<‥‥食料が尽きて今日で十日になる。漂流が始まってからは一ヶ月以上が過ぎた。
もはや生きて帰ることは不可能であろう‥‥航海に出たときから覚悟はできている。
ただひとつの心残りは家族を残して逝くことだ。どうか、我が一族に幸あらんことを‥‥>
‥‥航海日誌をそこまで書いてペンを置いた。
深呼吸ともため息ともつかぬ息を吐く。航海が漂流へと変わった当初と異なり、心は落ち着いていた。
いや、あきらめたというべきか。
流されている方角は最悪の東。世界の果てがあると聞いている。そこに行っては二度と帰れないとも‥‥。
航海が危険である事は知っていた。船乗りから耳が痛くなるほど聞いていた。
しかしそれでもなお、時代に乗りたかった。
異国の文化の産物は、一回の交易で一生暮らしてなお有り余る富に変わる。
遠い異国との交易は、ここ20年ほどで多くの成功者を生み出していたのだ。
しかし、冷静に考えれば成功者を遥かに上回る失敗者がいて当然なのである。
(まさか自分がそうなるとはな‥‥)
今はそんなふうに自分の認識が甘かったことを嘲笑する余裕すらある。
死を受け入れた心はこうも穏やかなものか‥‥。
とはいえ、衰弱のせいで最近は思考するのさえも辛い。
(‥‥身の丈を過ぎた欲は身を滅ぼすとは本当だったな)
そんなことをぼんやりと考えていると意識がだんだんと薄れていった。
どれだけそうしていたのだろうか。慌てた様子の足音で目が覚めた。
まだこれだけの元気のある者が船にいたのか。
勢い良く、ここ船長室の扉が開けられた。
入ってきた男は興奮でどもりながらなにやら言っている。
どうしたというのだろう?いまさら驚く事もあるまい。
「世界の果てでも見たのか?」
皮肉を言うが、男は聞こえてないかのように再びなにやら言っている。やれやれ‥‥
‥‥!
今なんと? 陸‥‥と言ったのか!?
甲板にでた自分に興奮気味の船員の一人が望遠鏡を手渡す。
彼の指差す方角を見てみると‥‥確かに陸が見える。
なんということだ、死を覚悟した自分を待っていたのは世界の果てではなく、全くの見知らぬ大地だったとは。
空腹も忘れ、興奮に体がうち震えていた。
上陸した我々はそれから何日か、行ける範囲で辺りを色々と見てまわった。
海岸から少し内陸に進むと巨大な森が広がっている。
見慣れない植物が少なからず見られた。
幸いにして食べられそうなものも少なからずあり、食料の調達をすることができた。
何より死の危機を脱する事ができたのは大きい。
‥‥しかし、人が暮らしていると思わせるものは何も見受けられなかった。
目にするのは自然だけ‥‥。
交易のできるような所ではなさそうだった。
学者ならともかく、商人にすぎない私にはこれ以上のことは分かりそうにない。
して上陸からおよそ一ヶ月後、船の修理を終えた我々はその大地を後にした。祖国を目指して‥‥
――――クラウネア暦 868年:ガルシニー王国商人ヴェイク・ラカーニ、新たな大地を発見――――
* * *
クラウネア暦 1051年。
夕刻、静かな石畳を歩く少女がいた。
彼女の足音以外、周囲に音は無い。
それもそのはず、少女が今歩いているのは廃棄された町並‥‥廃墟であった。
少女は慣れた様子で廃墟の坂を上ってゆく。
夕日に映えるその赤いセミロングの髪が周囲とアンバランスな美しさを見せていた。
二十代になったばかりであるが、どちらかというと童顔の部類に入るであろうかわいらしい顔立ちをしている。
しかし、その目は芯の強さを感じさせる光を宿していた。
やがて彼女は廃墟の最も高い場所にたどり着いた。
そこから振り返ると、この廃墟のある丘のふもとに彼女の住む街がみえる。
振り向いた顔を元に戻すと、下ってゆく道の先に街道が続いている。
彼女はその街道をじっとみつめていた。その大きな瞳には憂いの色が浮かんでいる。
そしてしばらくすると今日も日は暮れ、黄昏はやってくる。旅人が移動するには遅い時間が…
わたしはもう何ヶ月もこうして人を待っていた。
今から半年ほど前に都へと出向いた男を…。もうとっくの昔に戻っているはずの恋人を…。
(今日も帰ってこない…か)
ため息をつくと、わたしは町に戻ることにした。
……戻りたくなかった。故郷はわたしにとって安らぐ場所ではない。
けど、帰る場所はそこしかない。
(ジンが戻ってきてくれたら……)
町の中心の広場に面した教会、それがわたしの家になる。
関係者だけが出入りする裏口から、わたしは中に入った。
入ってすぐの部屋は、いわゆるリビングに当たる。
そこではわたしの父代わりの、この教会の神士が読書の最中であった。
「おや、サナ。おかえり」
神士さまが本から顔を上げて言う。
「ただいま、神士さま」
「ジンは今日も……?」
「……はい……」
「そうですか……」
わたしとジンはこの教会に引き取られた孤児だった。兄妹の様に育てられた。
ジンは不器用な男だった。不器用で、そのくせ人一倍正義感が強くて……。
損な生き方をする彼を放って置けなくて、いつもわたしはおせっかいばかり焼いていた。
やがて成長したわたし達は、まるでそれが当然の成り行きだったかの様に恋に落ち、将来を誓い合っていた。
あの頃は幸せだった。町も平和そのものだったに……。
しかし、数年前からこの町は変わってしまった。
それまでの領主が突然に亡くなったのだ。
後を継いだのは、まだ若い息子だった。とはいっても、父親とは血の繋がりはない。
彼もまた、この教会に引き取られた孤児だった。
幸運な事に、彼は跡継ぎのいなかった領主に養子として迎えられていったのだ。
その彼が新たな領主となった当初は、長らく会ってなかった旧友の出世をわたしもジンも喜んだものだった。
しかし、それを機に町の暮らしは一変した。
以前に比べ税は遥かに上がり、町からの人々の出入りは制限された。
税の軽減を訴えに彼の屋敷に向かったものは帰ってこなかった。
町から逃げ出そうとしたものはことごとく実行前に発覚し処刑された。
まるで、全てを見透かされているような恐怖……
正義感の強いジンがそれを放っておけるわけはなかった。
彼はこのガルシニー王国の王都に直接訴え出ようと考えたのだ。
訴えが正当であると調査の結果判断されれば、領主はその地位を国に剥奪される。
彼と親友だったジンにとってそれは身を切るような思いだったに違いない。
そしてジンは囮となった仲間の命を賭した作戦により、なんとかこの町を脱出することに成功した。
王都までは片道およそ15日。しかし……まだ、ジンは帰ってこない……
翌朝、教会には町の人々が集まり、定例の神士さまによる説教が行われていた。
集まった人々は、皆熱心に教母クラウネアの像に向かって祈りをささげている。
皮肉なものだ。町の人口は減っているというのに、祈りに来る人々は増えている。
町の過酷な暮らしがそうさせるなら、これは悲しむべき事なのだろう。
ふと、そんなことを祈る人々に混じり思った。
やがて説教が終わり、人々は教会を去ろうとしてゆく……
その時、入り口付近の人々からどよめきが起こった。
何だろう?
理由はすぐに分かった。
人の群れが真っ二つに割れ、その向こうに立っていたのは護衛を二人引き連れた、周囲に比べ豪奢な衣装を纏った男…領主その人だ
った。
人々の視線がわたしに注がれる。皆、この領主が何をしに来たのか知っているのだ。
わたしは思わず唇を噛んだ。
やがて人々が去り、教会の中にはわたしと神士さま、そして領主の三人だけになった。
「……何しに来たんですか……」
答えは分かっている。しかしそれでも問わずにはいられなかった。
「そんな他人行儀な言葉遣いはやめろよ。ボクと君の仲じゃないか、サナ」
「……っ!」
もはや憎らしさすらおぼえる笑みを浮かべつつ彼は言った。
この男のせいで一体何人の人が死んだのだろう。人口の減少は町の外れの廃墟からも明らかだった。
「神士さまもお変わりなく」
「……帰りなさい、ここは神聖な礼拝堂…清き心を持つ者の集う場です」
「おやおや……これは手厳しい。かつてここで共に暮らしたというのに、二人ともお忘れか?」
笑みを崩さず男はおおげさな身振りで悲しむそぶりをする。
この男は……!
「もはやあなたを友人とは思っていませんっ!!」
思わず声が荒くなる。しかし、彼は全くこたえた様子も無く言った。
「怒ると綺麗な顔が台無しだよ。やれやれ、誰のおかげで『変わらず』暮らせていると思っているんだい」
「それはあなたが勝手にやっている事でしょう!」
この教会だけは、以前と変わらぬだけの税で許されていた。
他の人に申し訳ないからと、定められた量を納めようとしても、この男は決して受け取らなかった。
恩を着せようというのだろう。
「意地を張るのはやめたらどうだい」
「どういうことですか……」
のどを鳴らすように笑って男は続けた。
「君だって思っているはずだ、もっといい暮らしをしたいってね」
彼が何故こんな事を言うのかは分かっていた。彼の狙いは……わたしなのだ。
「意地を張らずにボクのところに来ればいいのにさ。
こんなさびれた教会なんかよりもずっと楽な暮らしができ―――」
「ゲーリィ!」
彼の言葉をわたしはさえぎった。わたし達を育ててくれた神士さまの前でそんなことを言うのは許せない。
「…わたしの居場所はここ。神士さまがいて、ジンのいるここ以外にありません。
たとえあなたがわたしの幼なじみであっても、わたしはジンのいる方を選びます。」
精一杯の嫌味を込めたつもりだった。最後の部分に、ピクリと彼の眉が反応した。
「…ふん…『わたしはもうジンのもの』と、そういうわけかい」
「ええ、そうよ」
わたしは勝ち誇ったように言い切る。しかし、彼は意地の悪い笑みを浮かべて言い返してきた。
「そうは言うけど、そのジンはここにはいないじゃないか?」
「それは……」
痛いところを突かれ、わたしは言葉につまる。
「全く、あんな奴のどこがいいんだい。逃げ出した卑怯者だろ?ククッ」
「……くっ……!」
ジンは逃げたんじゃない、そう言ってやりたかった。
しかし言えば、ジンが何をしに町を出て行ったのか悟られてしまう。
そうなれば…この男は何をしでかすかわからない。
国にばれないように手を回すだろうし、住民への報復をするだろうことは容易に予想できる。
「……ジンは、きっと戻ってきます」
そう言うのが精一杯だった。
「……ふん、何も知らないんだな。まあいい、すぐにその希望もなくなるさ」
なに?
何を言っているの?
言葉の真意がつかない。
「じゃあ、今日はこれで失敬するよ。ボクとジンとどちらが優れているか、いい加減認めるんだね」
そういい残すと領主は去っていった。
わたしは彼の去った後を見つめていた。
幼い日、ジンとわたしと彼とで笑いあっていた日々。その面影はもうどこにも無い。
あの男は……ゲーリィは……本当に変わってしまった。
いつの間にかわたしは涙を流していた。どうしてこうなってしまったのだろう。
何がゲーリィを変えたというのか。頭が良くわたし達のリーダー格だったゲーリィ。
会えずにいた間に、彼になにがあったのだろう……
わからない。それにわかったところで、どうになるものでもないのだ。
翌日、最悪の知らせが町を駆け巡った。
その日、わたしは神士さまに用事を頼まれ出かけていた。
帰ってきたわたしを教会前の広場に集まった人ごみが出迎えた。
広場の中央に何か貼り出されているようだ。出かけた時にはあんなもの無かったのに……
どうしたのだろう? 集まった人々の顔は一様に暗い。一体何が書かれているというのだろう。
わたしは人の群れを抜け、貼り出された紙を見上げた。
『王都より王の名の下の許可をもって、来るクウラウネア暦 1052年 よりここリーザは自治市へと移行する』
それだけの短い告知だった。
しかし、その内容に、わたしを含めた町の人々は強く頭を殴られたかのような衝撃を受けていた。
「自治市」、すなわち中央と異なる独自の法をもって運営される町。
それは領主の自由にできることを国が認めたことを意味している。
国は…領主を廃するどころか、いっそうの支配を容認した。昨日ゲーリィが言っていたのはこのことだったのだ。
許可の下りた日付がさらにわたしに衝撃を与える。
告知に記された日付はほんの一ヶ月前。ジンが出発した五ヶ月も後である。
それは…ジンが王都にたどり着いてない事を意味していた。
いったいどうして?
『逃げ出した卑怯者』
昨日ゲーリィの言った言葉が頭をよぎった。そんなはずは無い! ジンに限ってそんな……!
だとしたら何故? 王都に着く前に盗賊にでも殺されてしまったのか……?
どちらにしても、最悪の事態になったことに変わりはない。
わたしの…町の…望みは絶たれたのだ……
気がつくとわたしは教会の自分の部屋でベッドに横になっていた。どうやら今まで放心状態だったようだ。
天井を見つめ、ぼんやりと考える。
これからどうしたらいいのだろう。町を救う望みは絶たれた。ジンも恐らく……
……もう、生きていても仕方がないのかもしれない……うん、そうだ。
生きてあいつに迫られ続けるよりは、いっそのこと……
―――コン・コン
そのときドアが控えめにノックされた。
「……はい」
わたしはけだるい体を起こして返事をした。
「……サナ、こんな時に申し訳ないのですが……」
沈んだ神士さまの声がドア越しに聞こえてくる。わたし同様ショックを受けているのだろう。
「どうしたんですか……?」
ドアを開けると、そこには花束を持って神士さまが立っていた。
「ゲーリィがこれをあなたにと……リーザが自治市になった祝いだそうですよ……」
「祝い……」
「ええ…私はこれで……」
祝いですって……!? あまりにも、あまりにも馬鹿にしている!
「――――っ!」
気がつくとわたしは花束を部屋の壁に投げつけ、肩で息をしていた。
さっきまでの無気力だった心を激情が支配していた。
ふざけないで! あなたの思い通りになんかなるものか! そうよ、わたしは…死ぬんだから。
死んで拒む事で、せめてもの復讐をしてやる!
と、その時、花束の残骸の中に何かあるのが見えた。
何? 何だって言うの!?
乱暴にそれを拾い上げてみると、それは手紙だった。
ここまで私を傷付けて、今さら愛の言葉でも送ってきたのだろうか?
「ふふ……」
可笑しさに虚ろな笑みが浮かんだ。とりあえず読んでみる。
しかし、その手紙は……わたしをさらなる絶望に沈める内容だった。
その手紙は、返事を明日までに聞かせるようにと迫るものだった。
それだけなら問題ない。死んで拒んでしまえばいいだけのことだ。
しかし、その手紙にはこう記されていた。
「君のことだから、死を考えるだろう。だがやめることだ
。もし死を以って拒むのなら、町にさらなる苛政をしく用意がある。」
……死ぬ事さえ許されない。死ねば、自分ひとりのために人々が生き地獄を見ることになる。
逃げ場は完全に絶たれた。
もう……どうしようもない……
わたしはその場に崩れ落ちた……
その日も、わたしはいつも通り廃墟の丘に来ていた。
もうジンがこないのはわかっている。しかし、最後にどうしてもこの景色を見ておきたかった。
もうここに来る事はないだろう。
明日からはわたしはゲーリィのものとして、なんの希望もない日々を送ることになるのだ。
昨日までの希望を持っていた自分への決別の儀式。わたしはぼんやりと街道を眺めていた。
そして今日も日が沈んでゆき……黄昏時がやってきた……
……全てが、終わった。
わたしは町へ戻ろうとした。
その時だった。街道をやってくる人影が視界の隅に入ってきたのは。
(まさか…!?)
薄暗い中、期待に目を凝らして見る。
しかし期待は裏切られた。その人影のシルエットはわたしの求めた者のものではなかったのだ。
ため息をつき、今度こそ町へと歩き出す。ふと見上げると、空には月が出ていた。
「そこの人」
その声は突然に背後からやってきた。
驚いて振り返ると、そこには先ほど街道を歩いてきていた人物がすぐそこにいた。
(えっ!? なんで!? ずっと遠くにいたはずじゃ―――)
身構えつつ後ずさるわたしにその人物は言った。
「そんなに警戒しないでくれ、少し尋ねたいことがある……」
注意深く男を観察する。フードをかぶっているため顔を見ることはできないが、
若い男であることが声からわかった。
小柄な男だった。背はわたしよりも少し高い位で、背には布に包まれた棒状の物をかついでいる。
彼の背が低いため、その荷物がやけに大きく見えた。
凶悪そうな感じは受けなかった。むしろ、格好にもかかわらず気品を感じさせる。
悪人…というわけではなさそうだが…?
「訊きたいことがあるんだが…?」
何も言わなかったわたしを不審に思ったのか、男が繰り返した。
「…えっと、なにかしら?」
「この近くに泊まれるところはないか?」
男が尋ねる。放浪の旅人だろうか?
「ここからしばらく行ったところにわたしの住んでる街があるわ」
「そうか…礼を言う」
男は行こうとする。
「…だけど、あまりお勧めできない」
「……なぜだ?」
「……」
少しの沈黙の後、わたしは目を伏せて答えた。
「最悪なの…ホント」
「…そうなのか?」
よそ者にはわからないだろう。しかし事実、特にわたしにとっては最悪の町。
できれば戻りたくないほどに……
「ええ。宿を探すならこの辺りの廃墟の方がいいと思う」
「廃墟?」
言いつつ男は辺りの廃墟を見回している。
「なにか、あまり古い感じはうけないが…?」
「それはそうよ、最近まで人がいたんだもの」
辺りを興味深そうに見ながら男は、ふむ、とつぶやく。
彼が首を動かすと背負った棒状の荷物が揺れた。その中身に興味がわいた。
何だろう?一人で旅をしているのならば、おのずと必要になるのはやはり…
「ねえ、それ…」
「なにか?」
彼の背中のものを指差す。
「…! ああ、護身用にね」
思った通りの中身だったようだ。それを聞いてある考えが浮かぶ。
それはジンが旅立つ以前の自分ならば、軽蔑して決して行おうなどとは考えない行為。
「どの家でも使っていいのか?」
男が尋ねてきた。ちょうどいい。
「ええ……いい所を教えてあげる…」
それからすこしの後、わたしは男を連れて谷を見下ろす廃墟の外れにやってきていた。
「この辺りの家からなら眺めもいいし……ほら」
指差す先には欠けた月が浮かび、谷を照らしてなかなか美しい景色を作りだしていた。
「む…」
男は小さく声を漏らし、谷へと近づく。結構喜んでいるようだ。
「なかなかいいところだが…なぜ人がいなくなったのか…」
男がつぶやくように言った。
「理由なんて簡単よ……みんな死んだだけ」
「―――!」
チャンスだ! 男が驚いた一瞬の隙をついて、わたしはその背中に体当たりを喰らわせた。
―――――わたしは――その男を――――――――突き落とした―――――――!
「なっ………!?」
短い叫びを残して、男は急な斜面を転がり落ちてゆき………
やがて……
見えなくなった。
気がつくと、呼吸が乱れていた。手のひらや背中に不快な汗をかいている。
初めての殺人……最悪の気分だった。
しかし、手には目的の物――男の背負っていた棒状の物――がしっかりと握られていた。
これで、もしかしたら町を救えるかもしれない……
わたしは決意を胸に、町へと向かった。
<つづく>
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