4 「ユウ君と同じ。赤ちゃんのシカだよ。お母さんと一緒だね。」私は息子が落ちないようにお腹の辺りを右手で抱き、左手でシカの親子を指さして言った。息子は「ワンワン、ワンワン。」と繰り返す。狭くて固いプラスチックのシートの上で、嬉しそうに足踏みをしている息子を、もう一度自分の方へ引き寄せた。 このサファリは山の中にフェンスを立てているだけのような、良く言えばナチュラルな、悪く言えば簡素な造りだった。人工的な岩山や滝は無い。ライオンの絵が描かれたこのバスが進むのも、舗装されていないでこぼこ道だった。 シカの親子に見送られた後、私たちの目の前に現れたのはリャマだった。 「ねえリャマがいるよ。」私は夫の方へ振り返った。三人掛けのシートの右はじに座り窓を見ていた夫は「え?どこどこ?」と隣のシートまで移動して来た。 「本当だ、リャマだ。マチュピチュで見たね。」夫はそう言うと、息子が産まれた時に買ったデジタル一眼を取り出してレンズカバーを外した。夫はリャマを撮ろうとしている。 夫の位置から撮るのでは暗過ぎてダメだ。外の明るさと差があり過ぎて綺麗に取れない。「私が撮るから貸して。」普段の私ならそう言っていただろう。しかし息子を支える事で精いっぱいの私は、夫の方は見ないようにして息子に話しかけた。 「ほら、ユウ君リャマだよ。リャマも首が長いね。かわいいね。」 息子はリャマに向かって手を伸ばした。ガラスを叩きそうになるので慌ててその手を握った。 リャマは耳をピンと立て、首もまっすぐに伸ばしてこちらを見ている。茶色と白の、モコモコとした毛がぬいぐるみのようだ。 すっかり人間やクルマに慣れているようで、窓を開けて手を伸ばしても逃げる事は無かった。マチュピチュでも観光客に交じって遺跡の中を歩いているリャマがいた。 あの旅行の為に買ったデジタルビデオカメラで、夫がリャマと私を撮った。 「これこれ、この動物なんだっけ?」 「アルカパよ!あれ?リャマだったかなあ?」 そう言って二人で笑った声までしっかり保存されている。 その笑い声が耳の奥で響いた気がした。 夫の方を向いてみると、夫は元の位置へと戻って窓の外をぼんやりと眺めていた。
|
|