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作品名:リフレクト・ワールド(The Reflected World) 作者:芽薗 宏

第20回   第十八章 アイーダ
 体が未知の力で翻弄されている。猛烈な勢いで振り回されている。息が出来ない。頭の中がぐらぐらして、吐き気さえ催してくる。目の前は真っ暗で、しかしこんな状況であるのに物音が聞こえない。いや、全く聞こえないわけではない。ただこれは物音とは異なるものだ。笑い声。何とも嫌味な、それでいて腹の底から可笑しくてたまらないという快楽絶頂の笑い。それが遠くからすぐ傍まで寄ってくると通り過ぎ、そして再び舞い戻ってきては、先程やってきた方向へと飛び去っていく。聞くに堪えない、不快極まりない笑い声。
 啓吾の気が遠のいていく。

 笑っていた。げらげらと。「寂寥」は可笑しくて可笑しくてどうにもならなかった。この自分の力を払い除けていた生意気な子供。たかが生ける子供一人のくせに、この自分の意思を退けていたなど、全く以ってとんでもないことなのだ。身分不相応とはまさにこのことだ。ざまあみろだ。たとえこの身が消滅させられようとも構わない。何人の子供の潜在意識を、その心を奪い去った自分が太刀打ち出来なかった者が一人たりともいてはならないのだ。そんなことは許されない。自分が許さない。
 だが、その荒みきった「寂寥」の意識に妙な感覚が宿り始めていた。それは「寂寥」自身にも薄々感じていた。何なのだ、この感覚は何なのだろうか。感じたことのない感覚、いや、感じたことがないのではない、遠く忘れ去っていた感覚のようにも思える。温かい。何なのだろうか。心の底に太陽の光を浴びているかのような、実に心地良い感覚。気持ちがいい。しかし、この心地良さは危険だ。自分の存在意義を、存在理由を根底から崩しかねない感覚。人を陥れ、その「寂しさ」で占められた心を奪い、その悲しさ、やるせなさ、そうしたネガティブな力を、その主である「大神タナトス」の目覚めの糧とするために運び続ける。それが「寂寥」の役目である。その「寂寥」に「優しい温かさ」など不必要なのだ。あってはならない。そんなものがあっては、自分は……
 ああ、そうなのだ。「寂寥」は気付いた。この温かさは遥か昔、自分がまだ「人間」であった頃に感じていたものだ。我が身を愛してくれる者が与えてくれた温かさであり、心地良さだ。ほんの一時でしかなかったが、それでも自分もそんな相手に与えていたであろう、優しさなのだ。
 だが、この温かさが人を傷付け、人を悲しませ、人を追い込むのだ。ほんの短い合い間だけの幸福感は幻影にしか過ぎない。そのようなものに縋り付くから、人は傷付く。人は悲しむ。人は嘆き悲しみ号泣し、それは相手への怒りや恨みさえをも生み出す。そんなものがあるから、人は長い時を傷付け合って来たのだ。

 人よ。それが何故分からないのだ。

 そう思い続けてきたからこそ、今自分は存在出来るのだ。それが消滅させられれば自分は消える。その子供の「光」に当たれば自分も消滅するであろうと分かってはいたが、この子供を自身の存在する世界へ送り込むことは、それを理解しての敢行であったのだが、まさか自分が消滅する本当の理由がそんなことだったとは。過去に感じていた人の温かさ、人の信ずる心、それが自分の存在力とで相殺されての消滅だったとは。
 この子供は人を信じている。この子供は父親を信じている。亡き母の姿を見せ付け、心を動揺させ、二人の間の絆に揺さぶりを掛け、そして切り裂いてやろうと思ったのだが、それは無理だった。それだけではない。父親もこの子供に深き愛情と、信頼と、信用と、熱い想いを注いでいる。二人の間で流れている力を断ち切ることなど不可能だったのだ。
 黒き異物、いや意識体であり思念体である「寂寥」は啓吾と同様、遠のいていく意識の中でそう思っていた。
 スドウケイゴはどんなことがあっても、たとえ一時的に怒りの感情に囚われても、それでも父であるスドウカズキのことを信じている。二人は強い絆でしっかりと結ばれている。自分の力など叶わない。

 人よ。その信頼が、その絆が、却って自分達を追い詰め傷付け合うことになるということが、それが何故分からないのだ。
 しかし温かい。心地良い。ほっとさせられる。幸福感が満ちてくる。
 嗚呼、人とは何なのだ。
 これが人なのか。
 これが真の親子の絆なのか。
 
 我が主よ、何卒この呪縛を断ち切ってください。かつては人であった自分も感じていた愛情を、信頼を、人の感じる全てのものを、何卒「浄化」してください。お互いを傷付け合う、そんな人の心の連鎖をお救いください……我が主よ……我が尊き神よ……

 そして「寂寥」は消えた。形こそ違えど、最後には人への救いを願いながら、そのアンチテーゼと成り果てた自身の存在は消滅した。

 光が差してくる。真っ暗な世界に一条の光が差し込み、流れ続ける啓吾を導くように、光はまっすぐに差し込んでくる。啓吾は意識を失ったまま、その光の方向へと流れていった。光は丸みを帯び、大きな球体となり、その明るさで啓吾の体を包み込んだ。
 突如、周囲が真っ白な霧だけの世界に飛び出した。啓吾は猛烈な勢いでその霧の中を飛ばされている。やがて霧は薄くなり、その下に広がる世界をあらわにし始めてきた。
 啓吾は空中にいた。足元の遥か下には灰白色の山脈があり、若緑色の空と白い雲が頭上に広がっている。その中をスカイダイビングをしているかの如く、その小さな体を落下させていた。啓吾はぴくりとも動かず、目を閉じたまま、激しい気流に翻弄されながら、山脈から緑色の草原へと斜めに体を滑降させている。
 その時、一羽の大きな鳥が現れた。全身を真っ黒な羽毛で包み、厳しいまでに締まった両の目を啓吾一点に向け、翼をたたみ込み、高速で降下しながら啓吾めがけて突進していた。その速度は啓吾の体の降下速度を上回っている。漆黒のグリフィスは、啓吾の小さな体に嘴の先が届くところにまで辿り着いた。グリフィスは嘴で啓吾のTシャツをくわえ込むと、そのたたんでいた両羽を一気に広げて羽ばたかせた。迫り来る地上と平行に飛行角度を変え、くわえた体を地上に接触させまいと頭を持ち上げ、力強く羽ばたきながら、再び地上から離れていった。
 漆黒のグリフィスは自分のマスターの住む家へと向かっていった。

   ※ ※ ※ ※ ※

 屋外での披露宴パーティーはたけなわだった。他愛ない会話を楽しみ、美味い料理とワインで気分はいい。本当はそのようにいきたいところであったが、料理と酒はともかく、会話では不安の種となっている出来事がどうしても話題に上ってくる。白簾山脈の傍に出来た巨大な裂け目はその深さが知れず、調査に訪れた女王直属の空間近衛騎士団の船が遭難し、または撤退した話は既に一般の住民達の間にも広がっていた。
「もう、今日は幸せの門出を祝う日よ。そんな話は止めましょう。ねえ、そのワインをこちらにも回して戴けるかしら?」
 アイーダは笑顔で、はす向かいの席に座る友人に声を掛けた。熟成され、香りと濃(こく)、落ち着きを払う渋みを伴うワインも美味い。だからと言って、果実のフルーティーさを失っていない、口に広がる穏やかな甘味を持つ若めのワインも捨て難い。このワインは新婦の選んだものらしい。若く、甘い芳香を持ち、そして生命力を感じさせる。円熟さこそ欠けてはいるが、これから新たな家庭を伴侶と共に築き始める出発点にはふさわしい品だ。
 円熟さ。そう、このワインのような若々しさを自分の肉体は既に持ってはいない。テーブルの先で満面の笑顔を浮かべている新婦のような瑞々しさは、自分の手の中にはもうない。だが、それでも自分を惨めに思ったことなど一度もない。生を受け、愛する者と出会い、家庭と愛する子供を持ち、精一杯生きてきた。子供は巣立ち、そして二人でゆっくりとした時間を再び過ごすようになって間もなく、夫は旅立った。今は一人で想い出の詰まった家にて暮らしている。様々な記憶が今でも生き生きと甦ってくる。それだけじゃない。老年にはなったが、そんな今でも毎日の暮らしでささやかな幸せを噛みしめ、友人と共にひと時を過ごし、新たな記憶を積み重ねている。
 アイーダはそうやって今を生きている。
「まあね、確かにこの日にそんな話は不釣合いね」
 隣の席に座る婦人が笑って言った。
「女王様がきっと何か考えられておられるに違いないわ」
「そうね」
 この世界にこれまでに起きたことのない事態についての話はこうして立ち消え、その後の披露宴参加客の目の前で行われた新婦と新郎のキスに、皆は喝采を送った。

 乗り合い車に揺られながら、アイーダは自宅に戻ってきた。二階建ての一軒家。オレンジ色の屋根をした古い家は木製の低い柵に囲まれ、その内側にはハーブが植えられていて、小さな紫色の花を咲かせていた。かつてはアイーダの家族が暮らし、今は一人で暮らすその家の前で、一羽のグリフィスが羽をたたみ、アイーダがこちらに来るのをおとなしく待っていた。
「あら、珍しいわね。お前が私を待っているなんて」
 アイーダはグリフィスの傍に寄り、その首元を力強く撫でた。グリフィスは頭を垂れ、それをアイーダにそっとすり寄せた。喉元をクルクルと音を立てて鳴らすと再び頭を上げ、自分のマスターであるアイーダの目を見詰めた。
 アイーダは気付いた。グリフィスの後ろで一人の少年が立っているではないか。この辺では見かけない子供だ。茫然とした表情を浮かべている。自分と違って、髪も瞳も黒い。何歳ぐらいなのだろうか。十歳? いや、もっと幼いか……何処から来たのだろう。
「シャリーズ。この子、お前が連れてきたの?」
 シャリーズと呼ばれた黒色のグリフィスはじっとアイーダを見詰めたままだ。
 アイーダは立ったままの少年に声を掛けた。
「見慣れない子ね。何処から来たの?」
 すると少年は目を閉じながら、その場に崩れ落ちた。アイーダはその場へ走り寄り、少年の肩に手を触れた。だがアイーダはすぐにその手を引いた。触れた時に感じたのは、日常生活において先ず感じることのない感覚だった。胸がどきりと鳴った。まるで手に電気が走ったようだった。アイーダはもう一度少年の体に触れた。手が痺れてくる感覚があったが、徐々に消えてきた。冷たい。少年の体は冷水を頭から浴びたかのように冷え切っている。
「まずいわね」
 急いでこの子供の体を温めなくては。アイーダは少年を抱き起こそうとした。どういうわけだか、その少年がやたらに重い。まるで成人のように思える。見たところ太っているわけでもない、寧ろ細身の体だ。なのに、この重量感は何なのだろうか。
 アイーダの頭の中にある考えがよぎった。先程の手が痺れた感覚といい、この重さといい、まさか……
「シャリーズ。お前、とんでもないお土産を持ち込んできてくれたね」
 グリフィスはその嘴で少年の着ているTシャツをくわえた。下の嘴を少年の体を傷付けない様にそっと優しく差し込むと、ゆっくりと少年をくわえ上げた。そして静かにアイーダの家の前へ歩いていく。
「まさか母性でもくすぐられたの? そうか。お前もお母さんだもんね」
 アイーダはその雌のグリフィスの後に付いて行き、家の扉を開けた。

 夢を見ていた。啓吾は誰もいない体育館の中に一人立っていた。インストラクターの若者も、体操教室に参加している他の仲間達もいない。誰一人として姿が見えない。目の前にはさっき飛び越そうとしていた飛び箱がある。
「けいちゃん」
 母の声だ。周りを見回しても母の姿はない。誰もいないのだ。
「けいちゃん」
 再び声が聞こえた。今度は父の声だ。しかし父も何処にもいない。
「パパ……ママ……みんな何処?」
 啓吾はそう呟くと、次に大きな声で「何処?」と叫んだ。
 その時、体育館の明かりが一斉に消えた。何も見えない。何も聞こえない。啓吾は何度となく周りを見回した。不安が心の中に広がっていく。すると足元の床に突如大きな裂け目が走り、啓吾の体はその中に吸い込まれるように落ちていった。わあと啓吾は叫んだ。
 落下していく感覚。周囲の空気の流れる音が暴力的に轟き、啓吾の小さな耳を襲う。胃が持ち上げられるような違和感が襲ってくる。だが自分の体の流れていく感覚が変わってきた。下へ落ちていく感覚は横へとスライドしていく。何時の間にか啓吾の体は横方向へ飛ばされていた。
「啓吾ーーっ!」
 轟音の中、自分を呼ぶ声がする。父だ。
「パパーーっ!」
 啓吾は父を呼んだ。すると父の姿が見えた。暗闇の中、何故か明かりに照らされているかのように父がはっきりと見える。父は猛然と走ってくる。走りながら手を伸ばし、必死の形相で息子の名を呼んでいる。
「啓吾ーーーーっ!」
 啓吾は父の手を握ろうと力いっぱい手を伸ばし返した。二人の指先がもう少しで触れそうになった。
 笑い声が突然周囲に響いた。何とも聞き苦しい、耳障りで不快な気分にさせられる醜悪な笑い声。啓吾の体と父との間が再び広がり始めた。走ってくる父の姿がどんどん遠のいていく。父の声も小さくなっていき、代わりに空気の流れる際の轟音と笑い声が高くなっていく。
「パパーーっ! パパーーーーっ!」
 啓吾の父を呼ぶ声は泣き声に変わっていた。何度呼んでも父の声はもう聞こえてこない。
 獣の咆哮のような音が聞こえ出し、それが一気に拡大してきた。啓吾は耳を押さえた。咆哮はそれでも止まず、啓吾の鼓膜を引き千切らんとばかりに響いてくる。
「あーーーーーーっ!」
 啓吾は声の限りに叫んだ。

 啓吾が目覚めると、木製の天井が目に飛び込んできた。温かいベッドの中に啓吾はその体を横たえていた。見慣れない木製の棚があり、そこに三段式の小さな籠が上から下げられている。花の香りが部屋中に漂っている。嫌らしさのない、心が落ち着く芳香だ。啓吾のいるベッドの頭にある壁には一つの窓と、白いレースのカーテンが見えた。窓は若緑色の柔らかい光で満たされ、啓吾がこれまで見慣れていた青空とは全く違う雰囲気を醸し出している。ベッドは適度に柔らかく心地良い。足元に視線をやると、上に丸みを帯びた木製の扉がある。啓吾の住むマンションの居室にあったリビングルームとほぼ同じ広さだろうか。ただ、電化製品のようなものは一切見当たらない。テレビもなければステレオやPCのようなものは何もない。代わりに、小さな卓上テーブルが傍にあり、その上には見慣れない花が入れられた小さな花瓶が一つあるだけだ。床はフローリングと呼ぶよりも、板と板との合い間が詰まっていたり隙間があったりと、些か乱暴な感じの板の間になっていて、そこに大きな正方形のカーペットが敷かれている。赤と白と黒の三色で、蔓草のような模様が細かく編み込まれた品だ。殺風景といえば殺風景かもしれないが、とにかく部屋の中はシンプルにまとめられていた。
 啓吾はゆっくりと両足を床に下ろすと、恐る恐る立ち上がった。体の節々が少し痛む。頭も多少ふらつきを感じる。だが歩けなくはない。体育教室での競技発表会の前に練習を精一杯やり込み、筋肉痛を起こしていた時ほどではない。頭のふらつきも大したことはない。着ていた服は体育教室で身に着けていた時のTシャツとショートパンツのままで変化はなかった。啓吾はゆっくりと歩くと、木製の扉をゆっくりと開けた。 
 扉の向こう側は広めの部屋があった。部屋がどうこうと言うよりも先ず、目の前にいる巨大な「鷲」に啓吾は驚き声を上げた。啓吾にはまだ知る由もないのだが、空間近衛騎士団が用いているグリフィスよりは一回り強ほど小柄で、家の中に悠々と入ることが出来たのだ。だが部屋が手狭になることには間違いなく、「シャリーズ」は申し訳なさそうに壁のほうに身を寄せていた。啓吾の声でシャリーズは顔を啓吾に向けると、その首を少しばかり斜めに傾け、啓吾をじっと見つめ、それから大きな欠伸をした。
「それだけ声が出せるのなら、もう大丈夫ね」
 アイーダは啓吾に視線を向けると、皿に温かいスープを入れ、テーブルに運んだ。籠に入れられたパンもある。
「こっちにいらっしゃい、坊や。あったまるわよ。お食べなさい」
 啓吾はアイーダをきょとんとした目で見つめていた。見たところ外国人のようだった。きりっとした目つきと低めの声をしていて怖そうに見えないこともないが、言葉や口調は優しいものだった。その女性は老いていたが、背筋の伸びた姿勢はしゃんとした雰囲気を醸し出しており、些か茶色がかったブロンドの長髪は肩の下まで伸びている。緑色のローブに身を包み、アクセサリーがちらほらと見える。これまで見てきた「お婆ちゃん」のイメージとは、アイーダはかけ離れたものを持っていた。
「怖がることないわ。別に取って食べようってわけじゃないから」
 アイーダは笑って言った。
 啓吾は頷いて席につくと、出されたスープにスプーンを入れた。
「いただきます」
 小声でそう言う啓吾の口元をアイーダはじっと見つめ、眉を動かした。
「私はアイーダ。坊や、お名前は?」
 アイーダの優しい声を聞き、緊張感が少し和らいだ啓吾は、
「啓吾。須藤啓吾」
と名乗った。アイーダ。やっぱりガイジンさんだ、啓吾は思った。
「ケイゴ。スドウケイゴ。じゃあ、ケイゴって呼ぶわね」
 アイーダは笑顔で語り掛けた。
 啓吾はアイーダの話す言葉を聞きながら、その顔を食い入るように見つめていた。そのおかげか、妙なことに気が付いた。アイーダの話す言葉は確かに「日本語」だ。だが、言葉と口の動きが一致しないのだ。啓吾がもう少し成長していたのなら、それがまるで日本語で吹き替えをされた外国映画を見ているのと同じ感覚を得たであろう。 
 目の前のスープをスプーンですくい、恐る恐る口に運ぶ。
 その美味かったこと! 
 体が温まり、力が甦ってくる。啓吾は黙々とスープを口に運び、パンをかじった。味付けこそ多少違えど、それは父が作ってくれる食事と同じような温かさがあった。
「美味しい?」
 アイーダが訊くと、啓吾は黙って大きく一つ頷いた。
「良かったわ」
 アイーダはまた啓吾に笑い掛けた。そして椅子の背に自らの背を付け、軽く背を伸ばすと一つ大きく息を吐いた。
「ケイゴが……ううん、何処から来たのかは訊かないわ。でも、何故こんなところに来ちゃったんだろうね」
 アイーダには分かっていた。いや、分かっていたというよりは感じていたと表現したほうが正確であろう。しかし女性の勘がそのことに確信を与えていた。啓吾に触れた時にその考えが頭の中を走り抜けた。

 この少年はこの世界の子供ではない。


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