「地球に住む人々は、魂を重力に引かれて飛ぶことができない」 と、クワトロ・バジーナ大尉は言った。今、私も言おう、 「コタツに入った人々は、魂を温(ぬく)さに惹かれて出ることができない」 と。 (これが、わざわざクリスマス・イヴに言うことであろうか。しかし、何の約束もないこの私が、こんな夜に街に出た日にゃ、クリスマスのイルミネーションが目に染みて、目から水が溢れて来やがるのさ。まったく、節電はどうなった。こういうときは、猫のように薄汚いこの部屋とカビ臭いコタツに二重に引きこもって、やり過ごすに限る。しかし、せめて今日は思い切り贅沢しようと色々買い込んだのに合計3千円超えなかったのにも泣けてきた。) 私は、思い切り鼻をかむと、ティッシュを部屋の隅のゴミ箱に投げた。すると、ティッシュはゴミ箱のフチで跳ねて、外側に落ちた。ちっ、ここまで、1つも外してないのに……。後でやればいいような気もするが、やっぱり気になる。しかし、コタツからは出たくない。何としても、出たくない。ふっ、しかし、私は、こんなこともあろうかと、あるものを用意していた。ぱぱら、ぱっぱぱ〜、まーごーのー手ーっ! これさえあれば、こんな狭い部屋の隅など自在に……。あれっ、お前まで私を裏切るというのか? 微妙に届かない。仕方ない。超法規的措置で尻までコタツから出ることを許可しよう。 私は、尻までコタツから出すと、畳にベタッと這いつくばって、孫の手で先ほど入らなかったティッシュをかき寄せた。そのまま、ゴミ箱に放り込もうかと思って、思いとどまる。リベンジだ。もう一度、チャレンジしよう。 ティッシュ片手に元の体勢に戻った私は、もう1度ゴミ箱に向かって放り投げた。すると、あろうことか、ティッシュはゴミ箱と壁の間に吸い込まれるように入ってしまった。なんてこった。こんなことなら、さっきのあの体勢からゴミ箱に投げ入れればよかった。今度は尻で済むだろうか。いや、それ以上は譲れない。なんとか尻で済まそう。 そうだ。そもそも、あんな遠くにゴミ箱があるのがいけないんだ。ゴミ箱自体を傍に置こう。 私は、再び、尻までコタツから出すと、これまた同様に、畳にベタッと這いつくばって、ゴミ箱のフチに孫の手をかけた。申し遅れましたが、ゴミ箱は少し上が広がった逆円錐台の形をしておりまして、こいつを、少しずつ回してこちらに近づけようと……。って、おわっ、ゴミ箱、倒れた! 中身こぼれた。私は、呪詛の言葉を吐きながら、それらをゴミ箱に精一杯の素早さで突っ込むと、ゴミ箱を抱えたまま、コタツに潜り込んだ。 くそうっ、不覚にも冷えてしまった。なんてこった。早く温まらねば。 しかし、体が温まった頃に、新たな問題が発覚する。 テレビのチャンネルはリモコンで変えられる。便利である。しかし、食糧(スナック菓子)も水(といっても清涼飲料水)も尽きた。……私は、このまま死ぬのか? いや、特に待っている人はいないとはいえ、こんなところで死ぬわけにはいかない。基地(台所)に行けば、予備の食糧があり、補給が可能だ。 問題は、誰が取りに行くか、だ。戦力を分析しよう。この隊の隊長である私は考える。しかし、考えるまでもなく、初めから他の隊員などいない。私=この隊の構成員全員。なんて孤独な戦いなのだ。 戦力に続いて、戦況を分析しよう。今、私は、コタツの中という安全地帯にいる。しかし、その周りはと言えば、酷寒の冷凍地獄が取り巻いている。さらに、戸を1枚隔てた台所は、それ以上の寒さであることは、想像に難くない。 くそぅ。こんなことなら、全ての食糧を手の届くところに置いておくんだった。誰だ、太るからこれだけにしておこうなどと言ったのは! ……私だ。 確かに、これ以上食べれば、太るというリスクを負う。積み重なれば、やがて経済不安も引き起こしかねない。しかし、あと少し。あと少しだけ食べたいのだ。やらずに後悔する方が、やって後悔するより、その度合いは大きいと言うではないか(誰が言ったか知らないが)。ダイエットなんてクソくらえだ。今日は、食い物で心の隙間を埋めると決めたのだ。やる。やってやる。決意を新たにしたが、問題はその方法だ。 そのとき、宇宙戦艦ヤマトの沖田艦長のセリフが蘇った。古代進に硫酸の海に潜れと言う沖田艦長。古代が、「ヤマトがとけてしまいます」と言うと、 「5分や10分でなくなるものでもあるまい……とけきる前に鉱脈をさがしだして、波動砲で撃て!」 と言うのだ。 そうだ。これは、電気コタツ。だが、電源の供給が断たれても、すぐさま、コタツの内部温度が下がり切ってしまう訳ではない。 私は、電気コタツ内の熱源ユニットからコードを引き抜いた。アンビリカルケーブル無しでも、しばらくは動ける。私は、コタツの中に潜ると亀のようにそれを背負い、四つん這いで歩きだした。台所へ出ようとして、コタツが戸につっかかって、それ以上進めないことに気付く。ええぃ! ままよ! どのみち立たなければ食糧は取れないのだ。私は、意を決して素早くコタツを出ると、戸棚から瞬時にカルビーのポテトチップス(コンソメパンチ)をチョイスしてひっつかむと素早くコタツの中に潜り込んだ。とうとうコタツから出てしまったが、家臣のために瘴気マスクを外したナウシカのようなものだ。誇りに思え。そう言い聞かせた。 先ほどと逆の行程をたどり、無事元の場所に収まると、すぐさま熱源ユニットにコードをつなぎ直した。やった。私は、生還したのだ。 そのとき、あることに気付き愕然とした。……トイレに行きたくなっていた。 なんてことだ。さすがに、トイレは共同ではない。しかし、トイレに行くには、台所を通って玄関の脇に行かなければならない。コタツ亀作戦では、台所を通過するどころか、この部屋を出られないことは証明済みだ。 そう、コタツが水平では台所の戸につっかえてしまう。では、斜めにしてはどうか? いや、ダメだ。それでは、コタツが床を離れ、コタツ内の暖気は、たちどころに無くなってしまう。考えろ! 考えろ! 考えろ! 答えは、きっと、この部屋の中にある。私は、狭く薄汚い部屋の中を見回した。天井……に答えがあるはずもなく。畳……をはがすわけにも行かず。押入れ……そうだ。押入れだ! 私は、先ほどのコタツ亀作戦で押入れに近づくと、布団を1枚引きずり出した。それを、コタツのあった場所に引っ張っていくと丁寧に畳の上に広げ、その上にコタツを置いて電源を入れた。後は時間との勝負。間に合ってくれ。 私は、限界の一歩手前を見切り、一気に攻勢に出た。一気に布団を引き抜くと、それを身にまとい、トイレへと駆けて行った。
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