十四 赤鬼あらわる
空信は地面に座らせている長刀使いに長刀の先を突きつけた。 「赤鬼とは何者か。」 この長刀使いの中年男はただ者ではない。 長刀の刃先をちらっと見るも、平然と答える。 「狼の使者。」 「そうか、蒙古の回し者か。」 長刀使いは金に目を向けた。 「金、高麗に帰ろう。戦で荒れた高麗を復興するために。 お前の優秀な技術を使うのだ。」 金は呻いた。 「高麗は蒙古に滅ぼされた。わが村は焼き滅ぼされた。 親も妹も殺された。今はこの地、ここが、高麗になった。」 金は思い出していた。 焼け落ちた家から発見した父母の黒こげになった遺体を。また、妹が自殺したことを。蒙古から辱められた後遺症で気が狂い、入水した妹の姿を思い出していた。 長刀使いは言う。 「金よ、お前は生き残っているではないか。」 金は目を地面に向けた。 「お前のように臆病だったからだ。蒙古に逆らわなかったからだ。」 長刀使いも呻いた。 「守るものがあるから臆病になったのだ。蒙古に逆らえば、家の血が絶える。 勝てぬ戦をせぬことは・・・生き恥をさらすことも勇気がいるものよ。」 金はきっぱり言った。 「高麗には帰る家がない。 遙か千里の荒波を越えて日本に逃げて来た。 日本が高麗。 今度は逃げないで戦う。」 「金、お前は土木技師ではないか。 その技術は並はずれて優秀だが、お前は弓矢や刀を使えぬではないか。」 「人殺しの道具だけが武器ではない。」 「万里の長城でも造る気か。」 金の表情が急にこわばった。金の口は固く閉じられた。 蒙古襲来に備える石積みの石垣、そう、今津湾や博多湾の縁を城壁化する防塁、元寇防塁の計画を長刀使いに話せない。 国家機密である。 空信が長刀使いの喉元に長刀の刃を突き付けた。 「話すな。」 愛は悲しみに満ちて叫んだ。 「あなた、やめて。それでも御仏に仕える身なの。 この人も蒙古の犠牲者なのよ。」 空信は口をへの字に曲げた。娘の望みを見た。 望みの目も悲しそうだった。 空信は怒ったように長刀を日本刀のように持ち直した。 そして、そばにあった松の木の枝へと長刀を上段の構えから真っ直ぐ振り下ろした。 枝が切り落とされ、地面につこうとする瞬間には、空信は長刀を切り返して、 その松の幹を人の胴体であるかのように斜めに斬りつけた。 凄まじい風切り音がした。 そして、長刀の刃は松に深く切り込んだ。 そして、止まるや、長刀の柄が刃の付け根の部分で折れた。 空信の手には折れた柄だけが残っていた。 それを見ていた者たちは、皆、肝を抜かれたかのように呆然とした。 重い長刀を軽い木刀のように扱う坊さんなどを見たことがなかったのだ。 愛の舌も完全に止まった。 空信はぼそっと呟いた。 「怒ったらだめだな。この長刀、博多で売ろうかな、と思っていたのに。」 そのとき、馬の蹄の音がした。近づいて来る。 一頭の音ではない。何頭もだ。 その音の方向から大音声がした。 空信、愛、望みは生まれて初めて聞いた。 このような声量のある大声を。 「イー、イー」と叫ぶ男の声だった。 その声の方に目を向ければ、大きな馬に乗った巨人が見えた。 身の丈は六尺ある。赤毛に青い目をしている。 腰には日本では見られぬ作りの大刀を下げている。 黒いマントを羽織り、その胸の付近には白い縁取りのついた赤い十字架が縫い込まれていた。 その鮮やかな赤い十字架の印に空也の目は吸い込まれた。 空信は呟いた。 「やはり、赤鬼の正体は色目人、蒙古の回し者か。 十字架の印、人の肉を食らい、人の血を飲む・・・景教徒か。」 色目人とは、目の色や髪の毛の色が様々な西域のアジア人のことを言うが、彼はシルクロードを幹線とする中国西方の西域出身ではなかった。 さらに、遙か西の方から来た巨人であった。
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