今日もあがる胃酸。リビングへ降りて飲む牛乳。白い液体が胃を包む。優しい。気分が良くなり、なんの気なしにソファーに座る。TVからは、昨日起こった殺人事件。この事件についての周辺住民のコメント。顔は映さず、首から腰にかけての画。腕を組みながら 亡くなった人物について語る。組んだ腕の上からTシャツに包まれたドデカイ乳房が、ワサッと乗っかる。ニュースそっちのけで、乳房に集中。TVは何を見せたいのか?気分はジャーナリスト・・・どうでもいい。ロフトに上がってもう一眠り。 夢の中で鳴り響くナツメロ。夢の中・・・夢の中ではなく、これは現実。けだるい体でロフトから下りる。携帯を見る。知らない番号。 「もしもし」 LOVE and PEACE 夢への第一歩。
生まれて初めて髪の毛に一万円を使い、服飾の専門学校に通うバイト先の先輩には勝負服を選んでもらう。書類のみで判断されるプロダクションの第一次審査。念には念を。ニキビ専門の病院にも通い、こつこつとお肌のお手入れをしてきた。お肌が綺麗になり始めたら、スタジオに入りプロモ写真を撮影。できることは全てやった。
「もしもし・・・」 茶屋町しげる、第一次審査合格。 書類を送ったのは三社。残念ながら合格したのは一社のみ。首の皮一枚の俺。背水の陣。この一社に全てをかけるだけ。 最終審査は主に、自己PRと即興演技。残り一週間。どうすれば受かるのか? 演技についてなんの知識もない俺にできること。
高二の冬休み。将来の進路を考えていた。興味があったのは、ダンサー、DJ、カメラマン、俳優、映像関係の仕事。ごくごく単純な俺は、(俳優になればこれらの仕事全てを演じることで経験できるやないか)と考えた。高三から現在まで、できる限り映画を観るくせをつけてきた。結果、自分の中に一つの演技に対する思想ができた。これを最終審査でぶつけるしかない。 最終審査当日。選び抜かれた精鋭達と共に、入り口で配布された台詞を無心に覚えようとするが、緊張からの震えが邪魔をする。台詞をうる覚えしたぐらいに本番がやってくる。 会場の雰囲気は息苦しく、圧迫感のある空間。 携帯片手にオーディションを見つめるプロデューサー。退屈そうにテーブルに肘をつくお偉いさん風のおっさん。この場の空気には不釣合いな、いやに愛想の良い進行役。(こういう輩をものともせんと、表現せなあかんっちゅうのは、なかなか厳しい世界やのー芸能界さん) 俺の出番の四番目まではあっという間に到着。 「茶屋町しげるさん、先ほど配布した台詞をもとに演技をしてください」 わからないなりにも、アンチ関西魂で、なんとか台詞をトチることもなく終了。最後は自己PR。長々話すつもりはない。短刀直入に、 「演技に笑いをリンクさせた芝居を目指したいです。よろしくお願いします」 沈黙・・・静けさや・蛙飛びこむ・・・ 「以上でいいですか?」 沈黙にしびれを切らした進行役が、ひきつらせた笑顔で尋ねる。簡単に〔はい〕と答えると、 「では、最後に一言お願いします」 「日本に笑いを!」 水の音。 失笑すら起こせない笑いを愛する茶屋町しげる。彼の運命やいかに!?・・・つづく。 そう俺の夢は続いていた。 後日、芸能プロダクション〔グリーンベレー〕から、即戦力でなく、レッスン生として迎えたいとの通知があった。 「これはクサイ」 高額なレッスン料が発生するのでは?事務所に問い合わすと、 「いやいや、レッスン料はいらないよ。ただ商品価値が無いと判断した時点で、除名させてもらうよ」 除名という言葉に、背筋がピンと伸びる。厳しいがやりがいはある。実力がある者の勝ち。やるしかない。 二十代初めての秋。高校の時に感じた、中夜祭終わりの哀愁を、秋の心地良い風が思い出させる。 新たな青春が、ここ東京で始まる。
|
|