二人は騒ぎの起こっている場へと歩いて行った。一人は黒い髪、色黒の東洋人風の顔を粗めの布地で織られたフードを被って隠し、もう一人は丸い赤色レンズのゴーグルを掛けている。 「全く……こんな人目の付く場所で一騒動起こしている馬鹿はどんなやつだ?」 フードで顔を隠している男が言った。大きなマント状の布を巻き付けているため、その男が背の低い小柄な体格ということ以外は何も分からない。その声は低く、そしてその声を聞いた感じでは、男はさほど年をとっているという印象はなかった。肩幅はあり、恰幅のよさを感じさせる体躯で、力強い腕が見え隠れしている。体に巻いた布の下では黒革のブーツに似た、がっしりした作りの靴が石造りの床を踏みしめていた。 赤色レンズのゴーグルをかけたもう一人は女だった。黒人系の端整な、しかしどことなく可愛らしさも併せ持つ顔立ちに、ラフな感じを与えるショートカット姿。タートルネックタイプの黒いトップスを着こなしており、濃い濃茶のボトムパンツは細くも逞しい脚のラインをくっきりと見せている。肩からは長く細い黒色の布を巻き付けた「筒」を提げている。 二人の後ろから走ってきた甲冑姿の男が二人、騒ぎの起きている場所へと向かって行った。 「どうする、ユタ?」 女がその視線を前から逸らさないまま、マントを纏った男に声を掛けた。 「どうするもこうするもないだろう? やられている相手が『そう』なら、放っておくわけにもいかないさ」 ユタと呼ばれた男も女に視線を向けず、前方を見据えたまま返した。 「そうね。取り敢えず、それとなく捕まった相手の顔を確認しておく?」 「ああ」 二人はそれとなく人混みの中を進み、騒ぎの現場を目の当たりにするまで近付いた。 甲冑姿の男達が何人もその場に佇み、そのうちの一人が床に這いつくばる様に押さえ付けられている男に向かい、口汚い罵声を浴びせ掛けている。 「アムリスの犬め……」 その姿を見た女は、吐き捨てるようにそう呟いた。 床に取り押さえられている男が首根っこを捕まれ、ぐいと上に引き上げられた。下唇を切り、血を滲ませたその男の顔を見たユタは、ふと訝しげな表情を浮かべた。 「あいつ……何処かで見たような……」 「え? 知り合いなの?」 「いや……だが……まさか……」 そう呟いたユタの表情が一変した。 「似ている……似ているじゃないか!」 「え? それって……」 「メイス。あの男、絶対奴らから取り戻す」 「あ、ああ。分かっている」 二人は急ぎ足でラムジャプールの駅構内から外に出た。
「おい、何をする! 放せ、放してくれ!」 手錠をはめられた上に更に、首に金属製の首枷まではめられた須藤は、その首枷から伸びたロープを強引に引っ張られながら、ラムジャプールの駅の外へと連れ出された。放せと叫んでも、そうおいそれとは放される訳がない。周囲の者達の好奇の視線をいやというほど浴びながら、須藤は駅正面口に駐車されている、直方体の箱のようなものへと引っ立てられた。「駐車」といっても、車輪の付いた「車」ではなく、見た目はまさに箱なのだ。何の装飾も、何の文字印字もされていない、黒色の金属製の「箱」。その下部は些か内側にくびれており、そこには箱の胴体の色とはまた違う、光沢のある黒色の鉱物で出来た「土台」が見える。箱の後部にある観音開きの扉が開かれ、須藤はその中に押し込められた。須藤を押し込んだ男が手を押さえながら、 「こいつの体に触れていると手が痛んでならん」 と苦々しく言った。 「確かに。一瞬のことだがな。毒でも持ってるのか?」 「毒虫だな、まるで」 男達はそう言って、侮蔑の笑いを浮かべた。その会話を須藤は嫌な気分と、こんな所で捕まっている時間の無さから来る焦りとに心を苛まれながら聞いていた。 「丁度いい。明日、『特区』へ向かう列車が出る」 「ああ、そうか。で、『特区』の収容所行きは何人程度の数になるんだった?」 「ざっと三十余名ってところか」 「全く……虫みたいに湧いて出てきやがるな、連中」 「ふん。社会に害為す連中って部分じゃ、害虫と同じだな」 須藤は箱の中で横倒しになった体勢のまま深呼吸をし、気を落ち着けることに専念した。ここでは「中途転生者」と呼ばれる者は「社会の害虫」呼ばわりされ、どうやら「特区」と称される「収容所」へ連行されるようだ。頭の中で今し方聞いた会話からそう推測した。一瞬、第二次大戦下のヨーロッパで強制連行されるユダヤ人の気分とはこういうものか?、という気分になった。何の言われもなく、ただそこに存在するという理由だけで、力尽くで捕らえられ、一箇所に放り込まれる。その先に待つのは堪え難い屈辱と理不尽な死のみ。人としての尊厳も何もあったものではない。ナチスの連中からすれば、彼等は人間以下程度にしか見ていない。家畜にも劣る扱いを行なっていたのだ。そう考えると、言い様のない怒りと共に、何故こんな理不尽な様が世の中をまかり通っているのか、そんな狂った世調に対しての恐怖をも感じた。 甲冑姿の男の一人が箱の先頭に回り込み、端にあるレバーを下ろした。するとそのレバーの横にある小さな覗き窓から、黒い光沢のある鉱物の「端」と「端」とが連結される様が見えた。次いで箱が地表から五十センチ程度の高さにすっと浮き上がった。覗き窓の下に青い光の点滅を見せる部分があり、それが点滅から光り続ける状態へと変わると、箱は小さく震えた。 「テクタイト起動、行けるぞ」 箱の下部に取り付けられたウォラリス・テクタイトの土台に電流が通され、その浮上効果を発揮し始めたのだ。 箱の先には四頭の馬に似た、しかし額から二本の細い角を生やした獣が繋がれている。甲冑姿の男のうちの二人が先頭にある座席に腰掛けると、手綱を振るって獣を動かした。獣は一声嘶(いなな)き歩き始めると、箱は何の抵抗もなく静かに動き始めた。男は数学のインテグラル記号に似た形のインカムを耳にあて、大声で話し始めた。 「こちらラムジャプール機動班、只今より中途転生者一名を本部まで連行する」 須藤にもその声は届いていた。本部? この男達の所属する組織の本部という意味か? どうやら彼等はここでの「取締班」のようだ。とすれば警察か何かか? ここで騒いでも何にもならない。そう思うが、収容所なんてところに放り込まれるわけにはいかない。それとも、そこに瑛治も入れられているのだろうか? 何も分からない。そのことが焦りを更に強くする。須藤は切れた下唇を噛みしめつつ、体を起こした。下顎と背中がずきりと痛む。箱の天井には十文字の格子が張られた天蓋窓があり、そこから若緑色の空が見えた。 「啓吾……」 須藤は心の中で呟いた。 どうすればいい? 今は何が出来る? このまま連行されて、連中の動向から何かしらの情報を得る? だが……
「馬車」が街壁を越えたその直後、空を切る音が左から迫って来た。手綱を持つ男は咄嗟に、座席に立て掛けてあったバヨネットを手にしたが間に合わなかった。男達は二人とも席から放り出され、地面に叩き付けられた。二人を足で引っ掛け地面に引き倒したグリフィスは一気に上昇を掛けると、その間髪を付いて右から急接近するもう一羽のグリフィスに乗るメイスは、その手にした剣を振るい、獣の手綱を切断した。二等の獣は驚き、全速力でその場を走り去った。 「ちっ! 奴等か!」 落ちた男の一人がすぐに立ち上がり体勢を立て直すと、腰の長刀を抜いた。細身で手返しの良い刀である。しかし手にした刀はすぐにその刀身に命中した弾丸により、見事に二つに折られた。 「何だ?」 「あいつだ! ユタだ!」 二人を「馬車」から落下させたグリフィスに跨るユタは、再び上昇を掛けると自身のライフル銃を構え直した。その合間再び急下降するメイスのグリフィスがもう一人の男の両肩を鷲掴みにすると、男の体を持ち上げたまま上昇し、「馬車」から離れた所にある池の上に男を放り投げた。水しぶきが上がり、男のひしゃげた叫び声が響く。 「ふざけた真似を!」 ユタの放った弾丸が「馬車」の側に駆け寄ろうとした男の足元に四、五発命中し、土埃を舞い上がらせた。 「動くな!」 男を正面に見据え、ホバリングしているグリフィスの上からユタが狙いを定めていた。旋回して来たメイスのグリフィスが「馬車」の後ろに着地すると、メイスは肩に提げていた筒を下ろし、手早く布をほどいた。中から出てきたバヨネットで、メイスはその後ろ扉のノブを撃ち抜いた。金属音が響き、扉が音を立てて開いた。 須藤は何が起こっているのか全く分からなかった。 「あんた、早く出な」 須藤の目には均整の取れた体格のメイスが映っていた。メイスはゴーグルを外した。黒く輝く美しい瞳が須藤を見据えている。 「助けに来たよ」 手錠と首枷を付けたまま、痛む背中を庇いつつ須藤は外に出た。 「お前等、こんなことをして逃げられると思うなよ」 甲冑姿の男は両手を上げたまま悪態を付いた。 「さて、逃げられなかったことは今までないんだけどね」 ユタが無表情のまま答えた。無表情といっても、男からはフードで隠れたユタの顔は見えない。 メイスは箱に寄ると須藤の手首を掴み、自身のグリフィスのほうへ引き立てた。その際、メイスの顔が一瞬険しくなった様を須藤は見逃さなかった。 「いったぁ……何だあんた? 手がビリビリきたよ」 そう言い終わるか終わらないかのタイミングで、メイスはバヨネットで箱のウォラリス・テクタイト基盤を起動させたレバーのある箇所に数発撃ち込んだ。火花が散り、箱は浮上効果を失うと音を立てて地上に落ちた。次いで二人が座っていた座席に回りこむと、インカムのある辺りの通信装置にも二発撃ち、装置を破壊した。 メイスはグリフィスの元へ戻ると、鞍に跨り、須藤に声を掛けた。 「両手の自由が利かなくても出来るだろ? 踏ん張って上がりな」 須藤はただ二回ほど頷くと、腕をグリフィスの背に掛け、地面を蹴り上げるようにしてメイスの後ろに乗った。鞍は一人分の大きさでしかないが、グリフィスの背は意外に大人一人が跨いで乗るほどの広さがあった。トルソの後ろでしがみ付いて空を飛んでいたことをふと思い出した。 「あ、貴女達は……」 「何だ? 知らないのか? まあいい、話は後よ」 メイスは須藤のほうを振り返ることなく返事をすると、手綱を振るいグリフィスを浮上させた。須藤は手錠で繋がれた両腕をメイスの頭から通し、その腰に掛けると体勢を落ち着けた。 「何だ。痛いのはあの一瞬か。何だったんだろうね」 列車の中で聞かされた、ブシャンガという毒虫らしい名前を何気に須藤は思い出した。 「じゃあな」 ユタは男に一言言い放つと、メイスと、その後ろにしがみ付いている須藤と共に飛び去った。
似ている。あいつがここにいるということは、まさかあいつも? ユタは複雑な思いに囚われていた。ユタは現世で生きていた頃、事故により下肢麻痺の障害を負ってしまった。障害を負ったその先の人生の不安よりも、いずれは国を代表する「選手」に是が非でもなりたいという希望、夢を断たれたことによる絶望感に苛まれていた。入院中に見舞いに来た仲間とも会わず、ただ悲嘆にくれた毎日を送っていた記憶がユタの脳裏に甦っていた。そこに訪れたもう一つの不幸。当時付き合っていた恋人から突然の別れを告げられたのだ。 「私は貴方を支えるだけの自信がない」 これが理由だった。彼女も相当苦悩したのであろう。彼女はぼろぼろと涙を流しながら、時折声を詰まらせながらそう言った。元気付けようと見え透いた言葉を掛けるよりは、ある意味では彼女は正直に本音を告げたのであった。 どちらかと言えば、当時の生きていた頃のユタのほうが半ば強引に彼女を引っ張っていた節があった。彼女はいつも笑顔でユタの後を追い掛けていた。いつもユタの言うことに対し首を縦に振り、ぴったりとくっ付いて来ていた。だが、そんな態度は結局は彼女自身の心を追い詰める結果になる。好きなことを好きと言い、そして嫌いなことを嫌いと言う。そんなことが彼女には出来なかったのだ。ユタもそのことは薄々と感付いていた。だがその時の付き合いを、その時の関係を壊したくなかった。壊れることを恐れていた。それが故にユタはそのままの関係を望んでいたのだ。そしてそれは続くと思っていた。自分が彼女の気持ちを理解し、支えになってやろうと考えていた。それがエゴであることを分かってはいたが、それを認めたくなかった。いつか関係を更に改善したものにしよう、そう思っていた矢先での別れ話だった。 その夜。病室にて自暴自棄になったユタは、まだ自由の利く腕を用い、ベッド柵にタオルを結わえ、そこに首を掛け自殺を図ったのだ。 次にユタが目覚めたのはこの世界の草原の上だった。麻痺していた両脚は動き、タオルを掛けた首に痛みはない。だが記憶はそのまま残っている。ユタはゆっくりと歩いて行った。さほど距離を行かずに一つの村を見付けた。そこで出会った女性にユタは声を掛けられた。
「あら。あんたも中途転生の口かい? よく来たね」
ユタはその時の記憶をずっと辿っていた。だからこそ、自分はあの男に合わせる顔がないのだ。だがここにあの形で来ている以上、あいつも中途転生を遂げたのだろう。何があったのか分からないが…… 俺と同じことになるなんて。もし自ら命を絶ったとすれば馬鹿げている。俺がどれだけ命を絶ったことを後悔したのか、あいつには解る術もないだろう。だが…… 生きていた頃の記憶をそのまま抱えて、真新しい世界で生きていくことがどれだけ辛いのか、時が経てば慣れても来るだろうが、あいつもしばらくは同じ苦しみを味わうことになるだろう。
「追手だよ!」 メイスの叫び声が聞こえた。ユタははっとして振り向いた。五羽のグリフィスの群れが見える。その背には先程の男達と同じ甲冑を纏った連中が跨っている。空を切る音が後ろから前へと駆け抜けていった。彼等は銘々に構えたバヨネットで発砲を仕掛けて来ている。 「メイス! 先に行け!」 ユタは手綱を引き、グリフィスを急旋回させ、群れのほうへと進行方向を変えた。両脚で鐙を踏み込み、グリフィスの背に這いつくばるような体勢を取ると、ユタは片腕にライフルを構えた。 「あいつはユタだ! 気を付けろ!」 二人を追って来た面々は兜の面甲を下ろしていた。その中に仕込まれた通信装置で互いにユタへの警戒を呼び掛けた。ユタは彼等の間ではその名が知れていた。ユタは名うての射撃の名手なのだ。 「お、おい……ちょっと」 須藤はメイスに呼び掛けた。 「何だい?」 「あの、貴女の相棒が……」 「相棒? ああ、ユタなら心配無用。すぐに連中を叩き落してくれるよ」 「叩き落す?」 「ああ。でもユタは決して相手を殺さない。その持ってる武器を撃ち落すか、せいぜい『痛い目』に遭わせるだけだよ。殺しはしない。だがそれなりの目には遭ってもらう。じゃないと、私達がやられるからね」 「やられるって……」 「何言ってんの? あんた、連中に頭撃ち抜かれたいのかい?」 須藤は言葉を飲んだ。まさかここに来て早々に銃撃戦に巻き込まれるなんて、全く想像もしていなかった。少なくとも、神保町や上野のオフィスでPCの画面を睨み、電話をし、仲間達と言葉を交し合う日常では全く遭遇することなどない、実にとんでもない出来事が今ここで起こっている。時折、同業他社の面々やそれ以外の起業人仲間を相手にセミナーや勉強会での講師も務めていた、息子啓吾と共に過ごし、食事をし、一緒に旅行にも行っていた、あの普段の生活の中では先ずありえない、日常からとんでもなくかけ離れた実情。 「駄目だ……」 「は?」 メイスは須藤が何を言い出したのか理解出来なかった。 「駄目だ! 彼等を傷付けないで撒くことは出来ないのか?」 「あんた何言ってんの? むざむざやられたいのかい? 頭に風穴開けられたいの? ユタはあんたを守るために向かって行ったんだよ!」 「…………!」 須藤は唇を噛みしめた。 何てことだ。
ラムジャプールの市街地が見えなくなり、見渡す限りの草原が足元に広がっていた。その先に岩山が続く光景が見える。 その頃にはユタのグリフィスも戻って来ていた。 須藤は並行して飛ぶユタをじっと見つめていた。 「あの岩山を越えたところに私達の村がある。そこで下りるよ」 メイスが声を掛けてきた。須藤は返事をせず黙っていた。 「何だい。助けてもらったってのに、礼一つもないのかい?」 「……ありがとう」 「まぁ、分からないでもないけどね。あんな経験、『向こう』で生きていた頃にはしたことなんてないんだろう? 私もそうだったから」 「向こうって……」 「あんた、中途転生者だろ? 要は、生きていた頃の記憶を残したまんまで死んじまって、この世界に転生した口だろってこと」 やっと「中途転生者」の意味が分かった。そういうことだったのか。だが何故それだといってあんな目に遭わせられるのか。須藤には疑問がいっぱいであった。 だが須藤は「中途転生者」ではない。 「自分は死んじゃいない」 須藤の言葉を聞き、メイスは「はっ」と一回笑った。 「みんなそう言うんだよ。最初はね。信じられないもんさ。でも、今あんたの見ているこれは現実だよ」 そんなものなのか。そうかもしれない。だが自分は生きている。 「あんた、名前は? 私はメイス」 「須藤」 「スドウ?」 「須藤一樹」 「スドウカズキ? 日本人かい?」 まさか「日本人か」と訊かれるなど思っていなかった。 「私は『あっち』で生きていた頃はフランスにいた。ディジョンって町知ってるかい? そこで何やかんやとやっていたよ。いい街だった。今でも忘れちゃいない」 須藤はメイスのその言葉に唖然としていた。 「で、あっちのユタ。あれも元日本人さ。あんたと一緒だね」 「え?」 メイスが手綱を持ち直した。 「お喋りはお終いだ。下りるよ。黙んないと舌噛むよ。早々に『また』くたばるのはご免だろ?」 そう言うとメイスはグリフィスを急降下させた。激しい気流が再び須藤の体の両脇を駆け抜ける。その中で自分が腕を掛けているメイスの体の温もりが、須藤の顔や胸に柔らかく伝わってくる。 その降下中、須藤は懸命に記憶を辿っていた。あのユタという者の声。何処かで聞いたことがあるような気がする。聞き覚えのある声なのだ。誰だったか…… 眼下に村が広がっている。
二羽のグリフィスは急降下の後、緩やかに体勢を直し、草むらに着地した。須藤は両腕をメイスの体から放し、地に足をつけた。足元がふらふらする。 「ほら、しっかりしな。手を出して」 メイスはそう言い、須藤の手首を掴んでまっすぐ前に伸ばさせた。そしてポケットから針金のようなものを出すと、手錠の錠穴に突っ込み、器用に手錠を外した。次いで首枷も外した。 「済まない」 そう言うと、須藤は自由の利くようになった手で首をさすった。 「おい」 ユタが須藤の傍へ歩み寄って来た。 「お前……須藤か? 一樹なのか?」 須藤はその声を聞き、はっとした。 「え? まさか…」 ユタはフードを取り、顔を須藤に見せた。 「澤渡(さわたり)! お前、澤渡か?」 そこには成長し、須藤と同い年の姿になってはいたが、面影は当時のままで残っている高校時代の体操部の同期だった男がいた。 澤渡祐(さわたりゆたか)。大宮で同窓会と兼ねて追悼会をやっていた、その対象となっていた人物が立っていた。澤渡は唖然とした表情を須藤に向けていた。
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