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作品名:K氏の手記 作者:異邦人

第13回   13
 ヨネがいった通り、ハル子は正月を待たずに死んだ。
 K氏にしがみつき、最期は服の上から胸を噛んで、苦しみの門をくぐって行った。
 家族が遺体を引き取りに来た。
 ドラム缶のように太った女は、幾許かの現金と、しっかり株券をつかみ取り、ほかに金目の物はないかと物色してから、テント小屋はヨネにやるといって去った。葬式は自分らで出すと騒ぐ人々を塵芥のように吹き払って。
 収拾(おさま)らない人々は教会に押しかけて、ハル子の神に祈らせてくれと騒いだ。聖職者はこれを喜んで受け入れ、聖なる祈りをささげる場所に、こ汚い行列を案内した。
 普段は食い物の施しを受けるだけの不信心者の彼らであるが、今はハリウット映画のように、気の利いた者が黄色いヘルメットを回して寄付を募った。
 人々は見様見真似で十字を切り、父と子と聖霊に、ハル子の成仏を祈った。
 ヨネは腰を砕き、とめどなく泣いた。猿眼から洪水のように涙が溢れていた。
 卑しい邪推を働かせたことをK氏は恥じた。子供を産んだことのないヨネは正真正銘母性愛に目覚めていたのかも知れない。ハル子も母のように慕っていた〈どんなにか心強かったろう〉。

 一段落していると、やがてこの公園にも、年の瀬を迎えて、白川公園から続々と難民が流れて来るようになった。
 林の中といわず、築山の近辺といわず、芝生の区域といわず、たちまち二十ハリを超えるテントが立ち並ぶ、テント村と化してしまった。
 白川公園にはまだ居座り組が十名近くいるそうだが、冗談じゃない、ここも早晩そういうことになるだろう。
 いやその騒々しいことといったら。
 早朝からリサイクルの空き缶を潰す音や、ビン類を仕分ける音。ダンボール回収のリヤカーを引き回す音。ウガイ、セキ、タンを切る音。朝餉の音。だべくり。バカ笑い。携帯ラジオ音や、公園の電気を盗んでのポータブルテレビの音。
 等々の騒音が、清澄な朝の空気をかき乱して、小鳥の囀りに取って代わった。
 夜は夜で、ダウンジャケットやブルゾンを纏った、パンチパーマが伸び放題のやつや、ヘルメットを被った日雇いなど、ガラの悪い連中がドラム缶でゴミなどを燃やして暖を取りながら、晩(おそ)くまで大声で飲み騒ぐ有様。鼻水は飛ばすは、屁はこくは、所構わず小便を垂れるは。
 といってK氏はここに長居する気もなかった。年が明けたら早々に、今度こそ、山深くに庵を結んで、「隠遁者ギイ」のような世捨て人となって、花鳥風月を眺め暮らそうと思っていた。
 もうこんな浮世の哀しい目には遭いたくない。新たな蔓が巻きついて来ないうちに、逃げ出さねば。

 と思っていたら、ヨネに先を越された。ヨネの方がひと足先に、テントを畳んでどこやらに行ってしまった。
 来た時と同じように、くだんの二人組がやって来てーー二人は白川公園ホームレスの出世組だというーー軽トラに荷物を積み込み、ヨネはタクシーで。
 ーーほな、どなたさんも、ご機嫌よう。よい、お年を。
と会釈して。
 みんな口をあんぐり開けたまま見送った。
 なぜといって、そのあまりの変貌ぶりに、である。どこの貴婦人かと見紛うばかりの姿に、である。
 しゃなりしゃなりと現れたその姿は、見るからに高価そうな毛皮のハーフコートに身を包み、紫紺のシルクの衣装の襟(えり)ぐりからは、光沢のある本真珠のネックレスをのぞかせて、この世のものとは思えない光を、指間から放ちさえしていた。
 冗談ではなく、二十は若返って見えた。
 ヨネが蓄財しようと思えば、いくらでもできたろう。裕福な年寄りに声をかければ、五万や十万は吹っかけられる〈ハル子にはそれだけの値打ちがあった〉。ハル子に二万円やって、残りを着服すればーー百万やそこらの株券なんぞに見向きもしないわけだ。
 だからといって、ヨネを責める気にはなれなかった。最後の最後まで、よく面倒を見たからだ。あの涙だけでも、許せる。
 誰なら他人の下の世話までする。ヨネがかしずいていなかったら、それこそハル子は愛情に飢えたままの、バカにされ通しの、散々な人生と、哀れな最期を遂げていたことだろう。
 ハル子のおかげで、ヨネの老後も安泰。二人の出会いは、二人にとって、最高によい出会いだったのだ。猫の親子のように、ベットに寄りかかって寝ていた。
 してみると、人の世もそう悪くはないと思えるのだが、なぜに、自分は、人間が嫌いなのだろう。人恋しいくせに、かくも、人が傍にいると、鬱陶しいのであろうか〈幼い頃、家に人が来ると息苦しくてならなかった記憶がある〉。
 ハル子との青春のひと時を思い出せないのは、記録に取ってもいないのは、返すがえすも、残念でならない。
 一体、ハル子に何を告白し、何を懺悔したのか。そこで慰藉(いしゃ)され、浄化されたのなら、記憶に残っていてよい筈ではないか。
 そんなことを考えたり、思ったりして、K氏は、生涯において、最も大切な者を失ってしまった空虚に囚われた。

 だけど今となってはもう、最期の苦しみにハル子が服の上から噛んだという記述があるのに、その痛みすら思い出せないのである。
 神話のような幼い頃の記憶が群島のようにあるだけで、心の中は、まばらな島影が点在する、大海原同然となってしまった。
 ノアの箱舟のように、大急ぎでバックアップした記録だけが生き残り、折々にそれを読み返しながら、そこに他人のような自己を見出す以外、術はない。
 が、唐突に、記録にない記憶が蘇ることもないではない。機縁を得て、勃然と現れるそれにはいつも驚かされる。実際か、妄想か、断じ難いが、忘れないうちに、それも記録することはいうまでもない。


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