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作品名:ルーザーズ ハイ 作者:宮本野熊

第10回   10
「にいちゃん、どないしてん。深刻な顔して」

 オッチャンに肩を叩かれ、我に返った猛は、力なくオッチャンの方に向いた。

「俺ってどうしてこんなについてないんですかね」

 猛が思いつめた表情で話しかけると

「にいちゃん贅沢言うたらあかんわ。現に、あんたの買おうとしてた馬は入らんかったやろ。その馬券を買うことができんかったことが、ついてないって、そんなことはないで。ついてたから買えへんかんったんとちゃうか。その馬は、違うでって教えてもろたんやろ。それはごっついツキや思わんとな。捨てようとしてた金が戻って来たんやで」

「でも、……」

「でも、なんや。勝てへんって言いたいんか」

「……、ハイ」

「そんななあんたの状況で競馬で勝とうなんて考える方が間違いとちゃうか。あんたほんまの意味では生活かかってへんやろ。生活言うより人生かかってへんやろ。負けてもしゃぁない思うて張ってるやろ。なんとか、入ってくれっていっつも思ってるんと違うか。それはな、遊びや。普通の人にとって競馬はな、遊びや。遊びは、遊んでもええ状態でやるもんや。ルーザーズハイって言葉知ってるか?負ければ負ける程、金をつぎ込みたくなるんや。マラソン選手のランナーズハイみたいなもんやな。脳の中にアドレナリンが分泌されるんや。負けが込めば込む程にこいつが脳の中に湧き出て来よる。例え一時勝っても、負けるまで、出て来よるんや。遊びやとなこれが余計にひどうなる。なんせ自分の心以外、何にも止めるもんがないんやからな。せやけどワシとってはな、競馬は遊びとちゃうんや。生活がかかってる。もっと言うとな、人生の総てがかかってるんや。ワシには、他のなんにもできることがない。これ以外にワシには何にもないんや。まだ、あんたにはわからんかもしれんけどな、遊びで博打、打つモンとワシらとでは見るもんが違うんや。そら、なんぼいうても所詮は博打やワシらでも勝つときもあれば負ける時もある。せやけどな、同じ負け方はせん。勝負にきっちり線を引くことができる。ルーザーズハイにならんようにな。これが、博徒や。博徒言うたら、昔は胴元のことを言いよったけど、最近では開帳はご法度やからワシらみたいなもんは博徒って呼ばれるようになった。あんたを初めて見た時な、久しぶりに素の打ち方を見せてもろた。それまで、競馬やったことない言うてたやろ。何にも考えんと馬券買うて、それも蓋を開けたら大穴や。いくらビギナーズラック言うても普通かすりもせんところや、それが来た。あんたの馬券は当たらんかったかもしれへんけどあの馬を引き寄せるなんかは持っとる筈や。もしかしたら、ええ引きをもっとるかもしれへん思うたわ。せやけどな、やっぱり所詮博打のことやいらんおせっかい出すよりも深入りさせん方がええ思うたから『もう止めときや』って言うたやろ。嵌るとそう簡単には抜けられん。それが博打やからそう言うたんや。まっ、遊び位でやるんなら、娯楽の一つや思うたらそれもええ、せやけどな、あんたの今の状態ではそれもしたらあかん。その道のモンがあんたのためを思うて言うてるんや。悪いこと言わへん、これでもう止めとき」

 オッチャンの話は、教師が生徒を諭すようにも、医者が患者を宥めるようにも聞こえてくるようであった。

「でも……」

「でも、やない。あんた、このままいったらなんもかも中途半端で終わってしまうで。何のために生まれて、ここまで育ててもろたんや。何か早うあんたの人生賭けてみるもん見つけんかいな。ぼやぼやしてたら、すぐ年取って何かやろう思うても体も頭も働かんようになってしまうで」

 猛は、オッチャンの話に返す言葉もなかった。

 場内には、また次のレースの投票を締め切るベルが鳴り響いていた。

 慌てて馬券売り場へ向かう人、新聞を見ながら馬券を眺めている人、仲間同士で今日の成果を話する人、一人でぼんやりとコースを見つめる人。競馬場にいる人たちの中には、猛のように切羽詰って馬券を買っている人もいるに違いない。暇をつぶすだけに座っている人もいるだろう。いつか当てた万馬券をもう一度と夢見て馬券を買い続ける人もいる。外れれば、当たるまで買い足し、買い続けるのが競馬に嵌る人の性となる。当たれば外れるまで、外れれば当たるまで買わなければ気が済まなくなる。それが、ギャンブルというものであるとオッチャンは猛を諭すように語った。

「わしが言うことやないけどな……」
とオッチャンは繰り返していた。

 オッチャンの言うように猛も例に漏れず、これまで当たっても、外れても金がなくなるまで、最終レースまでいつも買い続けていた。

 それも勝つ打ち方を知らないからだと言う。

―勝つ打ち方?

「……勝つ打ち方」
とつぶやくと、猛は思いつめた顔を向け、肩に置かれた手を握り返し頭を下げて今度は叫ぶようにしてオッチャンに向き直った。

「オッチャン。僕を、オッチャンの弟子にしてください!お願いします!お願いします!」


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