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作品名:リフレクト・ワールド(The Reflected World) 作者:芽薗 宏

第64回   第二部 第十一章 リーガン・アブダイク 【6】 メッセージ
「何だって? 発信先は何処からだ?」
 エマーソンは声を上げた。
「生存者がいたのか?」
 一瞬、室内が色めき立った。
「ええ……このメールは……」
 一人の女性がiPadのようなものを指しつつ、小声で呟いた。
「そんなものがまだ使えたなんて信じられない」
 女性の横にいた銀髪の男性が、着ているシャツの襟元を開きながら、同様に小声で呟く。
 彼等は軍関係者ではない、一般市民の生存者である。彼等からリーガンのような「転属」をした者は多くはない。寧ろ消極的に静まり返っているか、それでなければ精神に異常を来してしまうかのいずれかであった。だが、その中でも自分に出来ることは何かを求め、動こうとしていた者がいるのも事実である。他者から役割を与えられる、または自ら他者に対しての役割を求める。そうすることで他者との繋がりを保て、精神バランスをも保つことが出来る。一人では生きていけない人間が、自らの生を保とうとするための本能的行為でもあるのであろう。
 彼女はそんな中、施設内部から外部へ衛星回線を通じての生存者探索に励んでいたのであった。
「衛星回線が使えるんだ、こいつはBGANだろう? 地上での回線が使えなくとも、可能性はあるんだろうよ」
 シュウが言った。
 インマルサットBGANサービス(Inmarsat BGAN : Broadband Global Area Network)は、BGAN衛星電話端末から、宇宙にある人工衛星へ向けて、無線電波を発信することで、音声通話サービス、FAX通信、データ通信サービスを利用できる通信回線サービスである。BGAN端末から発信された無線電波は、赤道上空約三万六千キロにあるインマルサット衛星(Inmarsat I-4)を中継し、衛星地上局(SAS)を経て、世界中の「電話回線網」「インターネット網」など通信ネットワーク網にアクセスされる。こうして、従来の音声通話に加え、ブロードバンド高速データ通信が利用出来るようになったものだ。
 だが、そうは言っても、衛星地上局が機能していなくては通信を受信する術もなく、ましてやメール等の利用ともなれば、地上局からアクセスポイントを経て、公衆インターネット網やISDN網等を経なくては、通信のやり取りが不可能である。
 現在の状況下でそんなものが利用可能ということに、「可能性はあるだろう」と言ったシュウ本人にとっても、訝しげに思わざるを得ない部分はあった。
 だが、目の前の端末、彼女の持つ「エクスプローラー500」の画面上には、メール受信のサインが表示されている。
「で? 相手は誰なの?」
 リーガンが言った。
「弟なの」
「弟さん?」
 女性はリーガンの問い掛けに二度ほど短く頷いて続けた。
「彼は、ああ、ギャレスっていうんだけど、カリフォルニアのバークレー校でSETIの研究に携わっているの」
 そう言うと、女性は嬉々とした声を上げた。
「弟が……弟が生きていたなんて奇跡だわ! ああ!」
「SETIって……何?」
 リーガンは眉間に皺を寄せて、目の前にいたエマーソンを見た。
「ああ……俺も詳しくはないが、何でも居るんだか居ないんだか分からない宇宙人の存在を確かめようっていうプランだそうだ」
「へえ……そうなの……」
 ぽかんとした表情でリーガンはエマーソンを見る。
「SETIは地球外文明探査って言って、宇宙から地球に届く電波をキャッチして解析するっていう研究をしているの」
 女性が言う。
「詳しいのね、アマンダ」
「ええ、まあ……聞きかじりなんだけど」
 アマンダと呼ばれた女性は丸っこい目を大きく開いて、相変わらずぽかんとした表情でいるリーガンに視線を送った。
「で、何だって言ってるんだ?」
 エマーソンが言った。
「ああ、そうだった……どうやらあのペインキラーの解析をしていたらしくって」
「連中の解析?」
「ええ。それで分かったことがあるって」
 室内が静まり返った。
「でも、そこでメールは途切れているの。こちらから送信をしても返信はないわ。 ああ……ギャレス! 答えて、答えて頂戴!」
「そいつ、トイレで糞でもしてんじゃねえのか?」
 床に座り込んでいる男がやさぐれた口調で言う。その言葉にアマンダは男を睨み付けただけで、言葉では返さなかった。
「もしかもすれば……」
 エマーソンが呟いた。
「奴らへの対抗手段を見付けるきっかけがあるのかもしれないな」
「対抗手段?」
 シュウが返す。
「このままやられるのを待っているだけよりはいいだろう? そう思いたいのさ」
「ペインキラーの正体を掴むきっかけでもあれば、ってこと?」
 リーガンが声を掛ける。エマーソンは黙って頷いた。
「あ!」
 アマンダが声を上げた。
「返信だわ!」
 一同が画面を見る。
 だがそこに現れたのは見慣れぬアルファベットの羅列であった。後半は「M」の文字が連続的に出現し、そのまま画面一杯にMで埋め尽くされると、端末の電源が落ちた。アマンダは慌てて端末を再起動させる。
 その文字の羅列は受信フォルダに残っている。
「それを見せてくれ」
 先程アマンダの横で襟を緩めていた銀髪の男性が覗き込む。
「誰か……紙とペンをくれないか?」
 アマンダが一枚の白紙とペンを男に手渡した。男は軽く「すまない」とアマンダに言うと、その文字列を紙に書き出し始めた。
「こいつは……ラテン語か? しかし妙な……中期? 古期も混じっている? 年代も文法も怪しいもんだ。まるでどこかの翻訳ツールを通して出てきてでもしたかのような……」
 男はふんと鼻息を漏らすと、その羅列にペンでスラッシュを入れ始めた。



QUARE/OPEROR/VOS/SCIO/TOTUS/RES/TOTUS/HUMANUS/RES/IGNARUS/SUUS/SOMNIUM/VOS/OPEROR/NON/VEL/CAPTO/TENEO/IS/ET/VOS/AVERTO/VESTRI/VISIO/EX/UT/IS/EST/SUPERBIA/OPEROR/VOS/VOLO/SCIO/SUPER/NOS/TUNC/NOS/DICO/VOS/SUPER/NOS/NOS/ES/ORDO/ALCEDONIA/STABILITAS/QUOD…/NONNULLUS/VESTRUM/DICO/NOS/CHAOS/TAMEN/IS/EST/NON/VERUS/NOS/ES/NON/CHAOS/VOS/ES/CHAOS/VOS/ES/PRODIGIOSUS/LEVIS/QUOD/CURTUS/RES/VOS/OPEROR/NON/INSISTO/LEX/DE/RERUM/NATURA/NOS/VENIT/HIC/UT/RECTUS/IS/NOS/AGNOSCO/VESTRI/FIDES/OBVIAM/DEUS/VOS/ES/VIX/DE/TOTUS/RES/INTER/ORBIS/TERRARUM/QUONIAM/VOS/TENEO/VOS/ES/LEVIS/VEL/VOS/OPEROR/NON/VOLO/ADMITTO/IS/VOS/AGNOSCO/IS/PER/VESTRI/PROFUNDUS/CONSCIENTIA/SIC/NOS/NARRO/NOS/SERVO/VOS/EX/TOTUS/VESTRI/FORMIDONIS/HOC/IUDICIUM/ET/NOSTRUM/OFFCIUM/<s>MMMMMMMMMMMMMM</s>………………



「趣味でね。ラテン語で『コムメンタリイ・デ・ベルロ・ガルリコ・エト・キウィリ』を読むのが好きなんだ」
「……何ですって?」
「ああ、『ガリア戦記』さ」
 じゃあ格好つけて言わずに、素直に英語で(Gallic War)言ってくれと内心思いつつも、リーガンはメモを見つめる男、ボーディンをしげしげと見やった。
「こいつは……連中だ」
「え?」
 ボーディンはリーガンに視線を向けた。
「ペインキラーからだよ」
 再び、室内が一瞬の静寂に包まれた。
「何て言ってきたの?」
 リーガンが訊く。



Quare operor vos volo scio totus res?
Totus humanus res ignarus suus somnium.
Vos operor non vel capto teneo is.
Et vos averto vestri visio ex ut.
Is est superbia.
Operor vos volo scio super nos?
Tunc nos dico vos super nos.
Nos es ordo alcedonia, stabilitas quod…
Nonnullus vestrum dico nos chaos.
Tamen is est non verus. Nos es non chaos.
Vos es chaos.
Vos es prodigiosus, levis quod curtus res.
Vos operor non insisto lex de rerum natura.
Nos venit hic ut rectus is.
Nos agnosco vestri fides obviam Deus.
Vos es vix de totus res inter orbis terrarum.
Quoniam vos teneo vos es levis.
Vel vos operor non volo admitto is, vos agnosco is per vestri profundus conscientia.
Sic nos narro, nos servo vos ex totus vestri formidonis.
Hoc iudicium et nostrum officium.

何故お前達は全てを知ろうとする?
お前達人間は己の愚かさを知らない。
そのことを知ろうとさえしない。
そしてそのことから顔を背ける。
傲慢だ。
我々のことが知りたいか?
ならば教えてやろう。
我々は秩序であり、静寂であり、安定であり、そして・・・
お前達の中には我々を混沌と呼ぶ者もいる。
だがそれは真実ではない。我々は混沌ではない。
お前達こそが混沌たる存在なのだ。
不自然で不安定で、そして不完全なる存在だ。
宇宙の法則に沿わぬ存在だ。
我々はそれを是正しに来た。
お前達が神なる者を信仰していることは理解している。
それはお前達が世界を取り巻く全てのことに恐怖を感じているからだ。
たとえそれを認めたがらなくとも、潜在的に理解している。
だからこそ言っているのだ、我々がお前達を全ての恐怖から救ってやるのだと。
これが我々の正義であり、義務である。



 アマンダは両手で顔を覆い、声にならない悲鳴を上げた。甲高い呼吸音が彼女の手指の合間から漏れ出している。
「ふざけやがって!」
 次いでエマーソンが吐き捨てるように言葉を漏らした。
「だが、さっきのギャレスってネームで来たメールは?」
 シュウのその言葉をボーディンが抑揚のない口調で遮った。
「分からんさ。連中かもしれん」
 ボーディンのこの言葉にアマンダは「止めて」と弱々しく言い返した。
「考えてもみたまえ。アマンダ、君は弟さんが生きていたって喜んでいたね? 君からすれば弟さんの生死は今初めて知ったことなんだろう? それは弟さんにとってもそうだろう? それがいきなりメールで無事の確認の言葉もなくして、ペインキラーの解析結果で分かったことがあるだって? 実の姉の君にそんな文面を? 私には不自然な感じがしてならないんだがね」
「止めて!」
 アマンダが叫んだ。
「ギャレスは……元々……そんな子だったのよ……挨拶もまともに出来なくって……人見知りで……困った子だったの……お願い、止めて……」
 泣き崩れるアマンダの肩をシュウが優しく抱き寄せた。
「しかし何でわざわざラテン語なんかで……」
 リーガンが呟く。
「きっと戯れてるのさ」
 ボーディンが似たような口調で返した。
「……確認してみたい」
 リーガンが言った。
「確認だって? 何を?」
 エマーソンが訊いた。何を言い出すのか信じ難いとでも言いたげな表情を浮かべている。
「ギャレスってネームで届いたメールの真偽よ。連中に対抗する手段を見付けるきっかけになるかもしれないって言ったのは貴方よ、フリッツ」
「ああ、言った。だから訊いているんだ。どうやって確認するって言うんだ? まさか……」
 リーガンはエマーソンを見詰める。
「そうよ」
「何だって? カリフォルニアまで……どうやって行く気だ?」
「使える戦闘機が一機くらいは残っていないの?」
「ああ、イーグルが一機、あるにはあるが、だが……」
「ここからどれくらいで行ける?」
 シュウが二人の間に入った。
「リーガン、それは無茶だ。連中がいつ出てくるかも分からない中を的になりつつ飛んで行くって言うのかい? 五時間かけてカリフォルニアまで?」 
「そう……五時間で行けるんだ」
 シュウの言葉で所要時間が分かると、リーガンは改めてエマーソンを見詰めた。口を半開きにしたまま、シュウは「しまった」とでも言いたげな表情を浮かべた。そんなシュウをエマーソンは横目で半ば睨むような目付きで見やる。
「お願い、フリッツ」
「リーガン……」
「どんな情報があるか分からないし、もしやブラフかもしれなくっても、でも私達は今出来ることをするしかないんじゃないの? このままじゃ真綿で首を絞められて、しまいには頚椎をへし折られるだけよ! 行きましょう……ギャレスを捜しに」
 エマーソンの眉がぴくりと動いた。
「行きましょうって、君も行くって言うのか?」
 リーガンは短く「ええ」と答えると続けた。
「私がパイロットだったら一人でもいいんだけど、そうもいかないから頼んでるのよ。フリッツ、貴方のパイロットとしての立場を見込んでね」
 エマーソンの表情は呆然としたものに変わった。
「何を無茶なことを!」
「無茶は百も承知よ。ここに戦闘機を動かせるパイロットは貴方一人だけしかいない。でも貴方一人だけを行かせるわけにはいかないわ。それに、もしも貴方とシュウが行ってしまったら、ここのことが不安だわ。軍人さんは最低でも一人はここにいてくれないとね」
 そんなリーガンの傍にアマンダが立つ。
「お願い……弟を……弟を見付けてください……お願いします……」
 アマンダの両目からは涙がぼろぼろとこぼれていた。
「参ったな」
 エマーソンは顔をしかめた。右手を後頭部に置くと、そこから首筋へと手をやり、大きく上下させた。そして首を左右に振る。
「お願い、フリッツ」
 リーガンには全く譲る気配がない。
「……巡航速度はマッハ一を保ち、アフターバーナーを使わずに済めば、燃料的には往復に問題はない。だがそうすんなりといくとも思えない。下手したら片道切符になるやもしれない」
 エマーソンの言葉を聞きつつも、ゆっくり頷くだけで、リーガンの視線はエマーソンの目を捉えて離さない。
「ああ、最悪の日帰り旅行ってわけか。行くからには、君を責任以って生きて連れて帰ってこなきゃな」
「フリッツ……」
 リーガンはほっとしたような声を出した。
「気を緩めるのは帰って来てからにしてくれよ。イーグルの燃料は満タンの筈だ。出発は三十分後。問題ないな? アマンダ、ギャレスの研究施設や住んでいる場所の住所、分かるか? 教えてくれ」
 アマンダは大きく、そして今度は素早く二回頷くと、壁に沿って置かれた棚からマップを取り出し、そこに何やらマジックで書き込みを始めた。
「いきなりの搭乗、舌噛むんじゃないぞ」
 エマーソンはリーガンを舌から上へ見上げるような目付きで見た。それに対し、リーガンは半ば不敵な笑いで受け応えた。
 


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