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作品名:赤鬼と坊さん 作者:ヨハン・ジロー

第13回   13 長刀使い
十三 長刀使い

 村人らが二手に分かれて行くのを見送ると空信は言った。
「お金はかかるが、夷魔山の船着き場で船に乗って博多に行くか。」
それから、空信は二、三歩ほど歩くと道にわざと躓いた。
そして、かがみこんだ瞬間に道の小石を拾った。そして、懐に入れた。
強い視線を背後に感じていたのだ。
今の彼は僧であるが、武術の心得があり、実戦に優れた槍の名手であった。
それで、空信の杖は槍に変わる。
 空信は鋭く叫んだ。
「出て来なさい!」
すると、二人の男が薮の中から現れた。
一人は長刀(なぎなた)を持った中年男であった。
相撲取りのように大きくずんぐりとしている。
もう一人は脇差しを腰に差している若者、行司のように小柄でひょろっとしているが、俊敏そうである。
二人とも異国人のようであったが、空信は日本語で尋ねた。
「私どもに何か用がありますか。」
ずんぐりとした中年男が高麗の言葉、朝鮮語で答えた。
「その高麗人に用がある。」
その人を見下したような態度に空信は熱くなった。
 空信は、瀬戸内海の水軍出身で高麗と密貿易をしていた経験から朝鮮語を話せるが、日本語で話した。
こちらは日本語、相手は朝鮮語で話すという奇妙な会話であった。
お互い、相手の言っていることはわかるが、感情の高まりもあり、相手の言葉を流ちょうに話せないこともあり、お互いに母国語で話した。
とにかく、お互いに相手の言っていることはわかっている。
 空信は言った。
「お前は、役人か。」
男は、にやりと笑う。
「いや違う。赤鬼の配下の者よ。」
「ふん、役人でない者が何の用がある?」
すると、その男は重い長刀をビュンビュンと振り回した。軽やかな振りなのに、回す早さと風切り音は凄まじい。空信は、男が本物の長刀の使い手であると悟った。
 長刀使いは強気だ。しかし、どこかぎこちなく脅す。
「お坊さん、足は二本ある方がよい。
その高麗人を置いて立ち去れ。
さもないと、足が一本になるよ。」
長刀使いは、空信の並はずれた力を災害にあった金の救出で密かに見ていたので、心の底では空信を怖れていた。
そのぎこちなさは、空信に自信を与えただけではなく、空信の負けず嫌いに火をつけてしまった。空信の心臓は熱く燃えながらも、その頭脳は冷静に回転していた。
 空信は一人小さな声でつぶやいた。
「名こそ惜しけれ、と格好つけたら、奴の言うとおり、足の一本はなくなる。
まともにいけぬ。」
空信は杖を持ち替えた。反転させた。
丸い杖の頭を長刀使いの顔に向け、杖の先を左手で持った。杖の先端は鉄でできていたが、その鉄の部分を避けて、杖の木でできた部分を軽く持った。
空信は鋭い鉄の先で相手の男を突いて血を見るのがいやだったのだ。
人殺しをしたくなかった。
それで、木で丸くできた杖の頭を彼に向けた。
左手だけで杖を持つと同時に、空信は右手を懐に入れた。
 長刀使いは薄ら笑いをした。
「坊さん、そんな杖の使い方は見たことがないよ。」
「うるさい!」
 そう、空信は叫ぶやいなや、懐の中に忍ばせていた小石を長刀使いの顔にめがけ、手首だけで投げつけた。
しかし、空信はコントロールを中心にして、石を投げる速度を緩めていた。
本気で長刀使いの顔に当てようとは思ってはいなかった。
石の速度が速すぎてもいけなかった。大切なのは相手が避けなければ、相手の顔に当たるように投げることだった。
長刀使いは自分の顔をめがけて飛んでくる石を軽くかわした。
彼の上半身は、ずんぐりした体つきから想像できないほどバネのようにしなやかに鋭く動いた。下半身、特に腰の位置は全くずれなかった。
 しかし、その石が彼の背後を通過した瞬間、彼は凍り付いた。空信は石を投げると同時に猛然と彼めがけて突進していたのだ。空信の瞬発力はもの凄く、今で言うならば、百メートル十秒台の走者だけが持つ瞬間スピードである。真剣勝負では、頭抜けた力や瞬間スピードが技術や理論を破壊することは多い。
空信の自信の裏付けは彼の力と早さが桁外れにあることから来ていた。
しかし、空信は慎重であった。男の長刀を振り回す早さと技術が一流であったからだ。
空信の武器といえるものは手にしている杖だけである。彼の長刀よりやや短い。
下手に間合いを詰めれば空信の足の一本は飛んでいく。
それで、安全に間合いを詰めようと、空信は彼に石を手首だけで軽く投げつけた。
わざと大声も出した。もの凄い早さで石が来るように思わせるためだ。
肩で腰を入れて投げれば、突進するタイミングが遅れる。
石に気を取られた長刀使いが気がついたときには、空信は彼の目の前に迫っていた。
空信のもの凄い早さと目の前に迫った空信を見て、彼は凍りついた。
安全な間合いでなくなっていたからだ。
彼は反射的に長刀を振ろうとした瞬間、空信の杖は彼の腹部を突いた。
空信は計算よりも早く突けた。
一瞬の余裕があったので空信は狙い通りに突けた。
長刀使いがウグッと呻き、膝から崩れ落ちるや、空信はその連れの小柄な若者に集中する。
若者は空信から睨み付けられ、その顔をひきつらせた。
想定外の事態は、若者の全身を恐怖に包ませた。
彼は、猛犬に追われるかのように、分かれ道の小道へと走り去った。そのまま走り続けたら心臓が破裂してしまうのではないか、と思われるほどの走りであった。
 空信は逃げてくれたのでほっとした。人殺しをしたくなかったのだ。
空信は逃げる若者を追わずに、気を失っている男の長刀を拾い、懐から小刀を取り出し、長刀の柄に巻き付けてある帯状の滑り止めの布を切り取った。その長い布を利用して、彼の両手首を彼の背中の方に回してくくりつけた。
それから、彼に活を入れた。彼は目を覚ました。


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