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作品名:赤鬼と坊さん 作者:ヨハン・ジロー

第2回   2
二 暗雲

 一行が博多湾に接する今津湾近くに至ったとき、俄に小さな雲が大空に集まり始めた。
すると、空信が声を発した。愛と望みに右方向を指さした。
「あの山に神社が見える。大雨が近い。あそこまで急ごう。」
彼が指さした神社は、夷魔山(いまやま)にある熊野神社。
夷魔山は今は今山と記されている。
日本建国の時代に異民族との戦いの拠点の一つとなった故にその名があると伝えられている。博多湾の西隣りにある今津湾に面する夷魔山は高さ八四メートルと小さな山だが急峻で、その中腹に小さな熊野神社がある。
弥生時代には石斧が夷魔山で制作され、古墳時代には海側で製塩が行われていた。今、彼らが見るのは船着き場であった。
 彼らが夷魔山の麓まで来ると、神社に通じる小道には小さな鳥居が幾つも連なって立っていた。鳥居は鮮やかな朱色で塗られていた。
その朱色を見て空信は火を連想して微笑んだ。
「火により魂が清められる。神様に会いに行ける。」
愛が空を見上げた。雲が大きくなっている。
「そうね。水は体を清め、火は魂を清める。」
それから、彼らは朱色に塗られている鳥居を潜って行った。
彼らは火の中を通り過ぎて行く気持ちがした。
楽しげに彼らは坂道を上るが、神社につながる坂道は狭く細く急であった。それで、愛の足は今津湾が一望できる位置に来たときに止まった。愛は少女の望みを横目で見ると叫んだ。
「なんて美しいの」
望みは愛が見ている方向を見た。また、空信も見た。
今津湾はやさしく美しかった。その青い松林に縁取られて長く垂れるような緩やかな曲線を持つ白砂青松の海岸線は見る者の目を楽しませた。その一部は公園として、今もなお存在する。
彼らは歩くのを止めて今津湾を眺めた。
今津湾を縁取る海岸線の先には夷魔山と同じように小さいが急峻な長垂(ながたれ)山が見えた。その急峻さは今にも崖崩れを起こしそうであった。実際、長い年月の中で何度か崖崩れを起こしている。それが長垂山であった。そう、今も崖崩れの危険がある。


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