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作品名:LIVE 作者:アフリカ

第2回   A
D
『ただいま』
返事が無いのは分かっていた。
言葉にしたのは習慣でしかない。
玄関のアプローチに小皿から溢れたら塩が拡がっている。
ブツブツと言いながら塩を手向ける母の姿が浮かぶ。
『ただいま』
美樹は、再度呟いて玄関収納の上に置かれた水槽の縁を指先で叩く。
美樹の視線の先で緑色に変色した液体から口を突き出し餌をねだる金魚。
『たった、二ヶ月でこんな色に成るのね』
美樹は言いながら水槽の中に指先を入れた。
生臭い緑色の液体が指先に絡み付く。
志甫の頬から流れ出した粘り気の有る血液を思い出した。
自分の血液を見てショック症状を起こした志甫はヒューヒューと肩で息をしていた。
揺れる肩の真ん中で、蒼白に成った頬から溢れ出す鮮血を美しいと美樹は思った。
この傷口に指先を捩じ込み、中にある筋肉を引き出してみたいと思った。
興奮した孝司が叫び出していなければ本当にそうしたかも知れない。
一瞬、小さく笑って首を振る。
『時間は、まだある』
美樹は呟いてリビングへ向かった。
リビングでは、母がブツブツと呟きながら週刊誌を捲っていた。
その背中に声をかける。
『ただいま』
母は週刊誌に見入ったまま応えない。
『母さん、ただいま』
再度言って母の肩を叩く。
虚ろな表情で振り返った母は黙って頷くと、また週刊誌に視線を戻した。
E
机の上に投げた鞄から孝司が現像した自分の写真を引き出す。
志甫が見付けなければ計画を実行するのに障害は無かった。
『余計な事、するから…』
美樹は呟いて、その写真を見詰める。
… 
… 
『これで、何するんだよ?』
孝司が不思議そうに訊いて『復讐』とだけ美樹は答えた。
『そっか』
孝司が、それだけ言って帰り支度を始めたので驚いた美樹は堪らず孝司の手を自分の乳房に導いた。
『俺に触るな!』
叫び声をあげた孝司を見て気付いた。
『あんた、まさか、そっちなの?』
孝司は黙った、まま応えない。
『分かった。アンタの秘密は守ってあげる。でも、この事も誰にも言わないで。』
美樹は財布から一萬円札を抜き出し孝司に渡した。


『まさか、孝司が志甫を傷付けるとは思わなかった。』
言いながら写真の中で睨み付ける自分を指で撫でる。
『孝司は喋るかな?』
言ってから手の中にある写真を小さく粉々に引き裂いた。
F
『川西孝司、16歳、成績優秀、バスケ部に所属、社交的な性格、友人多数、休日は飼い犬の散歩で公園へ通う、両親共に医者、近所の評判は絵に描いた様な好青年、犯罪、補導歴無し。お前さんみたいな、本当に汚れの無い、恵まれた男が何故可愛い女の子の頬に一生消えん様な傷を付けたりしたんや』
長島高次は浅く腰掛けた椅子の肘掛けに体重を預けて読んでいたファイルを孝司の目の前に放った。
『あのな、これは所謂威圧的な取り調べとは違うで、俺はあくまでフランクにお前さんと触れ合いたいんやで。』
孝司は、長島の舐める様な視線を無視して目の前に投げ出されたファイルにタイプされた桜ヶ丘図書館女子高生傷害事件の文字を見詰めてドラマの様なタイトルだなと思った。
『ん?なんだ?俺は面白い事言うたかな?』
微笑んだ孝司の顔を机越しに長島が覗き込む。
『刑事さんの方言ってなんだか変だよね』
微笑みを崩さぬまま孝司が言った。
『ほう、余裕があるな。しかし犯罪者がそんな余裕かましといてエエのかね。初犯でも近頃は厳しいで。お前さんの親が幾ら金や力を持っていても強力なコネが無い限り、保護観察程度では済まんかも知れんわ』
長島は孝司の頬に自分の頬が触れる程近付き圧し殺した声で囁く。
『刑事さんは、歯とか磨かないの?口臭酷い。それって新手の拷問?』
孝司は真顔で訊ねた。
『川西孝司君、君は犯罪者なんやで、そんな空元気やったら1日も持たんわ。なんせワシ等には君を充分に発狂させてしまうだけの時間があるんやからな。毎日、毎日、これから君は同じ質問攻めや。君の口から警察が納得出来る答が出るまでずっとや。ボンボンの君なんか本当に直ぐに降参してしまうわ。可哀想に成るで』
長島は静かに投げたファイルを引き寄せ微笑んだ。
『刑事さん。僕は確かに彼女の頬に一生の傷を付けたのかな?』
『なんや急にコワ成ったか?君がいくら惚けても、もう遅いけどな。ワシ等が今調べてるのは事件への君の関与や無い。動機や。動機が無い事件はマスコミさんが煩く調べあげるからの。そんなん嫌やろ?』
長島が笑顔で訊く。
『それより、僕が気になるのは彼女の事では無くて刑事さんの方言だよ。刑事さんは何処の生まれなの?』
孝司の問いに長島はアカンわと呟いて両手を挙げた。
G
美樹は清水建設と記された大きなビルを見上げた。
『ヨシ』
小さく頷いて拳を握る。
一階ロビーのエントランスに入ると迷いなく受付に向かった。『人事課の佐々木雄二の娘です。父に面会したいのですが。何階の、どの部屋ですか?』
美樹が訊くと、受付の二人が顔を見合せ微笑んだ。
『佐々木課長の娘さんなの?』
化粧の濃い方の女性が身を乗り出し訊いたので美樹は黙って頷いた。
『人事課は4階よ。今、連絡するから少し待ってて』
『すいません。父には何も言わずに来たので…それに…』
連絡の必要が無い事を、受話器を握る女性に目で訴える。
『連絡が規則なのよね』
二人は一瞬互いに見合ってから美樹に微笑んだ。
『内緒で行って驚かせたいのね。分かった。人事課は四階のエレベーターを降りたら直ぐ目の前よ。因みに佐々木課長の席はドアを開いて一番奥よ』
微笑み続ける二人に礼を伝えると美樹は真っ直ぐエレベーターに向かい乗り込んだ。
扉が閉まるまで、ずっと受付の二人は美樹を見ていた。
まるで何か新しい玩具を見付けた様に、はしゃいでいた。
『腐った笑顔』
美樹は呟いて4階のボタンを押した。
H
『ねぇ、どの位に成るかな?』
志甫はベッドの隣で身の回りの物を整理している母親に訊ねた。
『大丈夫よ、入院は大事を取っての事だから。直ぐに退院よ、志甫は何も心配しなくて良いからね。傷も今は整形手術で綺麗に消えるらしいから。退院したら美味しいものでも食べに行きましょ』
母親の泣きそうな声を無視して志甫が呟く。
『違うよ。慰謝料って幾ら位に成るかな?って事。アイツの両親医者なのよ。タップリ貰って示談にしょうよ』
『な…何言ってるの!お金で解決出来る問題じゃないでしょ?』
志甫の切り裂かれた頬に手を添え泣き崩れる母親を冷やかに見詰めてから志甫は病室から見える青い空を睨んだ。
『退屈、TV観たい』
ボンヤリと呟くと母親が急いでTVのスイッチを入れた。
『心配しなくて良いのよ』
呟き続ける母親。
普段は優等生の兄だけに掛かりきりで自分に興味など示さない母親が泣き崩れるのを見て何故か志甫はサディスティックな快感を感じていた。
もっと苦しめば良いと思った。
その姿が、自分の中ので消化出来ない苛立ちを抑えてくれる作用が有るような気さえした。
生け贄の腸を天に翳す原始的な祈りに通ずる気がした。
『TVの声、聞こえない』
母親がボリュームをあげる。
『たった今入ったニュースです。中央三丁目のビルで立て籠り事件が発生しました。ビルは清水建設福岡支社の様です。繰り返します。たった今入ったニュースです。詳細は不明ですが、中央三丁目のビルで立て籠り事件が発生しました。そのビルは清水建設福岡支社の模様です。繰り返します…』
ローカル番組の冴えないキャスターが唾を撒き散らしながら喚いていた。
『チャンネル変えるわね』
リモコンをTVに向けた母親の手を押し払った。
『変えないで』
志甫は母親を睨み付けた。


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