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作品名:K氏の手記 作者:異邦人

第5回   5
 しかし最も大きかったのは、それらの変化に加えて、記憶力の低下と、やはり恐れていた、記憶の欠落が始まったことである。
 それは環境に劇的な変化をもたらした。
 まず最初に、職を失うことになった。長い間に積み重ねたものが、一挙に瓦解(がかい)した。呆気ないものであった。
 それについては、どうにも納得がいかない。奇矯(ききょう)な振る舞いはともかく、記憶力の低下などは、メモで充分補えるものだし、欠落といっても、まだ雨漏り程度のものであったから、それも、備忘録で補える。
 それくらいはまだ、老化現象の範疇であり、現に、老いたエグゼクティブはみんな、メモに頼り、老眼鏡や、入れ歯や、補聴器や、秘書などの力を借りて、衰えた部分を補いつつ、仕事している。
 要は理性的な部分がしっかりしているかどうかであり、そこさえしっかりしておれば、問題ないのではないか。
 さいわい、運動能力や、知的活動には何ら問題は生じていないのである。
 どこが業務に障るというのだ!
 会社には随分尽くして来たという自負もある。憤慨の極み。陰謀めいたものさえ感じて、ガラにもなく、取り乱してしまった。
 けど、尊敬する社長に肩を叩かれては、無念の涙を飲むしかなかったのだろう。悔しい胸の内を、思いの丈(たけ)を、備忘録に縷々(るる)書き述べている。
 敵・味方の区別もつかず、やたら弱みを見せて、つけ入る隙を与えてしまったお人よしの自分が悪い。まんまと敵の思う壷に嵌まって、いわば、返り討ちにあったようなものだ。 
 地元政財界との名刺交換の場で、たった今名刺を交わして挨拶したばかりの相手に、ひと回りして来て、  失礼ですが、前にどこかでお目にかかったことがありましたかな?
などといって、再び名刺を差し出すポカをやってしまったのが、命取りになった。
 その場は、商工会議所・青年部長の上妻(こうずま)氏がとりなしてくれたので、ーー歳は取りたくないものですなあ、ーーまだ、お若いのに、おほほ! の、冗談ですんだけど。
 そんな笑い話は、玉突きのように広まるものだ。まわり回って、連中の耳にも入って、痩せ犬の一件もあり、何しろうまくプロパガンダに利用された。彼奴(きゃつ)らに、これ以上ないネタを提供してしまった。
 取締役・顧問一派の悪弊を討つべく送り込まれた刺客が〈K氏は社長の胸中をそう斟酌(しんしゃく)していた、社長人事だったからだ〉、ザマはない、逆に、わずか一年余りで、支店ぐるみの反撃にあって潰(つい)えたのだ。警備員から掃除婦に至るまで、初めから味方などひとりもいなかった。おめでたい話ではないか。
 社長の前で男泣き。
 社長自身も、創業者一族の弊を一掃すべく、大株主のメインバンクから送り込まれたばかりで、既に創業者・御手洗(みたらい)会長は代表権と、取締役を剥ぎ取られていたとはいえ、役員に名を連ねる一族の結束の前にまだ力不足、充分なサポートをしてもらえなかった。
 そんな負い目もあったのだろう、錯乱して暴力沙汰まで起こしたというのに、うまく収めてくれて、温情によってクビにもならず、一年間の休養ののち、依願退職。退職金は満額いただいた。
 ーーあと半年でしたね。
 といったのが、社長の最後の言葉だった。何が半年なのか、その時はわからなかった。

 備忘録によって振り返れば、やはり、炙(あぶ)り絵のように、事の真相が浮かび上がって来る。
 渦中にあっては見えなかったものが、見える。
 社長を始めとする改革派と、既得権益〈とりわけ人事権〉を守ろうとする創業者一族との、主導権(ヘゲモニー)争いが、もっとも鋭い形で現れていたのが、名古屋支店だった。
支店といっても、東京本社より社屋や陣容からいって規模は大きい。
 もともと愛知が創業の地であり、繊維問屋がその前身で、総合商社の体裁を整えるまでは、名古屋が本社だった。
 本社が東京に移された昭和三十五年当初は、中部本社と呼ばれていて、これより西の事業所を統括していた。
 ここに君臨する、取締役・顧問の御手洗(みたらい)創(はじめ)氏は、創業者の御手洗(みたらい)巌(いわお)会長の実弟である。改革派の次のターゲットは創氏であり、創氏からも取締役を剥ぎ取ることであった。
 会社はもうとっくに彼らの器(うつわ)を超えており、比較的やり手の専務取締役〈これは会長の娘婿〉以外は、もはや弊害以外の何者でもなくなっていたのである。
 会社が更なるグローバルな発展を遂げる為には、避けて通れない道であったし、創氏にはとかく問題も多かった。
 そこで、本社管理部で全国四十七の事業所に目を光らせ、実務的にこれを統(す)べていた管理部長のK氏に、創氏追い落としの、白羽の矢が立ったというわけであろう。
 気骨(きこつ)稜々(りょうりょう)としたK氏ならばと、うってつけだと、期待されての社長人事だった。
 本当はそうでもないのだが、癇癪持ちで、偏屈なのと、その風采から  右肩上がりの怒り肩に、断崖のように切れ込んだ奥目から光る眼光の時に刃物の切っ先の如き鋭さから、ーー一度、右翼対策に成功したこともあり、そう評価されていたのだ。
 右翼二人を前にして、不適な笑みを浮かべて動じなかったというけど、本当は違う。実際のところは、思春期以来K氏は、笑いを制御出来なくなっていたのである。
 それと、小学校低学年の頃、教室で、山ミミズのような、十センチ余りもある、白くふやけた回虫を吐き出して大恥をかいたことがあり  虫下しで、胃袋に一キロもの回虫が死んでいたことが話題になった時代である、女の子はノミやシラミに集(たか)られており、可愛い顔していても、回虫よりもっと気色悪いサナダムシを体内に宿している子に、笑われる筋合いではないのだが、好きな子もそこにいて、いたく傷ついたーーそれ以来、喉の奥を回虫が這い上がって来るようなムズムズ感を払拭できず、いつまたーーという恐れから、人前では極度の緊張を強いられるようになっていた。
 緊張すればするほど人相が悪くなるし、ここで笑ってはいけないと思えば思うほど、鼻から頬にかけてこそばゆくなり、口角がプルプル震えて吊り上がり、どうにもこうにも、抑制が利かない。舌を噛んでみたりもするのだけど、効果はない。状況に関係なく、嗤ってしまうのである〈といって、目は嗤ってないのだから、かなりな不気味な顔だ〉。
 おかげで右翼とは、十分以上に渡って険悪な睨み合いとなった。薄気味悪くなったのか、似非(えせ)右翼であったのか、ともかく、相手が賛助金をあきらめて退散してくれたので、助かっただけの話。
 創取締役・顧問には「地元対策費」と称する使途不明金や、「バックマージン用の裏金」の私的流用疑惑があり、胡散臭い取巻きもいて、強権・強圧を欲しいままにしていることは、改革派の周知であり、勿論K氏も職掌上承知していた。
 何しろ大変な所だとはK氏も覚悟の上だったのだが……。


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