20代から中高年のための小説投稿 & レビューコミュニティ
 ようこそゲストさん トップページへ ご利用方法 Q&A 操作マニュアル パスワードを忘れた
 ■ 目次へ

作品名:赤鬼と坊さん 作者:ヨハン・ジロー

第8回   8 隠された十字架
八 隠された十字架

 それから、愛は空信を見た。
「そうなの。いろは歌の他にイエスと言う名の仏様の出てくるお経はあるの?」
「あの唐津であった赤毛の坊さん・・・」
「捕虜として収容されている蒙古のお坊さん?」
「そう、そのお坊さんから聞いたのだけど、景教のお経にあるらしい。
弥陀がイエスという名で人の子として生まれて十字架に架けられ復活することにより、不思議な本願が成就したと聞いた。」
(注:景教は東方キリスト教の中国での呼び名、日本の建国のときから中国に存在し、空海が唐に留学したときには中国で大流行していたという。
そして、空信の時代には蒙古に従う民族の中で景教を信じる者たちがいた。)
 空信一行の特技は中国語や朝鮮語が話せることであった。
それは、彼らが瀬戸内海の伊予水軍の流れを汲む家系に由来して、私的な外国貿易も行っていたことによる。また、蒙古が中国北部や朝鮮を制圧したために日本には中国人や朝鮮人の難民や亡命者が来ており、その難民らと話すことにより、彼らは話す力を得ていた。また、彼らは難民救済の手助けをする遊行をしていたのである。
 望みは空信に尋ねた。
「仏教には、どうして仏様が多くいるの?」
「仏教は成長する宗教なのだ。
外国の神様や仏様を受け入れて成長する宗教なのだ。
真理や真実を求め、悟りを大切にするから、良いものは外部のものであっても取り入れる。
それで、お経は、良いものを取り入れて書かれる。」
愛はつぶやいた。
「でも、中国の禅は何が言いたいのか、私にはわからないよ。」
空信は愛を見た。
「あいつらの頭の中は空っぽだから、わからないのが、正しい感覚かも知れない。
発想の出発点が、我思う故に我有り、だからなぁ。
頭の良い奴がやるのが、禅だよ。
 一方、自分の力などたかが知れている。仏様の助けがなければ生きていけない。
そう信じて、南無阿弥陀仏と唱える我々とは全く違う仏教だよ。」
愛は空信に聞いた。
「鎌倉では中国の禅が流行っている、と聞いたよ。」
「日本を代表する者としての地位を確立するために中国の禅を信じたようだ。
それにより、古来の仏教や神道よりも上位に立つためだ。
山城の君(注:天皇陛下)が恐いのだ。
蒙古も恐い。蒙古が信教の自由を認めているからだ。
蒙古は税さえ出せば、あとは好き勝手にやって良いという『治めざるをもって治める』という宗教政策なのだ。
(注:この宗教政策をもって、宗教と政治の分離を図り、平安な時代を築いたのは徳川家康だが、後に、徳川幕府はキリスト教最大宗派のカトリックの植民地政策を恐れて、キリシタン弾圧を行った。しかし、仏教に対しては、治めざるをもって治める政策を行った。それは、キリシタン弾圧の一環でもあった。その名残が檀家制度である。
その檀家制度も少子高齢化により崩れ去ろうとしている。都会における無縁社会の出現は、日本に新たな宗教史の始まり。夜明け前を意味する。)
 その蒙古の役人の中には景教を信じる者が多いと唐津で聞いた。」
 愛は尋ねた。
「あのお坊さん、捕虜として捕まっている蒙古のお坊さんから?」
「そう、あのお坊さんの信じている仏は、イエスという名だった。」
そう言うや、空信は笑い出した。
 望みは抗議した。
「お父さん、何で笑うのよ。」
愛も同調した。
空信はうなだれた。
「仕方ないよ。知りたくもない真実を聞かされたのだ。笑うしかないだろう。仏教は他の宗教のご本尊を仏様に変えてしてしまうから。」
愛は言った。
「純粋じゃないの?」
「そう、隣りの奥さんが美人だったら、ぼくの奥さんだと言うところがある。
仏様の数が増えていく。」
望みは聞いた。
「阿弥陀様の本当の名はイエスと言うの?」
空信は望みを見た。
「鋭いな。どうしてわかった。」
「中国の言葉、私も少しわかるから。
あのお坊さんの中国語、蒙古人の中国語だから、日本的言葉の発想だから聞きやすかった。」
「そうだね。」
愛が聞いた。
「それじゃ、どこの国の仏様なの。阿弥陀仏は?」
「遠い遠い西方にあるらしい。天竺よりも西方に。
大秦(注:ローマ)という国だと聞いた。」
愛は、ぽつり、と言った。
「景教のお坊さんは何でも気軽に話せたけれど、禅のお坊さんは、偉そうで、俺の言うことがわからんのか、という態度で何も話せなかった。」
 望みが同調した。
「あのお坊さん、嫌い。」
愛が望みをたしなめた。
「そんなことを言うものじゃないよ。あのお坊様は鎌倉の偉い人が呼ばれた人だよ。」
「ふん、蒙古が恐くて逃げ出してきたくせに。
偉そうに、わけのわからぬ問答ばかりしている。
バカじゃない。何が偉いのよ。
私たちが信じている阿弥陀様のことを隠された十字架と言い切るような坊主よ。」
空信は望みを見つめた。
「あのお坊さんとの禅問答は勉強になったのだよ。
あの十字架の話が本当ならば、阿弥陀様は、もう、この世に人の子として来られていたことになる。
イエスという名で。」
愛は空信に尋ねた。
「あの蒙古の頭脳に信者が多いという景教の仏様の名前なの。」
「そう、それで、阿弥陀様を信じるのは、敵の神様を信じることになる。鎌倉幕府ににらまれる。
危険だから南無阿弥陀仏と唱えるのをやめなさいと忠告されたよ。」
望みは納得しなかった。
「日本の仏教は仏教じゃない。
そんなことを言う坊主だったじゃない。
そんな坊主の言うことに耳を傾けるの。」


← 前の回  次の回 → ■ 目次

■ 20代から中高年のための小説投稿 & レビューコミュニティ トップページ
アクセス: 3623