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作品名:赤鬼と坊さん 作者:ヨハン・ジロー

第9回   9
九 再会

 そうこうと唐津での話などを空信たちがしているうちに凄まじい豪雨は止んだ。
信じられないほどに明るく晴れ渡った。
空に霞を与えていた「中国から飛来する黄砂」が、豪雨に押し流されてしまっていたのだ。
間もなくすると、彼らは博多を目指して再び歩き始めた。
 望みが愛に微笑んだ。
「お母さん、雷様、怖かったね」
「すぐそばに、おいでになるから、真っ黒焦げにされるか、と思ったわ。」
「長垂山がうなっているように聞こえたね。」
「雷様の雷(いかずち)が長垂山にも激しく落ちたのよ。
それで、長垂山が耐えきれずにうなったのよ。」
「でも、信じられない。こんなにきれいに晴れるなんて。」
 さて、彼らの前から道が消えた。
彼らは長垂山がうなって起こした結果を見たのだ。
あの激しい雷雨が、数日前の長雨で緩んでいた山の地盤に鋭く打ち込むくさびとなり、崖崩れを起こさせていたのだ。
その崖崩れにより海沿いの道が土石流により覆われた結果、博多への道が消えてしまっていた。
しかし、道が塞がれたことを空信一行は全く気がつかなかった。
それは、彼らが雨宿りをしていた夷魔山方面から見れば、崖崩れが起きた場所が山の陰になっていたからだ。
道がくねくねと曲がる海岸沿いの道のために崖崩れを起こした場所が、一行から見れば山の陰となり、一行に見えなかったのだ。
 この崖崩れに遭遇した一行は呆然とした。
道がないからである。
そして、空信は思わず大声を出した。
「あぁ!どうしようないな!」
そして、空信は愛や望みの瞳を見つめた。
困っているようでもなかった。
それで、別に人と会う約束をしているわけでもないことを空信は思い出した。
そして、ささやいた。
「回り道をしてもいい。」
愛は直ぐ答えた。
「えぇ。」
 空信と愛が引き返そうと向きを変えた瞬間のことだった。望みが叫んだのだ。
「きゃぁ!」
彼女の声は震えていた。
「土が、土が動いている!」
人の声も聞こえた。
「助けてくれ!」と聞こえたような気がした。
 その声の方向を望みは震えながら空信に指で指し示した。
彼はその先をじっと見た。そして、僧衣を脱ぎ、愛に渡し、猿股一つになった。
空信は頬が少しこけていたので、僧衣を着ているときには少し痩せているように見える。しかし、その肉体は武人のように付くべきところに筋肉が付いていた。
また、彼の左脇の背中に残された一筋の刀傷が、彼の肉体に凄みを与えていた。
空信は、両手で土砂を掻き出した。すると、重なり合った木の枝が出てきた。
人影が見えた。木の枝を丁寧に一つ一つ取り払っていくと、あの高麗人が現れた。
望みの目を見つめた高麗人であった。
木の枝や葉がクッションの役割を果たしていてくれたお陰で、彼はかすり傷と右足首の軽い捻挫程度の状態で無事救出された。あの知的で気品のある高麗人であった。
愛と望みの顔は喜びで輝いた。
 空信は望みに聞いた。
「水をあげよう。わたしの水筒はどこかな。」
 望みは、道の脇に置いていた竹製の水筒を取り出し、木の栓を抜いて異国の青年に渡した。彼は一気に水筒の水を飲み干した。そして、望みに水筒を丁寧に返した。
それを見ていた愛は言った。
「足りないかも知れない。すぐ近くに小川があったね。望み、汲んできてくれる。」
 すると、望みは「はい」と言うや、その水筒を持って軽やかに駆けていった。
高麗人は崖崩れで積もった土石を指さした。かなり堆積している土石の塊である。
「あと二人、埋もれています。」
その方向を空信は見つめた。土石の塊は動かない。
この高麗人のときのように動かない。声も出さない。
しかし、黙って高麗人が指さした箇所を空信は掘った。
人並みはずれた体力と腕力による手堀りである。
土石が紙でできているかのような錯覚を見る者に与えた。
間もなく、土石以外のものが現れてきた。
 小川から戻ってきた望みが、それを見た。赤茶けたぼろ切れの塊が二つあった。
何かよくわからないので、じっと見た。突然、彼女はうつむくや吐いた。ただ、持っていた水筒にはかからないようにした。
少女には無理もない。大人でも見慣れていなければ吐く者はかなりいるだろう。
彼女は生まれて初めて無惨なものを見たのだ。
それは、ちょっと見れば、赤茶けたぼろ切れの塊に見えた。
よく見れば死体である。
土と血により衣が赤茶けた色に変色していたのだ。
一瞬の崖崩れ、土石が滝のように落下し、その土石流の中に含まれていた巨岩をまともに受けた者の無惨な姿であった。人の姿をまともにしていない。
濡らした雑巾を床にバシャッと叩きつけたような姿である。
押し潰された死体だった。死体の頭からは目が飛び出していた。
激しく落下する巨石に運悪く当たり、頭がひしゃげ、目が飛び出していたのだ。
 直接の死因となった巨石は、崖下にある今津湾に転がり落ちていた。
巨石が群をなして海になだれ込んでいた。それで、空信は小さな土石だけを掘るだけですんだ。
しかし、空信一行が夷魔山で出会った役人の武士二人の姿は変わり果て、助かったのは高麗人の一人だけだった。
 遺体を見つめていると愛も吐き気を催した。
ほとんど吐きそうになったが、彼女は望みに寄り添った。
そして、その背中を何度も優しくさすった。
「望み、望み、大丈夫。」と小声でささやいた。


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