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作品名:横断歩道にイタズラを 作者:

最終回   1
「おい、春斗。お前、赤い横断歩道って知ってるか?」
 ある日、友人の健二が朝っぱらから奇妙なことを口にした。僕は鞄を机に置くなり、「それって何?」と興味深く問いかけた。クラスには半分ぐらいのクラスメートが来ており、遅刻もしないが早くも来ない僕は数番目にその噂を聞くことになった。
 健二は僕の興味が当然かのように興奮しながら続けた。
「俺、見たんだよ、三宮で。センター街に入る手前に太い横断歩道があるじゃんか。あれがなんと今朝、赤い色だったんだよ」
 僕は健二に冷たい視線を送った。
「健二、東日本大震災って知ってるか?今それで皆、大変なんだよ。日本中が必死なの。そんな時になんでそんな嘘ついて楽しもうとするかなあ」
 2011年3月11日に起こった大震災。ここ神戸では他人事ではない。十何年も前、神戸も阪神淡路大震災で苦労をしており、復興するまでとても時間がかかった。今、神戸ではいたるところで募金活動が行われており、僕も先日わずかながらだが被災地のために協力させてもらったところだ。
「もっと真面目になれば?っていうか、そんなに勉強するのが嫌なわけ?」
 ところがこの言葉に健二は猛抵抗した。
「違うんだって!ほんとに赤かったんだって!なあ、耕介!お前も見たよなあ!」
 呼ばれた耕介は女子の輪から外れてこっちにやってきた。
「そうよう。それほんとなんだから。そこ通った人、皆ビックリしてたわよ」
 耕介と呼ばれた友人はオカマである。オカマのくせに人に嫌われていないのは、そのオカマっぷりに対して開き直っているというか、まあ堂々としているからである。悔しいことに女子からの受けもよかった。僕たち男子は「どうしてこんな奴が」とは思うが、性格は悪くないのでなぜか憎めないのである。
 僕は健二よりは信頼している耕介の話に耳を傾けようと思った。
「それ、どういうこと?横断歩道ってあの横断歩道?あの歩いて渡る?」
「そう、あの横断歩道よう」
 健二は「俺が言った時は信用しなかったくせに」という視線を僕に浴びせたが、僕はそれを無視し耕介の話の続きをうながした。
「その横断歩道が赤かったの?ほんとに?見間違いじゃなくて?」
「見間違いじゃあないわね」
 耕介は健二の顔を見た。すると健二がさらに続けた。
「俺ら今朝三宮から帰ろうとしたら、そりゃあもう真っ赤っ赤だったんだからビックリよ」
「へえ……」
 三宮は『さんのみや』と読み、神戸の中心地の繁華街である。センター街というのはアーケードがかかったメイン通りで、健二が言う「センター街に入る手前の太い横断歩道」とはおそらくセンター街東口から東に向かってかかっているもののことだろう。
 そこが赤かった?当然、僕は不思議がった。
「なんで赤いの?誰かのイタズラかな」
「さあ、たぶんそうなんじゃない?でも真っ赤っ赤だったわよねえ。ほら健二、写真見せてやってよ」
「そうそう、これなんだよ」
 健二はズボンのポケットから携帯を取り出し、そこに写した写真を見せた。
「うわ!」
 正直、半信半疑だった僕は驚いた。ほんとに真っ赤だ。これ本物の写真?僕は二人に最後の確認をした。
「これ、マジなわけ?」
「そ。マジなわけ」
 二人は声を揃えた。

 学校の授業が終わった後、僕たちは早速その横断歩道を見に行った。僕は真面目な卓球部だが、体調が悪いということで早退させてもらった。健二は野球部の幽霊部員だから抜けるのは簡単だった。耕介は華道部の部長を務めている。これもある種、抜けやすいのかもしれない。
 僕は三宮に向かう途中、二人に一応の理由を聞いた。
「あのさ、分かりきったこと聞くようだけど、なんで早朝に三宮にいたわけ?」
 だけど聞いたあと、僕は後悔した。
「いや、いい、答えなくても。僕の趣味じゃないこと別に聞きたくないし」
 それを聞いた耕介は呆れ顔で答えた。
「春ちゃんは真面目ねえ。あたしたち、なんにも悪いことしてないわよ?ただ可愛い女の子二人とカフェでお茶してただけなんだから」
「そ、カフェでお茶だけね……」
 彼らの趣味はナンパである。僕はこのナンパというものがどうにも好きになれない。いきなり声をかけてその女の子と仲良くなるって、なんか大切な手順をすっ飛ばしているようで嫌いだ。
 耕介の隣で健二はがっかりしていた。でも耕介のほうは満足したようだった。なんといっても耕介の特技は女の子の悩みを聞くことだ。これはもはや趣味と化している。ある種の悪趣味だなと常々思う。
「そんなことより、あの角曲がったら見えるわよ。あたし、色の付いてる横断歩道って初めて見ちゃったわ」
「ほんと、今でもあるのかね」
 健二が角を覗き見るような格好をした。いよいよ見えてくる。真っ赤な横断歩道。一体どんなものなんだろう?
 僕たちは角の建物を曲がった。そこには。
「すげえ!」
 真っ赤だった。本当に横断歩道が赤かった。道行く人たちも異様な雰囲気で通り過ぎてゆく。ただ今朝聞いた話と違ったのは、すぐそばに警察が数人いたことだ。その周りにはカメラを持った新聞記者と思われる数名も立っていた。
「当たり前だよな、こんなイタズラしちゃ。これ今日の新聞載るんじゃね?」
「夕刊ならもう出てるはずよ。帰りに神戸新聞買って帰りましょ」
 僕は赤い横断歩道になぜか感動した。たぶんこんなことやっちゃいけないんだろうけど、なにせ色付きの横断歩道というものを初めて見たのだ。怒りよりも先になぜか僕の心は新鮮な興奮を覚えた。
「でも誰がなんでこんなことしたんでしょうね。赤く塗って何か意味があるかしら」
「最近流行りの自己主張ってやつ?」
 僕らは首を捻った。それにしても。
 横断歩道に色を塗る奴がいるなんて。考えもしないイタズラだった。僕の心は高鳴った。そして健二と耕介を急かした。
「ほんとだったな!すげえじゃん!なあ、早速夕刊買いに行こうよ!」
「そうだな」
「行きましょ」
 僕らは急ぎ足でそこから北側のポートライナー三宮駅に繋がる陸橋を渡り、駅のすぐそばにあるコンビニに駆け込んだ。
「あった」
 健二は置かれていた新聞の中から神戸新聞の夕刊を手にした。
「誰が払う?」
 その問いに「せこいこといわないの!あんたが払えばいいでしょ!」と耕介の容赦ない言葉が飛んだ。さすがに健二がかわいそうだなとは思ったが早く新聞が見たい。「ええ〜」と言いつつも、しぶしぶ財布を出そうとしている健二にここは甘えることにした。
 僕たちはコンビニを出て神戸新聞を広げた。一番最後のページ。そこに小さな記事があった。
『横断歩道に着色。イタズラか』
 見出しにはこう書かれていた。記事の内容は僕たちが見た通り。神戸の三宮の横断歩道が赤く塗られているということ以外は何も書かれていなかった。
「すげえな。すぐそばのことが新聞に載ってらあ」
 健二は目を丸くして驚いた。
「ま、珍しい事だからね。そりゃあ載るわよ」
 でも斬新なイタズラだったなあと余韻に浸った僕は、これがこの一件で終わるものだと思っていた。ところが数日後、健二たちはまた何かを発見したのである。

「ちょっと春ちゃん、すぐ来て!」
 そのメールが入ったのは僕が部活を終えて帰宅した時だった。耕介からのメールだった。何事かと思った。僕は耕介に携帯で電話をかけた。
「もしもし、どうした」
 すぐに繋がった耕介は興奮した声でこう言った。
「大変よう!今度は黄緑の横断歩道が現れたの!場所は元町よ!南京街の東口のすぐ前の歩道が今度は黄緑なのよう!急いで来てちょうだい!待ってるわ!」
「わかった。すぐ行く」と言って僕は電話を切った。この時間に三宮の隣の繁華街にいるということは100%の確率で健二も一緒だ。僕は何日か前のあの興奮を思い出した。そして今度は何かが始まるような、すでに始まっているような予感を覚えた。

 神戸の中華街、南京街の前の横断歩道は黄緑色をしていた。そこには昨日と同じように警察と記者が来ている。僕は耕介とやっぱり一緒にいた健二と合流した。ただ二人の隣にはこの間と違い、女の子が二人いた。
「おいおい、なんかどうなってんの?これ何?」
 開口一番、健二が大きな声を出した。僕は健二と耕介に急いで尋ねた。
「誰が見つけたの?」
 その問いに耕介が答えた。
「この子たちよ」
 耕介は女の子二人に顔を向けた。その内の一人はショートカットの頭に青色のワンピース。もう一人はセミロングの髪にピンクのカーディガンを着ている。
 そのワンピースの子が話し始めた。
「私たち、元町でぶらついててこれを発見したんです。それでしばらく見てから三宮に行ったら健二さんと耕介さんに声かけられて……。で、お茶しながらその話をしたんです」
「それで見に来たってわけよ」
「これで二度目とはね」
 健二と耕介は顔を見合わせた。
「一体どういうことなんだよ。何が始まろうとしてんの?」
 僕は正直、不安になった。でも反対に何かに期待しようとしている自分にも気づいていた。これで終わるのか、終わらないのか。単なるイタズラか。それともメッセージか。何かは分からなかった。そしてこの不可思議な現象は一気に広がりを見せた。

『色、色、色。横断歩道に』
 街は異様な雰囲気になった。赤の横断歩道が発見されて以来、一ヶ月ほどで着色された横断歩道が爆発的に増えたのだ。朝刊の見出しを見て、なんだかすごいことになったと僕は思った。
 このニュースは全国に発信された。そしてこの珍しい現象を一目見ようと他の地域から見物客が来るようになったのだ。
「すごいことになってんな。他のとこもか?」
 朝御飯を一緒に食べていた父さんがニュースを見て言った。その中にそれを見物に来た人にインタビューをする場面があった。その人はこう答えていた。
「神戸がすごいことになってるって知って、急いで見に来たんですよ。え、うちとこ?私は大阪から来たけど、そんなことにはなっていないわ」
 他の人もそうだった。
「僕は隣の芦屋から来たんだけど、不思議なんだよ。神戸に入った瞬間、横断歩道に色が付いてるの。神戸、どうしたの?」
 スタジオにカメラが戻って男性アナウンサーがまとめた。
「どうやら神戸の横断歩道にだけ色が付いているそうです。これは一体どうしたことでしょうか。イタズラにしては大掛かりすぎると思うのですが……」
 隣にいた女性アナウンサーが男性アナウンサーに聞いた。
「これは神戸の全ての横断歩道ということですか?」
「いえ、それは違います。まばらなのですが、それにしても色付きの横断歩道が多いですね。しかもそれぞれ違った色をしているんです。これは一体どんな意味を持つのでしょうか」
 男性アナウンサーはまた、反対隣に座っている神戸研究家の中年ゲストに問いかけた。
「どう思われますか、藤谷さん」
 藤谷と呼ばれた男は「う〜ん」と言った後、こう答えた。
「これはもしかして、『違法アート』かもしれませんね」
「違法アートとは?」
「ほら、よくシャッターなんかに落書きをするでしょう?あんな感じで横断歩道が狙われているんじゃないですかね」
 男性アナウンサーは首を捻った。
「ではなぜ神戸だけなんでしょうか?」
「それは分かりません……」
 解決を見ないまま、このニュースは終了した。ただ僕は、その答えがすでにこの番組で報道されているような気がした。

「観光客が増加した」
 これを神戸市民が知るのはそう遅くはなかった。僕と健二と耕介は部活帰り、また三宮で合流した。
「うおー、すごいな!めちゃくちゃカラフルじゃん!」
 僕たちが立っている三宮の十字路。ここにかかっている四つの横断歩道は全て違う色をしていた。一本はピンク、一本は黄色、また一本は緑で、最後はなんと金色である。
 もちろん警察は元の白に戻すことに躍起になっていた。だが横断歩道のカラー化が追いつかないのである。三宮にはいつもよりたくさんの人がいた。皆、写真を撮りまくっていた。
「思うんだけどさ」
 僕は二人に切り出した。
「何?」
 二人は揃って僕を見た。
「これが狙いだったんじゃないの?」
「どういうこと?」
 僕は真面目な口調で答えた。
「今、東日本大震災で大変だよね。で、神戸も同じ震災にあったわけだ。色んな所から今、『観光客』が神戸に来てるよな。誰がやってるか分かんないけど、犯人は神戸をこのタイミングでより『復興』させようとしてるんじゃないかな」
 耕介が目を大きく開いた。
「当たっているかもしれないわね、それ」
 健二もこのカラフルな横断歩道を見渡して手を腰に当てた。
「俺は嫌いじゃないぜ、これ。なんてったって明るいじゃねえか、神戸が」
 僕らは三宮から帰ろうとした。するとそこには。
 三宮から少し東に行ったところに、二ノ宮という寂れた街がある。そこの横断歩道だった。横断歩道は全体的に白い長方形の形をしている。その真ん中に赤い丸が書かれていた。そしてその中に黒文字で……。
『日本一丸』
 この文字を見た瞬間、僕たちは胸躍った。例え犯罪だとしても許してしまえそうな犯罪だ。僕たちは携帯を取り出し、その横断歩道の写真を撮った。そして三人で笑いながら肩を組んで家に帰った。

 ほどなくして犯人は捕まった。それは複数だった。テレビや新聞で知ったけど、それはやはり普段シャッターや街の壁に落書きをしている不良たちだった。それが赤の横断歩道の一件で彼らの間に流行したらしい。
 警察は彼らに動機を聞いた。けれども彼らは「ただのイタズラです」と答えたらしい。
 でも実際はどうだろう。彼らのおかげで神戸に人がやってきた。神戸が良くも悪くも盛り上がった。僕は思う。彼らは本当にイタズラ心でやっただけなのか。もしかしたらそうかもしれない。でも僕は少しだけ彼らに味方したかった。
 話題になった神戸。阪神淡路大震災からようやく復興した神戸。そして今。
 東日本大震災で多くの人が犠牲になった。被災した街が復興するのにはかなりの時間がかかるだろう。
 僕はこの事件は彼らなりの『復興のアイデア』だと信じたい。ルールに違反することはこの際、ご愛嬌ではないか。と、思うのは僕がまだ高校生で甘いからだろうか。
 ちなみにこのカラー横断歩道で交通事故は一件もなかったという。横断歩道はみんな明るい色をしていた。事故に対する配慮かもしれなかった。かえって目立ったのかもしれない。
 ほどなくして神戸の横断歩道は全て元通りになった。僕は学校で相変わらず健二と耕介と仲良くやっている。そして時々、あの写真を振り返る。
 僕はあれから少し変わった。二人と一緒にナンパをするようになった。もしかするとまた新しい何かに出会えるかもしれないと思ったからだ。僕たちは部活終わり、今日も三宮に繰り出した。そして女の子に声をかけた。
 すると女の子たちは言った。
「知ってる?横断歩道に色を付けた人の中には、あたしたちみたいな可愛い女の子もいたらしいよ」
 僕たちは顔を見合わせた。僕らはこの子たちに負けたと思った。そして今日は夜遅くまでこの子たちの話をじっくり聞いてみたいと思った。


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