十 過ち
空信は、じっと二人の様子を見守り、望みが落ち着いて来ると手にしている樫の杖を見つめた。 その下端には尖った鉄がはめられ、杖の頭は丸く削られていた。 空信は、その尖った鉄先を使いながら道の脇に穴を掘り始めた。 大方、彼が掘り終わった頃、その背後から沈痛な声があった。 「土葬されるのか。」 空信が助けた高麗人の声であった。 空信が後ろを振り向くと、彼は右足をひきずってはいたが自力で立っていた。 何とか歩けており、かすり傷はあるが、包帯をするほどの出血はない。 空信は、低いがはっきりとした声で彼に答えた。 「とりあえず、土葬しておくよ。このまま、放置してはおけない。 山犬に食われては無惨だ。ところで、体は大丈夫か。」 彼は黙ってうなずいた。また、ちらりと望みと愛の顔を見た。 彼女らの目も同じように悲しみに満ちていた。 空信は彼に尋ねた。 「名は何と言われる。」 「金(キム)。」 「ここの言葉は話せるようだね。」 「少し話せる。」 「そうか、金さん。私は空信という。」 「空信?」 「そう、くうしん。何処から来られた。」 「高麗。海を渡って来た。」 「そうか、蒙古から難を逃れてかな。」 「はい。」 それから、一瞬の沈黙があり、愛がそれを破った。 「そう。そう言えば、博多の町にも高麗や宋の人がいると聞いている。 博多に行かれるの。」 金は亡くなった二人と博多から来ていた。やや、間をおいて答えた。 「えぇ、博多に行くつもりでした。でも、案内役のお役人が、このようになられました。行く道も塞がれました。」 「大丈夫よ、私たちも博多に行くの。」 愛は空信の顔を見た。 「金さんと一緒に博多まで行きましょう。」 空信は、一瞬、返事をためらった。 彼らの宗派が浄土真宗系であり、当時は反体制派の宗派と見なされることがあったからだ。それで、悩んだ。金が知的で気品があり、身なりもよく、役人を案内役にしているところからも鎌倉幕府の大事な要人に思えたからだ。 しかし、空信は愛に早口で答えた。 「そ、そうだな。金さんが、それで良ければ。」 金は悲しそうに首を振った。 「博多には行きたくない。」 空信は何となくわかるような気がして言った。 「お連れの方々が災難に遭われたからか。」 空信たちは信じられない言葉を金から聞いた。 「いや、私が二人を死なせた。」 空信は理解できなかった。 「金さん、あなたも死んでいたのだよ。私が助けなければ。 どうして死なせたと言うのか。 崖崩れは自然災害。運が悪かっただけではないか。」 「私が雨降る中を博多に行くと言ったからです。引き返して、あの神社で雨宿りをしていれば、こんなことにならなかった。私だけが生き残った。博多には行きたくない。」 「崖崩れは自然災害。金さん、あなたが崖崩れを起こしたのではない。」 「私は土木技師。数日前に長雨があった。 それで、ここのような場所は豪雨があれば、崖崩れが起きても不思議ではない場所。 それなのに、激しく雨が降る中を。そう、危険なときを私は進むことを選んだ。」 愛は金をやさしく見つめた。 「急ぐだけの訳があったのでしょう。」 金は、内心、愛の言葉に驚いた。しかし、急いでいた訳は言えない。 「土木技術の基本には安全優先がある。 それを急いでいたからと言って、安全優先を忘れることは過ちです。 取り返しの付かない過ちを犯しました。」 空信は慰めた。 「過ちを犯す。それが私ども人間です。 しかし、人は過ちを人前で認めないものです。 その過ちを人前で認めて告白するあなたは立派だ。 私の言うことは間違っているかも知れないが、死んだ彼らの死を無駄にしないためには博多に行くべきではないか。恥をさらすことになるかも知れないが。」 金は空信を見た。うつむいた。口を開かない。 空信は言葉を続けた。 「それでは、犯した過ちの償いのために、どこに行かれるのか。」 金は頭を上げた。望みと愛の顔を見た。 彼女らの目はやさしく金に批判的でなかった。金は救われた気がした。 「そうですね。博多以外に行く所は、お墓しかない。 恥ずかしくて博多に行きたくなかった。 しかし、今は死ねない。死んだ彼らのためにも博多に行かなくては行けない。」 金は自分の役目を思い出していた。 愛と望みは金に何も言わないが、彼女らのやさしい目に金は慰められた。 そして、金の目が生きてくるのを見た空信は、それからは何も言わなかった。 ところが、愛は不注意にも金に尋ねた。 「どうして、急いでいたの。」 愛の目や言葉に悪意が感じられなかった。 それで、安心した金は愛に頭を下げた。 「申し訳ない。急いでいた訳は話せないのです。」 愛は歯を食いしばっている金を見て驚いた。 そして黙った。
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