「やっぱり先生も男なんでしょ」 そう言うと女は淋しそうな表情で俯いた。
深夜、男が女を送っていた時のことである。
男には女の言葉の意味がわからなかった。 男が、首を傾げ、女の方を向いた。
女は、男の返事など期待していないように言葉を続けた。
「お腹空いたね。なんか、ご馳走してよ」
「でも、もう終電なくなっちゃうよ」
「なんか食べて、終電なくなっちゃったら先生のとこへ泊めてよ」
男は、漸く女の言った『男なんでしょ』という言葉の意味が理解できた。
「じゃ、ラーメンでもいい?」
女は、笑いながら頷いた。
「なんでもいい……」
男と女は、同じ塾で働く同僚である。男は、講師。女は、事務をしていた。その日は、受験シーズンも終わって打ち上げがあった。子供たちも無事それぞれの進路を決めて一年の内唯一、ホッと一息つくことのできる時期でもあった。ひと時の解放感からか、皆、足取りは覚束ないほど飲んでいた。 打ち上げも終わり、違う電車に乗る同僚達と二人は別れた。
そして、二人は駅前に出ていた屋台でラーメンを食べた。
タクシーを拾うと二人は男のマンションへと向かった。
「散らかっているけどいい?」
女は、頷き。それきり車の中での会話は途切れた。
六畳のワンルームが男の住まいであった。男は、部屋に入ると、床に散乱していた本を片付け布団を敷いた。
「布団一枚しかないから、一緒でいい?」
男が言うと女は、頷いた。
「先に、シャワー借りてもいい?」
女の言葉に、男は、新しいタオルとバスタオルを女に渡した。
女が、シャワーから出てくると 「先生は?」 と言った。
男は、 「僕は、いいや。早く寝よう」 と言って布団に寝転がった。
女は、毛布をめくり男の隣に体を滑り込ませた。
「枕は、これを使って」 と男は、何枚も重ねて一つにまとめたタオルを女に渡し 「おやすみなさい」 と言って電気を消した。
女は、男の仕草が可笑しくて、思わず微笑んだ。
男は、女の体から発する体温を心地よく隣に感じ微睡んでいた。
女は、待っていた。男の来ることを待っていた。しかし、それは、いつまで経っても起こらなかった。
「先生、寝たの?」 と女は聞いてみた。
「ううん、まだ、なんだか緊張して寝られなくって」 女は、思案した。そして、こう言った。
「男でしょ」
男は、女の言葉に決心をした。男は、毛布をめくり、布団から体を出し床に丸まって寝転がり、固く目を閉じた。どれくらいの時が過ぎた頃か、男は眠りに落ちていた。 男は、女の言葉を守り、男としての役目を果たしたという満足感の中、眠っていた。
朝、目が覚めると女は、部屋にはいなかった。 その日の夕方、塾に行くと女は、男と目を合わせなかった。それ以来、二人は話をすることもなくなった。
男は、男としての責任を果たすことは、難しいものだと感じた。
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