ベッドでのこと
女:私のこと好き?愛してる? 男:愛してるよ、とっても。 女:本当?最近、好きって全然言ってくれなくなったじゃん。 男:そんなことないよ、大好きだよ。 女:ありがとう、私も。でも、何故あなたのことを好きになったんだろう? 男:じゃ、ぼくは、何故君の事を好きになったのだろう? 女:冗談じゃなくて、そう思わない?あなたと会う前に、他にも好きになった人はいたわ。 男:ぼくにも、他に好きになった人はいたよ。 女:自分で言うのはいいけど、そう言われるとなんだか腹がたってきた。 男:それは、ぼくも同じだよ。出会う前のことは、知らないけど。他の誰よりも、何よりも大切な人、それが、今のぼくにとってのあなた。他の誰を失っても、何を失ったとしても、あなたを失うことだけは、今のぼくには耐えられない。それが、こうして、あなたといる理由―。
「ありがとう―」 そう言うと女は、気を取り直したのか、少し甘えた目をしながら、男の上に跨り激しく唇を求めた。
『好』という字は、母が子を抱く形で成り立っている。もともとは、母親の幼児を可愛がることを言う字であった。母の子供に対する情の意味から、姿が美しい、親しい、また、すべての状態が良であることをさす。 一方、『愛』という文字は、後ろを顧みてたたずむ人の形を表し、もともとは、「かなし」とよみ、いつくしみや、後ろの人に心を残す、心にかかることをいい、それから愛情の意味になった。(『常用字解』平凡社) 『好』が、母の子に対するはっきりとした情を意味するのとは、異なり『愛』は、ほのかな、はっきりとはしない憂いを含んだ心情を意味する。 男が女を、女が男を愛する由縁は、愛の文字がしめすようにぼんやりとした心のわだかまりに動かされて、その隙間を埋めようとすることにあるのだろうか。 「好きだよ」 男は、女を抱きしめながら囁いた。 「わたしも―」 女は、目を虚ろに男の身体を受け止めながら声を絞り出した。 男の激しくなる動きに、途切れ途切れに「……愛し・て・る・」と呟きながら、女は男の身体を抱きしめた。はっきりとはしない、心の後ろに隠された感情に込められた言葉は、誰を思い発するものなのだろうか、『何故―』それは、女にもわからなかった。これまでその女が、愛したのは、今抱かれている男だけではなかった。 『そうじゃ、ないの。そんなふうに動かなくていい―。あの人なら―』そう思いながら女は目を閉じ、体の奥から徐々に込み上げて来る血のうねりに身を委ねていた。
「愛し・て・る―」 つぶやく、女の心には時として、別の影があるものなのだろうか。
|
|