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作品名:ルーザーズ ハイ 作者:宮本野熊

第21回   21
 肌を突き刺す陽射しはワイシャツをも焦がしてしまうのではないかと思われた。猛は目のくらむ程の猛暑に耐えながら飲食店を見つけては飛び込んでいった。

 競馬の師匠に言われた通り種銭を稼ぐために得た仕事は業務用エアコンの営業であった。初めは昼は師匠のしたように土木作業、夜はコンビニでアルバイトをしていた。一か月必死になって昼夜働いて稼いだ金は三十万になった。しかし、家賃、光熱費、交通費、食費を節約して手元に十万と少しが残った。金が手元に残ったことで気持ちに余裕がでてきた。一回くらいは、いいだろうと。これを元手にそれまで我慢していた競馬に行こうと考えていた土曜日、師匠から連絡が入った。

「どや、一か月働いて幾らになった」

「三十万ちょっとには、なりましたけど。支払いを済まして残ったのが十万ちょいです」
 
「そうか、まぁまぁやな。けど百、貯めよう思うたら一年はかかりそうやな。一年我慢できるか競馬?」

「はい、頑張ります」

「そうか。そやったらええけどな。ワシもそやったけど、小銭入ったら、入ったでちょっとだけいうて変な気持ちになるもんや。ええか、約束やで。きっちり金貯めるまで絶対に馬券買うたらあかんで。この約束はな、ワシとあんたの約束ちゃうで。あんたと競馬の神さんとの約束や。そこんところをよう覚えときや」

 師匠の言葉に猛は背筋に悪寒が走ることを感じ、暫く沈黙をしていた。

 「なんや、図星やったんかいな。まぁ、しゃぁないわ。せやけどな、思うんはしゃぁないで済むけど、ホンマに馬券買うてしもたらしゃぁないでは済まされへんで。ここは我慢のしどころや。頑張りや」

 そう言うと電話は切れてしまった。

 師匠からの絶妙のタイミングの電話があってから、もっと早く稼ぐことのできる仕事はないものかと深夜のコンビニのバイトの休憩時間に求人誌を見ていると営業マン募集の広告に目が留まった。

『業務用エアコン営業、平均月収五十万。頑張り次第で百万以上可能』

 翌朝、その会社に電話を入れて即面接。その場で、採用が決まり、入社を決めた。
固定給は十八万、月に三台の契約達成がノルマであった。四台目からは、歩合給が付く。五台目までは五万円、六台目からは一台決まるごとに十万円の歩合。業務用エアコンは、一件の店で二台、三台の契約になる場合もあるという。飲食店の他には、理・美容院、パチンコ店、工場とどこでも顧客になってくれる可能性はあるらしい。

 猛はその翌日から、以前の会社の顧客を廻り始めた。

「この仕事は、必要とするお客さんを足で探す仕事です。新しい機械が幾ら性能が良くても、節電できても売れるものではありません。お客さんにとっては、決して安い買い物ではありませんから。でも、長年大事に使ってきて、もう壊れるかもしれないというお客さんに当たれば必ず買っていただくことができる。それが、業務用エアコンの営業です」
という担当上司の説明に、猛はとにかく歩き廻った。通りに目についた店とえ言う店、工場という工場へ飛び込んでは、エアコンの調子を伺った。大抵は断られるが、それでも一日百件近く飛び込み営業を続けているとたまに最近エアコンの効きが悪いと言うお客にぶつかった。そういうお客全部に売れるわけはないが、それでも不安を抱えるお客の三割に契約をもらうことができた。そして、初月の給料は五十万を超えた。

 二か月目、猛は競馬のことは気になりながらも仕事に励んでいた。

 総ては勝負のためと自分に言い聞かせ来る日も来る日も飛び込み営業を続けていた。

 週末になると決まって師匠から電話があった。師匠には、エアコンの営業をしていることは知らせてある。稼ぎも、土木作業やコンビニでのアルバイトよりもかなり良くなったことも知らせた。この分だと、あと三か月もすれば目標の百万は貯めることができそうだとも伝えた。

「そうか、あんじょうよう仕事しいや。せやけど、絶対に馬券買うたらあかんで」
師匠は電話のたびにそう言った。


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