私の子よ。よいか。心して聞けよ。耳を傾けるのだぞ。 私が言うこと--私の言葉を見失わないようにしろ。心にたくわえるのだ。 常に自分のものとできるなら、それは命のもととなり、体に健康をもたらしてくれよう。 906版BIBLE
旧約聖書の中ほどに見えます。 このパッセージは、表面上、ソロモン王が息子に言い聞かせる体裁をとっています。「私」とは王を指す一人称です。 けれども、それは表面上のことでしかありません。 聖書は不思議な書物で、「これは、今、自分に向けて語っている言葉なのだな」と、そう信じて読まない限り、毒にも薬にもならない、ただの本です。むしろ退屈な部類に入れられる本でしょう。 その代わり、信じて読むなら、言われている通りの効能を発揮します。
聖書の2つのありかた: (1) 表面より下を見ない、浅薄的な読み方にとどまる ⇒ あくびの出る本 (2) 自分個人に向けられた言葉として受け止める ⇒ 命と癒しの書、天の啓示
今回のパッセージも、実際は、天の創造主、宇宙の主催者が、読むもの一人一人に語りかけている。あなたに向かって、わが子として、教えさとそうと話しかけているのです。 だから、今、もし、元気が必要なら、ここにあります。
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