れ果てている。
アオタケ様はきっと、何とかしようと考えているに違いない。
                         田刀渡亜奈

「いたわ。田刀渡亜奈が。こんなところに。」
私は叫んだ。
そのページの右隅に、あの、青い薬瓶のアイコンがあった。
「これだ。これがトップページだ。すると、あの青い森の画面には、ここから行けるはずだわ。」
 私はそのアイコンをクリックしようとした。が、そのとたん、画面が揺れて、斜線が走った。そして切れてしまった。
「もう。またこれだわ。」
どうも最近、パソコンの調子が悪い。壊れたら厄介だ。買わなくてはいけない。そう思いながら風呂に入った。湯船につかりながら、私はあのメールを送ってから、1度もあの青い森の画面を見ていないことに気がついた。風呂から上がると、私はベッドにもぐりこんだ。疲れていた。私はすぐに眠りに落ちた。

 これは夢なのだろうか。
 
 私はあの青い森の中にいた。木々の間を漂うように泳いでいた。うっとりするほど優しい時間が流れていた。あちこちから、生命の息吹が聞こえてくる。体全体が深呼吸をしていた。
だが突然、私は強い風に流されて、あの、茶色い森の中にいた。耳元で風がざわめいていた。繰り返し、繰り返し、ざわめいていた。やがて、それははっきりとした言葉になって、聞こえてきた。

 なんとかしなきゃ
 なんとかしなきゃ
ここも、あそこも、ああ、森が死にかけている
助けて
助けて
早く私を見つけて
ここから出して

そこでふっと私は意識がなくなった。
 
気がつくと、私は巨大なボウウインドウのある部屋の中にいた。
それは大きな広間だった。テーブルを囲んで、5人が食事をしていた。座っているのは70代の赤松老夫婦と、その息子五郎と婚約者の亜奈、客の当台出金光だった。当台出は招待客のようだったが、ホストの五郎の態度は、礼儀正しいものではなかった。
「おめでとうございます、当台出金光さん。あなたは今度、日本森林再生機構信州支部の所長として、天下りされたんですよね。いわば故郷に錦を飾ったわけだ。」
五郎が言った。
「ありがとうございます。」
むっつりとして、当台出が答えた。
「いやあ、うらやましい。またひと稼ぎしようというわけですか、この村で。でも、もう、何も残っていませんよ。」
当台出は黙ってハンバーグを切り分けると、付け合せのシメジのソテーと一緒に口に運んだ。たぶん、どこかのレトルト食品だろうと、当台出は思った。
「そうだ、私はこのたび、ついに、長年の研究の末に、赤松1号という成長促進剤を完成させたんですよ。」
そう語る五郎の声は弾んでいた。
「私はこれから、この赤松1号で大儲けをする。」
そう言うと五郎はテーブルの上に、青い3つの薬瓶を置いた。
「アオシロの突然変異種から抽出した物質です。」
「アオシロだと。」
当台出が言った。
「アオシロの突然変異種は滅多にないと聞いているが。」
「ええ。だから、量産できない。それが一番の問題点でした。でも、私は突然変異種の苗床を発見した。今、ある場所でそれを培養しています。成功すれば、大量生産が可能になる。」
「で、その赤松1号とは、どんな薬なのだ。」
「成長促進剤ですよ。樹木の生長を100年早める薬です。」
それを聞いた当台出はぷっと吹き出した。
「科学者とは思えない発言だな。お前は昔から変わり者だったが、年をとって、ますます拍車がかかったな。」
「笑っているがいい。お前は幼い頃から俺の天敵だった。俺はこの赤松1号でノーベル賞をとって、おまえを見返してやる。」
「ははは。まあ、黙って見ているとするよ。」
「今、見せてやるよ。」
そう言うと、赤松五郎は青い薬瓶に手を伸ばした。彼は瓶のふたを開けると、テーブルの真ん中に置いてあったバラの花瓶に数滴たらした。青いしずくがゆっくりと水に溶けていった。
数分、誰もが黙ってバラを見ていた。すると、花に混じっていたつぼみの一つが、ゆっくりと花を開いた。
「どうだ。見ただろう。」
当台出はふん、と鼻で笑った。何だ、ただの切花延命剤じゃないか。こいつは昔からほら吹きで妄想家だったが、年をとって、さらにひどくなったな。そう思った。
「恐れ入ったか。これが俺の実力だ。」
「花が咲いたから,何だというんだ。くだらん。」
と、当台出は答えた。
「ちっ。負け惜しみの強い奴だ。」
五郎は舌打ちした。すると、彼の婚約者、田刀渡亜奈が初めて口を開いた。
「では、そろそろ、食後のコーヒーを入れますね。まず、食器を片付けます。」
彼女はあでやかに笑うと、テーブルの上の食器をワゴンの上に乗せた。テーブルの上にあるものは、各々のコーヒーカップと、青い薬瓶、花瓶だけになった。それからワゴンの下からサイフォン式のコーヒーメーカーを取り出した。
 程なく、コーヒーのいい香りが漂い始めた。
すると、亜奈は
 「私、フルーツを持ってきます。」
と、言って、ワゴンを引いて台所に向かった。
 「わしはしょんべんに行く」
突然、お爺さんが言った。
「まあ、おじいさんったら。」
おばあさんが言った。そして、足元の不案内なおじいさんに寄り添って、トイレに向かった。
「私はちょっと電話をかけてくる。」
五郎もそう言うと、携帯を取り出して、部屋を出て行った。
広間には当台出だけになった。
「ふん。」
当台出はテーブルの上の青い薬瓶を眺めた。彼は腹を立てていた。
こんなものを自慢するために、この俺を、村一番の出世頭で、村で一番偉いこの俺を、こんな粗末なディナーに呼びつけたというのか。幼馴染とはいえ、よくも。
当台出は、五郎がぎゃふんといういたずらをしてやりたいと思った。彼はテーブルの上にあった2つめの青い薬瓶を取り上げて、蓋を開けると、そのしずくをサイフォンの中に垂らした。
100年成長促進剤だと。ばかげたことを。お前たちも、せいぜい、一滴ぶんだけ成長促進するといいさ。
程なく、全員が戻ってきた。亜奈はフルーツを配り、コーヒーを注いだ。当台出以外の4人はコーヒーに口をつけた。
「あら、このコーヒー、何だか甘酸っぱいわ。」
亜奈はそう言うと、カップをソーサーの上に戻した。
 当台出は黙って見ていた。お楽しみはこれからだ。帰り際に、俺はこのことをあいつらにばらしてやる。赤松1号の味はどうだったのか、少しは成長したのかと、聞いてやる。そう思って、当台出はわくわくしていた。
それからふと、当台出は花瓶の花を見た。
 そして驚愕した。
花瓶の花は完全に枯れていた。ドライフラワーのように、茶色く、干からびていた。花びらを落とす間もなく枯れ果てた、そんな感じだった。
 青ざめた当台出をよそに、老人夫婦と五郎はすでにコーヒーを飲み干していた。
当台出の目の前で、恐ろしいことが起こった。老夫婦と五郎がものすごい速度で年を取り出したのだ。100年成長を早める薬は、100年死を早める薬だったのだ。
「お、おい。」
狼狽した当台出は立ち上がった。
「亜奈さん。亜奈さんは、どうなった。」
当台出が亜奈を見ると、彼女は気を失って床に倒れていた。
「うわああああ。」
当台出は叫び声をあげると、大広間から逃げ出した。

 気がつくと、窓辺の時計がジリジリと鳴っていた。葉子は腕を伸ばして時計を止めるとベッドの上に上半身を起こした。
 頭がどんよりと重たかった。夢を見た、というよりは、脳が直接、映像を見ていたような不思議な感覚が残っていた。
 「何だ、これ。何かが脳にインプットされたみたいな感じ。」
 まるで、現実に起こったことを録画していた映像を見ていたように、鮮明に記憶が残っている。 
「何だか、気持ち悪いなあ。」
鏡を覗いていたら
「おはよう」
 また、あいつが出てきた。
 「あれ、今日はずいぶん早いお出ましね。どうしたの。」
 「今、気持ち悪いと言ったでしょう。病気をすると、お金がかかるから。貧乏人は健康でいないと、大変よ。」
 「そう、お金の心配をしてくれて、ありがとう。」
 私は浴室に入ると、シャワーを浴びた。
 「うん、朝のシャワーは最高。これがビジネスホテルの1番の楽しみだわ。」
 全身泡だらけになって、熱いお湯を浴びながら、夢で見たことの意味を考えていた。
 おそらく、警察に疑われた地元の人間とは、当台出のことだ。だが、警察は、彼が犯人だという証拠を押さえることができなかった。
 なぜだろう。
 4人の人間が倒れていて、うち3人が死亡していて、そのテーブルの上に、薬壜とカップがあったら、真先にそれらを調べるはずではないか。
 つまり、なかったのだ。
 警察が来た時には、もう、薬壜も、カップも、誰かが片付けた後だった。だから、当台出につながる証拠がなかった。
片付けたのは、亜奈か、当台出だ。いったんは屋敷を後にした当台出が、自分の指紋のついている薬壜やカップに気がついて戻ってきた可能性はある。また、気を失っていた亜奈が、意識を取り戻した可能性も十分にある。亜奈は一口しか毒入りコーヒーを飲んでいないのだから、回復が早かったことは十分に考えられる。
だが、亜奈には、証拠を隠滅する動機がない。
そこではっと気がついた。
もし、当台出が証拠隠滅のために戻ったとしたら、彼は薬壜を3つとも処分したはずだ。
ということは、私が探している、幸せの青い毒薬は、もう、この世に存在しないことになる。
えええええ。そんなの、だめ。
いや、待てよ。亜奈が、たとえば当台出を強請るつもりだったとしたら、カップは処分しても、あの薬壜は強請りのネタとして、残しておくはずだ。
すると、その薬は、この世で最後のひとつ、当台出が飲ませた毒の証拠であり、私が残りの人生のためにどうしても欲しいものなのだ。
 「大変だわ。」
 私はつぶやいた。それからシャワーを止めると、バスローブを羽織った。
 亜奈の言っていた頼みごとは、おそらく、あの3人が死んだ事件に関係している。
でも、私にはそんなことはどうでもいい。当台出が罪に問われようが、亜奈が当台出を強請って巨額な富を得ようが得まいが、私には関係ない。私はあの毒薬さえ手に入ればいいのだ。さっさと手に入れて、さっさと帰るのだ。
 亜奈はいったい、どんな交換条件を出してくるのだろう。
 私は朝食をとると、ホテルを出て駅に向かった。

私は若杉村に向かうバスの中で、また眠気に襲われた。
何かが脳に語りかけてくるような感じだった。

 森の中に、2人の男の子がいた。それは幼い日の当台出金光と赤松五郎だった。
 「僕のおとうさんは、村長だ。この村で一番偉い。」
 当台出が威張った。
 「僕のおとうさんは、若杉神社の神主だ。神様の使いだぞ。」
 五郎も負けてはいなかった。
 「あの神社を建てたのは、僕のおじいさんだ。」
 当台出が言った。
 「この辺りの山はすべて、僕の家のものだ。」
 五郎が言い返した。
 「この間のテストでは、俺が一番だった。家中でお祝いした。」
 「運動会では、僕が一番だった。親戚中が万歳した。」
 「いつか、この村のすべてを俺が支配する。」
 「それをするのは、僕だよ。」
2人は長い時間、睨み合っていた。小さな渦が2人の足元から立ち上っていった。
辺りの木々はざわめいていた。
 
そこでふっと目が覚めた。窓の外にはやせ衰えた杉林が広がっていた。バスはちょうど日本森林再生機構の前を通り過ぎた。初代所長、当台出金光。おじいさんが建設業で、お父さんが村長で、自分が官僚。つまりあいつらはこの村で、やりたい放題だったということだ。日本社会の縮図がこの村にある。バスはガタゴトと激しく揺れる。私は手すりに捕まりながら、自分もあの杉の木のように、やつらに振り回されているように感じた。
やがてバスは若杉神社前に到着した。私はバスを降りた。
すると、赤松邸の方から、おばあさんが歩いてきた。あの、青い森の中にいた、黒い服のおばあさんだ。彼女はあの日見た時から、さらに年をとっていた。
この人が亜奈さんに違いない。私は彼女に近づいた。
「始めまして。私、木下です。あなたが亜奈さんですよね。」
「そうですけど。あなたは誰。」
おばあさんはゆっくりと私を見つめた。その顔は、100歳近かった。
「あなたのホームページを見て、薬を注文したものです。」
「ホームページですって。さあ、覚えがないわ。」
そんな。私は慌てた。
「私、あなたとメールで約束したんです。青い薬を分けてください。お願いです。お金を持ってきました。2万円。」
そう言うと、私はお金の入った封筒を差し出した。
何だか、麻薬でも買っているような後ろめたさに襲われた。それでも、毒薬が欲しかった。この薬こそが、私の老後の最後の頼みの綱なのだ。しかも、もう、この世の中に、たった一つしかないのだ。
 「青い薬ですって。」
 と、おばあさんが言った。
「そう言えば、ずいぶん昔に見たことがあるけれど。さあ、どこに隠したか、忘れてしまったわ。」
そう言うおばあさんは、遠い目をしていた。
「あのう、そんなに昔の話ではないと思いますけれど。」
そう言いながら、思い当たった。彼女は私たちとは違う時間を過ごしているのだ。あの毒薬の入ったコーヒーを一口飲んだために、わずか3週間で、70年以上も生きてきたことになるのだ。
「もう、すべてが昔のことだわ。私は昔、山林持ちの男と結婚するはずだった。私は山林を手に入れて、リゾート開発して大金持ちになるはずだった。でも、その男は結婚前に死んでしまった。殺されたの、ある男に。」
彼女は自分の思い出を語り始めた。聞きながら、そうよ、思い出して。私は心の中で祈っていた。あなたの婚約者を殺した男の証拠品よ。あなたにとって、大事なもののはずよ。
「だから、私は男を乗り換えることにしたの。」
えっ。私は耳を疑った。
「ちょうどいいことに、私はあいつの弱みを握ることができた。だからあいつの指紋のついた青い薬壜を隠した。コーヒーカップを洗った。」
やはり、当台出の証拠を隠したのは、あなただったのね。
「その時に、空になった壜と、薬の入った壜があったでしょう。」
私が言うと、
「そうね。あったわ。」
虚ろな目で、彼女が言った。
「でも、どこへやったのか、思い出せない。」
こいつ。自分の目的に合わせて男を乗り換えるばかりか、私の大事な薬をどこに隠したか忘れやがって。
 「ところが、私は鏡を見たら、私の美貌が、私の美貌が」
そういうと、亜奈は唇をかみしめた。無理もない。25歳から、彼女は若さを急速に失ってしまったのだ。その苦しみはいかばかりだったのだろう。特に、彼女のように、美貌と若さを売りにして、とことん稼ごうと思っていた女にとって、それは耐えがたい悲しみだったに違いない。
 私はやっぱり、自分の力で生きよう、と、思った。
 「あんな薬、私にとっては何の価値もない。」
と、叫ぶように亜奈が言った。
 「あなたの気持ち、わかります。」
 私が言った。
 「でも、私には、絶対に必要な薬なんです。お願い、思い出してください。」
 「そう言われても、忘れてしまったんですもの。」
そう言うと、彼女はゆっくりと若杉神社に向かって歩き出した。
 そんな。どこにあるのだろう、あの毒薬は。
 私は途方に暮れた。
 
 いったい、どこを捜せばいいのか、見当もつかない。
 もしかしたら、あの薬は、もう、この世には存在していないのかもしれない。
 でも、思いがけないところにあるのかもしれない。
 「ああ、気が狂いそうだわ。」
 私はつぶやいた。
 「だいじょうぶなの。」
 気がつくと、あいつが隣に立っていた。
 「だめ。ストレスがすごい。もう、いらいらする。」
 「ストレスは万病の元。あまり溜め込まないで。」
 「そう思うなら、手伝って。」
 私が言った。
 「早く探さないと。だって、今夜は満月なのよ。」
 すると、あいつが不思議そうな顔をした。
 「何を言っているの。青い薬と満月は関係ないでしょう。」
 ほんとだ。それに、私はどうして、今日が満月だということを知っているのだろう。
 「あなた、変よ。昨日から。」
 そう、確かに変だ。そう思いながらも、私は走り出していた。
 「どこに行くの。」
 あいつはそう言って、私を追いかけてきた。
 
 










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