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作品名:おとことおんな 作者:宮本野熊

第3回   決めるのは男?
   決めるのは男?

 ある女性が行きつけのバーで、カウンター越しに男性店員と恋愛について語り合っていた。

女:どうしたらいいと思う?

男:どうしたらいいって、別れるつもりなら会わないようにするだけじゃないのかな

女:別れようかとも思ってるんだけど……。でも、三年も付き合ってるとね……。わたしも一応結婚願望はあるわけじゃない。もしかしたらこの人かなって思ってたんだけど、向こうにその気があるのかないのか、いまいちはっきりしないし―

男:付き合って三年か結構長いね。それで、今、いくつになったんだっけ?

女:知ってるくせに、わざとらしい。三十超えて何年か……よ。だからって、別に焦ってるってことじゃなくて、将来を考えられないのならもう別れた方がいいかなって―

男:結婚か……。それだけじゃないと思うけどね、付き合うっていうのは。でも、別れようと思ってるのなら、ただ会わないようにするだけだよ

女:そうなんだけどね、別に嫌いになったって訳じゃないから、そこができないのよ。ごはん食べに行こうかって誘われたら、やっぱり出かけちゃうんだよね

男:じゃ、本気で別れようって思ってるわけじゃないんじゃないの

女:優柔不断なのかな私って、どちらにしても決心がつかないの……


 生き方も考え方も人さまざま。

 それなりに人生経験も豊富になってくると、心を一つに決めるということが中々難しくもなってくる。

『決』という字には、水の流れを切るという意味が含まれている。“決”には、堤を築き水の流れを導くという意味がある。(『常用字解』平凡社)

 人にとって、目の前を流れる人も物も金も仕事もその他様々なシガラミも水のようなものなのかもしれない。“一つ“を決めることにより、それに伴って流れが変わり、予期せぬ新たな変化が起こるものだということに気付き始めると、その内、人は決めるということに対して臆病にもなってしまう。どうかすると”決める“の代わりに”委ねる“ということの方を無意識に選択することは間々あることなのだろう。

 女は、彼女の恋愛の行く先を決めるために、相談する相手を必要とした。そして、以前よく通っていたこの店を訪れた。

男:優柔不断っていう訳じゃないと思うけど。微妙だよね

女:そうなのよね。本当に好きって感じられた人に奥さんがいるっていうことがね

男:どれだけ好きだっていったところで、結局は世間的には理解されないもんね

女:彼に奥さんがいるって初めから、わかってこうなったんだけど。それにしても、こんなに好きになるなんて思ってもいなかったから……

男:それで奥さんと別れてって言ったんだ

女:別れてっていうか。私のこと本当に大切に思ってくれてるんなら、直ぐにとは言わないから三年、これまで付き合ってきた年数と同じだけ待つから、その間にちゃんとして、あなたの気持ちを見せてよって言ったの

男:三年か長いな。でも、よくそうやって言えたよね。それで相手はなんて言ったの?

女:『わかった』って、『ちゃんとするから見て……』って

男:それで、どうなのその後

女:全然前と変わらない。会う回数は減ったけど、私もあの人のこと嫌いじゃないから誘われればつい出て行っちゃうし

男:で、別れようかどうか迷ってるんだ

女:そう。でも、誘われると弱いから私。知ってるでしょ……


 この後も、彼女は相手をしてくれたマスターが店を閉めるまで飲みながら話し込んだ。営業時間が終わると店を替えて、そのマスターとまた飲みに行った。結局その日、彼女は、その男とベッドを共に過ごすことになった。

 彼女は気づいていた。彼女が、何かに悩んだ時に無意識に異性を必要としてしまうという癖を抱えていることに気づいていた。しかし、身も心も曝け出し、体を合わせながらする相談は、彼女にとっていつもこの上のない癒しともなっていた。またいつからか、大抵の場合、そうなることで男の方から彼女の抱える悩みに答えを出し、解決してくれることを学んでもいた。

 彼女は体を重ねながら抱える悩みを話し、それを受けて彼女の耳元で囁く男の声を聞く。期待したような答えが返ってくると男を抱きしめる腕に力を込め、そうでなければ、身をよじる。余計な言葉は必要なかった。そうすることで、彼女は自身で決めなければならないという煩わしさから解放されるのである。

 その後―

 それまで付き合っていた男性には、一夜を過ごしたあのマスターが電話をした。

 未練はもちろん残っていたが、さよならを自ら言う事もなくそれまで付き合っていた男と別れた。

 彼女は、これでよかったのだと納得した。

 そして、彼女にはすぐに新しい交際相手ができた。あの店のマスターではなかった。彼女にとってマスターは恋のよき相談相手というに留まっていた。


 新しい恋人は、彼女より二つ上。話題も豊富で、ユーモアがあり一緒にいて会話に飽きることがなかった。最近では将来のことを話し合うようにもなっていた。

 ただ、彼女には不安があった。

 人間的には申し分のない彼であったが、彼の収入では、これまで彼女が夢に描いていたような結婚生活は望めそうにもなかった。

 結婚後の生活費―

 彼女は真剣に悩んでいた。彼女は、結婚してからも困ることのないよう、誰に相談したらよいものかと、今、真剣に考えているところであった―。


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