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作品名:赤鬼と坊さん 作者:ヨハン・ジロー

最終回   17 また逢ふ日まで
十七 また逢ふ日まで

 さて、トーマスは空信に願った。
「お坊様、あの金という高麗人を我らに引き渡されぬか。」
 そのとき、金が叫んだ。
「勘違いするな。お坊様と私は関係ない。私の連れではない。
誰がお前たちについて行くものか。」
 女兵士の通訳を聞きながら、トーマスは遙か遠くを見つめるかのように微笑んだ。
実は、トーマスは語学の天才で、日本語をうまく話せない段階ではあったが、言っている内容は通訳を介さなくても大体わかっていた。
そばにいる若くて美しい日本人の女兵士と親しい関係にあることも彼の日本語への理解を相当早めていた。
イングランド出身の十字軍の騎士であった彼は、英語で誰にも聞こえぬような小さな声で呟いた。
「勘違いか。そうだな、勘違いで、私もここにいるからなぁ。」
 欧州で信じられていた東方にある伝説のキリスト教の王国、すなわち、祭司ヨハネが統治して東方に光り輝く王国を探し求める旅にトーマスは出かけていた。
その旅の途中で蒙古の配下の者となった。
そして、日本偵察の役目を得て極東の日本まで来たのであった。
彼はこの役目を喜んでいた。そう、東の果て、黄金の国ジパングこそが、彼の夢の国であるかも知れないと思ったからだった。しかし、伝説の祭司ヨハネにトーマスは会えなかった。日本は十字架のない国であった。ただ、浄土系の仏教がキリスト教に似ていることには驚いていた。これは、戦後の日本に来ていた米国の宣教師も調査して得た結果であった。彼はライシャワー大使の父である。
 さて、トーマス配下の弓の射手らは純粋な蒙古人であった。射手の一人がトーマスに言った。日本語の兄弟言葉ではあるが、モンゴル語なので、空信たちにはわからない。
「トーマス殿、金を連れて帰るのは無理。
金の土木技術が日本軍に利用されてはならぬ。
金を始末して、日本での偵察任務を終わりとしましょう。
船を唐泊(からどまり)に半月も長く待たせております。ここでの滞在は予定をはるかに超えております。」
 そして、蒙古人の射手らは弓を引く用意を始めた。矢は金に向けられた。
トーマスとイーの目は悲しみに満ちた。凍り付くような緊張が金や空信たちに走った。
また、トーマスは困った。敵地での人殺しは危険であると考えていたからだ。人さえ殺さなければ、役人は本気にならないで、ことなかれ主義に走ることを知っていたからだ。
 そのとき、大きな声が聞こえた。あの村人らの声だ。
「お役人様、もう直ぐだ。こんなひどい崖崩れは初めてよ。」
あの村人の親子二人が役人たちや他の村人を連れて、こちらの方へ近づいてきた。
 トーマスは閃き直ぐ叫んだ。
「日本での調査任務は終了。汗(かん)に復命するため、元に戻る。帰るぞ!」
そして、空信と望みと愛を見て日本語で言った。
「また逢ふ日まで」と。
この場合、逢ふの「ふ」は「hu」と発音されていた。
「う」ではない。大声で叫ぶ場合、この方が叫びやすいだけではない。日本語には元々「h」のついた発音があったのだ。
 さて、トーマスは、いきなり、単騎、馬を唐泊の港に向けて走らせた。通訳の女兵士は直ぐ従った。
次には、イーとあの若者は直ちに従った。
馬上の射手らはあわてた。
しかし、彼らは金を射ることもなく弓を納めてトーマスを馬で追いかけた。彼らはトーマスの勢いに飲まれ、思わず上官トーマスに従ってしまったのだ。
 トーマスは大胆であった。何と、トーマスは馬を走らせ、村人や役人たちのいる道へと突っ込んでいったのだ。
中央突破である。
そして、突然の外人たちによる馬の突撃に驚き恐れた村人や役人たちは、道の端に避難した。トーマスは無人の道を行くかのように彼らの真ん中を突き抜けて行った。その後をイーたちが続いた。
 命を救われた金は黙って去っていく彼らを見ていた。
空信は、近づいてくる役人たちを見て、金に話しかけた。
「私らは鎌倉の役人からは嫌われている宗派の坊主だ。迷惑をかけたくない。別れよう。」
そう言うや、空信は望みと愛を連れて金から去って行こうとした。しかし、彼女らは面白くなさそうに動かなかった。金は望みの目を見た。望みは微笑んだ。
それを見た金は空信に言った。
「いや、これからは私にまかせてください。これでも、私は役人には強い立場です。
彼らは私を必要としています。私と一緒に行けば博多に行っても大丈夫です。良い宿もお世話できます。
あなた方に助けられなければ、私は死んでいたのです。どうか、お礼をさせてください。」
空信は愛と望みを見た。
彼女らは何も言わないが、目は「はいと言え」と言っていた。
金の申し出を断ったら、彼女たちから後で何を言われるかわからないと空信は感じた。
そして、彼らは金とともに博多に向かうことになった。
 博多で二人の役人が死亡したことに関する金の過ちを咎めている余裕は鎌倉幕府にはなかった。
彼の役目はお咎めなしで続けられることになった。
 その三年後、金の熱い思いが望みを還俗させた。

(完)


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