裏の世界には、様々な勝負がある。 いくら勝ち続けても、表の世界で脚光を浴びることはない。 それでも、そんな勝負に命を懸ける熱い男たちが居る。 彼もまた、その一人。料理勝負に命を懸けるキッチン・ファイターなのだ。
「今度のカツ丼勝負に出す料理はできたのか?」 いかにも、といった感じの口ひげを蓄えた男。表の顔は、この店のオーナーだが、 彼こそが、裏料理世界を牛耳る男にして、彼のボスであった。 「出来ております」 蓋つきの丼を差し出す。 「むぅ、これは、一口大に切った鶏肉に敢えて衣を付けずに卵でとじたのか…って、 これ、親子丼じゃねぇか!」 「は?」 「『は?』じゃねぇだろ!これは、親子丼だっ!」 「この斬新なカツ丼に、似た料理が既にあるのですか?」 「斬新じゃねぇし、そもそも衣が無い時点でカツであることを放棄してんだろうが! ちゃんと、やらねぇとクビにするぞ!」
オーナーはイスに座りなおす。 「じゃあ、サラダ勝負に出すサラダを出せ!」 「はっ、こちらです。生野菜が嫌いな人でも食べやすい画期的な工夫をしております」 「むぅ、なんとっ!これは、温かい。キャベツをメインとした野菜と豚肉、それを高 温で炒めて、辛味噌で味付けをしたか…って、これは、回鍋肉だっ!」 「えっ、これにも類似した料理が…?」 「てめぇ、本気で言ってるのか?」 「世界を旅しているときに、出会ったのですか?」 「そこらへんの定食屋でいくらでも食えるわっ!中国4000年の歴史パクッといて、 スットボケてんじゃねぇ!だいたい炒めちまったらサラダじゃねえんだよ!」 「ですから、生野菜を食べやすく…」 「生じゃねぇっ、つってんだろ。生のまま食べやすくしなくちゃ、生野菜を食べやす くしたって言わねぇんだよ!」
肩で息をしながら、またもや、オーナーは座りなおした。 「分かってんだろうな?次は無ぇぞ。うどん勝負のうどんを出せ」 「これは、絶対の自信があります」 差し出された料理は、まだ、ジュウジュウと音を立てている。 「箸では無くて、こちらでお召し上がり下さい」 と言って、何やら金属製の物を手渡す。 「むぅ、これは、何ということだ。熱された鉄板の上で、ソースが香ばしい香りを放 ち、さざ波のように細く幾重にも引かれたマヨネーズが、まるで絵画のようだ。さら に、その上で鰹節が命あるもののように踊っている…って、これは、お好み焼きだー!」 オーナーは、手にしたコテを床にたたきつけた。 「えっ、これも、既にあると…」 「ある、なし、以前に、うどんとお好み焼きって、原料、小麦粉って以外に共通点あ るか?」 「え?いや…」 「そもそも、こんな丸くて平べったい麺があるか?」 「それは…、その…、非常に太い麺を薄くスライスしたと、お考え頂ければ…」 「頂けるかーっ!てめーは、クビだーっ!」
こうして、この料理人は、裏社会からも姿を消すことになったのだった。
(おしまい)
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