L 『刑事さん?大丈夫?』 孝司は穏やかな表情で長島を見詰め訊いた。 『なんや心配いらんで、お前のそのありふれた話に参ったなんて思われたら嫌やわ』 言葉とは裏腹に長島は自分の読み通りに自白を続ける孝司に、言い様の無い不安を感じていた。 知識としては頭の中にあった。 しかし、孝司から聞かされる現実のそれは、想像すらした事の無い世界だった。 孝司や孝司の様な境遇の子供が数年後に社会に出て自分の子供を持った時に何が起こるのか考えたくも無かった。 『そんでお前のオヤジさんは何て言ってお前を口説いたんや。まぁ口説いた言うてもおかしいけどな』 『愛してる。狂おしい程に愛してる。だから、父さんはお前を抱くんだって毎回繰り返し言ってた。最初の頃は父さんが本当に怖くて憎くて何度も殺してやると思ったけど次第に僕も父さんを愛し始めたんだ。父さん無しには生きて行けなく成ったんだ。』 一気に話す孝司の顔は少し前とは丸で違う吹っ切れた表情だった。 『そうか、ならその妻である母親を憎んだりしてたのか?』 長島は一体自分は何をこの少年に告白させたいのかと自問しながらも、言葉は勝手に口から溢れる。 『違うよ刑事さん。僕が母さんを嫌いに成る筈が無いよ。父さんには母さんが必要だし僕にも母さんは必要だ。同じ様に母さんにも僕ら二人が必要だった筈さ』 『なんやよう分からんがお前の母親は全てを知っとった言う事か?』 『そうさ、僕ら家族は愛し合っているんだ。刑事さんの家族もそうでしょ?愛し合ってるでしょ?』 『そりゃ、愛し合ってはいるけどな極、一般的な愛情や。お前の家族の愛情とは違うわ。お前の愛情ってのは写真を持ってた、あの娘にも同じ様に注がれてたんか?』 長島が話の水を変える. 『佐々木美樹?』 『そや、あの娘や』 長島は孝司の顔を覗き込んだ。 『佐々木は…僕らは…同じ人間なんだ…』 『ん?意味が分からんぞ』『佐々木も父親を愛してしまったのさ』 『ファザコンか?』 『違うよ、彼女も本当に父親を愛してるんだ。心と体でね』 孝司の表情に嘘は無かった。 M 『佐々木の秘密と、僕の秘密。どっちも、歪で悪臭を放つ最悪の秘密だ。』 『そうだね。でも普通の高校生が持つ秘密より濃厚で穢れている分だけ逆に綺麗な筈よ』 二人はダブルのベットに並んで横になり、天井に貼り付いた薄汚れた照明器具を見ていた。 どちらとも無く始めた真実の吐露。 それは同じ苦しみを抱える二人にとって自分の侵している罪への懺悔であり、純粋な想いの為の祈りだった。 『最初、孝司は単純に男が好きなんだと思った』 『単純にって、何だよ。』 少しだけ手を伸ばせば互いに触れる事が出来る距離で、二人は自分に欠けている部分が満たされて行く様な感覚に包まれながらもその距離を侵す事は出来ない。 ただ、言葉で触れ合う。 ただ、吐息で感じ合う。
『良く、もしも…何て考えるよ』 二人は、まるで恋人が互いの秘密を打ち明ける様に寄り添い囁き合う。 しかし、二人のそれは愛の言葉では無く人間としての秩序を侵す告白。 『もしも、何?』 『もしも、父さんの子供で無かったら…みたいなさ…』 『私も、同じ事を考える。』 二人の囁き以外の音が消える。 それは張り積めた緊張からでは無く、信頼や同調に似た類いのものでも無い。 ただ、二人には何百人の欲望を受け止めて来た薄汚れたホテルの一室が全てを受け入れて全てを浄化する世界の入口だった。 『僕の辿り着く結論は、いつも「有り得ない」だ』 『私も同じ。父さんの子供で無いなら私は存在すらしない訳だし。』 美樹が孝司の方へ向き直り静かにその手を握る 孝司も、それを拒んだりはしない。 ただ、孝司の視線は天井に預けたまま変わらない。 『私は、父さんに捨てられた。私の全てを自分のものにした癖に、私以外の女と寝る為に私と母さんを捨てた。』 美樹の瞳から涙が溢れる。 『父親に対して愛してるって、僕らは何かが狂ってるよな。』 『仕方無いよ。異常な愛は止められないんだって。父さんが言ってたわ』 『異常な愛…か…』 孝司はボンヤリと呟くと掌を照明に翳す。 淡い灯りが孝司の細く長い指先の陰影を濃くした。 『私は後悔するのは止めたの、私は私の異常な愛を認める。私が認めるしか、この愛を存在させる方法が無いしね。』 『多分、僕らの想いは限り無く純粋だよ。』 『でも私達以外には認めては貰えない。それどころか批難されて疎まれるだけ』 『僕が、必ず守ってやるよ』 孝司は言って美樹の手を強く握り締めた。 N 『母さん、父さんは?』 志甫がボンヤリとTV画面を観ながら呟く。 病室の小さなTV画面の中で怒鳴り続けている冴えないキャスタ‐を眺める。 『父さんは仕事抜けられなくてね。ごめんね』 『兄貴は?』 『お兄ちゃんは、もう時期来る筈よ』 『母さんは、何故父さんみたいな冴えない男と一緒に成ったの?』 『突然、何よ?』 『知りたいの。父さんの何が良かったの?』 『そうね…普通な所かな?』 『何それ?』 『後は…子供達を本当に愛してくれそうだったから…かな?』 『ふーん…』 美樹は曖昧な溜め息を吐いて空を見上げる。 先程と変わらない青い空に大きく長い雲が流れている。 TVの中では冴えないキャスターが突入と何度も繰り返し叫んでいた。
{了}
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