3 僕は四メートルもあるという蛇が見たかったのに、ママと妹の葵と、葵の幼稚園の頃からのお友達の美月に反対されて却下になった。パパが僕と二人で行ってくれるかな、って期待したのに、パパは美月の弟のシュンを肩車しているからダメだって。美月もシュンも今日は僕んちが連れて来てるんだから僕の味方をしてくれたっていいのに。 像の前でもパパは葵と美月だけを肩車して、僕の事は放っておくんだから。 ママは、シュン君を抱っこしてるから、とかお兄ちゃんはもう大きいから見えるよねって言う。見える訳ないじゃないか。僕はまだ八歳だよ。背伸びしたってジャンプしたって大人の頭しか見えない。 少し先にキリンの看板が見えたから「次はキリンだよ!」ってみんなに教えて、キリンのいる柵まで全速力で走った。 誰もいない柵の最前列に着いてみると、キリンは奥の小屋の近くで草を食べていた。すごく足が長くて、すごく首が長くて、足が細くて折れちゃいそうなのが心配になった。キリンもすごく大きいけど、小屋だってすごく大きいんだ。細長くて、大きな大きな、屋根の付いた煙突みたいだった。 葵と美月がやっと追い付いて、はあはあ息をしながら「うわーキリンだ!こっちにおいでー!」ってキリンを呼んだ。でもキリンは草を食べるのに夢中でちっとも僕たちに気付いてくれなかった。パパ達が着くまで、ずっと呼んでみたけどダメだった。 キリンをバックにして写真を撮ろうってパパが言って、僕たち四人は並んで写真を撮った。葵と美月は二人で変なポーズを取っていた。あれは一年生の間で流行ってるらしいけどすっごく変だ。 「写真はみーちゃんのママにメールしておくからね。」ってママは言った。 ママと美月ママはすごく仲が良いみたい。葵達が幼稚園の頃は、よく美月ママもシュンを連れて家に遊びに来ていた。 「パパは出張なの。」と美月ママが言うと「じゃあご飯一緒に食べて行きなよ。」とママが言う。そしてみんなでワイワイご飯を食べる事が良くあった。そんな日はパパが帰りにプリンやシュークリームを買って来てくれるんだ。ママと美月ママがお酒を飲んでパパが送って行った事だってあった。 そう言えば、美月ママは最近ちっとも家に来ないけど。美月ママが持って来てくれる手作りパンは、お店で買うより美味しいから僕も大好きなのに。 キリンを見た後は坂道だった。ママはシュンの手をつないでゆっくり歩いて来る。僕も葵も美月も早く次の動物が見たいから走って登った。 最初の檻には今度も僕が一番に着いた。その後美月、葵の順に檻にタッチした。パパはまだまだ坂の途中にいたから先に僕たちだけで檻の中を見ると、赤や青のカラフルな鳥が瞬きをしながら木の枝に停まっていた。くちばしだってすごく大きくて顔より大きいんじゃないかと思うくらいだ。僕たちは初めて見た鮮やかな鳥に少しの間見とれていた。 やっと追い付いたパパが、汗を拭きながら説明書きを読んで、「アマゾンから来た鳥だって。」と僕達に教えてくれた。 「アマゾンにはこんな綺麗な鳥がいっぱいいるの?」美月がパパに聞いた。 「そうだね。アマゾンはすごく大きいから、いろんな動物がいるんだよ。」パパはしゃがんで美月と葵の目線で言った。 「アマゾンってどこにあるの?」美月は更にパパに聞く。 美月のパパはお仕事で外国にも行くって言ってた。それに何でも知ってるって美月は自慢してた。英語も喋れるって。だったらアマゾンの事なんて自分のパパに聞けばいいだろって思ったけど言わないでおいた。 「アメリカの南だよ。南ってわかるかな。日本のね、ちょうど裏側になるんだよ。」パパが美月に答えた。 「日本の裏側ならブラジルじゃん。」確かそうだ。次のワールドカップが決まった時に担任の堀川先生が言ってたもん。 「そう、正解。アマゾンはブラジルにあるんだよ。」パパは僕の頭を撫でてくれた。 そこから遠足でこくぞう山へ行った時のような道だった。道幅は僕達四人で手を広げたら簡単に通せんぼが出来ちゃうほど狭かった。パパとママのペースに合わせてゆっくり歩いて行くとサファリコーナーの入り口に出た。ここでライオンバスに乗ってライオンやキリンの近くまで行くんだ。 ママがチケットを買いに行って僕たちはパパとバスに乗るための列に並んだ。 僕たちの前には赤ちゃんを抱いた人がいた。赤ちゃんが動物見て楽しいのかな、まだ早いんじゃないの、と思っていたら、チケットを買ったママが僕たちの前に入って「あら、かわいい。」と言った。そして「お兄ちゃんもあんなだったのよ。可愛かったんだから。」と僕に言って「いつの間にかこんなに大きくなって。」と僕の帽子にちょんと手を置いた。 じゃあ今は可愛くないって事なの。僕が思っているだけで口に出来ないでいたら「今も可愛いけどね!」って、いきなり背中からギュッとしてほっぺをくっつけて来た。やめてよ、恥ずかしい。前の人だって見てるじゃんか。 「葵はー。」と葵が言ってママに手を伸ばした。 「葵も可愛い。みーちゃんも可愛い!シュン君もみーんな可愛い!」ママはそう言って一人ずつギュッとした。美月もシュンもえへへって笑ってるけど、僕んちのママだぞ。お前たちだってママ、いるじゃないか。 順番にトイレに行ったりしているうちに、1台のライオンバスが返って来て、先に乗っていたお客さんが降りた。 やっと僕たちの番だ。バスはパパのセレナより大きくて幼稚園の時のバスよりもちっちゃい感じだった。 僕たちが乗りこんだらもう二列しか空いていなかった。女組と男組に別れて、僕はパパとシュンと乗った。パパがシュンを抱っこして窓際に座って僕はその隣の通路側。後ろはママ達で、前は赤ちゃん連れだった。 赤ちゃんは窓際の席で、しかも窓が開けられる位置だった。僕のところは窓が開かない。赤ちゃんなら窓が開かなくてもいいじゃないか、と思ったけど、僕の席からは通路側の窓が見えるから、まあいいか。 バスが森の中のガタゴト道をのんびり進んで行くと、大きな金網でできたドアが現れた。係の人が開けてくれてバスはゆっくりと中へ入った。後ろで金網のドアが閉じられると、同じような金網のドアが今度は自動ドアのようにスライドして開いた。 「いよいよだね。最初は何かな。」パパが僕に顔を向けて言った。 運転手さんはクルマを進めながら「まずは草食動物コーナーです。シカや牛の仲間たちがいます。」とマイクで言った。僕は背筋と首をぎゅーんって伸ばして窓の外を見た。 「あ、バンビ!」と美月の声が聞こえた。葵達が指さす方を見るとまだ優しい顔をしたシカがいた。きっと赤ちゃんシカだ。その赤ちゃんシカの傍にはお母さんシカがいてこちらを見ていた。 「ワンワン!」前の赤ちゃんもシカを見て声をあげた。でも犬じゃないし。 赤ちゃんのママが、赤ちゃんの耳元で何かを喋って優しく笑っていた。
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