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作品名:ライオンバス 作者:小池紗智子

第8回   8

 僕達は一人ひと箱ずつ、鳥たちにあげる餌を買ってもらった。これから行くエリアではダチョウやエミューに餌をあげる事ができるらしい。この箱を持っていると、ダチョウ達は中の餌を食べるために、クルマの中まで首を伸ばして来るんだって運転手さんが言っていた。
それって僕の手のすぐのところまでダチョウの顔が来るって事だ。僕達は待ちきれなくて箱をシャカシャカ振ってみたり匂いを嗅いだりして鳥達の登場を待った。
そうしている間にも、あの男の子は度々僕達のすぐ近くまでやって来た。餌の箱を持って、きっとダチョウを探しているんだ。
「ねえ、あの子また立ってるよ。」僕はパパだけに聞こえるように小さな声で言った。
「そうだね。でも真似しちゃダメだよ。いけない事は、真似しちゃいけないよ。」パパも僕だけに聞こえるように言った。
「あの人も立ってるから、いいと思ってるんじゃない?」僕は赤ちゃんを抱いた人を、目だけで見ながらパパに言った。
「あれは赤ちゃんが眠くなっちゃったから仕方ないんだよ。」
「赤ちゃんが眠くなると立って抱っこしないといけないの?」僕はびっくりして普通の声でパパに聞いてしまった。そんな事聞いたのは初めてだ。座って抱っこするのと何が違うんだろう。
「そうだよねえ。不思議なんだけど、赤ちゃんってそうなんだよなあ。」パパはすごく優しく笑いながらママの方を振り返った。ママも赤ちゃんを見ながら笑っていた。
「懐かしいね。お兄ちゃんも抱っこしないと眠ってくれなかったんだから。ベッドに寝かすとパチッと眼が開くの。不思議だったわ。背中にスイッチが付いてるんじゃないかと思って探したんだから。」ママの話はいつもどこまで本当か分からない。僕達が話しているのを聞いて、葵と美月も赤ちゃんの方を見た。
「赤ちゃん、眠いの?」葵が必要以上に大きな声でママに聞く。
赤ちゃんのママはバランスを取りながらこっちを見て「お騒がせしてスミマセン。」と小さな声で言って少し頭を下げた。赤ちゃんの頭は前を向いたまま動かないから、もう眠っちゃったのかも知れない。
「いいえ、こちらこそお騒がせしちゃってすみません。」ママが答えてパパもぺこっと頭を下げた。
「ほら、赤ちゃん寝たからね。あんまり大きい声で騒がないでね。」ママは葵達に言って、最後に僕の頭をツンツン突きながら「ね!」と念を押した。
「あの、大丈夫です。眠っちゃえばしばらく起きませんから。」赤ちゃんのママは赤ちゃんの顔をちらっと見て、少しよろけながら笑った。赤ちゃんのパパもこっちに笑顔を向け右手はがっしり赤ちゃんのママを押さえている。
後ろの男の子は、赤ちゃんのママが立っているからか僕の前までは来なかった。でも邪魔だなって言うように何度もドカドカと近くに来て、窓を開けたり閉めたりしていた。
僕は何故か赤ちゃんのママの味方になっていて、この男の子の行動は余計に腹が立った。もう、パパでもママでもいいから一言ガツンと言ってくれればいいのに。
「あ、いたよ。」葵の声が聞こえた。同時にもっと大きな男の子の声が車内に響いた。
「パパ!やるよ!餌やるから写真撮って!」赤ちゃんが寝たっていうのにおかまい無しだ。僕は目の前の窓を占領された事より大声を出された事に腹が立った。
赤ちゃんのパパが真ん中の席に移って、ママは右はじの座席の前に立った。なんだか狭くて辛そうだった。
男の子が窓を全開にして箱を差し出すと、ダチョウはその箱を目指して集団でやって来た。ダチョウが一斉に向かってくるのは、なんだか宇宙人が攻めて来たみたいに迫力があった。男の子は思わず手を引っこめた。更に窓から首を突っ込んだダチョウに、男の子は「うわっ!」と声をあげて後ずさりをした。ダチョウはぐりぐりとした目で車内を見て細いくちばしを開けて聞いたことも無いような声をあげた。
男の子が後ろに行ったお陰で僕の前の窓は邪魔するものが無くなった。ダチョウは僕を見ている。「餌、持ってるんでしょ。」と言うように僕を見ている。
僕は慌てて箱を開けた。座ったまま手を伸ばして箱の中身をダチョウに向けてやると、ダチョウは更に首を伸ばして来た。
座ったままだから、ダチョウには少し遠いんだ。そう思ってお尻を浮かした時、僕の持つ箱の上にあの男の子が自分の箱を差し出した。ダチョウはその箱に向かってくちばしを突っ込んだ。
「うわー!すげー!パパ、パパ、撮って!」そう言うと後ろの席に顔を向けた。さっきは怖がってたくせに。僕はこの男の子と張り合う気持が、悔しいけど無かったからパパの方を向いた。新しい鳥が出てきたらパパと場所を代わってもらえばいいや。
後ろから葵と美月の歓声なのか悲鳴なのか分からない声が聞こえて来た。そちらを見ると、二人で一つの箱を持って餌をあげていた。ママがいろんな角度から写真を撮ろうと上半身をひねっている。
「ねえ、場所代わろうよ。」赤ちゃんのママの声が聞こえた。えっ?僕の事?と思って顔をあげたら、抱っこした手で、おいで、と手招きをしてくれた。
「この子眠っちゃったから。窓際で見たいでしょう。お父さんとは離れちゃうけど大丈夫よね?」僕は嬉しかったけど、席を移ってもいいのか迷ってパパの背中を突いた。僕達のやり取りに気付いたパパが「すみません、ありがとうございます。」と頭を下げ、僕の背中をそっと押してくれた。赤ちゃんのパパが荷物をどけてくれて、一番窓際の席に座った。窓が全開になる、あの席だ。
餌の箱を窓の外へ差し出すと、すぐに2羽のダチョウがやって来た。そして僕が持った箱にくちばしを突っ込んでガツッガツッと餌を食べ始めた。
すごい!すごい!僕の手から餌を食べているんだ。テレビで見た、あのダチョウが僕の手から餌を食べてる。間違って僕の手に噛みつかないでよね。お願いだよ。
よっぽどお腹が空いていたのか、勢いよく箱にくちばしを突っ込むから、その度にボロボロと箱から餌が落ちた。食べているのか箱を壊そうとしているのか分からないくらいだ。僕が手を引くと、餌を追ってバスの中まで首を伸ばす。そして競うように餌の箱を突いた。
「すごい勢いだね。怖くないの?」赤ちゃんのパパが驚いたように僕に言った。
「全然怖くないよ!」僕は余裕だった。それよりもこんなに近くに来てくれる事が嬉しかった。ガツッガツッとくちばしで突いて、顔をあげる。ガリガリッと餌を噛む音がした。
後ろの席にいるシュンも、喜んで席の上でとび跳ねた。それを見たダチョウが餌をガリガリ噛みながらシュンの方へ顔を向ける。驚いたシュンは、パパの首に抱きついたけど、すぐにまたダチョウの方を向いた。
ダチョウは見ている人間の事なんて気にしない様子で僕の持った箱にくちばしを突っ込む。ガツッガツッという衝撃が手に伝わる。しっかり持っていないと叩き落とされちゃいそうだ。すごい。人間のこんなに近くまで来て、人間の持った箱から餌を食べるなんて。
「シュン、ほら持ってごらん。ダチョウが食べるよ。シュンの手から食べるんだよ。」大きな声でシュンに呼び掛ける。
「やだ、怖い。」シュンはまたパパに抱きついた。
「じゃあ僕がここでやるからね。そこからよく見てて。ダチョウだよ。テレビで見るダチョウがシュンのこんな近くまで来てるんだよ。」僕は既に残り少なくなった餌の箱を、まだ新しいシュンの餌と交換した。更に一羽のダチョウが近づいて来て窓から首を伸ばした。
「すごいなあ。」パパが言ったのか、赤ちゃんのパパが言ったのかもう良く分からないほど、僕は興奮した。
「ほら、シュン。餌食べてるよ!」僕は何度もシュンに向かって呼びかけた。ダチョウが近くまで来て餌を食べてくれた事、シュンが席の上でジャンプするほど喜んでいる事、もうどっちが嬉しいのか分からなかった。


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