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作品名:赤鬼と坊さん 作者:ヨハン・ジロー

第12回   12 赤鬼のうわさ
十二 赤鬼のうわさ

 あの二人の遺体を埋めて弔う、と空信たちは金を連れて、博多に行くために来た道を戻った。半里ほど戻ると分かれ道があった。
一つは、唐津に戻る道である。
もう一つの道は、道幅が半分ほどで人と人とがかろうじて行き違い出来る程度の幅であった。
その狭い道から幸いにも二人組の村人が通りかかった。
若者と彼の父親らしき老人である。
若者は背が高く痩せていたが、老人は低く太っていた。
 空信はこの村人らに尋ねた。その狭いほうの道を指さした。
「この道は博多に通じていますか。」
年老いた小柄の老人は頭髪はほとんどなく、鷲鼻をしており、その鼻をこすりながら、たれ目の細い目をさらに細くした。
「博多には通じておるが、一里以上、行けば、物騒よ。」
「物騒か・・・追い剥ぎや強盗が出るのですか。」
「いや、赤鬼が出る。」
「赤鬼!?」と異口同音に愛と望みが声を発した。
 老人は笑いながら言葉を続けた。どことなく、愛嬌がある笑いだ。
「実を言うとわしは赤鬼を見たことがない。
半年くらい前から赤鬼を見た、と言う者が出始めた。
そいつらが言うには、赤毛の毛むくじゃらの大男で、見たこともないような大きな刀を木刀のように軽々と振り回すそうな。
肌は白いが、怒れば赤みを帯びた桃色になり、目は空のように青いらしい。
恐ろしいことに、この赤鬼は人の血を飲み、肉を食らう、という噂だ。
どう考えても鬼には間違いない。
この道はあきらめて、海辺の街道を選んだ方が安全と思うよ。
お金があるなら、夷魔山の船着き場で博多に向かっても良いがな。」
 老人の言葉には嘘か真かわからぬ趣があった。
老人がその人喰い赤鬼を本気で怖がっているようには思えなかった。
それは、村人たちが赤鬼対策を秘かにしていたからだ。
食料などを役人に内緒で提供していたのだ。代わりに彼らは銭を得ていた。
相場の三倍であった。
 そのようなことを知らぬ空信ではあったが、その言葉を半信半疑で聞いていた。
「ありがとう。ただ、その街道が崖崩れで道が塞がっておる。」
老人から笑いが消えた。真顔になった。
「そりゃ、まことか!」
空信は頷き、長垂山を指さした。
「田圃(たんぼ)の用水路が大雨でひどくやられておった。
竜神様が暴れ、雷様が叫んでおった。
それで、また崖崩れが起きないか、と案じとったが。
 えぇい、くそ!また、お役所から狩りだされるぞ!
今度はお手当をまともにもらうぞ!
そして、今年は大豊作じゃ!」
 確かに老人の言う通りだった。大洪水は栄養分を運び、雷による化学作用は空気中の窒素を酸化し、酸化された窒素は雨水に溶けて地を肥沃にする。
大声を出しながら、老人は若者を引き連れて、崖崩れの場所に急ぎ向かおうとした。
連れの若者は背をやや丸めて大きな目を恥ずかしそうに伏せた。
空信は老人を呼び止めた。
「あなたは村長(むらおさ)か。」
「いや、長老じゃ。」
「お役人が二人、その崖崩れで遭難して亡くなられた。
簡単に土葬しておる。枝を切って、枝を三本寄せて立てている。それが目印だ。」
「そりゃ、まことか。」
「本当だ。」
「そりゃ、いかんな。お役人に知らせな、いかんな。」
 長老は、若者に走って行くように命じた。
「そうじゃ、お役人たちが夷魔山の船着き場に間もなくつかれる。
用水路の見回りでな。
村長の家に行かれる前に見てもらうのじゃ。酒が入る前に見てもらうのじゃ。
お前は走って夷魔山に行け。お役人たちを連れてくるのじゃ。
わしは、崖崩れの現場を見てから夷魔山に行く。」


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