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作品名:イブの薔薇 作者:ピロ

第1回   1
携帯電話のアドレス帳から由美子の電話番号を呼び出す。
数日前から繰り返している行為だ。

自分の部屋で、喫茶店で、駅のホームで、何度となく繰り返した。そして今夜、古びた雑居ビルの入り口で、手袋を外し、上着のポケットから携帯を取り出して、もう一度その行為を繰り返した。
しかし、電話番号を表示させてから先、どうしても「発信」ボタンが押せない。きっとロックでも掛かってるのだろう・・・。

俺は女にモテる。
同時に二人、三人と付き合うのは日常茶飯事だ。ちなみに今つきあっているのは里香と愛美の二人。苦労は身体的なものだけじゃない。当然それぞれにバレないように細心の注意を払わないといけない。まあ、モテない奴から見ればうらやましい苦労だろうけどな・・。

今夜は仕事を早めに切り上げ、このバーに向かった。雑居ビルの階段を降りると、左手に木製の重厚な扉が現れる。
「いらっしゃいませ。」
さすがに今夜は繁盛してる。いつもガラガラなくせに。
カウンターに座る。
タンカレイを飲んでいると、マスターが声をかけてきた。
「待ち合わせですか?」
「いや。」
マスターのおや?っという表情。それもそうだろう、女を連れてないときなんて今までなかったからな。
ここには5年ほど前から飲みに来るようになった。素朴な内装、やわらかい照明、落ち着いたBGM、そしてカウンター越しに見える背景、俺の知らない酒がずらりと並んだその景色が気に入っている。
マスターは寡黙な中年だが、たまにする会話はいつも気が利いている。俺は毎回のように違う女を連れてくるのだが、それぞれの女の前回の話題を覚えているのはさすがだ。

「どうしたんですか?こんな日に独りなんて。」
よほど変に思ったのだろう。このマスターにしてはめずらしく、失礼な質問をしてきた。クリスマス・イブに独りで飲んでいる男に、どうしたもこうしたもない。余計なお世話だ。

素朴さが売りのこの店にも、カウンターの隅に小さなツリーがあった。
クリスマスか。確かに世の中のバカップルにしてみれば、大イベントだろう。
おれはジンを飲みほし、追加をオーダーした。
世の中バカな男が多いもんだ。
そう、俺が「つきあってる」二人の女も今ごろそんなバカな男と一緒にいることだろう・・。
若い女のバーテンが氷を丸く削るアイスピックの動きを見つめ、考えたくもないことを俺はつい考えた。

「器用貧乏」って言葉がある。
いろんなことが器用にできるわりに、特別に他人より秀でたものがない。普段まわりから重宝されるが、仮にいなくなったとしても、なんてことはない。
あの女たちにとって、つまりは俺もそういう存在だったってことだ。里香にも愛美にも、「別れても忘れられない男」がいる。そう、「かけがえのない存在」ってやつ。もちろん、そういう奴がいるってことは知っていた。俺と付き合っているうちに忘れるものだと思っていたが・・。

里香には、仙台に転勤後、音信不通だった男が。愛美には、新しい女のもとへ去っていったはずの男が。何故か今夜はそれぞれのサンタクロースに・・。

俺は女にモテるんだろ?そう、俺は女にモテるんだ。でも・・・。
いろんな女の『つきあっている男』になれても、『かけがえのない存在』にはなれない、ということらしい。
だから今夜も、そしてきっと来年の今日も、独りで酒を飲んでいるのだろう。
「もう一杯。おなじもの。」
緑色をした寸胴のボトルが目の前に置かれる。
タンカレイ。イギリスのジンだ。
もともと俺はこの薬のようなジンの香りが好きではなかった。だがこの店の氷のように冷えたジンを飲んで以来、今では病みつきになっている。

「さっきの疑問、知りたい?どうして今日は女がいないのか。」
三杯のジンで酔ったのか、もともと誰かに聞いて欲しかったのか。俺は恥ずかしげも無く、マスターに話し始めた。
話を聞いている間、彼の表情はずっと変わらなかった。

話し終えて、俺は壁を見ていた。岩肌のようなデザインだ。長いこと通っているはずなのに、初めて見るような感覚だった。

しばらくの沈黙の後、マスターが遠慮がちに言った。
「先月、一緒に来た女性の時は、他の人の時と違う雰囲気に見えましたけど。」
由美子のことだ。由美子は会社の後輩。かなり年下のくせに、なぜか大人びている。よく気がつく女で、俺の仕事を本当によくサポートしてくれている。
この店には一度だけ連れてきた。
「由美子さんのことは誘わなかったんですか?」
「彼女はそんな対象じゃないよ。」
「ふ〜ん。そうなんですか。」
そうなんだよ。だが由美子と一緒の時は落ち着くし、彼女には何でも話せるのだ。しかし、手を握ったことすらない。
あまりにも身近だから。せっかく今、友人としてのいい関係だから。きっと俺のことを男として見てないから。おれはただの兄貴的な存在だから。

吸殻が山になった灰皿を、女バーテンがやっと交換した。

由美子には少し前までは男がいた。ちょっと前に別れたいとかって話をしていたっけ。「本当に彼を好きなのか自分でわからない。」とも言っていた。
その後、彼女には男がいないように見える。
見える、とは頼りないが、その存在を確認したことはない。いや、俺がその話題を避けているのだろう。認めたくないが、由美子が今夜、男といっしょだったら、里香や愛美の時よりショックかもしれない。

「由美子さんでしたっけ。今頃、独りで退屈してるかもしれませんね。」
今日のマスターは挑発的だ。
確かに由美子も今夜は独りの可能性は高い。実を言うと、数日前から何度も誘おうとしたのだ。だが、もし由美子まで他の男といっしょだったら?
携帯に電話して、『ただいま電話に出ることができません・・・』なんて、あの無感情で冷酷な音声が流れてきたら、俺は耐えられるのか?
それでだろう、数日前から俺の携帯の「発信」ボタンは、押せないようにロックされてしまっているのだ。

四杯目のジンを空けたとき、マスターがバーボンを勧めてきた。
カウンターに置かれたボトルは、フォアローゼズ。ラベルに4つの薔薇が描かれている。
丸く削られた大きな氷が入ったロックグラスにバーボンが注がれた。コースターにグラスを置くと、マスターはこの薔薇の由来を話し始めた。

「このバーボンをつくった男が、ある女性に一目惚れしてプロポーズしたんです。で、その女性は、『もしプロポーズを受けるなら、今度の舞踏会で胸に薔薇のコサージュをつけます』。と言ったそうです。そして運命の舞踏会当日・・・・。」
「彼女の胸に薔薇がついていたってわけ?」
「その通り。見事に4つの薔薇が。それにちなんで、自分がつくったバーボンに”Four Roses”と名付けたんだそうです。」
普段は仏頂面のマスターが自分のことのようにうれしそうな顔をしている。
「そんなベタな話で感動するやつなんているの?」
「ははは。私こういう話、大好きなんですよ。このバーボン、告白への勇気を与えてくれるかもしれませんよ。」
俺はこの単純でロマンチストな中年男を鼻で笑いながらも、グラスを傾け、その場面を想像してみた。

自分が本当に心から好きになった女に、真剣に想いを告白し、それが受け入れられる。
どんな気持ちなのだろう?
俺、今までいろいろ女とつきあってきたけど、そんな経験あったかな?

想像の中。舞踏会。胸に薔薇をつけた女が振り向いた。
それは由美子だった。いたずらっぽい笑顔でピースしたその女は、他の誰でもなく、由美子だった。

気付くと俺は携帯を握り締めて店の外にいた。

携帯を見つめ、少しだけ迷った。ライトアップされた高層ビルを見ながら、女々しいと思いつつも、この期に及んでもう一度、考えた。

今年の冬は例年より寒いらしい。凍える指で由美子の名前をアドレス帳から呼び出す。
ここまでは数日間、何度も繰り返している。
だが、きっと今回は違う結果になるだろう。今の俺の体には、あのバーボンが入っているのだ。

ついに心のロックをぶち壊し、携帯の「発信」ボタンを押した。1コール、2コール・・・。

何度考えても同じだった。今こそ正直になろう。由美子にとって俺が「かけがえのない存在」になれるなら、他の女なんて誰もいらない。
フォアローゼズよ、お前にはマスターの言うような力が本当にあるのか?もしあるのなら、今回だけでいい、俺に力を貸せ!

店に戻ると、BGMがジャズから陽気なクリスマスソングに変わっていた。マスターは黙々とグラスを磨いている。
俺と目が合うと何もいわずに口元だけで微笑んだ。
なんだこの男、盗聴でもしてやがったのか?
『その顔見りゃわかりますよ。』ってか。そんなにニヤけてるか、俺?

『フォアローゼズか』
飲みかけのバーボンは、あたかも俺が戻るのを待っていてくれていたかのようだ。
『こいつには借りができたな』
このグラスを一気に空けたら、タクシーで由美子を迎えに行く。明日は休日だ。彼女と飲みなおす時間は、まだ十分にある。


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