正に猿真似だった。 完璧ならば著作権問題に発展する筈の風貌と台詞回し。 彼が警察の厄介に成らないのは余りにもその猿真似が愚行過ぎているせいである。 常識を逸した者に、人は冷たい。 つまり、そういう事だ。 『ミニデカ銃!』 私を見付けるなり彼が張り上げた大声が室内に木霊し私の鼓膜を否応にも激しく振動させた。 『おいおい、止めてくれよ。久々に会いに来てやった友人にその挨拶は無いだろ』 私はワザと彼に落胆した表情を向けながら訊いた。 『これでは違うのかいホビタ君』 やはり、彼に私の思いは通じないらしい。 握り締めた樹脂製の拳銃をまじまじと見詰めながら彼は何か意味の無い言葉を呟いている。 『あのな、俺は田中勇治。何回も言ってるだろ?田中勇治だ。お前は健太。相武健太。分かるか?』 私の問いにキョトンとした表情で答える彼は物事を理解出来ない訳ではない。 只、理解したくないだけの事だ。 『もう良いよ。兎に角、散歩に行こう』 都心から程無く離れたこの場所は都会の雑多な苛立ちや憂鬱など存在すらしていないような穏やかな時間か過ぎて行く。 私は、ここに来る様に成り彼と近くの運動公園なる広大な敷地を歩くのが好きに成っていた。 四季に彩られる草花を眺めて柔らかな日差しを身体一杯に浴びる。 何処か普段の生活では満たせない部分が満たされる。 『なぁ、お前はこの先どうしたいと考えているんだ?』 私は建物を出て一番始めに辿り着くベンチに腰掛け彼に訊いた。 『これからも、ホビタ君がジゲ子ちゃんと結婚出来る様に頑張るよ』 揺れる声を張り上げ彼が答えた。 彼はワザと左右に身体を振りながら歩く。 あのキャラクターに近づく事を一瞬たりとも止めたりしない。 否、彼の中では自分こそが、あの有名なキャラクターなのだから彼の行動自体に矛盾は無いのかも知れない。 『あのな…』 私は言い掛けて止めた。 彼を責めても何も変わらないのだ。 彼は彼成りに生まれて来た理由を考え、それを果たそうとしているに過ぎない。 『あのな、来週からエジプトに行くんだ、俺』 呟き、空を見上げた。 やけに高い所で、雲がゆっくりと真っ青な空を泳いでいた。 この空は、何度観ても飽きる事が無い。 まだ、彼が元気だった頃に自宅裏の空き地で走り回り、疲れきって倒れ込んだ草原から眺めた空に似ていた。 あの頃。 私も彼も、まだ現実世界との接点なんて無いに等しかった。 面白可笑しい毎日が永遠に約束されていると思い込んでいた。 受験戦争に就職難。 やっと滑り込んだ企業では、数年で派閥争いに巻き込まれ敗北。 結果、エジプト支社に左遷させられる事に成ろう事など考えられる筈も無かった。 『俺が来なく成っても大丈夫だよな』 私は空を見上げたまま呟いた。 『ホビタ君。大丈夫だよ。何処に居ても、僕がずっと守ってあげるからね』 視線を彼に戻すと彼も空を見上げていた。 もしかすると彼も今、あの草原からの空を見上げているのかも知れない。 私は、言い様の無い切なさに囚われ、彼と同じ空を眺めた。
『相武さんお友達がいらしてたんですね?良かったですね。』 建物内に入ると直ぐに若い白衣の女性に声を掛けられ、彼は満面の笑顔でそれに答えていた。 『じゃ、俺は此処で』 私は短く言うと彼の言葉も待たずに建物を出た。 長く感傷に浸れば、日本を発つ勇気が薄らぐ様に思えたからだ。
私が日本を発って二年が過ぎた頃、日本最大のロボットメーカーがある製品に対しての三十年間隠し通して来た欠陥を発表。 大々的なリコールを行う事がエジプトにも聴こえて来た。 私は直ぐに、そのメーカーと連絡を取りリコール製品が収められている場所を告げ、メーカーは確実な対応を約束してくれた。 数日後、私のデスクトップに一通のメールが届いた。 【先日御報告頂いたリコールの件ですが、既に製品は不具合未処理のまま廃棄処分されており、弊社責任の枠外と成っておりました。付きましてはリコール賠償金請求の手続き用の書類を同メールにて添付させて頂いておりますので…】 私は急ぎ財団法人電化製品預り所に連絡を取ったが、全ては遅すぎた。 やはり、彼は廃棄されていた。 しかし、所長の判断で同型の製品全ての記憶チップは保存されていると言う。 私は所長に感謝を告げてチップの郵送を頼んだ。 この数日後にロボットメーカーは製品の不具合理由を発表した。 それによると、友情を育む為に造られた猫型ロボットの中に希に強い愛情を抱く場合があり。その場合、希にでは有るが自分をより良い形に整形し直すケースがあると言う。 それは自らを破壊してしまう可能性が在るためプログラム上有り得ないのだが実際には数十台のプログラムバグが発症してしまっていた。 生産台数に対してのバグ発生率は恐ろしく希なケースの為に企業としてはリコールに踏み切れ無かったのだ。 確かに彼がおかしく成り始めたのは誕生日のプレゼントに彼をもらい受けてから、まだ半年も経たない頃。 『ドラえもん。半世紀に渡る地球防衛戦争』と名討たれたドキュメント映画を観てからだった。 彼はそのドキュメント映画に痛く感動したらしく映画館からの帰り道、ずっとドラえもんの活躍ぶりを話ながら興奮している様子だった。 そして翌日、私が目を覚ますと彼の黄色いボディーカラーが青く塗り替えられていた。 『どうして勝手に色を変えたんだ』 私が泣きじゃくると彼は悲しそうに元の黄色いボディーに塗り直したのを覚えている。 あの時の行動から既に彼は自分自身をより良い形のロボットに整形し直そうとしていたに違いない。 しかし、私と私の家族も単なるプログラム内に組み込まれた動作なのだと思い込んでいた。 考えると、彼の行動が決定的に狂い始めたのも、私の為だった。 その頃の私は就職難で苦しみ続けていた。 そして恋人との別れ。 荒れる私を誰もが煙たがった。 しかし、彼だけは私の側を離れ様とはしなかった。 彼はおかしな言語や行動をし始め、最後には自分の両耳を切り落とした。 父親はその時点で老朽化による故障だと決め付け廃棄処分の申請を役所に出そうとしたが、私はどうしても彼を棄てきれ無かった。 私は新しい名前を与え、新しい環境を作ろうとした。 財団法人に頼み一時預りとして彼を差し出した。 彼の不具合による多忙な日々に私は悲しみを忘れ自分のやるべき事に精を出した。 その後、私は何とか就職先にありつき現在に至っている。
{ピンポーン} 感慨に耽る私の耳にインタホォンの呼鈴が響いて私は我に帰った。 玄関に走る。 恐らく彼の記憶チップが届いたに違い無い。 彼との思い出話はチップを読み終えてから話す事にしよう。
【おわり】
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