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作品名:おとことおんな 作者:宮本野熊

第2回   想いやり(思いやり)
女:「今、ちょうど電話しようと思ってたところ。タイミングいいね」

男:「本当?気が合うね、ぼくたち」

女:「そうね、何してたの?」

男:「テレビ見てて、もう寝ようかなって思ってたところ。寝る前に声だけ聞きたいな
って思って電話したんだ」

女:「そっか、ありがとう。わたしも、もう寝るだけ」

男:「明日、楽しみにしてるね。」

女:「りょうかい、電話ありがとう。おいしいもの期待してるね」

男:「わかってるよ。いいお店もう予約したから」

女:「ありがとう」


 今日も、一日が終わろうとしていた。

 男と女は、それぞれに想いを馳せながら電波という赤い糸を頼りに自分の思いを伝えようと電話をかける。

 思うという言葉は、考える働きをする脳のあるところを意味する囟(ひよめき)幼児の頭蓋骨の縫合部分である囟(シ)に心を加えて考えるとする自己完結の思いである。 一方、想うは、相(そう)という生い茂った木の姿を見ることによって、見る者の生命力を盛んにする魂振りの儀礼をいい、これを他の人に及ぼして「おもう」ことをいう。それで遠くに想いを馳せる(思いをやる)の意味があり、想像のように用いるようになった。(『常用字解』平凡社)

 思いが、希薄になった時、人は人の想いから束縛されずに気ままな行動をとったりもすることを忘れてはならない。

「電話?誰、こんな時間に?」
女は、シャワーを浴びて部屋に戻ってくると男が電話を切る姿を見つけて聞いた。

「会社の後輩、仕事のことで悩んでるらしくって、相談があるって。明日、会うことになった」

「そう、でもなんだか嬉しそうね。女の子?」

「そうだけど、仕事の話だよ。食事しながら、話するだけ。話、終わったら直ぐ連絡するよ」

「そう、それじゃ、わたしも、明日は、男と友達と食事”だけ”行こうかな」

「……」

「怒ったの?嘘よ。ちゃんと待ってるから、明日、話済んだら連絡ちょうだい」

 女の言葉に気を取り直したように男が言った。
「仕事の話だから、もしかしたら遅くなるかもしれないけど、終わったら、すぐ、ここに来るよ」

「わかったわ、待ってるね」

 そして、二人は、普段より少し激しく思いを遂げた。

 一方、先の電話の女は、一度切った電話をしばらく見つめていたが気を取り直したかのようにリダイヤルを押した。即留守であった。

『もう、寝たのかな?』
と思いながらも、慌てて電話を切ったことで何か物足りなさを感じていた。

 今度は別の電話番号を選んでかけて見た。何度目かのコールの後、電話がつながった。

「ごめんね、こんな時間に、寝てた?」
「いいや、いま、友達と飲んでるところ、どうしたの」
「なんだか寝つけなくて、電話しちゃった」
「今、五人で、飲んでるんだけど、ツーカップルと俺一人。よかったら、おいでよ」
「いいの?」
「待ってるから、おいでよ、いつもの店」
「P?」
「そう、待ってるから、気をつけて、でも急いで来てね」

 どこにでも見かける、誰もが経験する風景かもしれない。互いをつくろい、それでも必要とされているという意識からか、罪悪感にとらわれることなく、多少呵責にさいなまれつつもその場面を切り抜けるようとする思いが、人の思考を鍛え上げる。

 希薄になった想いは、人の心を軽くするものなのだろう。

 その夜、女はいつもの店で男友達と合流し、散々飲んだ後、自分の部屋に帰ることはなかった。

 次の日。

 何事もなかったように二人の男女は食事をし、お互いの気持ちを確かめ合うように体を重ねた。


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