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作品名:リフレクト・ワールド(The Reflected World) 作者:芽薗 宏

第49回   第四十七章 プロウィコス「王朝」の崩壊 【前編】
 すっかり夜も更けた真っ暗な夜道の真っ只中で、若者はスピーダーのスロットルを回し続けていた。明日は仕事が久方ぶりのオフだったので、アラキノフスで夜通し酒を飲んで遊んでいこうと思っていた。栗色の髪が美しい娘に声を掛け、酒場のカウンターで共にカクテルのグラスを傾けていた。ひょっともすれば一晩を共に過ごせるかも、と淡すぎる期待を抱いていた。期待ぐらい、淡すぎようと何であろうと、抱く分にはただなのだから、とにかく気ままに過ごしたかった。
 ところが、外が突然に騒々しくなった。何かと思い窓のほうを見ると、いきなり黒い煙が猛然と店内に入り込み、壁や窓が粉々に吹き飛んだのだ。危険を感じて身を伏せたことで若者は助かった。顔を上げると、店内にいた何人もの客の姿が消えていた。共に飲んでいた娘の姿を探してみたが、その娘も消えていた。ガラスや建材の破片が散らばった床の上に、その娘の着ていた衣服の切れ端が落ちていた。何が起きたのか、全く理解出来なかった。ただ、外では何人もの人が逃げ回っている。
 これはただ事ではない。そう思うと、若者は立ち上がり、店の裏口に回った。そこに止めてあった自分のスピーダーの元へ駆け寄ると、サドルの側にあるレバーを下げ、車体の下部に備え付けられている二箇所のウォラリス・テクタイトに電流が走るよう、互いを接着させた。電極のスターターを入れると、車体はすうと浮き上がり、エンジンが起動し始めた。若者は体を屈め、スロットルをふかした。細長いスクーターのような車体は、静かな音を立てて前へ進み出した。
 その前を衛兵の乗っていたエクウス・ゲンティルが飛び出してきた。若者は咄嗟に体を九十度に倒し、車体を旋回させた。そこを平行して黒い煙の塊が尾を引きつつ猛烈な速さで駆け抜けた。それは進行方向にあった建築物に当たると、壁に大穴を穿った。
「何なんだよ、ありゃあ!」
 若者は震えながらスピーダーを飛ばし、市街地を出たのだった。
 酔っているのか? いや、酔っていたにせよ、あれだけ猛烈な幻覚や幻聴を感じるわけがない。よほどわけの分からぬ薬物にでも手を出せば別であろうが、生憎そのようなトランス状態に陥る薬物に興味はない。とにかく家に帰ろう。両親や姉が怒り狂って出てくるだろうな、なんて若者は思った。夜遊びなんてそんなものだ、門限なんて糞食らえな勢いでやらかすものだ。だが、今夜はとてもじゃないが、もうそんな気分にはなれない。
 夜道をヘッドライトをこうこうと照らしながら、街路樹の並ぶ道を突っ走っていた。すると、前方に人影が見えた。三人。あれは……子供? こんな時間に夜道を走っている? 
 若者はクラクションを鳴らした。ふと、その子供のうちの一人の顔に見覚えがあることに気付いた。
 若者はスピーダーを停止させた。
「こんな時間にガキだけでぶらぶらしてるって危ねえなぁ……あん? お前、クリッジ親父んとこの兄貴坊じゃないか!」
 フスハが大声で答えた。
「あ、ヤニスさん!」
 ヤニスと呼ばれた若者はスピーダーを降りた。
「何やってんだ、こんな時間に? もう少ししたら夜明けじゃねえか!」
「ヤニスさん、話は後! お願い、僕達を乗せて家まで送って!」
 痩せ体型のヤニスは目を丸くし、そのひょろりとした腰を曲げてフスハの顔を見つめた。
「ああ? 僕達って、何だ? 弟のレンもいるのか? ん、そっちの坊主は?」
「いいから! お願い! 助けると思ってさ!」
「ちょ、ちょっと待て! 三人とも乗せろってか? こいつに? そりゃあ無理ってもんだろ?」
「あれ、ヤニスさん、たまに四人乗りして遊んでたじゃない。肝試しとか何とか言って。それから比べたら、僕達は子供だから軽いでしょ? いけるって!」
「ああ……でもなぁ……」
「ヤニスさんが町で代わる代わる女性に声を掛けまくってるって話、内緒にしとくから!」
「フスハ! お前……」
 フスハはにやりと笑った。
「ねえ、お願い!」
 ヤニスは眉間に何本も縦皺を寄せると、右手の親指を立てて、スピーダーのほうを指した。
「しゃあねえな! 乗りな。振り落とされんなよ!」
 そうして、三人プラス、ヤニスの四人という実に無茶苦茶な状態で、スピーダーは再び夜道を疾走し始めた。ヤニスの後ろに啓吾が、その両脇にレンとフスハが立った状態で乗るという格好だ。この世界の人間でない啓吾の過度に感じられる体重は、ヤニスのスピーダーにも掛かり、スピーダーはその頭を半ば持ち上げたかのような状態で、夜道を疾走していった。
「ケイゴ、これからどうする気だよ?」
 フスハが大声で訊いた。
「あいつ、本当は僕を捜していたみたいなんだ」
 あいつとはプロウィコスのことだ。
「ああ、町中にお触れ書きが出回ってたからな」
「ケイゴ、お前何をやったんだよ?」
 レンが次いで訊いた。
「何もやってない! そんなの知らないよ! ただ、あいつが僕を利用するとか何とかってことみたいだ。じゃあ、僕って人質なわけでしょ?」
「まあ……そうかもな」
 フスハが相槌を打つ。
「だったら、あいつは僕に簡単に手出し出来ないんじゃない? 僕に何かあったら、あいつにとっても良くないでしょ? 人質が無事じゃなきゃ、次に話が出来ないじゃない」
 フスハは口をあんぐり開けて、啓吾に訊いた。
「ケイゴ……お前、そんなこと何処で覚えたんだ?」
「テレビ。外国の番組でそんなことをやってた」
「てれび?」
「えっと、まあ、いいじゃない」
 そんなことを深夜の海外ドラマから覚えたなんて父の須藤一樹が知ったら、きっとしかめ面になるだろう。啓吾はそんな風に思った。
「だから、僕が行っても、最初のうちは大丈夫だって思うんだ!」
 勿論、人質に手を出さないなんて可能性が高いなどと言うことはない、そんなことを啓吾は知らなかったのだが。
「お前等、何の話をしてやがんだ?」
 ヤニスは怪訝な表情で訊いた。
「何でもないよ!」
 フスハが答える。そうこうしているうちに、スピーダーは兄弟の家に着いた。
「ありがとう、ヤニスさん!」
「ああ、じゃあな! こんなことはもうこれっきりだからな!」
「分かってるよ!」
 ヤニスのスピーダーは三人を降ろすと、夜の闇の中へ消えていった。
 物音を聞いたのか、家の扉が音を立てて開き、ダフニが走って出て来た。
「レン! フスハ! ケイゴ!」
「母さん!」 
 レンは母の下へ駆けて行った。
 フスハは啓吾のほうを見た。
「で、これからどうするんだ?」
 啓吾はフスハの顔を見ると、グリフィス小屋のある方向を指差した。
「何? 何だよ?」
「僕、行くからね。おじちゃんをあいつの家から出すんだ」
 そう言うと啓吾は走り出した。 
「おい、ケイゴ!」
 フスハは啓吾の後を追った。
「フスハ! 何処へ……」
 ダフニがフスハに呼び掛ける。
「父さんを助けなきゃ!」
 フスハは走りながら答えた。
 そのフスハより早く、啓吾はクリッジ宅から離れた所にある小屋に辿り着いた。中にいるグリフィス達は眠っていなかった。皆、静かに止まり木や小屋の床に立ち、羽を畳んで静かに啓吾を待っていたのだった。小屋の入り口には銀がいた。じっと啓吾を見詰めている。
 啓吾は小屋の扉に手を掛け、銀の目を見詰め返した。しばらくして、フスハが啓吾に追い付いた。
「銀……みんな、力を貸して!」
 グリフィス達は一斉に翼を広げた。啓吾はグリフィス用の大きな扉の取っ手を両手で握り、力一杯横に引いた。音を立てて扉が開くと、グリフィス達は一声嘶き、夜空へと舞い上がった。
 銀は啓吾の前でその体を屈めた。
「銀、乗るよ」
 銀はその声を聞いて、ちらりと啓吾の顔を見た。体はまだそこまで大きくはないが、それでも啓吾一人を乗せられる位にはなっていた。何時の間にこんなに大きくなったのだろうか。啓吾は驚きながらも、それ以上に力強さを感じていた。
 銀は啓吾を背に乗せると、力強く翼を羽ばたかせ、夜空へと舞い上がっていった。そして、その後を他のグリフィス達が付いて行く。
「ケイゴ……お、おい!」
 フスハが唖然としてその光景を見詰めていた。
「あいつ、俺まで置いて行っちまったよ」

 勇気ある行動と無謀な行動とは異なる。ろくに計画も立てずに突っ走ることは無謀の域に入る行動だ。だが、幼い啓吾にその差異など分かろう筈もなかった。ただ、とにかくクリッジを助け出したかった。本意でもないことを無理強いされ、家族のために苦渋の選択をし、心に嘘を付いてそれを行う。そんなことをクリッジにさせたくなかった。
 そして、自分を救ってくれた人が嫌な思いをしているところを、しようとする羽目になるところを、ただ黙って看過することなんて出来ない。そうした思いが啓吾の心の中をぐるぐると回っていた。
 そして分かっていた。この気持ちを父は決して否定しないと言うことを。
 啓吾には今、前しか見えなかった。前のみを見詰めていた。

   ※ ※ ※ ※ ※

 啓吾が連れて来られた日の朝、プロウィコスはアグゲリスの使節と密かに会談を行っていた。相手はプロウィコスの領地に三ヶ月交代で滞在している政府の高官だ。プロウィコスはその者を「外交使節」と呼んでいた。それはレグヌム・プリンキピスからすれば、本国をないがしろにした行為でもあった。
 その者と交わした話とは、アグゲリスが国境に集結させている部隊が侵攻を開始した際には、自分の領地に控えさせている私設部隊(衛兵隊)に武装させ、本国に宣戦布告をすると言うものであった。アグゲリス側の、プロウィコス領への援護及び守備を頼む代わりに、横流ししているウォラリス・テクタイトの売価を、現在の十分の一にするという内容も含まれている。そして相互安全保障同盟を結び、プロウィコスはアフェクシアの国から独立を宣言、新興国の王になろうとしていた。
「大公陛下は貴殿のこれまでの我が公国に対する忠誠、利便を図る行動を評価されている」
 アグゲリスの「大使」はにんまりと笑って言った。
「テクタイトの売価がその程度で済むのであれば、我が国も更なる軍備の強化を図ることが出来ます」
「空軍の強化を優先されるのですな?」
「現在、我が公国は浮遊要塞の建造を計画しております」
「ほお?」
「とにかく……アフェクシア女王の政策は手ぬるい。転生者は然るべき処置で以って遇されねばなりません。ひいては、この世界全体の安全を保障するものとなります」
「それは、貴方の考えですかな?」
「いやいや、大公陛下のマニフェストによるものです。無論、こんな内容のものは対外的には非公式でありますが」
「いやはや……しかし、あの大公陛下は何故にまたああも人変わりされたのでしょうな?」
「と言いますと?」
「いえ、あの穏便……いや、失礼を承知で申しますが、日和見主義とでも、臆病とでも言えましょう、あの弱腰な一国の統治者が、ああも国粋主義に傾倒するとは、何があったのだろうと思いましてね」
「さあ、それは分かりかねますが、何にせよ、我々は大公陛下の政策を実施するまでのこと」
「ほお、母国に対して見事なまでの忠誠心ですな、大使」
「私個人の考えがどうとか、そんなものは一切関係ありません。稚拙な個人の意思が集まって、井戸端会議じみた議会を開き、くだらぬ政策を立てるよりも、一人の強力な指導者がいればそれで良いのです」
「議会などは衆愚政治の温床、とでも言いたげですな?」
「今はぼやぼやしている時ではないですからな。センチュリオンの脅威が迫って来ている……」
 朴訥とした雰囲気で語る「大使」を傍目で見つつ、プロウィコスはその者を心の中で「狸め」と毒付いていたのだった。

   ※ ※ ※ ※ ※

 朝日が昇り、周囲が明るく浮き上がっていった。クリッジの小屋から飛んで来たグリフィス達は、館の敷地の中にある林へと姿を隠していた。茂みの隙間から館の外壁と、そこに並ぶ縦長の窓が見える。啓吾は茂みの中から頭を出しては引っ込め、それを何回か繰り返していた。
 さて、勢い余って飛び出しては来たものの、これからどうしようかと啓吾は悩んでいた。途中でレンもフスハも一緒に来ていないことに気付いたが、後戻りなど出来ないと思うと同時に、二人を巻き込みたくないという気持ちもあった。自分はお尋ね者であり、ならば一緒に行動して共犯扱いされるよりは、まだ一人で動いたほうが幾分か気は楽である、そう思っていたのだ。正直、心寂しくもある。しかし自分は一人じゃない。啓吾はそう自分に言い聞かせていた。銀がいる。他のグリフィス達も一緒に来てくれた。今は人の心を読み取る能力のある鳥達を信じるだけだ、そう心に刻むと、啓吾は敷地内を巡回している衛兵に用心しつつ、茂みの中を動いた。その啓吾を見て、銀は喉を鳴らすと、ゆっくりと歩いて啓吾の後を付いて行った。何せ、子供一人を乗せて空を飛び回るだけの体だ。茂みの枝葉ががさがさと音を立てる。
「銀! ここにいて!」
 抑えた声で言われると、銀は立ち止まり、首を傾げつつ啓吾を見詰めた。
「何かあったら呼ぶから、今はここにいて! いいね?」
 銀にそう語り掛けると、衛兵の目をくすねつつ、啓吾は館のほうへと駆け寄った。
 裏口であろう扉が見える。扉の取っ手をゆっくり回す。鍵は掛かっていない。かちゃりと音がし、扉は開いた。緊張で心臓が口から飛び上がってきそうだ。啓吾はそっと扉の向こう側に入って行った。物置のようだ。その奥にある扉をそっと開けようとする。しかし、そこは施錠されているようで、びくともしない。どうしようかと天井を見上げると、通風孔があることに気付いた。啓吾は周囲の棚に手と足を掛け、通風孔の網目の金属製の蓋に手を伸ばした。蓋は容易に動いた。啓吾は小柄な上に、学校での体育の成績も良く、おまけに体操教室に通っていただけあって、身のこなしには自信があった。蓋を奥へ押しやると、横に伸びるダクトがあることに気付き、啓吾はその中へと潜り込んだ。

 プロウィコスは昨夜遅く、クリッジと子供達を牢に叩き込んでから、女王アフェクシアに連絡を取ろうと、馬鹿大きなカウチの置かれた部屋にある、ホログラフによる送受信装置に自身の画像を投影させた。 
「こんな時間に何事ですか、レクスス・プロウィコス?」
「夜分大変失礼致します」
 アフェクシアはエリュシネにある宮殿の一室で、醜く肥大した様相を堂々と呈するホログラフを睨み付けた。
「至急の事態ですか?」
「ええ。実は……陛下のお捜しになられている、ケイゴなる子供を保護致しまして」
 アフェクシアの眉がぴくりと動いた。
「何?」
「私、ケイゴという名しか聞いておりませぬが……フルネームだとケイゴ・スドー、間違いございませんな?」
 プロウィコスの言うことが虚偽でないことは、啓吾の名を言い当てたことで分かった。だが、プロウィコスの雰囲気がどうにも感じの悪いものを覚えさせられる。本人の元々の雰囲気以外に、何かしら解せないものがある。
「そうですか……よく発見してくれました。感謝致します」
「それはそうと……」 
 プロウィコスはにたりと笑みを浮かべた。
「昨夜、騎士団のうちの一人が、我が領内にて、それもこのアラキノフス、私の館の傍で『交戦』状態になったという報告がありましたが?」
「交戦? 交戦とは何か?」
 このプロウィコスなる者を完全に信じているわけではない。そこで、グランシュに騎士団の者をうちの少数名を動かして、啓吾の捜索に当てるよう命じはしていた。だが交戦の許可までは出していない。
「我が領民にも多少の被害が出ております。これは如何にご説明していただけるのでしょう?」
 アフェクシアの表情に一瞬、焦りが浮かぶ様をプロウィコスは見逃さなかった。プロウィコスの口角が上に歪み上がった。
「その者は、恐らくはセンチュリオンの使いの者との『交戦』において、その姿を消滅させたのだそうです」
「消滅……? まさか、精鋭である隊員が……」
 アフェクシアは上ずった声で呟いた。
「今のその御表情、しかと見させて戴きましたぞ、陛下。それに私は、『空間近衛騎士団』とは言及しておりません。故に、貴女からばらしたようなものですな。その者は確かに貴女のところの部隊の者だ」
 かまを掛けられたことにアフェクシアは怒りを覚えた。
「無礼な!」
 そんな様子のアフェクシアを全く意に介せずに、プロウィコスは続けた。
「さて、女王陛下。誰かを疑ったりすることは、この世界の者にとって恥ずべき行為でありましたな? ここは理想郷。センチュリオンの一派の復活を抑えるためにも、そうした負の思念を抱くことがないよう、子供には躾をし、中途転生者に対しては然るべき場所にて再教育を施している……そうでしたな? ですが、陛下が自ら私をお疑いになられているとは」
「プロウィコス……」
 アフェクシアは眉間に皺を寄せて、ホログラフを見詰めている。
「まあ、そんなことはどうでもよろしい。私もそんな陛下に対し、義理のような者は最早感じておりませんのでな」
「な、何と……!」
 今度はプロウィコスのほうがアフェクシアを睨んだ。
「我がプロウィコス家を国政の場から外し、こんな辺境に閉じ込め、やれ『自治領』とやらを与えると言った、そんな高慢な態度を取られた貴女に、何の義理立てをする必要があるのか、と申しておるのですよ」
「お前は……!」
「あのケイゴなる子供、貴女の直属部隊を動かしてまででも手に入れたいということは、それだけ重要なのでしょうな?」
 アフェクシアは凄む目付きのプロウィコスに怯むことなく言い返した。
「あの子供は、センチュリオン達に対する我々に、光をもたらす存在なのです。そして彼等の手に渡れば、我々に破滅をもたらす、それだけの力がある。私一人がどうこう言う程度の話ではない。この国のみがどうのとかいう程度ではない、世界の存亡を担(にな)っているのです」
 プロウィコスは右手をひらひらと動かして言った。
「ああ、そんなこと知りません知りません。少なくとも、我が領内において、センチュリオンの脅威など今は考える気にもなりません」
「何だと?」
 アフェクシアは、プロウィコスが何を言っているのか、一瞬理解出来なかった。だがプロウィコス領が現在、本国の支配から離れつつあり、アグゲリスへテクタイトを裏輸出して利益を上げていると言う情報は、手中にはしていた。ただ状況証拠のみで、未だ物的に立証出来るものを手にしてはいなかった。不思議と、プロウィコス側はのらりくらりと、本国の捜査をくぐり抜けていたのである。まるで、プロウィコスに「欲」の運が味方でもしているかのようだった。
 欲の運が味方?
「まさか、プロウィコス……そなた、闇の者に魂を売ったのではなかろうな!」
「何のお話でしょうか。それよりも本題に移りましょう。端的に申し上げます。我々は貴女の国、レグヌム・プリンキピス王政連合首長国からの独立を要望する」
「な……!」
 プロウィコスは言うべきことをやっと言ったのだとでも言いたげな表情になっていた。
「何と申したのか、プロウィコス!」
 アフェクシアは唖然とした。いや、実はこんな要求をいずれプロウィコスは出してくるのではないかとう疑念を持ってはいたのだ。だが今、このような形で表面化してくるとは、正直想像してはいなかった。
「貴女はこの要求を公式に認め、国際的に発表さえすればいいのです。さすれば、子供はお渡し致しましょう。無論、ご存知とは思われるが、我々には隣国アグゲリスの後ろ盾がある。昨今の国境の状況を思えば、事をわざわざ荒立てるのは得策ではない。それぐらい、お分かりになられない陛下ではございますまい?」
「お前!」
「我が領内に騎士団を派遣する余裕もないでしょうが、万が一そんなことをすれば、それはアグゲリス公国に対する宣戦布告にもなることを、ここで申しておきましょう。公国政府との協定も既に成立しておる」
「アムリスがそれを認めたのか?」
「あの国の政府も一枚岩じゃない。ですが、仮に大公アムリスが認知していないとしても、それに変わる勢力があることは耳にはされているかと」
 アムリスの従来の穏和政策を良しとしない右派勢力があったことは、アフェクシアも聞いていた。急なアムリスの政策転換は、その右派と提携したのではないかとも思っていた。何にせよ、プロウィコスはその右派勢力に接近し、その協力を得ているのだとすると……
「明日正午迄にご返答願います。良き答えを戴けること、信じておりますぞ」
 プロウィコスは再びにやりと笑い、通信を切った。
 裏切り者のホログラフが上から下へと、音もなく消えていった。アフェクシアはその場でしばし呆然として立っていた。


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