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作品名:プレゼン 作者:アフリカ

最終回   感想お願いします
ビルの隙間から薄青の空を見上げる。
滴る汗が滲みて僕はキツく目を閉じた。

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『契約が取れない奴は死ね!』
怒鳴り続けている佐估課長の頭を見詰める。
不自然に密度の高い髪が人工的な艶を放っていて悲しい男の性を無理矢理見せ付けられる。
『今日は契約が取れない奴は帰ってくるな!分かったか!』
課長は言い終えると、デスクを自慢の分厚い手帳で叩いた。
行って来いとの合図だ。
『後で電話して』
小さく囁いて先に出た出水美紀は、この業界では珍しい女性の営業。
しかも、前期のトップセールス。
僕は何故か最近彼女に気に入られて大手との商談の時は常に彼女が同行してくれている。
今日も午後から彼女と商談に行くことに成っている。
『相良』
課長が顎で来いと合図をくれた。
『何でしょう?』
『お前、出水に気に入られてイイ気に成るなよ。今の数字がお前の力だと思ってる奴はいない。本当はお前みたいな中途半端な奴は俺は好かない。』
『はぁ、すいません』
僕は毎朝繰り返される意味の無い説教にウンザリしながら曖昧に頷き、時に謝った。
僕が思うに課長は出水先輩に気があるに違いない。
『分かったか?分かったら行け』
数分間の有り難い説教を終えて振り返ると誰も居ない。
再度、課長に頭を下げて会社を出た。
A
仕事は金を稼ぐ為の手段でしかない。
必要以上の時間もエネルギーも費やすだけ無駄だ。
僕は会社を出て直ぐに立ち寄った喫茶店でオレンジジュースを吸いながら考えていた。
通りから少しだけ離れたこの店は、僕のお気に入りだ。
問題が有るとすれば賭博用のゲーム機を置いてある事だ。
僕は賭博はしないし、ゲーム機に向かっている連中も静かで問題ない。
問題なのは摘発された時に店にいれば当然確認の為に会社に連絡が行くに違いない。
まぁ、ゲーム機賭博の摘発なんて滅多に無いだろうと僕は完全に油断していた。
『ハイ、すいません。警察です。皆さん動かないで』
ドアを開けるなり。
三人のスーツ姿の男が令状を翳しながら押し入る。
僕は驚愕の剰り飲みかけのグラスをテーブルに倒した。
ガチャと硝子の砕ける音とパンッと乾いた音が重なって響いた。
同時に僕のテーブルに近付いていた立派な体躯の警官が人形の様に崩れ落ちた。
一瞬の出来事。
警察がドアを開けてから、まだ数十秒しか経っていない。
僕は何が起こっているのか把握出来ずに隣に崩れ落ちた警官を眺める。
白いシャツが真っ赤に染まって、その上に羽織っている黒のスーツのも噴き出す液体でヨレている。
『大丈夫ですか?』
『動くな』
場違いな呼び掛けに反応したのは血を噴き出し痙攣している男では無く。
僕の向かいに座っていた男だった。
『動くな』
再度、男は言うと右手に持っている黒い塊を小さく横に振った。
僕は慌ててテーブルに突っ伏す。
僕だけでは無い。
店内の客が皆、僕と同じ様にテーブル頭を着けて伏せている。
警官の二人も突然の出来事に反応出来ずに手を挙げて突っ立っている。
『お前、立て。お前だよ』
男が呼んでいるのが自分だと分かったのは煙のあがる銃の先で後頭部を小突かれてからだった。
B
『そう、お前だよ。お前』
見上げると男は静かに頷いた。
長い前髪の隙間から覗く鋭い眼光に威圧的なものは無い。
寧ろ硝子玉の様な空虚な瞳が真っ直ぐに見詰めていて恐怖を誘う。
背中から噴き出す汗が直ぐにシャツを濡らした。。
『その男を調べろ』
男が顎で命ずる。
外見はちがうが課長と同じだ馬鹿野郎。
僕は心の中で毒づきながら男の言うがままに痙攣を続ける警官の体を探る。
警官の体は小さく痙攣しているが既に呼吸をしている様子では無い。
『死んでる?』
頭に浮かんだ言葉が無意識に声と成っていた。
『当たり前だ。銃で撃たれたら人間は死ぬものさ。死んでる奴は良いからソイツの胸元にある銃を渡せ』
男が構えた銃で動けと合図する。
『止めるんだ』
入り口付近で立ったままに成っていた警官が叫んだ。
『煩いな、お前等二人が少しでも動いたらここに居るだれかが死ぬ。本気かどうかは分かるだろ』
男が静かに呟いてニヤリと笑う。
立ち尽くす警官達が苦渋の表情に成る。
『お前、さっさと銃を取れ』
言われるがままに僕は死体から銃を抜き取りそれを男に差し出した。
『素直な奴は嫌いだ』
男が受け取った銃を目の前に突き出した。
銃の先端。
丸い筒の丸い穴から奥が見える。
暗闇の中にある小さな金属的な光。
僕は男の言葉の意味を考える事も出来ずにその光を見詰め続けた。
C
『何か見えるのか?』
男が薄笑いのまま呟く。
僕は歪に微笑むしか出来ない。
『俺は、お前みたいな誰にでも直ぐに媚びる奴は嫌いだ。』
男の表情が無くなる。
銃口が更に目の前に迫る。
『ひぁっ』
情けない声が無意識に口から溢れる。
しかし、たった数分間の出来事に何処か現実味が無い。
心と本能が切り離されて、他人事の様に、この瞬間を傍観している自分と恐怖に支配され生に執着する自分が共存する。
『お前に、やるよ』
次の瞬間、男は手にしていた拳銃を投げてよこした。
ズッシリと重い金属の塊。
『お前、その警官を撃て』
男が、言った。
『無理です』
僕は激しく首を振った。
『無理ならお前を撃つ』
男の構える銃口が僕のこめかみを押さえる。
内出血が起こりそうな程、強く押さえつけられる。
『撃て。』
男が笑いながら言う。
『止めろ撃つな』
警官が叫んだ。
重なる二つの叫び。
生死の境目。
誰にでも訪れる可能性のある決断の瞬間。
僕は受け取った金属の塊を握り締めた。
D
「撃て」
「撃つな」
二つの重なった声にもう一つ乾いた発射音が重なる。
そして、その後に続く悲鳴。
暫く放心した後、見詰めた銃口から上がる硝煙。
その先に転がる死体。
「出来るじゃないか」
男が微笑んで完全に動かなく成った警官だった男を指差す。
「お前もこれで殺人犯だ。外に出れば共犯としてコイツらに捕まる」
男は睨み付ける警官二人を銃の握りで殴り付けながら叫び、薄気味悪い笑い声を挙げた。
「このまま逃げられると思ってるのか」
警官の一人が殴られ割れた額から流れる血を拭いもせず男を睨み付ける。
「あぁ,このまま外に出れば駄目かもな。銃声がしてから五分は経つしお前らはばっちり俺の顔をみてる。直ぐに捕まるのがオチだ」
悩む様子も無く淡々と応える男。
「なら、人質を開放しろ」
警官二人がチャンスとばかりに声を張り上げた。
再度振り上げられる男の銃。
「馬鹿が」
言いながら男が、その銃を降り下ろし警官が悶絶する。
「俺は捕まるつもりは無い。」
興奮する男は何度も同じ言葉を発して振り上げては降り下ろす動作を繰り返した。
E
男の動きが止まった。
「やっと弾けたぞ」
振り返る男の顔は警官の返り血で薄い桜色に染まっていた。
男の足下に自然に視線が行く。
男の吐いた言葉の意味がボンヤリと頭の中で理解出来た。
しかし、男の足下にある弾けた西瓜の様な警官の頭部は酷く現実味を欠いていて。
突然、店の奥からプレートを掲げたレホーターがお決まりの台詞と共に表れるのでは無いかと思えた。
「どうだ、凄いか?」
男が微笑んで指差す。
その誘導に従い警官の頭部から泡立つ血液を見た瞬間に胃が捩れ熱いものが逆流してきた。
慌てて手で口を塞いだが,それは指の隙間から噴水の様に溢れだす。
「キタねーな」
男が微笑んで近付く。
身構え、男を睨む。
「それだよ、それ」
僕の視線を真っ直ぐ受け止め男が乾いた笑い声をあげた。
「よし、お前だけ特別に逃がしてやる」
男は微笑んだまま店の入り口を指差した。
「本当に?」
僕は弛緩する顔の筋肉を隠せないまま男に聞き返した。
男が黙って頷く。
僕は男の気が変わらない内と足早にドアに向かう。
店内に残された客達の羨む視線が痛い。
関係無い。
僕は自由に成る。
他の関係の無い奴等の事など知るものか。
何度も脳裏で繰り返した。
ドアに手を掛ける。
「幸運を…」
男が銃を発砲した。
銃声が消えない内に僕は店内から飛び出した。

眩しい…
室内との明るさの落差に目眩がした。
「手をあげろ」
警官達が怒鳴った。
「僕は関係無い」
「手をあげろ」
僕の叫びより更に大声で警官達が怒鳴る。
「だから」
言い掛けて気が付いた。
僕の右手には拳銃がしっかりと握られている。
しかも、体中警官の返り血で染まっている。
警官達からすれば僕が犯人で間違い無い筈だった。
「違う…」
銃を捨て、必死で違うと叫んだ。
助けてと叫んだ。
誰も応えてはくれなかった。
「手をあげろ」
警官の怒鳴る声は消えない。
その時、携帯が鳴った。
反射的に胸ポケットに手が伸びた。
“パン”
銃声が聴こえて
下腹部に激しい熱と痛みを覚えた。
胸ポケットから携帯を引き抜く。
液晶に「電話して」との文字。
何故か痛みより笑いが込み上げた。
ビルの隙間から薄青の空を見上げる。
滴る汗が滲みて僕はキツく目を閉じた。
僕は、ただ平凡な今日を過ごす筈だった。
午後からのプレゼンに間に合うのかが気になった。


{了}


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