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作品名:リフレクト・ワールド(The Reflected World) 作者:芽薗 宏

第34回   第三十二章 クロスゲーム
 アタワ村の住民数は約三百。男達は皆、アグゲリス公国政府に反旗を翻すレジスタンス、世間的に見れば反政府ゲリラ組織の構成メンバーだ。とは言っても、始終何処かへ赴いては交戦を行ったり、破壊活動を行っているわけではない。いや、そうした行動は殆ど行っていないと表現したほうが的確であろう。彼等が否とするのは、政府による中途転生者に対しての差別政策ならびに隔離政策に対してである。趣旨はレグヌム・プリンキピスで行われている「ススティネーレ政策」と同義ではある。感情に流されるがままに心を乱す不安定な精神の中途転生者は、この世界に生まれ、常に前向きで建設的な思考や感情制御の方法を学び、そして成長した者達にとって悪影響を及ぼしかねない、ひいては、こうした負の感情が、この世界や全ての平行世界を滅ぼす力を持つ虚無神タナトスと、それが率いるセンチュリオンを筆頭とする闇の軍勢を呼び起こしかねないとして、互いの間を遮ることをその内容としているのだ。ただ、レグヌム・プリンキピスでは中途転生者に対する再教育を施すのに対し、ここアグゲリスでは完全に彼等を隔離、外界との交流を遮断することのみに徹している。
 ほぼ一年前から始まったこの施策は、現在公国を治める大公アムリスが提唱したものだ。元々は温厚派で、中途転生者対策についてはレグヌム・プリンキピスの「ススティネーレ政策」を基盤とした再教育政策を行っていたのだが、それが突然に変更されたのであった。「特区」と呼ばれる中途転生者専用の収容地区を設け、国中に取締班を配置、様々な手を使って中途転生者を捕らえ、この地区に放り込み、そして二度と外へ出さないとする強攻策に打って出たわけである。
 この「特区」は四つ設けられている。第一特区「カイーナ」、第二特区「アンティノーラ」、第三特区「トロメーア」では、増加する中途転生者の数に対応したもので、最初は第一特区「カイーナ」と、現在第四特区とされる「ジュデッカ」の二つのみであった。その特区内に国中から捕らえられ、掻き集められてきた中途転生者は押し込められ、各々が猫の額ほどの広さしかない、政府から割り当てられた土地に暮らさせられている。そして、その中でも第四特区の「ジュデッカ」は、他の特区とはその立場を異としている。「ジュデッカ」では主に、反政府分子や反アムリス派を唱える中途転生者が収容され、強制労働のペナルティを課せられる。また、罪状によっては「浄化」という名の処刑が行われるのだ。
 澤渡やメイス、クミコ達は、中途転生者に対する「虐待」とも呼べるこの政策に対して、その中止撤廃を求めて活動している。専ら、中途転生者を取締りから逃がし、又は取締班そのものに対して武力行為を仕掛けることが主な活動内容になっている。だが、毎日をそんな活動のみに費やしているわけでもなく、農業や手工業をその主な生業としている。クミコは澤渡のグループの総リーダー格で、仲間達からは「おふくろさん」と呼ばれ慕われている。澤渡は実行班のリーダー、メイスはその右腕として活動している。
 だが今回、彼等が全力で向かっていった先にあるものは、燃え盛る公国大公妃の専用船だった。一人でも多くの者を救わんとして彼等は業火に戦いを挑んでいった。飲用とは別に設けられている井戸にホースを落とし、原動機を動かして水を吸い上げては火に向かって放つ消化班、生存者を捜すために、不燃性の布を全身に巻き付けて船内に突入する救助班とに分かれた男達、そんな男達を見守り、暑さに身を焦がす彼等に水を手渡し、また救い出された者への応急処置のために待機する女子供達、村の民全員が一丸となってこの災事に対峙していた。
 大公妃フィリエラは、夫アムリスが先陣を切る虐待政策に最初から異を唱えていた。フィリエラは本来、夫のアムリスの一歩後ろに控えたところから、夫を支え、事の顛末を見守っていた。アムリスから何か意見や相談を持ち掛けられれば、でしゃばらず、しかし分かり得る、知り得る範囲内で精一杯応じていた。
 だがこの非人道的な行為に関してだけは違っていた。特区という特定の場所に中途転生者を、老若男女関係なく無理矢理に押し込み、彼等の主張や意見、懇願を全て拒絶し、公国国民としての全ての権利を剥奪、人権を土足で踏みにじるような政策に賛意など到底示せはしなかった。そのことは中途転生者の間でも知り得る話となり、夫のアムリスは妻の存在を疎んじていた。フィリエラは再三、政策の撤廃を求め続け、公国議会にも政策撤廃を優先議案として提示し、自らの外交ルートを通じて、他国からの援助を集っていた。
 そんな矢先の撃墜事件である。
 生きて救助されたのは僅か十数名、そのうちフィリエラの側近であったセジャールは救助後約二ホールス(二時間)して死亡、フィリエラ自身も全身に大火傷と怪我を負い、いまや虫の息である。その他の乗組員も次々と命の灯火を消していった。
 結局、夕刻になる頃には、フィリエラ一人のみしか生存が確認出来ない状況になってしまった。

 空はいつの間にか鼠色の雲が広がり、陽が沈み始めてその光が薄くなっていくと共に、辺りは急に暗さを増し出していた。
 澤渡は大きく息を吐いた。右手を強く握り締め、その拳を額に当て、そして立ち尽くしたままで俯いている。やり切れない感情がその全身を覆い尽くしている。その姿を須藤は遠くから黙って見詰めていた。
「ふざけてるよ……旦那が自分の嫁に手を掛けるなんて! あいつ、何であんな鬼になりやがったんだよ……アムリス! 畜生!」
 澤渡から少し離れたところで、メイスが地面に座り込み、そう言いながら涙を流していた。
 須藤には、彼等に掛ける言葉を見付けられないでいた。
 ふと、須藤の横にクミコが立った。
「悔しさ、怒り、悲しみ。人が生きていく中でこの感情は切っても切り離せない。助けたい相手を助けられない、そんな力の無さへの悔しさや怒り、悲しみは決して己のみのために向けられるものじゃない。そして、そんな負の感情は、次に訪れる試練を乗り越えるための力となる。人を慈しむための力となる……」
 クミコは打ちひしがれている二人を見つめながら静かに言った。
「そうした負の感情から何を学び、何を掴み、どう活かすかが大切。それが為せた時点で。負と呼ばれる感情は正のものへと変化する」
 須藤は黙ってクミコの言葉に耳を傾けていた。
「でも……この世界は、そうした負の感情そのものに蓋をして、やれ前向きに行こう、明るく行こう、手を取り合って行こうと唱えられている場所なの。怒りや悔しさ、悲しみに寂しさ……そうしたものから目を反らし、知ろうとしない者は、本当の『神』の力を理解出来ないものなのよ」
「神の力……ですか」
 須藤は呟いた。
「とは言ってもね、手を合わせたり組んだりして、助けて欲しいってお願いする相手の神じゃないわ。結局それって、他力本願なことでしかないもの。そんな神の出番は、死期の近い者が、これから起こる『死』という出来事に対して、大きな不安を抱いて怖がっている時に出て来て貰えばいい。そんな神の存在、私は否定しないわ。この世界にこうして私が存在している以上、そんな神の存在自体を信じる気にはなれないけどね」
 クミコは続けた。
「私達が信じる神、これは私達の心の中にいるものなんだもの」
「同感です」
 クミコに須藤が答えると、クミコはにっこりと笑った。
「そうだと思った。何となくだけど、貴方は分かっているなってね」
 先に希望がない、見えないと思った時こそ、自分を信じて気をしっかりと持つことが要求される。そして、その要求に応じているうちに人はある事実を知ることになる。それは、「救いの神」というものは、人間一人一人の心の中にいると言うことだ。己を信じ、相手を信じる。一人一人がそのことに気付き、行動に移すことが出来れば、世界中に一体どれほどの「奇跡」が生まれるであろうか。どれだけの可能性の光が降り注ぐであろうか。人を慈しみ、己に降り掛かる苦難を乗り越え、共に手を取り合って前へ進む、その先にある世界……
 だが、今ここに須藤のいるこの世界は、「その先にあるもの」を慌てて手にしようと躍起になっているとクミコは言う。暗い面全てに覆いをし、見ぬ振りをし、目を閉じ、光のみを追い回す。そのようなことで本当の光の力を手中に収めることなど出来ようか。そんなアンバランスさを常に伴う世界が「理想郷」である筈がないのだ。
「この世界を人は『理想郷(ユートピア)』って呼ぶわ。負の感情、負の思念の全く存在しない世界、住む人の心にそういったものが全くない世界だってね。いや、あるにはあるの。ここに住む人の心にもそれはある。ただ、そうした負のものを正の感情、正の思念に切り替える術を学ぶことは悪いことじゃない。負を負と思わなくなる、負を自然に正へと転じさせる、そんな強さを得ることはいいことだとは思う。でもそれには、負というものに目を向けなくちゃいけないの。負というものを知らなくちゃいけない。それをしないで盲進しているだけの、今のこの世界に根底には常に『不安』がある。『恐れ』があるのね。表向きがどうであれ、それらに実質支配されているこの世界を、私はとても理想郷とは呼べない。これじゃ『絶望郷(ディストピア)』よ」
「何故そんなに功を焦っているのでしょう? 何故そんな盲進を?」
 クミコは一呼吸おいて口を開いた。
「貴方の息子さんを襲った負の思念体、そしてそんな負の思念体を操り司る巨大な闇の存在を恐れるからよ。負の感情に覆われれば、彼等が眠りから覚め、そして全てを滅ぼす。そんな言い伝えがあるの。人はそれを恐れ、そして怯えている。だから、その恐怖に覆いを掛けて、見て見ぬ振りをして、しかしその恐怖が現実にならないようにと慌てふためいている。それが理由だと私は思うわ」
 クミコは須藤の前に踏み出し、振り返って須藤の真正面に向いた。
「彼等は狡猾よ。そして冷酷で、人を傷付けるための最も効果のある術に長けている。固有の形もなくて、どんなものにでも溶け込み、入り込み、姿を変える。まさに『悪魔』そのもの。貴方が息子さんを捜す旅をするのなら、きっと彼等と対峙する時が来るでしょう。私達に対してとは違い、彼等は貴方に直接その肉体を傷付けるような術を持たないから、きっと心の中に遠慮なく入り込んで、如何なる隙も見逃さず、それを武器に貴方の心を破壊しようと襲ってくる筈よ」
 須藤は息を呑んだ。
「そして……連中のことはこの世界だけの話ではないの。貴方のいた世界、現世にも当てはまるのよ」
「え?」
 須藤はクミコの目を見た。
「そう。既に始まっているわ」
 既に始まっている? 何が?
 だが、そのことにクミコは何も言わなかった。
「いい? これだけは覚えておいてね、カズキ。彼等に打ち勝つことは、貴方自身の心の闇に打ち勝つことよ。己に負けないで。いいわね?」
 クミコはそう言うと、柔和な笑顔を浮かべて家の奥へと入って行った。
 須藤は何も言えぬまま、澤渡とメイスから空へと視線を移した。
 自分自身の心の闇に打ち勝つ。この言葉は須藤の心に過去の記憶を甦らせていた。
 誰も信じられなかったあの時。自分のことさえもが信じられなかった、そして心を閉ざしていたあの時……
 だが今は、そのことと共に、目の前で起こった惨劇と、そのことに対して立ち向かい、己の力の無さに膝を付いたかつての友人とその相棒の姿が、脳裏にこびりついて離れない状態にあった。
 やがて冷たい雨が降り始めた。

   ※ ※ ※ ※ ※

 希望と不安、焦燥感、いや希望は期待感と呼ぶべきか。何にせよ、様々な感情や心の波がアフェクシアの体の中を駆け巡っていた。その穏やかならぬ表情をグランシュはじっと見つめていた。須藤親子を捜索する部隊を編成し、国中へ派遣しているが、その部隊のうちの一つ、あの白簾霊峰に程近い地点にて、息子のほうの消息の鍵となる収穫があったという、ヴィクセンからの報告をアフェクシアに伝えたところだった。だがグランシュには、他にも懸念する事柄を心中に抱いていた。
「陛下。しかしこれ以上は我が騎士団員の数を割くことは出来ません」
 隣国アグゲリスとの国境沿いには、今にも攻め入って来ようと思われる大部隊が集結しているのだ。現在、捜索部隊とは別となる団員達を全て、国境守備へと当たらせている。その他、警察や民衆から有志を集い、そうした者達をも国境沿いに配置している現状があった。
 これまでにアグゲリスとの交戦歴はない。それどころか、国と国とが交戦状態になると言うこと自体、これまでこの世界では皆無だったのだ。アグゲリス側の兵力が如何ほどのものか見当も付かなければ、このようなにわか仕込みの守備部隊に何かが出来るとも思われない。アグゲリスの国境守備隊は、元々は儀式のための仮の部隊であり、伝承となるセンチュリオンに対抗するために訓練を重ねるだけの存在だ。そして、こちら側の騎士団そのものも同様の存在で、もちろん実戦経験は皆無なのである。
 他にもある。啓吾の出現の痕跡のあったすぐ近くには、自治領主区域がある。プロウィコスを領主とするエリアだ。そこはたとえ女王直属の部隊である空間近衛騎士団であろうと、むやみに進み入ることは出来ない。一つの主権国家とほぼ変わらぬ権限が保証されている。しかもプロウィコスには最近、アグゲリスとの交流が多く、その貿易や政治の範疇における交流は、本国レグヌム・プリンキピスとの国交とほぼ同様の濃さを保っている。プロウィコスが何か言えば、それが真偽の如何を問わず、アグゲリス軍が国内になだれ込む口実を与えることにもなってしまうのだ。
「プロウィコスには私から話します。勅命として捜索に当たられよ、グランシュ」
「御意」
「子供の父親のほうはどうか?」
「申し訳ございません、陛下。未だ何の手掛かりも……」
「そうか……」
 ひざまずいた姿勢のまま、グランシュはアフェクシアの目を見詰めた。やはり狼狽している。
 それはやはり、アフェクシア自身の記憶によるものであろう。母として息子を目の前で奪われ、その末路に待っていた運命のことを思えば無理もない。あんな記憶を持ったまま、消せないまま、女王はこの国の女王として再び生を受けた。転生した。他の中途転生者とは異なり、王族の赤ん坊として、この国を、この世界を守る女王の座に就くために育てられた。愛する者を奪われたその苦しみから逃れられず、そのまま抱えてここまで歩んで来た女性。
 自身が巡ったあの苦しい道を、例の親子には味合わせたくない、そう思っているのであろう。
「アグゲリスにある領事館からの連絡はどうか?」
「いえ、こちらも何も……」
 アフェクシアは静かに玉座に座った。
「これまで、この世界に今ほど疑念と不安が、大渦となって覆ってくることなどありませんでした……」
 アフェクシアの静かな口調で語られる言葉が、謁見の間の高天井に響いた。
「アムリス大公の私に対する不信感は、私の言動を元とするものだとするならば……」
「陛下、お気をしっかりお持ちください!」
 グランシュは力強く言い放った。
「センチュリオンの軍勢が及ぼす脅威は、この国だけのものではありません。この世界そのものにかかる一大事です。皆恐れ、耳を塞ぎ、無かったことのように振舞うこれまでの現状に、陛下は楔を打ったのです。逃げてはならない、避けてはならない、ならば立ち向かおうとする勇気が今までの事勿れ主義を打破しようとされているのです。私は陛下の今回の御行動は正しいものだと信じて疑いません」
「言わなくともよい、グランシュ。私はそのことに後悔など感じてはおらぬ」
 アフェクシアの口調に力が入った。
「私は信じていたのです。いや、今でも信じたい。アムリスや他の国々の元首達、そして我が同胞や……皆のことを。今回の強攻策も、皆納得してくれると思い込んでいた。ですが、そのことに警戒心を呼び起こされ、アグゲリスの今回の軍の展開などという出来事を引き起こしたとすれば……私の中に慢心があったのやもしれぬ、そんな気になるのです」
 グランシュは息を呑んだ。
 少しの静かな合間があいた。グランシュが口を開いた。
「アムリス大公との会談は……」
「向こうが応じませんでした。まるで聞く耳を持たぬ。そして一方的に部隊を国境沿いに集結させ、こちらを睨み付けている」
「何と……」
 グランシュにとっても、今回のアグゲリス側の軍事行動は意外としか思えないものだった。これまで兄弟のように友好的に付き合い続けてきた国が、一気に手の平を返したような態度に出るなど想像だにしていなかったのである。現在では、こちらから交戦の意思はないと言っても、なしのつぶてであった。
「アムリス大公は、まさか本気でこの気に我等が国に宣戦布告し、あわよくば主導権を握ろうとしているのであろうか……いや、私にはそう思いたくない。何故あの者はああも急変してしまったのか」
「アムリス大公の変貌はほんの今先程始まったものではありませんでした。アグゲリスの、中途転生者に対する、まるで粛清じみたあの政策が始められた頃からでした」
 グランシュはふと顔を上げた。思っても見なかった一つの事柄が脳裏をよぎったのである。
「陛下、まさか大公は……センチュリオンの一派に……」
「私もそれを考えました」
 アフェクシアの答えもまたグランシュにとって思いもよらぬ内容だった。前々から大公を「疑っていた」ということか?
「ただ、それが本来持っていた私への、いや我等への不信感が増し、そこに仮にセンチュリオンの軍勢が付け入ったとするのならば、それは即ち、私が結果的に彼等を招いた、そしてアムリスに憑かせることになったということなのかもしれません」
「陛下……!」
 
 グランシュの後ろで「女王陛下」という声が聞こえてきた。アフェクシアのロイヤルガードの一人が立っている。ロイヤルガードは、空間近衛騎士団に属する者であるが、常に女王アフェクシアの身辺を護衛するという役割上、騎士団の中でも別働隊としての立場を与えられている。
「何か?」
 先程まで弱気になり掛けていたアフェクシアの声が、普段の低く、そして透き通った覇気のあるものに変わっていた。
「外交府から緊急の要件があるとして、使者が参っております」
 外交府? アグゲリスの動きに何か新しいものがあったのか? 一瞬そんな不安がよぎり、アフェクシアの表情が険しくなった。
「通しなさい」
 ロイヤルガードの後ろから、一人の女性高官が入って来た。
「陛下、申し上げます」
 アフェクシアは黙って静かに頷いた。
「アグゲリス公告政府の公式発表によりますと、アムリス大公妃であるフィリエラ様がお亡くなりになったとのことです」
 アフェクシアの目が大きく開かれた。
「フィリエラが?」
「はい。大公妃の乗られる専用船が、中途転生者により組織された反政府組織の攻撃を受け、撃墜されたとあります」
 グランシュモこの知らせには驚きの表情を浮かべずにいられなかった。
「何だと……反政府ゲリラが……大公妃船を撃墜? まさか? 大公妃は彼等の味方ではなかったのか?」
「よって、公国政府は国内における中途転生者の、最大級の一斉取締りを開始し、反政府分子に対する徹底的な排除作戦に入るとのことです」
 アフェクシアは勢いよく立ち上がった。 
「アムリス! あんな非人道的な政策を行うから! 己が撒いた不信の種が目を出したのだ! それを更に不信と暴力とで抑え込もうと言うのか? 愚かな!」
 冷静沈着なアフェクシアが、ここまで怒りに満ちた声をあげるのは初めてであった。 
「……グランシュ」
 苦虫を噛み潰したような苦悶の表情を浮かべ、アフェクシアは言った。
「アグゲリス国境沿いに展開している部隊の警戒レベルを最高水準まで引き上げよ。今やアムリスは、この機に国境突破を仕掛けてくるやも知れぬ。現世からの二人に対する捜索部隊も、国境警備を最優先事項として展開させよ」
 グランシュの表情にもまた、アフェクシアと同じ苦しみの感情が顕わになっていた。
「そして……フィリエラ大公妃の不幸に関しては……弔電を打って貰いたい」
「御意」
 アフェクシアは右手で顔を覆った。
「不信は更なる不信を呼ぶ。疑念は更なる疑念を呼び込む。こんな接戦に終わりなどないと言うのに…」
 グランシュは思った。どんな接戦にも、如何なるクロスゲームにも終わりは必ず来る。だが問題は、どのような終わり方をするかなのだ、と。


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