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作品名:リフレクト・ワールド(The Reflected World) 作者:芽薗 宏

第69回   第二部 第十六章 グランシュ
「前方座標上、敵影なし」
「セクトルH(ハー)内に空間歪曲の形跡あり……ですが微弱になりつつあります」
「〇七五、二二六、一八一。歪曲点空間座標、計測完了。〇七五、二二六、一八一」
 見渡す限り広がる空は陽も沈み始めたことにより、一面がターコイズグリーンに染められている。白い雲は翠色がかったチャコール色へと、見た目の姿を変えていた。その中を光沢ある黒色の高速航行機体が一直線に進んでいる。後方に周囲の雲と同じ色の筋雲を残しつつ、空間近衛騎士団の所有する高速艇アルバトロスは五基の主力推進エンジンから青白い炎を噴射していた。
 現世へと落ちていったと思われるトルソの捜索のため、王都エリュシネを飛び立ったアルバトロスでは、そのブリッジ内にて各担当員から報告が幾つか上がっていた。グランシュはこくりと頷き、指示を出す。
「減速し、該当セクトル内の周回航行に変更せよ」
 併せて、ペイトンが航行班に伝える。
「アルバトロス減速四十パーセント、哨戒速度へ移行。周囲の警戒を怠るな。歪曲点の予想残存継続時間の計算結果はまだか?」
 今回はトルソやヴィクセン、シュナがポルタ・モルトゥス突破の際に受けていたような、王立学術院からの支援はなく、ブリッジ内での各計測を行っている。航行班二人のうち、一人は操縦桿を握り締めており、もう一人は丸みを帯びたデザインのヘッドギアを被っている。白銀色に鈍く光るギアからは回線が伸び、その先端に付いたUSB端子にも似た接続部が、ブリッジのメインコンソールに繋がれている。ギアを被っている者は両手を上げ、まるでピアノの鍵盤を叩くような動作をしていた。その指先には黒色の光沢ある端子が付いている。
「わざわざ計測結果を待つまでもない。突入出来る時点で即行けばいい。タイミングはペイトン、貴様に任せる」
 グランシュはちらりと横目でペイトンを見る。その視線を受け、ペイトンは一言「はっ」と短く答えた。
 アルバトロスの制動を感じる。機体は大きく旋回を始めた。

 トルソとグランシュは同期で騎士団に入隊した。当時入隊した者達の中でも、この二人は違った意味で抜きん出ていた。グランシュのほうは様々な任務に対し、そして隊の発足の理由であり、現在にまで至る存在理由でもある、王国女王の守護ということに対しても実直であった。それだけでなく、自身の生きるこの世界の存在の根幹たるものを、既に子供の頃から教えられてきたという環境も、彼に騎士団員であることを名誉とさせ、忠誠を誓わせた一つの要因にもなっていた。女王アフェクシアと、そしてアフェクシアが中心となっているこの世界を護る、これは自分達騎士団が騎士団であるが故の絶対事由であるというのが、グランシュの信念となっていた。
 その頃グランシュは二十歳をそこそこ越えた程度の若輩者だった。エリート意識というものはなくはなかった。それどころか、エリート意識の塊であったといっても過言ではない。
 青年グランシュがその頭角を現し、立場を強固にしていく中、脱落したり、また窓際族よろしくだらけているような他の騎士団員に対し、あからさまにグランシュは侮蔑の視線を向けていた。その思いを口にすることが決してなかった分、その不満は内面へと溜まり、それが時折態度として表われてもいた。自分という器がとんでもなく大きく感じ、自分の力、可能性が強大であるという思いもあり、それはグランシュを棘のある人物へとならしめていた。
 同じくして、トルソも頭角を現し始めていた。トルソはグランシュよりも一回りほど年上で、性格面から言えば、グランシュとは真逆であった。若気の至りという言葉があるが、それを如実に具現化したようなグランシュとは異なっていた。四十路少しで入隊したトルソの落ち着きと、自身に対するストイックなまでの厳しさ、周囲に対する面倒見の良さは、当時の青年グランシュの持ち得ぬものだった。この二名を前にして、どちらに人望が集まるか、答えは明らかである。次第にグランシュは仲間から疎外されていくようになった。鼻で笑ったり、嘲笑したりする者も現れた。孤立したグランシュを影で「不憫だ、だが自業自得だ」と口にする者までいた。そのグランシュを支えていたのは、女王に対する忠誠心と己のプライドのみであった。だが、トルソはそんなグランシュを、決して侮蔑せず、不憫だと哀れむこともなく、ただ静かに見詰めていた。

 グランシュの家は代々が王家に仕えており、昔は「義勇団」と呼ばれていた、現在の空間近衛騎士団に所属する者を輩出していた。プロウィコス家のように国政の中心に携わっていた家柄とは異なりつつも、国を、統治者である国王を擁護し、治安を守る役職を継いでいるという自負はあった。
 元々グランシュは武芸よりも書物や、自然の中で咲く草花、生きる動物を好む子供であった。だが、心の優しい子供と言うよりは寧ろ気弱で、人との争い事や駆け引きめいた事を嫌がっていた。元義勇団団長であった厳格な父を怖れ、人の目を気にする子供だった。そんな少年グランシュには兄が二人いる。二人とも空間近衛騎士団員だった。何かにつけ二人の兄と比較され、嫌いな武芸を無理矢理仕込まれ、少年は次第に劣等感も併せ持つようになり、そしてそれを肥大化させていった。
 そんな少年を厳しくも優しく見守っていたのが、少年の曽祖父クランガンだった。成長したグランシュは今でもクランガンの言葉を思い出す。

「お前は優しい。お前は自分の弱さも知っている。自身の弱さを知り、正面から見据え、認めることはやがて、お前自身を育てる糧となる。強き者へと導いてくれる」

「強き者とは何か? 力が強いだけの者ではない。単に武芸に通じる者でもない。己が信じる者を、仲間を、友を、愛する者を守ることの出来る強き想いも併せ持った者だ。相手を愛し、慈しみ、そして守ることの出来る者だ。気持ちだけでは何も出来ないこともある。だが、力だけでも如何にもならぬこともある」

 劣等感を逆手に取り、己の原動力にまで引き上げた少年は、いつか父や兄を見返してやろうという思いで、次第に嫌悪していた武芸にも勤しむようになっていった。
 この世界の理をグランシュに説いたのもクランガンだ。

「我々の住む世界は一つだけではない。存在を異とするも、共存している世界がある。それらは常に繋がっている」

 少年グランシュにとって、その話は先ず理解し難いものであった。

「我々は死しても、決して無にはならぬ。お前の愛する草花や動物にも命があり、その命が閉じたとしても、ここで閉じた命は共存する世界にて再び咲き、新たな始まりを迎える。我々はその『輪』の中で生きている。生かされている」

 全ての命は輪廻の中でずっと巡り、決して途絶えない。その潤滑油たる存在が「心」だという。如何なる草花にも、動物にも、子孫を守るということから、伴侶を守る、仲間を守る、悲しむ、喜ぶ、怒る、更に人の持つ複雑な感情に至るまで、生ける存在には全て心があり、それは互いに影響を及ぼし合っている。この世界の心が乱れ汚れれば、それは繋がっている「向こう」の世界にも及ぶ。同様に、「向こう」の世界の心が乱れれば、それはそのまま自分達のいる世界への乱れへとなっていく。陽の心が陰の心を凌駕すれば、それは互いの世界に生きる全ての存在にとって、恵みをもたらす結果を招き入れることとなる。その逆もまた然り。だからこそ自分達は心を闇に投じてはならない。闇の流れるままに心を委ねてはいけない。クランガンはそう語っていた。
 しかし次第に心を尖らせていったグランシュにとって、このクランガンの話は世迷言か理想論のように思えてくるようになっていた。
 クランガンは尚も語った。かなり昔に、この世界が闇に呑まれたことがある。それを救ったのは今の王家であり、そして「もう一つの存在」であったと言う。その「もう一つの存在」とは今では伝説となってしまっており、その別の世界から流れてきた者だと言うこの話が、グランシュにはこの話がただのお伽話程度にしか捉えていなかった。また、その闇が心の闇、暗き面、漆黒の力であり、それを司る存在であったというのも、話半分にしか聞いていなかった。
 だがグランシュはクランガンに懐いていた。尊敬もしていた。厳しくもあるが、厳格さだけを表面化している父には感じられない温かさがあった。クランガンへの想いはそのまま、父や兄に対しての敵愾心となっていることに、グランシュは次第に気付いていくのだが、別にそんなものをどうこうしようという気持ちにもなっていなかった。

 義勇団が空間近衛騎士団となったのは、クランガンの語る過去の「大戦」……闇に呑まれた世界が再建をし始めた頃、一時期大空位期を迎えた王国が、その政府を再編制した時期でもあった。義勇団も再編され、新たに付けられた呼称が空間近衛騎士団である。グランシュの父は義勇団の最後のリーダーであったのだ。
 その騎士団に入隊した青年グランシュに、ある日、彼の心を乱さんばかりの凶事が訪れた。
 クランガンの死だ。
 グランシュはクランガンの死に目に間に合った。自分を戒め、そして温かみをも与えてくれた曽祖父。
 だが、グランシュに向けられたクランガンの最期の言葉は、青年の心に鋭く突き刺さった。

「私は哀しい。己の敵は己自身でしかない。だがお前は何故他に敵を作る? 今のお前は、お前が良しとしなかった父親そのものではないか。私は哀しい」

 青年の目の前に漆黒の帳が下りた。父は青年に対し、今の姿を「当然」と言い放っていた。
 この世界を乱す根源たる負の心、負の気持ちや思い、負の感情、そんなものを生み出すこの世界の愚かなる民を護るという苦行を背負った尊き女王、その女王を護るお前自身はそんな民と同列に並んではならないし、そうでない今の姿は当然なものである。決して褒められるようなものでもない、全く以って当然であるとする父と自分とが「同列」だとクランガンは言ったのだ。
 即位したばかりの頃のアフェクシアに初めて謁見することになったのは、クランガンの死後一週間と経っていない頃、またグランシュとトルソのどちらが騎士団副隊長になるのかが決められる間際の頃であった。
 アフェクシアは言った。
「私はこの世界を愛している。この国を愛している。そして民を愛しています。グランシュ、お前はどうか? お前は仲間を愛しているか? 敬意を持って接しているか?」
 この問い掛けに、是とする答えをグランシュは出せなかった。言葉に詰まった。
 その時、隣にいたトルソが口を開いた。
「陛下。この者の自身に対する厳しさは私も感服しております。確かに若いが故の棘はありましても、それは全ての者が一度は通る道でもあります。この者は間もなく成長し、陛下をお護りする強固たる盾となりましょう」
 アフェクシアはトルソに問い掛けた。
「トルソ。お前はこの者グランシュをどう捉えている?」
 トルソは答えた。
「信頼に十分値する者だと思っております。そして事実そうなのであります。私はこの者を信頼しております」
 この言葉にグランシュは心を救われた気がした。周囲にアグレッシブな視線や態度ばかりを向けていた自分に、劣等感と高慢なまでの自我に呑み込まれていた自分に対し、「信頼」という言葉を向けたトルソ。
 しかし、心を救われたと感じたと共に、グランシュの中には相反する気持ちも生まれた。自身を見下された気になったのだ。
 謁見後、グランシュはトルソを問い詰めた。自分が隊の中でどう思われているかは知っている、なのに何故あんなことを言ったのか、同情からなのか、または女王の前でそんな余裕を持った発言をする自身に対し、悦に浸っているのか、と。
 その時、トルソがグランシュに向けた視線を、グランシュは今でも忘れていない。
 トルソは明らかに哀しげな目をしていた。
「何故自分を虐げる? 周りを、仲間を虐げているのではない。お前はお前自身を虐げている。それが故の言動に気付かぬのか?」
 トルソの言葉にグランシュは何も返せなかった。今その場で反論することは、却って自身に負けているという思いに駆られそうで、怖れを抱いたのだ。そう。明らかな「怖れ」である。
「グランシュ。確かにお前は信頼出来る男だ。それは同じ騎士団員として、職務を全うする者として信頼しているという意味だ。それに嘘はない。グランシュ、己の心に纏った鎧を脱げ」
 グランシュはこの言葉に改めて絶句した。そして、思いもせぬ言葉を口にしてしまった。自身の抱える「怖れ」に屈した瞬間である。
「お前が、お、お前が副隊長になりたいのじゃあないのか? 陛下から点数を稼ごうと思っての、あの言葉じゃないのか?」
 口にしてしまった瞬間、グランシュは後悔した。
 何と恥ずべき言葉であろうか。
 トルソは再び哀しげな視線をグランシュに向けた。その視線にグランシュは耐えられなかった。トルソは言った。
「哀しいことを言うな」
 そして更に言葉を加えた。しかし、その言葉は呟きにも似たものであった。
「私はそんなものにはなれぬ。私は罪深き男だ」
 そう言うと、トルソはグランシュに背を向け、長き回廊を歩き去って行った。
 グランシュは一人で真っ白な回廊に佇んでいた。

 そして、グランシュの内で何かが音を立てて崩れ去った。

 クランガンとトルソの二人は、グランシュに変化をもたらした。グランシュはこれまでの自身を恥じた。この上もなく恥じた。そして心は変わっていった。
 女王に忠誠を誓う部分は一切変わらない。それ以外の高慢な部分に新たな傘が覆い被さっていったのだ。
「自分は他者に生かされている。支えられている」
 心の牢獄から解き放たれたグランシュは、次第に周囲からの蔑視を払拭し、そして徐々に信頼を集めるようになっていった。
 自身が変われば周りも変わる。気持ちが変われば態度も変わる。態度が変われば行動が変わる。行動が変われば習慣が変わる。習慣が変われば人格が変わる。人格が変われば運命が変わる。そして、運命が変われば人生が変わる。これはヒンズー教で説かれている言葉であるが、グランシュはこの道を着実に歩み進んでいったのだ。
 自身に染み付いたものを変えることは難しい。大変である。だが、「大変」というのは「大きく変わる」と書く。「大きく変わるから大変」なのだ。だからこそ、大変という言葉は、事に挑んでいくというニュアンスを含んだものと捉えてよかろう。
 そしてグランシュは現在、騎士団の総隊長へと登り詰めた。
 トルソを副隊長へと推したのもグランシュだ。最初、トルソはそれを拒んでいた。自分にはそのような立場に立てるような者ではない、とやはり繰り返していた。この言葉は決して謙遜して言っているようではない。何かしらの心に引っ掛かるものを、トルソは抱えているようであった。
 グランシュは言った。
「貴様しかおらぬのだ、トルソ。陛下を、仲間達を、そして私を受け止める器を持つ者は他におらぬ。私は貴様を必要としているのだ。そして信じている。私は貴様を心から信頼しているのだ」
 トルソはその後、二つ返事で副隊長着任を承諾した。
 だがグランシュは、未だにトルソの言う「罪」が何なのかを知らない。トルソ自身が中途転生者だということなのか? それとも他の理由なのか。トルソもそれについて語らないし、それをほじくって問いただそうという気持ちもグランシュは持っていない。トルソが話しても良しとした時、その時に耳を傾ければよい。グランシュはそう思っている。

 そのトルソが今、現世に落ちている。黒き負の思念、センチュリオンの先兵と共に落ちてしまっている。
 グランシュは拳を握り締めていた。ガントレットの中の手に汗が滲むのが感じられる。

「くだらぬ」
 ふと、グランシュはそんな一言を耳にした。
 グランシュは周りを、眼球を動かすのみで見渡した。皆、ブリッジで各々のすべきことに専念している。
「実にくだらん」
 また声が聞こえた。
「結局、お前は自分の劣等感や高慢さに覆いをし、その上から衣を着せ、飾り立て、そして更に背伸びをしているに過ぎない」
 嫌らしくも響く、それでいて陰に籠った声だ。
 グランシュは気付いた。この声は聴覚として捉えられたものではない。頭の中に、そして胸の内に直接響いてくる。 
「如何に飾って見せても、お前の素の部分は変わらぬ。誤魔化ししか過ぎぬ」
 グランシュは心の中で声を上げた。
「何者か!」
 不敵な笑い声が音声のように響いてくる。
「私はお前だよ。お前自身さ……もっとも、私は『卑屈』とも呼ばれたりする。実に嫌悪感満ちる呼称ではあるが、まあ仕方がない」

 突如、アルバトロスは急降下を始めた。ブリッジにいる各員が一瞬ふわりと宙に浮いたような状態になる。
「何事だ!」
 ペイトンが叫んだ。
「機体の……機体の制御が出来ません!」
「外部には気流の乱れはありません! これは……引きずり込まれています!」
「引きずり込まれているって、何にだ?」
「不明です!」
 グランシュも体勢を崩し、背後の壁に寄り掛かっている。急激な降下は機体各所に軋む音を立てさせた。
 くぐもった笑い声はやがて高笑いとなり、グランシュの脳内に暴力的に響いた。
「これは……奴らか!」
 グランシュは叫んだ。
 その直後、ブリッジ正面の窓ガラスの前に黒色の靄が姿を現した。
「あれは……! 索敵班! 何をやっていた!」
 ペイトンが更に叫ぶが、答えは分かっていた。探知されていない。それどころか、現在もなお敵影の反応を捉えられないでいるという状態であった。
 靄は凝縮すると、小さな人影となった。真っ黒な布を頭からすっぽりと被ったような小柄な人物。その布の中には、本来あるべき筈の顔がない。闇のみである。鈍く光る「両眼」のみが見える。
「己の弱さに蓋をして振舞うその様は実に不自然だ。自分自身に嘘を付き、周りに嘘を付き、そして雑兵の指導者という役割を演じている。そんなお前は一体誰だ? 何なのだ? 答えてみよ、総隊長グランシュ!」
 この声はペイトンを含む皆にも同様に聞こえたらしく、一斉にグランシュに視線を向かわせた。
「私は……!」
 グランシュは噛み潰すような声で呟いた。そして次に叫んだ。
「私は私だ! 今の私も、脆弱な心を持つ私も、全て私なのだ、『卑屈』とやらよ!」
 黒き布を纏う人影は、首を傾げるような素振りを見せた。
「ま、間もなく地上です! このままでは地上に激突します!」
 航行班の男が叫ぶ。
「まあ良い」
 低い声で「卑屈」は言った。
「その弱さと、それ故の高慢さと劣等感と、更にそれを上から覆い被せて虚飾に包んだ似非人格を持ち合わせた不自然たる存在、グランシュよ。お前とお前の仲間を送り届けてやろう。同じくして罪を併せ持ち、それをひた隠しにしている、お前に心を許してすらおらぬ『大事』な仲間の元へな」
 その言葉が放たれた瞬間、アルバトロスに急制動が掛かった。グランシュを含むブリッジ内の者達は全て、床にべたりと這いつくばった姿勢になった。  
「その格好、いかにもお前らしいぞ、総隊長」
 そう嘲ると「卑屈」は再び高笑いを決め込んだ。
 続いてアルバトロスは猛烈な力で上昇を始めた。いや、引っ張り上げられているという表現が的確であろう。全員の身体にとんでもなく掛かる重力が、皆の呼吸を妨げる。肋骨がへし折れそうになる。

 間もなくアルバトロスは消えた。「卑屈」の作る空間の歪みへと機体は吸い込まれていった。


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